第四章 第十八幕 オロチ
鉈切神社にて、「孝」の珠と命を賭けた試練を、朱莉は見事に成し遂げた。
「だいだらぼっちの時と言い、今回の試練と言い、朱莉の行動には驚くよ」
「え、あぁ。兄様、心配かけてごめんなさい」
「いやいや、素直に朱莉の勇気、行動力、そして乗り越える力に脱帽しているんだ。葵衣はわからないけど、俺や蓉子じゃ絶対に無理だった」
朱莉は照れている。
「でも、心配した事も本当だぞ」
「あたしは、兄様たちをいつでも信じています。兄様は、あたしを信じてはくれないのですか?」
朱莉は年相応の笑顔で、俺に意地悪な質問をしてきた。照れ隠しでもあるんだろう。
「朱莉なら、やり遂げると信じていたよ」
俺と朱莉のやりとりを葵衣と蓉子は温かい目で見守っていてくれた。
「さて、礼と孝の珠は手に入れられた。後は、仁義智忠信悌だな。礼の時は、豊受気媛に認めて貰っただけで手に入れられたけど、今回の孝は朱莉の命がけだったもんな。今後はどんな事がまっているのだろうか」
「茂玄さんは、自分を過小評価しすぎですよ。本当に反省し、礼を尽くしたからこそ豊受気媛様から珠を授かったのですから」
「そうそう、その通り。茂玄も認められて珠を貰えたのだから。今後も小さい子の命を賭けずに他の珠も手に入れてね」
葵衣の励ましと蓉子の毒の効いた励ましをえた。
お前も頑張れ!と蓉子に言い返したいが・・・
俺自身、八行に認められる自信がないので、蓉子に言い返せない。今後の試練に安全を祈るばかりだ。
俺たちは、試練の谷を守る様に建っている鉈切神社の鉈切明神とその傍らにひっそりと祀られている稲荷の社にお礼のお参りをした。
「次はどこに行くべきか。朱莉、何か感じるか?」
「兄様、ごめんなさい。相当珠の近くまで行かないと感じないのです」
「そうか・・・」
「とりあえず、下社に参拝したのだから、今度は上社に行きましょうよ。下社に試練があったのだから、上社にある可能性も高いと思うわ」
葵衣の提案はその通りだ。手掛かりのありそうな所を手あたり次第探すしか無い様だ。
まだ、日中ではあるが、今日はこの下社で野営する。
朱莉は命がけで谷に挑み、難しい決断を下した。体力的には大丈夫だとしても、精神的には疲れているだろう。
もちろん、俺も精神的に疲れていた。「待つ」という事に、これだけ精神を使っていたからだ。
多分、葵衣や蓉子も同じように心配していただろう。
今日も時間に余裕が有ったので、葵衣が御馳走を作ってくれた。薄暗いながらも、食事を摂り、明るい話題で寝るまでの一時を楽しんだ。
翌朝、上社まで行く。距離としては二丁程(注:200m)。少し急な山を登るが旅慣れた俺たちには影響はない。あっという間に上社に到着した。
鳥居をくぐり、砥石などの伝説物に触れ、本殿に向かう。
本殿に近づいたとき、朱莉が何かを感じ取ったようだ。
「この神社に珠がありそうね。無かったとしても手掛かりは掴めそう」
葵衣が自信を持って言い切った。手掛かりがつかめたのは吉報だとしても、八行を行わなければ珠が手に入らない。手に入れるには命がけの試練が起こるかもしれない。それぞれが緊張感を発しているのは感じられた。
祀られている神に祈りを捧げている中、俺は不思議な感覚に包まれた。祈っている時は目をつぶっていたので視覚的な変化はわからなかったが、何か別空間に飛ばされた気がした。周りを見回し、葵衣たちがいることを確認する。葵衣たちも目を開けて、ここはどこなのかと考えている様だ。朱莉は俺の袖に掴まっていた。
本殿が有った方向にうっすら光が見え始め、何かの風景が見え始める。人の姿や悲しむ声もはっきりと聞こえるようになった。
ワープか?そう思ったが、辺りは不思議な空間のままである。映画館で映画を観ているような感じだ。しかも、明るい。光が奪われた今とは違う場所か時間なんだろう。
割と良い身なりをした夫婦が、娘と思わしき人を抱きしめ別れを惜しんでいる様だ。嫁入りで家を出る雰囲気ではない。今生の別れを告げているような惜しみ方だ。片や美しい娘さんは、何か覚悟を決めた様子で両親を励ましている。
カメラがパンすると、村民が心配そうに親子の別れを見守っている様だ。
「儂らも、娘を名指され生贄にされた。村長の辛さも理解できる。しかし、こればっかりは神の命。破る訳にはいかないからな・・・」
「私の娘もまだ十にもならないけど、成長したら身を捧げないといけないのかしら・・・」
村民の話を聞く限り、土地神に若い娘を生贄に捧げざるを得ない状況らしい。そして、村長の娘が指名され、命を捧げることに決まったようなのだ。
今生の別れを惜しみつつも生贄に選ばれた娘さんは、鉈切神社の上社、つまり俺たちが祈った所から出立する。村長は立ちながら涙を流し、母親は泣き崩れ地に臥せっていた。村民も見送る事しか出来ない。その中を気丈に歩く娘さんだけが輝いている様に見えた。
画面は娘さんの後姿を映している。山を下り、右手に折れ、山沿いに歩いていく。
行く手に割と大きな池が見えてきた。娘さんは、名を名乗り、池に呼びかけた。
池の水が震え、中から大蛇が現れた・・・
急に辺りが暗くなり、はっと気が付くと元居た薄暗い安房、鉈切神社上社の本殿前である。




