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第四章 第二幕 相模の古傷

 伊豆で旗揚げして、関東の雄となった北条家。

 鎌倉時代の北条家との区別の為に、後北条と呼ばれている。家紋も執権北条家の三つ鱗を少し圧し潰した物になっている。

 家名は大事なんだなと思いつつも、伊豆から箱根に向かう。



 北条早雲の名で知られる人物は、実際には一度も名乗った事がないのだとか。

 伊勢新九郎盛時として、縁故を辿り今川氏に取り入る。お家騒動の仲裁をして、まんまと主家の領地伊豆を手中に収めた。

 情報収集と物資の貯えにはうるさかったようで、道に落ちている針も拾って蔵に入れていたとか。




 伊豆の次の目標は、西相模。つまり小田原城を中心とした地域だ。

 当時の大森氏頼と言う領主は、人を見る目があった。そして早雲を警戒していたようだった。

 しかし氏頼の死後、家督を継いだ息子藤頼は凡庸、いやお人好しだったのだとか。早雲が藤頼と文を交わし、交友を深め油断しきったところで襲い掛かった。

 山で猟をしていたが、鹿が箱根に逃げて行ったので、勢子(せこ)を領地に入れさせて欲しいと頼み、許可を得る。勢子とは、獲物を追い回して殿さまの前におびき出す役目だ。

 実際には、勢子は足軽衆で、さらに人数を多く見せるために牛の角に松明を着けて走らせたとか。


 何時の時代も、ふいうちと人数で勝負は決まる。

 小田原を制圧した早雲の次の目標は、東相模。鎌倉から三浦にかけての地域だ。



 三浦は三浦一族が治めていて、早雲と対峙していた。関東管領上杉家と分家筋が応仁乱の余波で相争い、その隙間を縫うように両陣営が領地を広げていく。北条家と三浦家との戦で前線が東西に動きつつも、着実に三浦家は追い詰められていく。

 三浦道寸こと義同(よしあつ)、息子の義意は最期の突撃を行い、果てたという。その時の獅子奮迅ぶりは後世に残る程のものだったとか。

 三浦家の敗北が決まった後、悲劇が城を包む。残った家臣、女子ども問わず崖から海に飛び込んだ。

 そして、その海は最期を遂げた者たちの血で真っ赤に染まり、その情景から油壷(あぶらつぼ)という地名になったのだとか。


 三浦半島の先端、油壷を見ながら葵衣が語ってくれた悲劇。




 歴史は勝者によって創られるというが、伊豆から三浦に至るまでの旅で聞いた葵衣の説明に興奮を覚えた物だった。

 苦難に打ち勝ちながら、国を平らげる。その偉業にはロマンを感じていた。後に関八州を治めた北条家の祖であると尊敬と憧れがあった。


 しかし、負けた方にしてみれば蹂躙しに来た者。

 どちらが善、どちらが悪。志賀城の悲劇はロキの仕業で白黒がはっきりしているが、人間同士だと複雑なんだと。



 口には出さないが、葵衣がすべての合戦に介入しないのは惨たらしい光景が原因ではない。人と人との戦いが故に、介入できないのであろう。

 朱莉はどこからか、花を摘んできて、油壷に捧げた。来世ではきっと幸せになる様にと。

 蓉子は、近くの木に寄りかかり、近づく事すらしない。

 人それぞれの感情表現なのだと思う。



「この後、早雲は安房に渡って戦ったみたいよ。私たちも行きますか?」

 葵衣が俺に聞いてきた。

「次の宛てもないんだから、俺たちも安房に渡るか!」

 三浦から、安房館山まで直線距離で二十キロ弱。。船ならあっという間だ。


「茂玄は、本当に学ばないのね……。前回船旅で手痛い目に遭っているでしょ?」

 蓉子の鋭いセリフが突き刺さる。山本勘助の足跡を追っていて、直江津で難破したことを言っているのだ。



「あの――昔話なので本当かどうかはわからないのですが……」

 朱莉がいつもの調子で、申し訳なさそうに語り始めた。

「なんでも、長沢の本行寺に雄の大蛇さんが住んでいまして、安房の鋸山に住む雌の大蛇さんと両想いになったんです。でも、潮の流れが厳しく渡れない。そこで、岩を海に放り投げ、それを足場に海を渡ろうとしたのですが、諦めてしまったらしいんです」

「という事は、その大蛇に続きをやってもらえばいい訳ね!」

 蓉子がはしゃぐが、そうはいかないだろう。

「それで、蓉子さんの精霊に協力してもらって、潮の流れを抑えてもらっている間に、大蛇さんと一緒に渡るのはどうかと・・・」


 確かに、面白い伝説だ。試してみる価値はありそうだ。




 油壷から二時間程歩いて、長沢の本行寺まで歩く。

 山の奥で眠っていたらしく、朱莉に起こしてもらった。

「あの、お休みのところごめんなさい。大蛇さん、まだ鋸山の大蛇さんは好きですか?」

 大蛇は、何事かと思い起こしていたようだが、何かを思い出したかのように活気がついた。

「おまえさんが、なんとかしてくれるのかい?」

「あたしではないですけど、蓉子さんが波を静めてくれるって……」

「真か。では早速行くとしよう。こんな日が来るとは思わなかった」



 大蛇の背に俺たちは乗っかり、海辺を目指す。入り江とは云えども、大きさが違う。やはり波は荒かった。

「おい蓉子。いけそうか?」

「あんた、誰に言ってんのよ」

 蓉子は言うなり、水と風の精霊を使い、海を静める。

「なんと。これで、いとしのアイツに会える。さぁ、一気に行くぞ」



 大蛇は、海面を滑るように泳いでいく。みるみる三浦半島が遠くなり、房総半島が近づく。


「いや、本当にありがとう。これで添い遂げられる」

 大蛇はお礼を言って、鋸山に登って行った。



「え――――――」

 悲鳴が木霊する。先ほどの大蛇の声だ。

「大蛇でも女。会いに来る努力を放棄した男になびくわけ無いわよね」

 蓉子の的確な表現が印象に残った、一時だった。


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