第十六章 第二十四幕 鎌鼬の怪
「見ていたと思いますが、あの虎は貫禄をもって闇から現れてきました」
そこからは、俺が見てきた通りである。葵衣の俊敏な攻撃を余裕で躱す。虎のしなやかさ、エサをとる俊敏性。そして翼を利用した軌道の変換。
葵衣と互する実力。さらには防御力もそれなりだ。
「朱莉ちゃんの雷獣で、足が止まりました。勝機と思えたのですが……」
葵衣の一撃を口で咥えて凌いだ。
そして、朱莉と蓉子の攻撃を仕掛けたが、逃げられてしまった。
「で、この先は茂玄が気絶した後ね」
「えっと」
「気にしないで教えてくれ」
「はい」
朱莉の鎌鼬が暴走したあと、あの大きな羽根を羽ばたかせて大風を起した。そして怯んだ隙に闇夜に消えていったという。
「蓉子さんの表現した東洋のスフィンクス。スフィンクスは優雅な印象がありますが、あの虎は攻撃性が強かったと思います」
「葵衣さん。実物を見た事が無いのですが、鵺ではないでしょうか?」
「私も詳しく知らないけど、尻尾が蛇だと思ったけど」
「誰も見た事がない物。多少姿が変わっててもおかしくないんじゃない?」
「ただ豊受気媛様が、鵺程度で呼ぶでしょうか? 異界としても、どこの異界なのか……」
「その異界の介入者が、鵺を飼いならした可能性もあるんじゃない?」
「もしそうだとすれば、今回はいつも以上に難題かもな。あの強さを飼いならしたんだろ」
「でも、兄様。飼いならす方が強いとも限らないですよ」
「そうだよな。残りの情報を合わせて考えた方がいいかもしれないな」
「じゃあ、次はわたしが。あの海から来た連中ね」
四つの魔法を試したが、弱点・耐性も見つからなかった。そして忍者の|水蜘蛛
《みずぐも》をイメージさせる事。頭を攻撃し、体勢を崩したのが海に沈んだのが特徴だという。
「それで葵衣、蓉子。何かわかったか?」
「あんたが寝ている内に一応調べたわよ」
「水蜘蛛のような履物は見当たりませんでした。ただ、足の裏に何かが塗ってあるようでした」
「油の様なものか?」
「油と言えば、そうなんだろうけど……何か魔力を感じたから、怪物の体液かもね」
「そういえば、話が少しずれるけど。アメンボって何で浮いているんだ?」
「あんたも、集中力が無いわね」
「でも、あたしも聞いてみたいです!」
「では、解説しますね」
水黽。水の上を滑るように移動する昆虫だ。
名前の理由は、飴の様な臭いが嗅げるからだとか。
そして、水に沈まないのは体液を足の裏に塗っているからだ。なので、観察するとしょっちゅう足を体にこすりつけているという。
「葵衣は詳しいな。それで、ふと思ったんだが、人型は自分の体液を塗っているのか?」
「さっきも言ったけど、魔力を感じた。という事は、異なる物だと想像できないの?」
「そ、そうだな。じゃあ何らかの魔物の油で問題なさそうだな」
「そうね」
「では、最後はあたしですね。まず、兄様ごめんなさい」
「怪我は負ったが、大した事はないんだ。気にするな」
「朱莉もダメね~」
「蓉子!」
「わたしなら、もっと上手くやるわよ」
「なんなら、全身傷だらけにして。朱莉が大好きなお兄ちゃんを、付きっきりで看病も」
「えっと……」
「蓉子も変な入れ知恵するな!」
葵衣は苦笑いをしながら、頬を掻く。
「それで、朱莉。原因はわかったのか?」
「それがですね。鎌鼬が消えてしまったのです」
「朱莉ちゃん。すると、式神の契約が切れたという事?」
「いえ式神として契約は継続しているのですが、体の中に鎌鼬を感じられないのです」
「じゃあ呼び出したけど、現れなかったということ?」
「はい」
光を喰らうウンゴリアントの時は、野宿火の力は発揮できなかった。しかし、呼び出せるが、光が出ない状態であった。今の鎌鼬の様に、威力がそがれているわけでは無い。
「では、まとめますね」
葵衣が三人の情報をまとめる。
葵衣が対峙した有翼の虎。虎の妖怪に翼を生やし、動きも俊敏。また手負いでも、葵衣の攻撃を咥えて止める実力者だ。鵺の可能性もあり、また異界の介入者が使役している可能性もある。
海から来た人型。こちらは、さしたる特徴は無いようだ。しかし他の魔物の体液を足の裏に塗って、水面を自由に移動できる様だ。こちらも同じく正体は不明。
鎌鼬の失踪と俺への攻撃。何者かが朱莉より強い力で鎌鼬を操っているのだろうか。
あの虎が仮に鎌鼬や風など使役すると仮定しても、蓉子の風魔法を弾いてもおかしくない。そして最後の攻撃以外の鎌鼬も有効だった。羽から生み出された風で、三人の攻撃を全て弾き返した。風を操るにしても、鎌鼬を自由にできるかは謎である。
「茂玄。あんたの下らない知識に思い当たる節はないの?」
「そうだな……東洋のスフィンクス。覚えは無いな」
いや、待てよ。スフィンクスではないが、翼の生えた虎は見た記憶がある。何であったか。




