第二章 最終幕 虎が野望の影で
山本勘助を倒した刹那、北欧の神ロキと息子フェンリル、そして地獄の番犬ガルムが現れる。
豊受気媛の眷属たち、北欧神話の精霊と妖精、そして諏訪湖の神により倒すことが出来た。
戦場に残った俺たちは――。
葵衣はロキの頸を落とし、肩で息をしながら立っていた。目は虚ろで、立っているのがやっとと言った所だろう。剣豪勘助と互角に戦い、ロキとの睨み合い、そして止め。
申し訳ないが、あれで平然としていたら化け物だと思う。
蓉子は勘助に向かって走り出していた。傷や容態を見て、救助をしている様に見えた。葵衣と同じくらい疲弊しているだろうに。
「なぁ蓉子。俺たちの敵を助けることはないだろう」
返事がない。無視されているのか、答える気力もないのか。
「とりあえず、一命はとりとめているわね」
蓉子は勘助を仰向けに寝かせて、へなへなと座り込んだ。
朱莉は……。見当たらない。
さっき豊受気媛と何かを話していたな……そして龍が現れた。無関係とは思えない。
「おい、朱莉はどうした?」
俺は豊受気媛に掴みかかった。豊受気媛は黙って俺をみている。
「なんとか言えよ。朱莉はどうしたんだよ」
彼女を揺らしても、何も変わらない。
「あのドラゴンは、神聖がかなり高そうね。強い力には代償が必要という事じゃないかしら?」
いつもは冷徹な口調のオルルーンも少しためらいがあるようだ。なんだかんだは言いながらも、いつも助けてくれている。嫌われているわけではないんだよな。
「豊受気媛、申し訳ない。そして助太刀ありがとう。本当に助かった。オルルーンにも同じように感謝している」
俺は、豊受気媛から一歩下がり礼を述べた。
そして、膝から崩れ落ちる。
「操られていたとは言え悪逆非道を行った勘助が助かり、幼いながらも命がけで戦った朱莉が犠牲になるなんて」
何が出来る訳でもない。体力や精神力が限界を超えているのもあるだろう。ただただ、河原に自分の拳を何度も打ち付ける他無かった。
静寂が戦場を包む――。
朱莉の式神である、猫又の三毛介。
三毛介は俺の腕を引っ掻き、歩きはじめる。
「おい、どこへ行くんだ? 朱莉はもういないんだぞ」
三毛介はとぼとぼ川沿いに諏訪湖へ歩き始めた。
「おい、待てよ。お前の足でどれだけかかるんだよ」
こちらも無視。
「魔女狐。茂玄たちを諏訪湖まで送ってあげないの? 英雄に対して冷たいわね」
オルルーンの言葉に、豊受気媛はふむと頷き俺たちを光で包み、諏訪湖へと連れて行った。
湖面はそよ風に挨拶する位の、静かさであった。
天に昇った月が水面に揺れている。一里四方の湖は静寂そのものだった。
湖岸にある砂浜には、俺、葵衣、蓉子、豊受気媛にオルルーン。そして、隣には山本勘助が横たわっていた。
三毛介は、何も躊躇せず湖に向かい歩みを進める。行く先が湖ではなく、そこがただの道の様に。
三毛介の足取りをただ見守る俺たち。水に足を入れたと思いきや、水面を平然と歩いている。
先ほどの雷とは異なり、柔らかな光が湖の奥底からあふれ出してくる。見とれているうちに、三毛介は完全に湖の中にいた。
光が膨れ上がり、湖面を飛び出したかに見えたとき、そこには少女がたたずんでいた。三毛介は何事もなかったかの様に光りに跳び上がり、光りも彼を受け止める。
光りが徐々に消えていき、そこには三毛介を抱いた朱莉が居た。
「朱莉、大丈夫なのか?」
「はい、ご心配おかけしました。そして約束を破ってごめんなさい」
湖を歩き、俺たちの元に戻ってきた朱莉は、謝ってきた。ダイダラボッチの時の約束を破ったからだ。
でも、無事でよかった。本当に良かった。約束など、どうでもいい。ただただ戻ってきてくれた事だけが嬉しかった。
「朱莉は、ドラゴンに呑まれたのでなかったの?」
オルルーンは不思議そうな顔をして聞いてくる。
「はい。確かに、あたしを依り代にして諏訪湖の竜神様にロキと戦っていただきました。戦いが終わり、湖に戻るときに意識が遠くなりました。ダイダラボッチの時とは違う、優しい抱擁感です。とても気持ちが良く、そのまま眠るような気がしていたんです」
「朱莉も疲れていたでしょうからね。でも、なんで眠らなかったの?」
蓉子が質問をした。
「その時、あたしの中から声がしたんです。あなた様は地にお戻りください。まだ若い。我らが崇める竜神様には私たちを捧げ下さい。竜神神と同化できるとは、最高の喜びです、と」
「それって、もしかして」
葵衣がはっとした顔で朱莉を見る。
「そうです。相馬の海岸で出会った、足長様、手長様の御夫婦。自然と手を伸ばし、式神の名を口にしていました。あの二人の満足そうなお礼を聞いていたら、湖面に上がっていたのです」
オルルーンは不思議な事があるもんだという顔をしている。
俺は膝を地に着き、泣いていたみたいだ。朱莉が優しく俺を抱きしめる。
しばらく、時間が過ぎたのだろう。俺は我に返り、立ち上がって周りを見渡す。蓉子はそっぽを向いていた。葵衣は見てはいけないといった風で、山本勘助の横にかがんでいた。気がついたら、豊受気媛とオルルーンは消えていた。
俺が立ち上がって、周りを見渡していると、蓉子はそれに気が付き、山本勘助に近づく。
「こら、じいさん。もう起きられるでしょう!」
頭をはたく。さっきまで死にかけていた人物の頭をはたくのもどうかと思うが、蓉子らしいと言えば蓉子らしい。
「爺さんは、やめてくれ。儂はまだ五十前だ」
「片目が見えず、よろよろとしか歩けないのだから。あそこまでしでかして、老人扱いされるだけでも幸せだと思いなさい」
「相変わらず、厳しいのう。美人がもったいない」
言葉遣いからは、俺たちの事を覚えている。ロキに支配されてからも記憶はあるみたいだ。
勘助の話をまとめると、次のような事だ。
西国を周り、東北を抜け、房総から相模に渡り、伊豆まで旅をしてきた。その間に幾人もの人物を見て、そして見聞を広めていた。小田原城下で北条氏康の話を聞き、祖父早雲の出立点伊豆に興味を持ったという。箱根の山を越えていた時に、雷に打たれ、気が付いたらあの有様であった。
「過ぎた事を、とやかく言っても仕方がありません。しかし、勘助様は力がある。故に、今度はそれを民の為に使って下さい。それが、操られていたとはいえ、勘助様が償う方法です」
「こちらの美人さんも、厳しい事をいいなさる。しかし、左様。そうするしかあるまい。板垣様の代わりをすべく、甲斐の民のため、晴信公にお仕えいたす」
「では、達者で。ご武運を」
葵衣の言葉を背に受け、勘助は晴信の居る、陣へと帰っていくのであった。
こうして、山本勘助とロキには決着がついた。
「さて、次はどこに行こうか?」
「折角だし、勘助様が行くはずだった伊豆に行ってみたいです!」
朱莉の言葉を聞いて、次の目的地は決まった。この三人には活躍に見合ったプレゼントをあげたい。
伊豆で何かを見つけよう。
第二章 虎が野望の影で (完)




