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クリスマス盗難事件

作者: Merry Christmas

『クリスマス盗難事件 特別対策本部』

 そう銘打たれたオフィスの一角に、武田泰生(たけだたいせい)は所在なく入っていった。


 武田は大柄な体を茶色のスーツで包み、書類の束を右手に抱えている。四角い顔に白髪混じりの短髪。鋭い目と一文字に結ばれた口は、一目で威厳を感じさせる。


 しかしそんな彼も、この日に限っては、どこか弱った表情をせざるを得なかった。


「諸君、おはよう。次長の武田だ。今日からここの担当になった」


 パソコンと睨めっこしていた刑事たちが、急いで立ち上がり挨拶を返す。

「おはようございます!」

 元気のよい完璧な挨拶が、妙に空回りしている気がする。やりにくさを感じつつ、武田は一人の刑事をデスクへ呼び出した。


「それで君、捜査の状況はどうなんだね」


「正直に申し上げて、行き詰っているというか、取っ掛かりすら掴めていないというか……」

 その刑事は言葉に窮した。


「はっきりし給えよ、君」

 その煮え切らない態度にストレスを感じつつ、武田は言葉をつなぐ。


「私も刑事を40年以上やっているがね、こんな事件は初めてのことだ。誰もが困惑して当然だよ。しかしね、こういう時こそ基本に立ち返り、慎重にことを進めなければならない。

安心し給え、私もこの盗難事件に関しては今日が捜査初日だ。もう一度、話を整理する意味も込めて、一から説明してくれ」




===========================================


 1980年12月9日、内閣総理大臣の元へ、送り主不明の手紙が届いた。いや正確には、いつの間にか、彼の自宅の長机の上に置かれていたのだ。


『親愛なる人類の諸君


 突然で失礼するが、クリスマスは私が盗らせていただいた。


 君たち人類はこれから、12月25日になっても何も祝うことはできず、12月25日になっても何のプレゼントも貰うことはない。


 代わりに、私がクリスマスの一切を独占するだろう。申し訳ないがね、これは犯行予告ではない。事後報告なのだ。


 もしも君たちが今後もクリスマスを祝いたいと考えているなら、赤衣の男を奪い給え。


 心より愛をこめて』


 家族や秘書の誰に聞いても、そんなものは知らないという。


 きっと誰かのいたずらだろう。そう思い椅子に腰かけた時、秘書から電話がかかってきた。


「もしもし、首相ですか。今、スウェーデンが声明を出したんですけれど、その内容がちょっとおかしいんです。どうもたった今判明したそうですが、スウェーデン首相のもとに、『クリスマスを盗んだ』という旨の手紙が届いていたらしいんですよ! 首相の自宅にあったものと同じだなと思ってご連絡差し上げたんですが……」


 それを皮切りに世界各国の首相、大統領たちが、自分の家にも同じような手紙が届いていたと声明を発表する。

 さらに付け加えれば、世界中にすべての手紙が届けられたのは、世界標準時で12月9日のことだったのだ。


 以降、ICPOは世界的な組織による計画的な実行だったとみて、犯罪やテロの可能性を視野に入れつつ捜査を開始したのだった。


 当然、日本にも対策本部が置かれる運びとなる。


===========================================



「というのが、今回の事件発覚の概要です。現在、世界中の警察組織と一部連携して捜査していますが、犯人の目的やその危険性については、あまり進展がありません」


 改めて奇妙な現状を聞かされ、武田は思わず居住まいを正した。

「クリスマスを盗んだ、か。改めてだが、変な犯人だな」


「今回の手紙の件については、犯人が自分の能力を誇示することを目的にしていたという考えが主流です」


 少し考えて、武田は論理をつなげる。

「自分たちはいつでも、あらゆる国家の頭の家に侵入し抜け出せることができます、と」


「……はい。これがどんな犯行に繋がるのかという観点から、セキュリティ強化に精を出すというのがICPOの方針です」



「それで、サンタクロースはなんと言っているんだ」


 刑事は手元の資料に目を通しながら言う。

「彼から送られてきた手紙によれば、『クリスマスを盗めるものなら、盗んでみればいい。そんなことが本当にできるのなら、だがね』ということです……」


「……常識的と言えば、常識的だろうか」

 そう言いつつ、白髪のベテラン刑事はその現状に、もどかしさを感じざるを得なかった。


 犯人を捕まえなければ、どんな捜査も後手に回るだけなのだ。とは言え、犯行方法もその目的も分からない。手がかりが全くない状態だ。


 手がかりの無さに絶望しつつ、武田はのっそりと立ち上がった。


「しばらく外出する。君は引き続き要人のセキュリティ強化と、犯人の目的の解析、これに努めてくれ給え」




 車を飛ばし、彼は某県某市の古本屋へと向かう。その顔にはわずかな悔しさと、如実な焦燥が表れていた。


「おい、いるんだろ。俺だ、警察庁の武田だ。出てこい」

 乱暴な口調で店主を呼ぶ。『クリスマス盗難事件』に武田が取り組み始めてからは、すでに半日が経過していた。


 澄んだ冷気を貫く西日が、店の哀愁を醸し出している。


 とは言え、古ぼけた内装に埃まみれの本たちが散逸しているそこは、とても営業中の店だとは思えない。

 基本的に小汚く、木材のかけらや砂利が床一面に広がっている。商品であるはずの本の背表紙さえ、ところどころ剝がれていた。


 しばらく武田がかび臭い空気を吸い続けた後、奥から男がのそのそと這い出てきた。


 ぼさぼさの髪によれよれの和服。細い手足は、ほとんど骨ではないかというほどにやつれている。

 少なくとも体育会系で生きてきた武田にとって、その姿は健康や健全とは正反対にあるものにしか見えない。


「あら、刑事さん。お久しぶりですね。2年くらい前ですか、僕たちが最後にお会いしたのは」

 力ない愛想笑いを浮かべつつ、その男は不器用な社交辞令を述べる。


 武田は呆れて言う。

「もう5年ぶりだ。今は1980年だからな。この5年間、ずっとここにいたのかね。 落神(おちがみ)くん」


 落神と呼ばれた瘦せ男は、しばらく考えた末に素っ頓狂に言う。

「どうでしたかね。あんまり記憶にありません」


「それよりも、刑事さんが来てくれたということは、また事件を持ってきてくれたんでしょう? 出せるお茶もありませんが、是非聞かせてくださいな」

 少年のように目を輝かせる落神。


 5年前と変わらない適当さに少しだけ腹を立てつつ、武田は事件の概要を説明した。


「ハハハ。クリスマスを盗む、ですか。なかなか面白い発想をする人もいるものですね」


「手紙の内容から世界へ届けた方法まで、何一つ分からない怪事件だ。悔しいが、これまでの捜査の基本やセオリーは全く通用しないように思える」

 武田は今朝、事件の概要を話してくれた部下の顔を思い出しながら言った。一文字の口が、きりっと閉まる。


「それで、売れない小説家に見せれば何か分かるかもしれない、と」

 武田に渡された捜査資料を読みながら、落神が自嘲気味に反応した。


「どんな些細なことでも構わない。君の意見が聞きたい。クリスマスを盗んだ、とは一体どういうことだと思うかね」





「ひょっとしたら、こういうことかもしれません」

 落神が再び口を開いたのは、深夜2時を少し回った時だった。青白い月が、雲一つない空に輝いている。


 開いていたカビ臭い古本をすぐに閉じ棚に戻すと、武田は慌てて彼に迫った。

「どういうことだ。何が分かった。教えてくれ給え!」


 大柄の刑事が素早く動いたことで、いくつもの本がガラガラと音を立てて落ちた。埃が舞う。カビの臭いが充満する。


 しかし店主は、そんなことも気にせずに話を始めたのだった。


「犯人は何らかの手段によって、我々人類からクリスマスを奪った。そして、何等かの手段によって、その旨を記した手紙を世界中の政治権力者の自宅へ、誰にもバレずに送って見せた。そうでしたね?」


「そうだ。だから、その侵入手段が判明しないうちは、何が起こるか分からないのだ」


「しかし、ここはそう複雑な話でもないと思います。犯人は世界中の国々に、それぞれの言語で手紙を記し送った。しかし、この手紙の文章を見てみてください。


 『親愛なる人類の諸君

 突然で失礼するが、クリスマスは私が盗らせていただいた。

 君たち人類はこれから、12月25日になっても何も祝うことはできず、12月25日になっても何のプレゼントも貰うことはない。

 代わりに、私がクリスマスの一切を独占するだろう。申し訳ないがね、これは犯行予告ではない。事後報告なのだ。

 もしも君たちが今後もクリスマスを祝いたいと考えているなら、赤衣の男を奪い給え。

 心より愛をこめて』

どこか、不自然だと思いませんか」


「どこもかしこも不自然だろう」

 武田はむっとして答える。


「いえ、そういうことではありません。この文章、自然な日本語には見えないと思いませんか、と申し上げているのです。

 『何も祝うことはできず、何のプレゼントも貰うことはない』とか。

 『クリスマスの一切を独占するだろう』とか。

 『心より愛をこめて』とか。

私の所感ですが、いかにも外国語の文章を強引に日本語訳した感がある。駆け出しの翻訳家が仕事をした、下手な洋書の表現と酷似していると思います」


「洋書は読まないが……。言われてみれば、不自然な日本語ではあるかもしれない。翻訳家がいたとすれば、やはり組織的な犯行か」


「いえ。少なくとも分かるのは、犯人がネイティブの日本語話者ではないだろうということだけです」


 落神は、塵だらけの床に指で世界地図を描き始めた。

「そして、この手紙が届いたと声明を出したのはスウェーデンが最初だった。そしてそれに対して、各国首脳が『自分のところにも来ていた』と反応したわけです」


「ふむ、確かそういう話だった」


「つまりスウェーデンが声明を発表した時点で、首脳への手紙は全て送られていたことになる。

 その時刻は日本の総理大臣が仕事から家に帰って数分後のことでした。しかも、秘書や家族に手紙について聞いているのだから、そう遅い時間でもない。

 つまり、一日の区切りである24時からはある程度離れた時間だったはずです。恐らく、19時から21時頃の話でしょう。日付変更線は太平洋にあるから、その当時、スウェーデンは当日の12時から14時の間くらいだと思います。

 そして事情聴取の結果、手紙はその日のうちに世界中に配られていたことがわかった。さらにスウェーデンは手紙の存在を知った直後に声明を出しているから、その時点で世界中に配られていたことになる。つまり、スウェーデンが最後の届け出先だった」


「……そうだ。確かに、首相の秘書は彼に、『たった今判明したらしいんですが』と前置きを入れて報告をしていたことが分かっている。スウェーデン政府は手紙を認識してすぐにそれを発表した」


「ここで、最初の疑問に立ち返りましょう。いかにして、犯人はたった一日で世界中に同内容の手紙を出せたのか」


「……まさか。いや、確かにそれなら……。しかし――」


「今回は、テロとか不法侵入とか、仰々しく構えたのか悪手だったかもしれませんね。手作りのプレゼントをたった一日で世界中に配れる、日本語ネイティブでない人なんて一人しかいませんから」


「やはりサンタクロース、なのか」

 武田は呆然として結論を口に出した。


「ええ、そうでしょうな」


「しかし、ではなぜスウェーデンが最後なのかね」

 食いつくように武田が身を乗り出す。


「その前に、犯人がサンタクロースだと仮定したうえで、もう一度手紙を読んでみましょう」

 壮年の刑事に気圧されつつ、落神はゆらりと手紙の内容を朗読した。


『親愛なる人類の諸君


 突然で失礼するが、クリスマスは私が盗らせていただいた。


 君たち人類はこれから、12月25日になっても何も祝うことはできず、12月25日になっても何のプレゼントも貰うことはない。


 代わりに、私がクリスマスの一切を独占するだろう。申し訳ないがね、これは犯行予告ではない。事後報告なのだ。


 もしも君たちが今後もクリスマスを祝いたいと考えているなら、赤衣の男を奪い給え。


 心より愛をこめて』



「サンタクロースが、君たちからクリスマスを盗んだと言っているんです。しかもこれは犯行予告ではなく事後報告であると。

 しかし、クリスマスにプレゼントをくれないサンタクロースなど、本を売らない本屋と同様に価値がないものでしょう。少なくとも、私たち人類にとっては」


「失礼だが、そうかもしれない。私も今年のクリスマスには、大事なものを頼んでおいたのだ。届けてもらわなければ困る」


「はい。サンタクロースがサンタクロースであることを止めたのです。だから、プレゼントも貰えない。だから嬉しくない。だから、祝う気にもなれない。つまるところ、それがクリスマスを盗んだということなのでしょうね」


「しかし、なぜそんなことをするんだ。人類への敵意か。やはりあの超常的な老人を放っておくのは危険か」

 武田は合点がいったように早口でまくし立てた。


 それを、落神が制しながら言葉を繋げる。

「それなら、『親愛なる人類』とか、『心より愛をこめて』とか書かないでしょう。敵意があるなら、爆弾でも作って世界中にばら撒けばいい。むしろ、彼は人類からクリスマスを取り上げたくなどはなかった。しかし、そうせざるを得ない理由が恐らくはあったのです」


「理由とはなんだね。あの老人は、一日で世界中の人々にプレゼントを配るという異常な能力を持っているのだ。そんな老人に、いったい何の制約が」


 落神は、一度会話のテンポを落とすために、大きく深呼吸した。カビの臭いが、鼻腔をつく。


「ところで刑事さん。5年ぶりでしたよね。失礼ですが、白髪もあるようで」


「……は?」

 武田は、開いた口が塞がらなかった。


 もともと生真面目な武田は、こういった突飛な話や斜に構えた見方を、不真面目なものだと決めつける傾向にある。

 この会話でも、壮年の刑事の目には、目の前の貧乏男が自分をからかっているように見えてしまった。


 丸太のように太い両腕で、武田が落神の胸倉を掴む。

「ふざけるな! 今はそんな話どうでもいいだろ! 我々はお前とは違って仕事をしているんだ。仕事には責任が伴う。警察庁の次長ともなれば、その重さは計り知れないものなのだ! 一生ふらふらしている半端物のお前には、永遠に分からないだろうがな!」


 地獄まで響くような怒声で、武田は落神を怒鳴りつけた。


 先ほどまで飄々としていた落神もシニカルに笑みを浮かべて、

「今のは結構傷つきましたよ」

と言葉を零す。


「しかし、まさにそれなんですよ。お仕事には責任が伴う。もしそれが、世界中の人間にプレゼントを配るという大きなお仕事だったとしたら」


 それを聞いて、落神を掴む刑事の手がふと緩んだ。


 安心したように、落神が言葉を続ける。

「比べるわけじゃないですが、きっと増える白髪の数は一本や二本じゃないでしょうね。それが原因で白い髪や髭を生やしている人がいるとすれば、恐らく、筆舌に尽くしがたいプレッシャーがあったのでしょう」


「……ちょっと待ってくれ。それはつまり定年退職とか、そういう話だよな」

 堅物の刑事の目に、うっすらと涙が浮かぶ。月明りに煌めく一筋のそれが、彼のほほを伝う。

 その先には、黒く短い髭が蓄えられていた。


「よく読んでみてください。サンタクロースは、クリスマスを盗んだことを事後報告しているのではありません。クリスマスを盗み、それを独占したことを事後報告しているわけです。もし定年退職なら、こんな一文は入れる必要が全くない。ただ、クリスマスを盗難したことを伝えればいい」


 大柄の刑事はその場に力なくうずくまった。浅く荒い呼吸と嗚咽が、落神の言葉を抑制する。


 彼もそれを分かっていつつ、しかし言葉を止めることはもはや出来なかった。こういう受け入れがたい可能性については、曖昧にしておいた方がより苦しい。


 そう考え、落神は言葉を絞り出そうとする。


 しかし、その推理はあと一歩のところで、喉から出なかった。彼の良心がそうさせたのか、あるいは目の前で泣き崩れる大人への憐憫か。


 いや、その時彼の中にあったのは、曖昧なのもいいじゃないかという諦念だった。何も0か100かで考える必要は全くない。

 そもそも推理とは、あくまで可能性が高いものを結び付けていく作業であって、そもそもが曖昧なのだ。


 そんな直観が、落神の脳裏をかすめたのである。


「刑事さん、この手紙をもう一度、よく見てみてください。この、丁寧で簡潔で意味深な文章を」

 武田が顔を上げる。


「私には、あくまで私にはですよ、これが遺書に見えるんです。もう自分にはサンタクロースはできない。プレゼントも配れない。親愛なる人類の諸君には申し訳ないが、これからもクリスマスを祝いたいなら、赤衣の男、つまりサンタクロースを奪えと言っているのだと思うんです。

 つまり私からサンタクロースという機能を奪い、自分たちがサンタクロースになれ、と。そうしてクリスマスの伝統を繋いでくれ、と」


 気づけば外は、雪がわずかに降り始めていた。青白く積もる、柔らかい雪。すべてを氷漬けにしてくれるような重たい雪。


 こんこんと空から舞い降りる六花は、もしかしたら空からのプレゼントなのかもしれない。

 落神はふと、そう思った。


「恐らく、最後に手紙が届けられたのがスウェーデンだったのは、それが彼にとって本当の別れを意味するものだったからじゃないでしょうか。つまり、長く暮らしてきたスウェーデンに『もうサンタクロースはやめます』と宣言することは、彼にとって最も重い決断だったのでしょう。だから、最後まで先延ばしにしてしまった」


 武田が、やっとの思いで口を開く。

「なら、スウェーデンに届けられたのが昼の12時頃だったのは……」


「そこが、彼にとっての……その……」

 古本屋の店主は言葉を選ぶ。

「活動限界、だったということだと思います」



 それを聞いたベテラン刑事は、寂しくも、どこか安堵した表情で心情を吐露した。

「それは、良かった。少なくとも、自分から命を絶ったわけじゃないってことだからな」



 今度は、落神のほうが目を丸くした。というのも、彼はサンタクロースが寿命で亡くなったとばかり考えていて、自殺の可能性を全く考慮していなかったのである。


「えぇ、そういうことになりますね。それだけは、絶対そうだと断言できます」

 そもそも推理とは可能性の高いことを結び付けていくだけの曖昧の作業だ。そんな直観が再び脳裏をかすめた。

 しかしその流れ星のような直観は、落神の思考の海へと沈んでいく。



 いつの間にか落神の頬には、月明りに煌めく一筋の涙が、伝っていた。





 サンタクロースの死亡が確認されたのは、その数日後、12月17日のことであった。


 もうクリスマスの魔法は、あの日の雪と一緒に解けきっていた。彼の死に世界が震撼し涙を流した。いや、流している。


 今年のクリスマスはどうなるのか。プレゼントは貰えないのか。サンタクロースの力は、どうやって手に入れるのか。


 そのような心配事で世界が溢れかえるのも自然だろう。ただし、世の大人たちの心に重しとして沈殿した疑問は、これらとは別にあった。


 クリスマスを楽しみにしている子供たちへは、なんと説明したらいいのか。

 自分たちだけがクリスマスの、サンタクロースの恩恵を受けていいのか。



 当然、家族を持つ武田次長も同じ悩みを抱えていた。場所は、某県某市の古本屋でのことである。


「しかし、これからどうしたらいいのかね。世界中の人々にプレゼントを配るなんて、彼にしかできなかった。もう、クリスマスは終わってしまうのだろうか」


 相変わらず、埃だらけの店内。その一角の小スペースに腰を下ろし、大柄の刑事が項垂れて居る。


「せめて、せめて子供たちだけにでも、プレゼントを配ることはできないだろうか。それさえ出来れば、世の親たちの良心の呵責もなくなると思うのだが」


「そうすればいいのですよ」

 ぼさぼさ頭の不潔な男が言う。


「は?」


「サンタクロースが、なんと言っていたかお忘れですか。『クリスマスを盗めるものなら、盗んでみればいい。そんなことが本当にできるのなら、だがね』ですよ。

 今度は、我々大人世代がサンタクロースになるんです。そして、自分の子供にプレゼントをあげる。そして子供達には、サンタクロースがまだいるんだと嘘を教えておけばいいんですよ」


「いやしかし、つまりお前が言いたいのは」

 その大胆な物言いに腰を抜かした武田の言葉を、落神は遮って言った。


「えぇ。今は亡きサンタクロースから、クリスマスを盗んでしまいましょう!」



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