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零咒 ~異世界【TOKYO】ダンジョン~  作者: R09(あるク)
第一章 渋谷七人ミサキ編
19/65

第19之幕 殺戮の幕開け① 【渋谷】

第19之幕


 これにはさすがに久世と同席していた鮎や幸子も噴き出してしまった。下ネタに弱いのだ。だがジロリと久世に見られてすぐに姿勢を正す。あくまでも争い事には巻き込まれたくないといったスタイルを崩さない。


「こ、この野郎……!」


 一気に頭に血が上りかけたが久世の脳にニアとのあのやり取りが思い出される。

 大公の前で憂太へ向かって振り下ろした渾身の拳。

 それをニアは、なんと小指一本で止めていたからだ。

 そのニアは割と真剣なまなざしで久世を見ている。


「そもそも、そんなに人の悪口言って自分を誇示しなくて良くない? てか自分のためにしちゃダメでしょ。人をバカにするより、自分が頑張って活躍して見せなきゃ単なるジェラシーにしか見えないよ」

「ですよね~ニアさん。久世さま、今すぐお帰りください。コーラあげますので!」


 久世はワナワナと拳を震わせる。

 そこで今度は虎井が立ち上がった。


「てめえら調子ン乗ってんじゃねーぞ。こっちは勇者さまだぞ、勇者さま!」

「勇者って言っても、単に異世界召喚されてそう呼ばれてるだけじゃない!」


 大嶋唯がつかつかと久世のテーブルへと向かった。


「調子に乗ってるのは久世くんと虎井くんの方でしょ! 私、今まで黙ってたけど今日は言わしてもらう。どうして式守くんばかりいじめるのよ! 式守くんがあなたたちに何かした?」


 久世も虎井もぐうの音も出ない。


「吉岡さんと田中さんもそう。なんで黙ってるの? いくらパーティーを組んだって言っても、物事にはやっていいことと悪いことがある。仲間なんだったら、それぐらい注意しなよ!」

「で、でも、怖くて……」


 そう言うと吉岡鮎は泣き始めた。


「泣いて済む問題じゃないでしょ! 田中さんだって、いっつも周りのことばっか気にして式守くんを空気みたいに扱って。……私も、確かに怖くてこれまであんまりこの問題に関わらないようにしてきた。私だって、私だって悪いよ。バカだよ。大バカだよ! でも私は式守くんに挨拶ぐらいはしてきた。田中さんみたいに、無視したりはしなかった」


 田中幸子は唯のあまりの剣幕に首をうなだれてしゅんとしている。言い返せるだけの勇気がないのだ。


 いつしかレストランの中は静まり返っていた。

 酒を飲んでバカ騒ぎをしていた冒険者たちも黙って、こちらに注目している。

 この騒ぎに、カウンターの奥から長い金髪の涼しげな眼をした女性が出てきた。

 その途端にひそひそ話が周囲から立ち上がる。


「トレシアの姐さんだ」

「トレシア姉さんだ」

「久しぶりにホールに出てきたぞ」

「まさかあの伝説の騎士が……」


 その伝説の騎士で料理長のトレシアの後ろには、さっき憂太に料理を運んでくれた赤髪のドラゴンニュートのユマが。そしてその隣には銀色の髪に銀色の瞳、白狼族のアーシャが続いている。


 ここ「トレシア・レストラン」……もとい、ギルド『最終旋律デスワルツ』の三勇士。この揃い踏みに冒険者たちはざわついた。トレシアらは毎朝早く、まだ誰も起き出さないうちに狩りに出かける。そして魔物を狩り、それを食材に料理として出す。


 そのギルド『最終旋律デスワルツ』の由来となったのがこのトレシア、アーシャ、ユマの三勇士だ。元々三人のギルドだったがトレシアの人柄に憧れ、今は多くの冒険者たちが加入している。


 だがトレシアは条件をつけた。


最終旋律デスワルツ』のメンバーはすべて女性種であること。


「男が入ると碌なことがない」がトレシアの口癖だった。男は無茶をする、粋がる、色恋沙汰にうつつを抜かす、料理もまともに作れやしない、相手が女だと思うとなめてくる。

 決して男性種を差別しているわけではないが、このギルドだけは女性種ではないといけないという変わった信念を持っていた。


「あんたたち。神官さまが召喚した勇者さまたちだろ」


 トレシアが驚くほど静かな声で言った。相変わらず感情が読み取れない鈴のような音で、長身ではあるがその華奢な体躯、高貴な顔立ち、だがやや半開きのジト目とよく合っていた。


「仲間割れは感心しない。勇者さまというのは協力し合って『空亡くうぼう』の化け物と戦ってくれる伝説の者たちではないのか?」


 さすがの久世と虎井もこの『最終旋律デスワルツ』の三人を前にして怯みを見せた。戦ったら負ける……ハッキリとそう分かるほどの強者のみが出せる存在感がそこにあったからだ。


「それに騒ぎを起こされること自体、私は好まない。争い合うなら店の外でやってもらえないか。客のあれこれに口を出す趣味はない。だけど失望した。あんたたちがあの伝説の勇者たちだなんてな」

「な、なんだと!」


 思わず体が反応する久世を虎井は必死に止めた。


「や、やめろ! この人の言う通りだ、久世」

「だ、だけどよぉ……」

「なんだ。私とやり合いたいのか。それなら客がいなくなった深夜なら相手をしてやらんこともないが……」

「こ、この野郎!」


 激昂した久世が自身の魔剣を手にしようとしたその時である。久世の顔に、文字通り冷水が浴びせられた。

 突然、目潰しのように飲み物を顔にかけられ、久世はその主を探る。


「本当に、いい加減にしなよ。久世くん……」


 それは大嶋唯だった。唯が食卓にあった飲み物を久世の顔面にかけたのだ。


          ◆   ◆   ◆


 ちょうどその頃だった。

 アドリアナ大公の娘であるラウラ・ティファ=アドリアナ姫は天体望遠鏡で星の動きを見ていた。

 ラウラ姫の眼が見開かれる。

 ラウラ姫の眼に映ったのは、土星と冥王星の間を流れる一筋の流れ星──。


「凶星……!」


 ラウラ姫の心臓が一気に高鳴った。

 あの流れ星がこの国の占術で表すのは「妥協を許さない強制的な力」、そして「一触即発の状態」だ。


(何か恐ろしい異変がこの国に訪れようとしている……!)


「爺! 爺はおるか!」


 ラウラ姫は即座に執事長を呼んだ。

 これほどまでの凶星がハッキリと姿を見せたことはここ数百年以上なかったはずだ。


「爺! 急げ! 急ぎ兵を集めよ!」


 およそ姫とは思えぬほどの大声でラウラは叫んだ。


             ◆   ◆   ◆


 顔から頭でびっしょりと濡れている久世。

 まるで「信じられない……」とでも言うかのような表情でぽたぽたと床を濡らす水滴を見つめている。


「さすがに見ていられないわ。浮かれすぎよ、久世くん。あなた、そんなに弱い人間だったの?」

「よわ、い……?」


 唯に言われ、ゆっくりと視線を唯へと移動する久世。


「俺が……弱い……?」

「そうよ」


 久世に睨まれてもビクともしない。その姿に憂太は驚いた。唯がこれほどまでに勇敢な性格だとは思わなかったからだ。


「さっきの式守くんへの悪口だってそう。ああやって式守くんを下げるようなことを言って、結局あなたはマウントを取っていたのよ。自分は式守くんより役立つ男だってね」

「な、なんだと?」

「今だってそう。この三人の女戦士さま相手に怯んでいるところを見せたくない、なめられたくない。それっておかしいじゃない。じゃあ強さって何なの? 人からおだてあげられること? それとも単に自称すること?」


「大嶋……お前……!」


「違う。断じて違うと私は思う。強い人は人を蔑むようなことをしない。する必要がないもの。強い人は自分への評価なんて気にしない。だって勝てばいいだけだもの」

「黙れ……!」

「私、ずっとそんな久世くんが嫌いだった。怖くて言えなかったけど、今なら言える。久世くんのこと、私は大っ嫌い。碌でもないプライドばかり気にして滑稽だと思っていた。私、ずっとずっと思っていた。そして分かったの。あんたなんかより式守くんのほうがずっと強い。あれだけ言われて、あれだけ皆に悪口を振りまかれて、ぐっと堪えていた。あなたにそれができる? 式守くんの強さ、あなたに理解できる?」

「黙れと言ってるんだ……」

「強さをひけらかすのは簡単よ。暴力に訴えかければいい。ただただ気に入らないヤツを殴ればいい。でも式守くんは違う」


「いい加減にしろ」


「式守くんは強さを見せつけるためじゃなく私を助けるために力を使った。きっと私のこと、よく思ってなかったと思う。挨拶程度で、いじめを黙認してる嫌なヤツだと思っていたと思う。でも、そんな私でも! 式守くんは! 護ってくれた!」

「その口を塞げと言ってるのが分かんねえのか!」

「あなたの強さなんてまやかしよ! 単に弱い自分を守るためだけの単なる見せかけ! すっごい惨めよ! 久世くん! あなたは惨めな人だわ!」


「黙れええええええええええええええええええええええっ!」


 ついに久世が拳を振り上げた。思わず唯は目を瞑る。

 この拳を止めようとトレシアら『最終旋律デスワルツ』の三人も動いた。

 もちろん、ニアとエリユリも動いた。

 だが。


 驚くべきことだった。


 最初に久世と唯の間に入ったのは憂太。


 まるで瞬間移動でもしたかのようなスピード。


 途端に。


 そこを中心にまぶしいばかりの光が広がる。


 あまりのまばゆさにそこにいた誰もが目を閉じる。


『な、なんだ。この波動は……!』


 憂太の胸ポケットに潜んでいた道満ですら驚嘆した。

 まさか憂太にこんな未知の力が潜んでいるとは思わなかったからだ。

 道満ですら感じたことがない波動。

 道満ですら初めて覚えるこの衝撃。

 この不思議な光球。


 ──やがて。


 ラウラ姫が危惧していたその「凶星」の意味を、そこにいる誰もが知ることになる。

 久世、虎井、幸子、鮎、ニア、エリユリ、『最終旋律デスワルツ』の三戦士、そして憂太。


 この者たちが目を開けた時、広がっていた世界は。


「嘘……?」

「ここって……」


 渋谷駅前のハチ公広場。

 死の『TOKTO』ダンジョンの「渋谷」に全員が強制転移されていた。

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