第二章 第五十五幕 道鬼
村上軍の二倍の兵力を持つ武田軍。しかし結果は武田軍の実質的敗北に終わった。
お互いに戦場から引き揚げ、死体の山が残っていた。遊行僧が来て、両軍の名も無き死者を供養する。近くの村人が塚を造り墓とした。
俺たちは、両軍の戦いを見ていた。そして結果まで。
「戦も終わり、双方本陣に引き揚げた。俺たちはここで夜を明かさないか?」
誰もが無言の中、俺は提案した。特に返事をするまでもなく、それぞれが準備をする。
夕食を食べ終え、各自が自由に過ごす時間である。朱莉は三毛介と戯れ、蓉子は酒を煽って気持ちよさそうに寝る。葵衣は鍛錬を怠らない。いつもはそうなのだが、今日はただ黙って火を囲んでいた。
突然、蓉子と朱莉が反応する。三毛介も毛を逆立て威嚇する。葵衣も薙刀を構えていた。
その方向を見ると隻眼、半身不随の男がゆっくりと歩み寄ってくる。
「山本勘助」
俺は呟いた。以前遠目から見たとき、対峙したとき、四ツ目入道からの像を見たとき。全ての恐ろしさが蘇る。
「何か御用かしら。武田の軍師様」
葵衣が問いかける。もちろん臨戦態勢は解かない。
「ケケケ。そう怖い顔をせんでくれ。折角の美人が台無しじゃ」
皺枯れた声で返す勘助。
「何、心配せんでも今日は闘う意思はない。ちと先勝祝いに酒を呑もうと思ってな」
「甲斐の虎と呑んだ方がよろしいのでは? それとも、名将を失ってそれどころではないの?」
蓉子が返す。
「まぁ、とりあえず見ての通り丸腰。そして、供も居ない事は察知しているだろう。危害を加えるつもりは無いからとりあえず座ってはくれまいか」
確かに丸腰で、人間どころか、屍の侍も居る気配は感じられない。蓉子と朱莉を見ればわかる。
俺は意を決して勘助に対峙して座る。他の三人も倣って座った。
「そこの妖狐が持っている瓶子には良質の酒が入っていそうだな。一献頂けぬか」
「化け物に味はわかるのかしら?」
皮肉を込めて言い放ち、酒を注ぐ。
勘助は一気に呑干すと、これは絶品だと褒めたたえた。
「まずは儂の招待に応じて貰い感謝する。船旅からの上田原までの旅は如何だったかな?」
「やはり、あなたの仕業だったのね」
「貴重な戦力を割くのはもったいなかったので、案内は雑兵にやってもらったがね」
暫く沈黙が続く。
「では、何か御用でしょうか?」
葵衣が仕切る。
「まずは自己紹介と行こう。お主らは儂が山本勘助と呼んでいるから、そこそこ知っているのであろう。しかし儂はお主らを知らぬ。興味があってな。儂の事は道鬼とでも名乗っておこう」
「俺は、武居茂玄。武芸者として彼女らと旅をしている」
「私は、草彅葵衣。薙刀の道を極めるべく旅をしています」
「あたしは、蘆屋朱莉。一応陰陽師です。こちらは三毛介」
「さっきは妖怪呼ばわりしていたけど……わたしは白雪蓉子。占術師かしら」
一通り、自己紹介をする。
「蘆屋とは、道摩法師の家系かな。それに、そなたらの武具には何か特別な力を感じるが只者ではあるまいて」
「まぁ色々あってね」
蓉子ははぐらかす。
「以前対峙したときにも話したが、儂は来るべき戦いに備え自分の軍が欲しい。それで強者の死体を集めているだけよ」
「板垣信方様は、あなたを武田家に仕官させた御方でしょ? あんな騙し方で殺すなんて……」
葵衣は強く話す。
「儂を推挙したことを知っているとは驚きだ。しかし、板垣某も武田の小僧も儂にとっては将来の駒よ」
「勘助いや道鬼さんは、戦をするために武田家に協力していると?」
「左様。あの小僧が諏訪の姫を嫁にしたがった時も周りの者は反対。儂は弁舌で家臣たち説き伏せた。これも将来の禍根を残すための策。あの小僧はますます儂を重用するようになりやり易くなったわ」
「志賀城の酷い仕打ちも、その一環だと!」
俺は声を荒げた。
「御明察。あの仕打ちは信濃勢に武田への憎しみを込めさせるため。村上の様に徹底抗戦すれば死者も増えるしな」
「あなたの半生を追いかけてみた。あなたは才能も有り、努力家で、優しい人物だったはず」
俺は強く迫る。
「人の過去を覗くとは、良い趣味とはいえんな。まぁ今後は止めるが良い」
「あのう……あたし達がここまで来る途中に倒した人たちって――」
朱莉がか細く質問する。
「まぁ、各地に居た志賀城の残党の成れの果て。そういえば茂玄とやら、お主は幸せ者だ。あの一帯で斥堠をしていた者たちは我が兵となり、お主らと戦ったのだから。昔の仲間と」
朱莉は泣きそうだ。俺の背に隠した。
「まぁ、今日の所は退散するとしよう」
山本勘助いや道鬼はゆっくり立ち去って行った。
完全に気配が消えた後、俺たちは緊張から解かれ脱力しきってしまった。




