第四章 第四幕 怪異の器
安房に渡り、野営の準備を始めた俺たち。
しかし、いつも俺たちを照らし、獣除けとして働いていてくれた野宿火が出てこない。
そして、蓉子が起こした火でさえも、熱はあるのだが光が足りない。
再び怪異と遭遇した俺たちは――
目が覚めて周りを見ると……まだ暗い。早く目が覚めてしまったか。もうひと眠りしよう――
「兄様、起きてください。そろそろ出立しますよ」
朱莉が俺の身体をゆすって起こす。
「ん? まだ夜じゃないか。何かあったのか?」
「時間的には、朝は過ぎています。昼までは、まだ時間はありますが」
葵衣が不審な顔をしている。
「野宿火や、蓉子さんの焚火、そして朝日。ここでは明りが弱まるみたいですね」
「誰かが、光を食べているのかしら?」
蓉子の冗談に、まさか、と思う。
「陽が昇らないとか、太陽が欠けるとかは妖怪の類では聞いた事ありますけど……」
朱莉が不思議そうに語る。
「いつもの事だ。何かに巻き込まれたんだよ。きっと。朱莉が知らないなら、異界からなんか来ているんじゃないか?」
俺も随分とこの旅に慣れたようだ。
「そうかも知れないわね。でも、相手が解らないと手が打てないのだけど」
「大丈夫だよ、葵衣。まずは村まで下りて、情報を集めよう」
俺はみんなを急かし、村へ向かう。
山裾の農村では、薄暗い中、収穫が行われていた。
俺たちは村長の家に向かい、話を聞くことが出来た。
「ここ半月ほど前から、陽の光が弱まりましてね……収穫直前だったので、米や畑の作物には、さほどの被害は無かったのですが」
「近隣の村も含め、世の中の光が何かに吸われているような気がしています。
」
村長は、この怪異が続くと思ってか、表情が暗い。
「この状態が長引き、田植えの季節を過ぎれば、私達は死んでしまう」
「あの、領主の方に相談されたのですか? もしくは、古い言い伝えとか」
朱莉も今は積極的だ。野宿火の事があるからだろう。
「年貢の引き下げをお願いしたのですが、戦に必要と断られてしまいましてな。古老や、住職、神主などにも過去の事を調べてもらったのですが初めての様です」
村長は、言い終わると、頭をかかえ唸り始めた。
「なんで、こう次から次へと信じられない事が起きるのだろう! 私たちが何か悪い事をしたというのか!」
次から次? 他にも何かあったのだろうか。
「他に何かあったのですか?」
「えぇ。昨日、海から大蛇が現れましてね。すごい勢いで山を登って行ったんですよ。その後に、悲鳴のような耳を突き刺すような叫び声」
《あ、その件は俺たちが原因だ》
「そ、それは災難続きですね……。俺たちは武者修行をしていまして、この件を調べてみますよ」
「ほ、本当ですか。みなさん、お若いのに頼りになります。是非、必要な事が有りましたら、なんなく仰ってください。近隣の村も含め、出来る限り協力いたします」
村長は、俺の両手を握りしめ、神にでもすがる勢いでお願いしてきた。
「それは助かります。私たちは、過去に似たような事を体験していますので、なんとかなると思います」
葵衣の自信に満ち溢れた声で、村長さんは勇気づけられたようだ。
後半の部分は俺たちが原因なのだが……まぁ黙っておこう。
あの大蛇たちも、何かをするという事はないだろう。特に、長沢の大蛇は。
まずは、この村の古老、住職、神主に話を聞きに行ったが、村長の言う通り記録や伝説は無いという。
次に、近隣の村まで足を延ばして聞き込みを行ったが、有力な情報は得られなかった。
「ねぇ、茂玄。あんたには散々言ってきたけど、バカよね」
いきなり、何を言い出すんだ。蓉子は。
「へいへい、俺はバカですよ」
「なんとかと煙はと言うから、登ってみない?」
ただ、それを言うためだけに、バカ呼ばわりかい。
「そうだな、ここら辺では鋸山が一番高いらしいし。あの大蛇たちの事も見てくるか」
途中、日本寺と呼ばれる巨大な仏閣が建立されている。その広さ、立派さは目を見ものであった。明るさがあれば、さぞかし立派に見えたであろう。
霊験あらたかと言うらしいが、ここでも有力な情報は得られなかった。
「時間の経過もあるかもしれないけど、頂上の方が暗くないですか?」
葵衣が指さし、そちらに目をやる。
長沼の大蛇が来たのは昨日。光の怪異は半月前。あの大蛇が犯人ではないと思うが――
となると、相手の大蛇が犯人なのか?
戦いに備えて、山頂から少し離れた所で一泊する。確かに昨日以上に光が弱い。
朝、気合を入れて山頂を目指す。
「おーい、長沼の大蛇さん、元気ですか?」
フラれた相手に元気というのもなんだが、思いつく言葉で呼びかける。
しかし返事がない。姿も見えない。
「やはり、ここが怪しいですね」
朱莉の言葉に、蓉子もうなずいた。式神や精霊を使う彼女たちには異変を感じられたのであろう。
葵衣には、その気が見受けられないので、特有のものなんだろう。もちろん、俺も感じない。
「エルドヴル!」
蓉子が右手を天に掲げ、炎の精霊を呼び出す。右手から放たれた炎は、生き物のように天に向かっていく。そして、山の東側から消えていった。
「あっちね、行ってみましょう」
蓉子の読み通りに事が進む。山を東に少し下ったところに大きな洞穴があり、その中に生き物の気配を感じる。極力気配を察知されないよう、気を付けて洞窟を進む。ドーム状の大きな部屋にたどり着き、俺たちは固まった。
恐ろしく巨大な蜘蛛が居たからだ。




