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第二章 第三十七幕 怒りの理由

 朱莉(あかり)の新しい式神「四ツ目入道」で、姿を消した蓉子(ようこ)を見つけた俺は走り出していた。




 一方、河原では――。

 蓉子は手頃な石に腰かけ酒を煽っていた。一晩中、星を観ながら、陽が昇るのを眺めながら、水が流れる音を聴きながら。


 寺に近い所で呑んでいるのは、別に見つけて欲しいからではない。ただ、別に行くところが思いつかず、ここに居るだけだ。


茂玄(しげはる)は、本当に能無しだ。先を考えていない」

 一人呟く。



 あの日、趣味で試した魔術が発動し死んだと思っていた。しかし気が付いたら狐に憑依してこの姿に。

 昔の自分は嫌いだった。自分に自信が無く、思った事も口に出せず。社交的ではないから、友達も彼氏もできなかった。

 生まれ変わったこの容姿は気に入っている。だから自分を変えられると思っていた。ふとした事で、茂玄、葵衣(あおい)、朱莉に出会い共に旅する事になった。にぶちんな葵衣に対して茂玄の態度は面白かった。


「わたしは、やっぱり一人が合っているのかな」

 おバカな茂玄を一方的に責めることはできない。彼はバカだから。仲間とは何だろう。

 そんな事を繰り返し考えている。


 風景がはっきりと見えるぐらい明るくなり、鬱々とした気分が少し和らいだ。

「蓉子を捨てて妖狐になるかな。長生きして、人との係わりを断ち、世相を眺めるのも悪くないかもしれない」

 この呟きが聞こえたのか、目の前に豊受気媛(とようけびめ)が現れた。この古来からの女神は豊穣を司り、稲荷神社の総元締めでもある。わたしを憑依させたのはかの女神だ。


「蓉子よ、()の元で修行を積むかえ」

 丁度それを考えていたところだと素直に答える。

「吾には、弟、妹たちを放ってはおけないと、顔に書いてあるように見えるのだが」


「葵衣がしっかりしているから、大丈夫よ」

 なかば自棄気味になっているような気がする。

「作用か、あの者を見ても変わらぬか?」




 俺は山門をくぐり、一気に川まで走り抜ける。河原で豊受気媛と話している蓉子を見つけ、大きな声で名前を叫ぶ。そして、駆け付ける。


「茂玄、動かないで」

 蓉子が俺の動きを止め、右手を構える。何か術を使うつもりか? そこまで怒らせたのか? 考えがまとまる前に蓉子が風の精霊を使う。


「ヴィンドル!」

 一迅の風が、鎌鼬(かまいたち)と化して俺の顔の横を通過する。頬に傷がついたのも感じ取ることができた。


「あらま、惜しい事」

 今度は北欧の戦乙女オルルーンが舞い降りてきた。


「頭に命中させれば、お迎え出来ましたのに。でも軟弱者ですからヴァルハラにはご招待できませんけど」

 相変わらずの皮肉めいた言葉は蓉子といい勝負だ。いや違う。蓉子は俺の命を狙う必要があったんだ?


 蓉子は、オルルーンの顔をみると体の向きを変え、川下に歩き始めた。

 名前を呼ぶと、足を止めて顔を向けずに答える。


「あんたのバカさ加減、デリカシーのなさ、危機感知能力に問題があるのよ」

 また歩みを進める。



 俺は二の句が継げず、静寂の場になる。

「珍天狗はまた、変な物を送り込んでくるものぞ。迷惑なり」

魔女狐(まめぎつね)の邦で因果を崩すからね」

 女神と天使の応酬が始まる。


「しかし、後ろにモンスターが居るのに気が付かないとは、この先命がいくつあっても足りないのでは?」

 オルルーンの口撃の矛先が俺に向けられる。

「茂玄の背後に霞の様な物が着いていてな、蓉子はそれを払ったのみ」

 豊受気媛から説明を受けた。説明が終わったとき、葵衣と朱莉が追いついてくる。まだ蓉子は視認できる距離にいた。



「蓉子さん」

 朱莉がいつも以上に大きな声を張り上げて、蓉子を止めに入る。


「あたしが未熟だったんです。兄様を責めないであげてください。そして、また一緒に旅をしてください」

「蓉子も戻りなさいよ。旅は面白い物よ」

 オルルーンが助け舟を出す。



 蓉子はツカツカと戻ってきて、俺に対して本音をぶつける。


「茂玄は手に付けられない愚か者ね。幼い女の子にこんな事言わせて。どんな罵詈雑言を重ねて使ってもあんたは表現できないわ」


「巴御前の実体化させ葵衣の稽古に朱莉の力がどれくらい必要だったか。葵衣はそれを承知で無理に近い時間設定をしたのか。葵衣がお別れの挨拶ができなかったのは、あんたが朱莉を妖怪退治に連れて行ったからでしょ!」


 蓉子は悔しそうな顔をする。朱莉は申し訳なさそうな顔をする。葵衣はどのように声をかけて良いか迷っている顔をする。

 一連の背景を知り、得意気になっていた俺は愕然とした。足に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちる。

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