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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自国壱景生者淡 ~じこくいっけいせいじゃのあわむれ~

作者: 凜古風

自国壱景生者淡 ~じこくいっけいせいじゃのあわむれ~

地獄八景亡者戯 ~じごくばっけいもうじゃのたわむれ~

お気づきの方……その通り、著作権は大丈夫www

江戸時代の落語だもん。

 出世とは椅子取りゲームなのだ。そこに倫理や矜持を持ち込んだ私は、手枷てかせ足枷あしかせとなって負けてしまった。そんな敗因を噛み締め、骨の髄までしみ込んだ疲れを引きずりながらの帰り道、私は乗換駅のホームに立つ。

 次に乗る電車を待つホームの人達は、扉が停止するであろう位置の右側と左側に並んでおり、私は左側列の先頭で、やって来る電車を待っていた。


 そうして電車は到着し、私達左列と右列の間では、ほとんどの電車がそうであろうスライド式両開き扉が、プシューという空気音を立てて電車内部と外部とのへだたりが撤去される。

 私は、二列になって降りる人達を待っていた、左側列の先頭で。

 すると、こともあろうか、右側列の先頭にいた人が、待つこともなく開いた扉に押し入ってきたのだ。


 二列になって降りる人達を待っていた空間は、私の目の前で一列になって降りる人達と、一列になって乗り込む右側列の人達の空間となった。そして、左側列の私達は、待たされる。

 私の待つ扉から降りる人達は、一列となり乗り込む人達とすれ違いながら移動するので、全員が降りるのには二倍以上の時間がかかるのは明白だ。別の扉では既に降車は終わり、二列での乗車が始まった。


 仕方なく待つしかないだろう。だが、後ろから舌打ちが聞こえる。

「チッ、モタモタしやがってよ……」

 貴方は、ついていく人間を間違えたな。一列で降りる人達を押しのけて乗り込む蛮勇もなく、それをやった右側列の連中が原因であると理解する知力もなく、ただ単に前にいた私に毒づいてどうするのだろう。

 右側列が普通に動いてくれていたら、私も貴方も座れたんだろう。特に列の先頭にいた私なんてより確実に。でも、まぁ残念だった。仕方ない。


 そうして、座席に空きが無く、こんなところでも外的な要因と倫理や矜持で椅子取りゲームに負けてしまった私は、乗り込んだ扉の向かい側の開いていない扉の前に立ち、電車が動き出すのを待った。そうだな、外の景色でも見ていよう。これから、どうするかな。


 再度、プシューという空気音が鳴り扉は閉まり、日の沈んだ街の中を電車は走り出す。


  ガタン ゴトン ガタン ゴトン

  ガタン ゴトン ガタン ゴトン


 その音は、とてもとても機械的で、人間の欲望や醜悪さに嫌気がさしてしまった私にとって、耳障りが良いものだった。そうだな……いっそのこと組織の歯車として機械になれたら楽なのかもしれない。そんなことを考えていた。

 

 突然、キキーッーーーッと、金属車輪と線路が擦れ合う甲高い音が鳴り響いた。

 急ブレーキのGに負けないように、私は全力で金属棒を握る。

 そして、

    ゴリッ、ゴリッ。

 何かを踏み砕く振動が、電車内にひびいた。


 停車し終えた電車の中では、

「人身事故です。しばらく停車します」

運転手の鳴き声の放送が、流れてきた。

 そして、しばらくは、ザワザワしていた乗客達だったが、三分も経過すれば『まだ動かないの』と不満の声の方が大きくなる。


 先程まで、耳障りが良かった電車の走行音も止まり、嫌で醜い会話が耳につく。

 私は片手で額を押さえ、ため息をつきながら、外を見ると……

 事故処理の人達が駆けつけてきたようだ。


 手慣れているのだろう。テキパキと丁寧にバラバラになった人体の部品を毛布にくるんでいるようだ。あまり見続けていたい光景ではないので、視線を別のところに移動すると。


  窓の外で、地面から浮いている人がいた。

  しまった……目があった。


 地面から浮いている人は、事故の死体に向けてチョイチョイと指をさしたあと、今度は自分自身を指さした。

 ああ、なるほど。今、死んだ人の霊か。不思議なことに、そうなんだ、と認識ができた。

 その霊は、さらに浮き上がり、私が見ている窓の前にやってくる。

「こんばんは。上手く死ねました」

 そう、話しかけられた気がした。

「そうですか。つらいことから解放されたのですね」

 私は、頭の中で、霊にそう話しかけた。


「……はい。でも、不思議です。私の死体が、あんなに丁寧に扱ってもらえるなんて。生きていた先程までは、使い捨ての機械みたいに扱われていたのに」

皮肉ひにくなものですね。死んでから人間扱いとは」

かわにくだけじゃなく、ほねもですけどね」


 思わず、はははっ と笑ってしまった。死んだ霊と一緒に。


「それで、私に何か伝えたいことでも?幽霊さん」

「『機械になりたい』だなんて、思わないでください」

「そ……そうですか。善処します」

「じゃぁ、私は、やっと人間扱いされて、満足なので、成仏します」


 そうして、スーーーッと、その霊は消えていった。


 すり減る心、死んでいく感情、それらを切り捨てずに持ち続けろと。働き続けろと。なんてことを言ってくれるんだ。


 やはり、幽霊ってのは恐ろしい。

 電車にも会社にも、私の椅子は無いというのに。

 天国には、あるとでもいうのだろうか。


(おしまい)

 黙々と仕事していると、自分が機械になった気分になりませんか?

 ボクシングとかでも、黙々とサンドバッグにパンチの練習をしていると、人間を殴る時にでも、迷いも躊躇ためらいもなく、作業として全力が出せるように。

 多分、コレが大事なんでしょうね。

 軍でも「ためらわずに銃のトリガーを引く」訓練が大事とのことですし。


 巨大ロボに乗って、戦う場合でも……

 敵のロボに乗っているのがクラスメートでも……

「目標をセンターに入れて、スイッチ」

 そう、作業的に。

 ああ、プロフェッショナルとは、上層部の命令に従う機械になり切ることなのでしょうか。


   目標   を センター に入れて、スイッチ。

 ゴルフボール を  靴下  に入れて、 殴打 。


 そこにあるのは「死と新生」でしょうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 走行中の鉄道への飛び込み自殺に、自殺者の霊に話しかけられるという心霊現象。 何ともショッキングな出来事が立て続けに起きていますが、視点人物と自殺者の霊の遣り取りが穏やかなのが良いですね。 …
[一言] 死者にそう言われちゃ生き続けるしかないな、この生き地獄を(;゜Д゜)
[良い点] 翻案って、意外と難しいのですよね。 帰り道の必然は弱いけど、それを超える人情味がありました。ロシア文学(文学に罪は無いのであえて)でなぞらえれば、チェーホフの「ワーニャ叔父さん」のラストの…
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