第三章 第三幕 赤い櫛
修善寺に到着して、蓉子さんたちは宴の席で芸を披露する。そして客人の喝采をあびていた。
男二人は華がないという理由で、宴の席には出ずに声を聴きながら時間を過ごしていた。
翌朝、目を覚ますと隣に蓉子さんが寝ていた。大の字になって、まるで自分の家みたいに安心しきって寝ている様だ。
庭に目をやると、そこには朱莉さんが湯浴みをしていた。色白で、肌理細やかな肌。これが女性の肌という物なのか。
朱莉さんは、僕に気が付き挨拶してくれた。
「おはようございます、はこぞうさん。昨日はお客さんがあたしの歌を聞いてくれて、とても喜んでくれたんですよ!」
無邪気な声を聞いていると、やはり子どもなのだと思う。
「はこぞうさん、起きたのか?」
茂玄さんが、部屋から出てきた。朱莉さんは真っ赤になって、茂玄さんから背き、盥桶の中に小さくなる。
「兄様のバカ」
茂玄さんは『悪い』と言って、そそくさと部屋に戻って行った。僕も茂玄さんに続く。
兄妹だと、湯浴みは見てはいけないのか。不思議なものである。
いつの間にか蓉子さんは起きていて、ニヤニヤしている。
「この変態は、大人のわたしたちは覗かないのに、幼女には興味があるのね。肝が小さいのか、ロリコンなのか」
知らない言葉があるものの、茂玄さんは蓉子さんに揶揄われているらしい。
「いや、これは単なる事故で・・・」
茂玄さんは弁解をしているが、蓉子さんには歯が立たないようだ。
「朱莉も、そんな所で湯浴みなんかしないで、葵衣と一緒に温泉に行きましょう!」
蓉子さんは、これから温泉に行くという。蓉子さんも朱莉さんと同じような肌なのだろう?。
「あ、でも茂玄に覗かれないように気を付けないとね。あの野獣は見境ないし、美しいわたしたちが対象なのだから」
散々言われている茂玄さんを観ていると、寂しい気持ちが湧いてくる。なぜだろう。
蓉子さんたちが温泉に行っている間に、僕と茂玄さんは街に散歩に出かけた。
途中に小間物屋があって、櫛や簪などが並べられている。この街で働く芸者さんたちのためなのだろうか?
「お、この簪可愛いな。朱莉の土産にでも買っていくか」
「茂玄さん。仲間にお土産を買うのですか?」
「うーん、特に考えたことなかったけど。折角似合いそうな物があったから、朱莉にあげたいなと思ってね」
「僕も蓉子さんに贈ってもいいのでしょうか?」
「それは、蓉子も喜ぶんじゃないか! 俺が買って行っても嫌味を言われそうだけど、はこぞうさんなら喜んでくれると思うよ」
蓉子さんに喜んでもらえる。
「お金は俺が払うから、はこぞうさんが選んでくれよ。で、葵衣にはどれを買って行こうかな……」
蓉子さんの喜ぶ顔が頭に浮かぶ。それはどんなに嬉しい事だろう。一品一品、蓉子さんを想像しながら選んでいく。
これは心がうきうきする。茂玄さんは、この気持ちを味わいたく、お土産を買っていくのだろうか?
昼過ぎに、旅籠に帰ってきた。蓉子さんへの御土産に赤い櫛を選んでみた。
「葵衣たちは戻ってきているか?」
「あら、おかえりなさい。茂玄さんたちは温泉に行かなかったのですね。気持ち良かったですよ!」
「まぁ、色々あってね。そういえば蓉子。はこぞうさんが話があるから部屋で待っていて欲しいって言っていたぞ」
僕は茂玄さんにそんな事を言った覚えはない。蓉子さんに渡す段取りをつけてくれたのであろう。
茂玄さんは朱莉さんや葵衣さんに御土産を渡し、談笑している。その声を後ろに、蓉子さんの待つ部屋に向かった。
「あ、あの蓉子さん。もし良かったらこの御土産を貰ってくれませんか?」
僕は買ってきた赤い櫛を差し出した。蓉子さんは初めは驚いた顔をしていたが、破顔してありがとうと受け取ってくれた。
「折角だから、わたしの髪に挿してくれないかしら?」
蓉子さんから、渡したばかりの櫛を受け取る。
「僕が……その……蓉子さんの髪に触れても?」
「いいから、早くつけて頂戴。こういうのは、喜んでいる最中にしてあげるのが常識なのよ」
僕は、恐る恐る蓉子さんの髪に触れ、櫛を頭に挿した。女性の髪に触れるのも、櫛を挿すのも初めてだ。
なんだろう。お店では、ただの櫛でしかなかったけど、蓉子さんの白い髪が映えて見える。想像より遥かに神々しさを感じる。
「どう? 似合うかしら?」
蓉子さんは、くるりと一回転し、僕に感想を求める。
「えっと、とてもお似合いです。蓉子さんのために拵えた様です」
「お世辞でも嬉しいわ。こんなに気を遣ってもらって悪いわね。でも、大事に使わせてもらうわね」
蓉子さんは上機嫌で部屋を出て行った。茂玄さんたちの所へ行ったのであろう。先ほどまでの声は更に大きくなっていた。
僕は嬉しさのあまり動けなかった。ただ部屋の真ん中で感慨に耽っていることしかできなかったのだ。




