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朝焼けの月  作者: 紡屋縁
2/5

~出生~

事の発端。

 

その日は城内が全てバタバタと忙しなかった。時刻は丑三つ刻。草木も眠るそんな刻にも関わらず、女中達は仕草も気にせず駆け回り次々と物を運んでいく。

あちらこちらで指示が飛び交い、その度に足音も増えていく。家臣の男達は存外落ち着いた感じではあったが、中には右や左とウロウロする者も少なく無かった。


 そんな中、一人の男が大股で通路を急ぎ歩いていた。歳は四十も後半と言った所。

少し窪んだやや細い目つき、つり上がった太い眉、口はへの字に結ばれており、眉間には皺の後がくっきり刻まれている。何とも険しい顔立ち。


 男が通る道を他の者は避け、丁寧に頭を下げる。急ぎ歩いているとはいえ、姿勢を正し胸を張り威厳を放つその者、名を要壇上かなめだんじょう、この城の大目付役である。

 壇上は天守閣まで登ると足を止め、一息呼吸を戻してから膝を折った。


「ご報告申し上げます。殿、今しがたお産まれになりました」


「なんと。産まれたか」


 殿と呼ばれた男は、松平光宗。(まつだいらみつむね)まだ若く二十も前半といった所。壇上とは反対に何とも穏やかかつ優しさの溢れる顔立ち。一見優男にしか見えない。

 しかしながら城主としての腕は確かな物。家臣の信頼も厚く、城下からの評判も良かった。それもあってか周囲の者達は慕しみと敬いを込めて、城を名代なだいの城。と呼ぶ程だ。

 

 光宗は待ちわびたと言わんばかりの表情で壇上に尋ねた。


「して、男子か」


 光宗は期待に満ちた表情を壇上へと向ける。


「いえ、お産まれになったのは姫様に御座います」


「そうか、女子か」

 

 光宗はほんの少しがっかりした表情を見せた。それもそのはず、もし男子ならば己の跡取りとして育てる事が出来るのだ。しかし女子ではそう簡単にはいかない。光宗の頭の中をしばし難しい考えが駆け巡ったが、今は我が子の誕生を心から喜ぶことにした。


「まぁ良い。きっと美しい姫となるに違いない。そうだ、名を陽姫ようひめと名づけよう。明るく美しい暖かな、陽の光の様になって欲しい」

 

 己が案をどうじゃと言わんばかりの表情で壇上に聞かせる。


「誠、良き名に御座いまする」


 光宗は満足な笑みを浮かべた。


「そうじゃろう。そうじゃろう」

 

 その笑みは国の主としてでは無く、今しがた産まれた我が子の行く末が楽しみで楽しみで仕方が無いといった、ただの親の顔である。

 これには壇上も釣られ、笑みを浮かべずにはいられなかった。

 大目付役である壇上は普段、滅多に笑う事など無い。常に国の行く末を案じ、厳格な姿勢を保っている。更には家臣達の剣術指南役をも勤めている為、己が鍛錬を怠った事は無い。

 現に剣術において、壇上に敵う者はこの国にはいなかった。誠、文武揃えた武人。

 そんな壇上が笑ったのである。どれだけ胸を撫で下ろし安堵した事だろう。まさに今宵は文字通りの嬉しき日になるはずであった。


 満足に己が幸せを噛み締めている光宗は壇上へと向き直り、労いの言葉を掛けた。


「壇上。此度の報告、誠に大儀であった」


「はは。ありがたき幸せに御座いまする」


 深々と頭を下げる壇上。


「うむ」


「では、私はこれにて」


 下げた頭を上げ、立ち上がろうとしたその時である。白の階下にて激しい破砕音が鳴り響いた。 


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