第九章 第七幕 反閇 ( へんばい )
俺たちは道安さんから、信州蘆屋家の伝承を聴く。葵衣は、各地の伝承から実情を推理した。
「どちらが真実なのかは、時が経ち過ぎて不明でしょう。ただ、朱莉ちゃんに、間違っているかもしれない伝承を押し付けるのは酷だと思いませんか?」
「道安さん。蘆屋家の伝承が本当かもしれない。でも仮に間違っていたとしても、負い目を感じることなく生きても良いんじゃないですか?」
俺は葵衣の言葉を継いで、強く語ってしまった。
道安さんは、黙っている。
「道安さん。話がそれるけど、信州蘆屋家の次期当主はどなた?朱莉に婿養子でもとるのかしら?」
「道安さん、俺たちの勝手な言い分を立て続けに話してしまい、申し訳ない。でも、朱莉が実直で素直で、陰陽師としての素質もあって・・・嘘でも、朱莉には負い目を感じて過ごしてもらいたくない。胸を張って、蘆屋の名を継いでほしい」
蓉子の言分は、朱莉を嫁に出すのなら、この話は知る必要がないと言っているのだろう。
「道安さん。私たち、朱莉ちゃんの修行の邪魔にならないように、一旦山を降りようと思います。修行が終わったら、式神を扱い呼んでもらってもいいでしょうか?」
「茂玄さんたち。お言葉ありがとうございます。当家の一大事故、返答はその時に致します」
道安さんは、深々と頭を下げて、部屋を後にした。
俺たちも準備をして、屋敷を出る。
朱莉、信じているからな。
「あの親父も頭が固そうね。義理の息子になる人は大変だ」
蓉子が俺を見て話す。
今日は山裾で野宿をしている。朱莉は修行中。しかし、怪異は何時現れるか不明だ。道安さんの反閇があれば、問題は無いと思うが。警護と名目をつけての足元生活である。
「しかし、葵衣も良く知っていたな。蘆屋道満の話」
「平安時代の話なので、尾ひれがつきやすいんですよね。人と狐の間に子が生まれて、というのも正直疑いが強いです。ただ、道摩法師と晴明の関係は敵対として描かれる事が多いのですが、一方で協力関係もあって・・・。そもそも、秦道満、蘆屋道満、道摩法師が同一人物かも怪しいのです」
「真実はどうであれ、後世の子孫がそこまで苦しむのは間違いだと思う」
蓉子は、頬杖をつきながら、俺の話を横目で聞いている。
「痛、」
俺は思わず、右目に手を当てる。何かが右目に当たったようだ。
「茂玄さん、大丈夫ですか?」
葵衣が慌てて、俺の右目を開けてみてくる。とんでもないハプニングではあるが、葵衣のドアップには心中穏やかでない。
「大丈夫です。きっと、焚火から何かが飛んだのですね」
そう、いつもなら、朱莉の野宿火なのだが、その朱莉が居ない。薪を集めて、蓉子の精霊魔法で火をつけた物だ。
「葵衣も、野獣にホイホイ近づかない方がいいんじゃない?直接目を覗かれたら、発情するかもよ?」
それは、言い過ぎだろう。でも、確かにドキドキは最高潮だ。蓉子が居なくて、俺の恋人だったら・・・キスでもしたい気分だ。
「そうだ。これは使えるかもしれない!」
葵衣は両手を叩いて、何かの閃きに喜びを感じているようだ。
二日後、道安さんから、白い鳥の式神が俺たちの元に伝令が来た。
ついに朱莉が反閇を物にしたのだろう。そして、蘆屋家に伝わる歴史を伝える事も。
どちらの歴史を伝えるのか。両方伝えて、自分で選べというかもしれない。
意を決して、俺たちは朱莉の家に向かう。
門の中では、朱莉と道安さんが待っていた。
「おはようございます、道安さん。そして、朱莉も」
「気を使わせてしまった様で。でも、再会できて嬉しいです」
「俺も嬉しいよ。朱莉はちゃんと反閇を覚えたんだよな?」
「はい、まだ父には及びませんが・・・」
「それは、これからの旅で磨けばいい」
最後の言葉は、道安さんへの牽制でもある。俺は朱莉を連れて旅に出るという。
「では皆さま、奥へ」
俺たちは道安さんに案内され、部屋に集まる。
「みさなま。不肖の娘が為に、お待たせいたしました」
「道安さん。俺は朱莉なら直ぐにやり遂げると信じていました。仮に一年かかったとしても、俺は平気です」
「兄様・・・そんなにかかったら、蘆屋家の名が泣きます」
朱莉の無邪気なセリフと笑顔が痛い。
この後、道安さんがどの様な結論を出すのか。
「折角、お招きしてもらっておきながら、失礼ですが・・・朱莉ちゃんの反閇を見せて貰って宜しいですか?」
「はい、葵衣さん。是非見てください!」
相手は蓉子が務める。最大級の魔法では危険だ。なので、トロルドを一撃で倒せる程度の水魔法にした。朱莉が失敗しても怪我の恐れが一番少ない。
「行くわよ、朱莉。ヴァーヴル」
「青龍、白虎、朱雀、玄武、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
おっとり話す朱莉。しかし、この反閇の唱えと指の動きは異なる。
蓉子の水魔法が届く前に、反閇を完成させ、見事に弾き返した。
俺は信じていたが、術の成功には安堵を覚えた。朱莉の反閇は完成していた。




