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第二章 第五十七幕 海岸で暮らす夫婦

 山本勘助との問答で、何らかの仮説を立てた葵衣。彼の足跡を追う旅を、危険を承知で続けることにした。




 まずは、直江津まで戻った。

 俺たちを乗せたが為に船を失った船頭さんは、今新しく作っているという。

 船員たちは、それぞれ漁を行っているそうだ。まずは取り返しのつかない被害にならなかった事に感謝したいと思う。

 感謝の相手は神、つまり豊受気媛か? そういえば、最近あの二人を見ていないな。



 船の難破が、山本勘助の仕業と考えるなら、次の旅では襲われることは無いと思う。

 しかし他の人に迷惑が掛からないように今まで通り徒歩での旅を続けることにした。船旅は楽ではあったが、信濃で育った俺としては陸の方が合っている気もしている。朱莉の体力や身体への負担を考えながらの旅を心掛けた。




 越後から出羽を抜け、津軽まで北に向け旅をした。津軽からは東に進み、三陸海岸にそって南に下っていく。特にこれと言った出来事はなく、たまに出るトロルド相手に軽く運動する程度だ。

 細かく巡って行けば大小の山々、神社仏閣それぞれでの妖怪など見つけて朱莉の式神にでもするつもりだった。

 しかし、今回細かくは回れないし、トロルドの出現により日本の妖怪の類は鳴りを潜めているという。




 陸奥南端に位置する相馬領まで来たところで、思わぬ収穫があった。

 相馬家は鎌倉時代から続く名家で、独眼竜政宗を輩出した伊達家とも縁が深いらしい。

 この東北地方でも争いはあるようだが、中央に比べると比較的緩やかに感じた。

 現在の頭首、相馬顕胤(あきたね)は名君であったようで、地元の評判も高い。領土拡大は行わないため、農民への負担は少ない。かといって侵略があった場合は巧みな戦術ですべて退けているという。


「日本すべてが相馬様の様な方だったら、みんな笑って暮らせるんでしょうね」

 朱莉が呟き、俺も賛同した。しかし俺が知る限り為政者がすべて善人だった事はない。



 海岸では、どこも漁が行われていたのだが、ある場所だけは舟も網も見当たらない。

「あれ、何かしら?」

 蓉子が、少し沖に出たところで何かが居るのを発見した。俺も目を凝らしてみるが、何かが居る程度までしかわからなかった。


「あれって、もしかすると……朱莉ちゃん。行ってみる?」

 葵衣が朱莉に聞いていた。つまり、妖怪の類という事だろう。



 俺は少し戻って、小さな舟を借り受け全員を乗せて沖に漕ぎ出した。

 近づくにしたがって、相手がだんだん見えてきた。男が女を負ぶって、女が魚介を採り、二人で食べている。女は手が異様に長い。背負っている男はこの深さでも立っていられるという事は足が長いのであろう。そう、手長・足長だったのだ。


 俺たちの舟に気が付き、手長・足長の夫婦は体の向きを変えて、こちらを見てきた。朱莉は舟の先端に立ち、彼らに向かう。

「あなた達は、この地に住む足長様、手長様で間違いないありませんか?」

「いかにも」

 足長が応える。

「あの、平和に暮らしている所を申し訳ないですが、あたしと契約をしていただけないでしょうか?」

「うぬの式神になれという事か?」

 手長が聞き返す。

「そうです。是非一緒に、この日本を御護り下さい」


 手長・足長の夫婦は何か相談を始めた。敵対する意思はなさそうだが、乗り気の様にも見えない。


「申し出はわかった。しかし、我らを迫害していた神々が治める国を、護る義理などないであろう」

 足長はやや怒り気味に話しかける。

「地に降りた須佐之男命(すさのおのみこと)の子であり国を治められていた大国主命(おおくにぬしのみこと)天照大神(あまてらすおおみかみ)の命とはいえ、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が力によって奪った事に対しての怒り。もっともだと思います。しかし、今ではその子孫である天皇家も力を失い、日本は戦乱に晒され、多くの罪なき人々が傷つき、嘆き悲しんでいます。その人々は土地神である貴方方様を信仰しているのではありませんか?」

 葵衣が反論する。


「なるほど。して、その巫女はどの様に思う?」

「あたしは信州諏訪湖にて、御神体とお話をさせていただきました。二柱ともとても悲しんでおられ、あたし達に望みを託したいとおっしゃられておりました。宜しければ、ご自身の手でご確認ください」

 朱莉は、言い終わるや否や海に吸い込まれるように体を預け、水中に消えていった。

 手長が朱莉を掴み揚げ、何かを凝視している。手長は足長に何かを話し、朱莉を舟に戻した。


「相分かった。我らが始祖の命とあれば、己らに力を貸そう」

 朱莉は、お礼を述べた後、式神として術を施した。

 これからこの地でも漁が盛んになるのであろう。


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