第一章 最終幕 因果の崩壊と物語のはじまり
で、周りを見渡し、豊受気媛と|異界のオルルーンを探す。オルルーンはユグドラシルの戦乙女。女神というより、天使だな。
「オルルーンも消えたんだな……」
オルルーンと豊受気媛は、己のメンツを賭けた品々と術を施す。
オルルーンが葵衣に与えた薙刀に、豊受気媛が手を加える。これは最大の屈辱だろう。
天使オルルーンは俺の頭に一撃を入れた後、飛び去って行ったそうだ。
「あの、一応確認したいんだけど……。俺の装備とかは?」
「あのまま、何もなく去ってしまいました」
俺への特典は……無いに等しい。
「それでは、今の状況をまとめますね」
葵衣が、今の混沌とした事象を整理する。
ここに集まった、俺たち四人と豊受気媛、異界のオルルーンが中心となる。
俺は、未来で死亡して、十五年前にこの世界に武居茂玄として生を受けた。
葵衣は、俺の前世より遥か未来から、転移。
朱莉は、この地この時代に生を受けているが、陰陽道として不思議な術を使える。
蓉子は、前世で事故死したが、狐に憑依して、俺たちの前に居る。
豊受気媛は日本古来の女神。豊穣の女神にして、稲荷神の頂点に立ち、俺たちをサポートする。
オルルーンは、北欧神話の戦乙女。ユグドラシルの絶対神オーディンに仕え、来るべき神々の黄昏に備え準備をしている。
「朱莉、まだ発音や聴き取れない単語があったら、遠慮なく言ってくれ。ちゃんと説明するから。これらの言葉は俺たちの居た未来でも、知らない人も多いんだ」
「はい、わかりました。ご指導お願いします」
朱莉は、頭をペコリと下げる。
「朱莉は、十四歳か。もっと幼いかと思っていたわ」
俺も初めて見た時は十歳に満たないと思っていた。しかし蓉子が口に出すと、少々嫌味にも感じる。
「御先祖代々の中でも体内に宿す力が強いそうです。その力によって、成長が遅いらしく……お恥ずかしい限りです」
「それだけ、身体に負担をかけているのね。絶対に無理はしないでね」
「ありがとうございます。葵衣さんたちの旅の足を引っ張らないように努力します」
朱莉はタダでさえ小柄な体型、そしてまだ幼い。元の時代で言えば中学生くらいだ。この心意気には感心しか感じない。
旅の準備として、豊受気媛やオルルーンから準備してもらったものを、改めて確認する。今度は、俺にも名前は理解できた。
俺たち全員には
・水食糧が無尽蔵に出る『常糧袋』
・不老の術
・各種の言語の理解と同時翻訳の技能
・服装の一式と周りから異様に思われない術
これから、俺たちは日本を旅することになる。この時代に標準語はない。
各地の方言、公家の言葉などがコミュニケーションの障害になるだろう。
また、異界からの侵攻と、逆に転移する事も考えられる。聴き取りと発音は自然に行われ、会話は成立するという。
ただし例外として、言語概念が薄い低級の妖怪。例えば今回襲ってきたトロルドなどは通じる可能性は低いという事だ。
俺たちの旅は永くなるだろう。長旅に耐えられるような布地があてがわれた。そして戦闘も十分に想定できるので、物理攻撃や魔法などのエネルギー攻撃にも一応の耐性があるそうだ。
葵衣は薙刀の練習着から魔法少女を思わせる格好になっていた。
俺は足軽の格好から、牢人風の非戦闘の服装へ。
朱莉の見た目は緋袴の姿から変わらない。
そして、蓉子は少し碧みのかかった着流し。美人と長身も相まって、どの時代でも高ランクの美人と言っても過言ではないだろう。ただ、狐の耳と尻尾が気にはなる。
後は携帯トイレや使い捨ての紙などもあった。そしてそれを処理する袋も。葵衣たちには必要なデリケートな物だ。俺も今世では気にならなかったが……流石に前世の暮らしを考えると嬉しい。
ここからが、銘々への恩恵となる。
葵衣には
・病気にかからない術。
・霊力の高い薙刀。
・そして、魔法少女を彷彿とさせる、北欧の装備。
・日常品として、料理用の鍋とフライパン。包丁などの調理器具を願って貰った様だ。
朱莉には
・神々の力が宿る三種の神器、『勾玉の首飾り』、『銅製の鏡』、『懐刀』。
・妖怪や物怪のなど、異界も含めて能力を察知できる能力。
・倒したモンスターの死体を回収する袋。
蓉子には
・精霊を扱う指輪「精霊の指輪」。
・酒が無尽蔵に出る、那由多瓶子と酒の宴。
・大きさの変わる杯。二柱から貰った物は酒が出るだけだから器が必要だ。
・ミスリルのタロットカード。
このタロットカード。オルルーンは知ったかぶっていたが、蓉子から何度もやり直しをさせられていた。
そして俺には
・「スターダルカッシ」という、いくらでも物が出し入れできる背負子。
・関係者から俺の存在の消去。
「そういえば、葵衣が貰った服とか籠手とか。名前がついていたみたいだけど」
「あ、あれですね。北欧の言葉で、不明な点もあるのですが――」
服装は、『ウルザブルン』。運命の女神『ウルド』様の泉で清められた布。
籠手は、『イーヴァルディグレイプル』。大力無双の籠手、正確には手袋。
ブーツは、『レッテフェッティ』。大陸を一瞬で駆け抜ける馬の名前。
「それで、オルルーンから貰った刃と、豊受気媛の柄を組み合わせた武器は?」
「そうですね…『緋狼』というのはどうでしょうか? 緋緋色金から、色を表す緋色。そして、刃の部分は、狼鉱石。その二つを合わせて、『緋狼』」
「それ、格好いいな! 俺もそれが良いと思う!」
「茂玄さん、ありがとうございます。緋狼、ウルザブルン、イーヴァルディグレイプル、レッテフェッティ。これから、よろしく頼みますね!」
葵衣の願いを聞き入れたかの様に、それぞれが薄っすら光ったような気がした。
「俺には、無銘の脇差だけか。戦えるのかな…」
手元に残っている脇差を、空に掲げて刃をみる。刀身には満月の姿が映り、怪しく光る。
斥堠という立場上、身軽な武装だ。それでも、陣笠や簡易な鎧はあった。
しかし今手元に残っているのは、この脇差のみ。元々武芸は不得手で、装備が減るのは心もとない。
懐には、愛読書『山海経』が残っていた。大陸の地誌、想像上の動物などが載っている百科事典の様な物だ。
「茂玄には、武器は不要でしょ。どう見ても、戦いには向いていないし。それこそ、囮と、攻撃の的が関の山じゃない?」
なんで、蓉子は俺に突っかかるのだろうか? そういえば、オルルーンとかにも突っかかっていたな。
「で、蓉子は何ができるんだ?」
「そうね…西洋式の占術。あとは、オルルーンから貰った『ガンダールヴルの指輪』で精霊魔法かしら。それと、前世での一般常識」
『一般常識』というのは、明らかに俺の引き籠りを意識しているな。
「朱莉は?」
「えっと」
朱莉はモジモジとして恥ずかしそうにしている。
「さっき、式神を使役して、俺たちを助けてくれたじゃないか。自信を持っていいんだぞ」
「そうですね…。陰陽師としての知識は一通りあると思います。まだまだ未熟な所も多いですが……」
式神は、猫又の三毛介。
糸を吐き出す大蜘蛛。
稲妻の様な雷獣。
そして、光を灯す野宿火。
「そういえば、妖魔の死体を回収する袋を貰っていたよな?」
「はい。この土地が穢れると言われまして」
「その袋は俺が預かるよ。そういった仕事は、朱莉にはして欲しくない」
「茂玄さま、宜しいのですか?」
「本人が良いって言っているんだから。それに貰えるものも一番少なかったんだし」
蓉子の言い方に棘を感じる。
そして朱莉は迷っていたが、葵衣の笑顔によって納得。俺に袋を渡した。
本当に俺が役立てる事は荷物持ちくらいしかない。
ただ物語の主人公の様に、新しい武器や力なんかを徐々に手に入れ、自分の力にしていくんだろう。
最初から、全て充てがわれていたら、成長の楽しみが減るというものだ。
第一章 因果の崩壊と物語のはじまり (完)




