第二章 第十五幕 新たな郷と失われた絆
故郷の志賀城が落ち、討死、捕縛され奴隷商に売られると多くの悲劇が重なった。失われた命は戻らないが、生きていれば何とかなる。
葵衣の小さな布石が重なり、奴隷とされる者達は解放された。
しかし、山に逃げ込み蓉子と朱莉の結界で守られているに過ぎない。
蓉子を護衛に残し、俺たちは諏訪湖に向かった。
またもや俺は蚊帳の外か――。
今までの件で事前に詳細が教えられたことはない。無力なのは自覚しているが、少々もどかしい。
かといって、彼女らに何も言えず、ただついて行っているので我ながら情けない。
夜通し歩き、日中は朱莉の体力を考え野営。翌日の夜、諏訪湖畔に到着した。
朱莉が深呼吸をして、気を集中していた。
「朱莉ちゃん、本当に大丈夫? 無理はしないでね」
葵衣が不安と希望を半々に持ち確認する。
「心配はご無用です。満月の日に一日足りないのが不安ですが・・・我が祖、道摩法師と蘆屋家の名に懸けてやり遂げます。三毛介をお願いしますね」
相棒とも言える猫又の三毛介を葵衣に預ける。
「あの、兄様。いえ茂玄様。お願いがあるのですが・・・」
普段大人しめの朱莉にしては、珍しい対応だ。初めての野営の日以来だ。
「何でも言ってくれ。俺に出来る事ならすべてこなす」
ここで格好を付けずに、漢が語れるか。オタクでも何でも構うものか。彼女たちの今までの働きを考えれば、本心からそう思える。
「あたしを信じてくれますか?」
もちろん、と答える。
「あと、、、頭を撫でてもらえますか?」
恥ずかしそうに、聞いてくる。
俺は膝を地につけ、左手で朱莉をしっかり抱きしめ、右手でまだ子どもらしい髪をやさしく撫でる。
「大丈夫、俺がついている」
自然に口から出た言葉を聞き、潤んでいた朱莉の目は力強いものになっていた。
葵衣は少し離れたところで黙って見守ってくれていた。
朱莉の小さな両手が俺を胸を押し、俺から離れ水辺に歩く。
朱莉は服を脱ぎ、諏訪湖の水で身を清めた。諏訪湖は霊験あらたかな湖なので、選んだのだろう。
身を清めたあと、山道を登り蓼科山の奥、蓼科神社に着く。
朱莉は言霊を口にすると俺たちの出会いに立ち会った女神、豊受気媛が姿を現す。
「吾は、そなたたちを見ていた。陰陽師の娘は彼の力を使役するのか?」
「はい」
「あれば、吾も力を貸そう」
女神が力を貸すとは?使役とは?
朱莉は神社の奥に歩く。俺と葵衣も続く。
大きな岩の前で朱莉が立ち止まる。俺たちも歩みを止める。
朱莉が振り返り、俺を見て聞いてきた。
「兄様。約束、守ってくださいね」
返事を聞く前に岩に向かって何か呪文のようなものを唱える。地面が揺れる。地震ではない、気の流れが荒れ狂っているようだ。
「我が声に応えよ、だいだらぼっち」
だいだらぼっち。日本の地を整えた古代の巨人の名だ。富士山と浅間山、甲斐の平野や諏訪湖など伝説は確かに多い。
実体は見えないが、空気のゆがみで巨人の輪郭が見える。赤い目のようなものが朱莉を見下ろす。
「山の神、だいだらぼっち様。我が望みを叶え、新天地を造り給え」
巨人は見えざる手で、朱莉を掴み口と思えるところに運び込む。高い位置というのもあるが、姿が見えない。
食べられたのであろうか? 新天地よりも、朱莉の無事を祈るばかりだ。
――――――
朱莉はだいだらぼっちの中にいた。生き物の様な泥の中に埋もれている。
「汝如きの言葉にて我が動く理があるのか。汝如きの力にて地を変えることができるのか」
今までの物の怪が可愛く思える。
女神さまの力にも驚いたけど、この巨人の力は格が違う。
気の圧に潰されそうになる。
「兄様、ごめんなさい」
朱莉は静かに目を閉じ、優しく頭を撫でてくれた茂玄を思い出す。
自分の小ささ、力のなさ、人の命の重さ。知っていたつもりだったが、更に認識が軽かった事を思い知らされた。
意識が遠のいていく。
「兄様・・・」
最後に呟くのが精一杯だった。
――――――
「朱莉、朱莉、しっかりしてくれ」
懐かしい声が聞こえる。猫の肉球が頬に感じる。
うっすら目を開けると、心配そうに見ている茂玄様が見える。
どうなっているのだろう・・・。夢心地でまた眠りにつく。今度は安心して。
時は真夜中に戻る。
だいだらぼっちに飲まれた朱莉を心配して見守るしかない俺たちは太古の神の力を過小評価をしていたようだ。
ゲームの主人公の様に簡単に話が進むと思っていた。
絶望で心が黒く染まり切る寸前、朱莉の最後の言葉を思い出す。
『信じてくださいね』
俺は葵衣に声をかけ、呪文の様に朱莉の名を叫んだ。
どれくらい時間が経ったのか。だいだらぼっちは、少し動いたかと思ったら、巨人の輪郭が霧散していった。跡には朱莉が倒れていた。
豊受気媛が俺たちの前に現れた。
「朱莉はだいだらぼっちを使役して、山の中に新天地を造りました。先ほど、蓉子に伝え助け出された人々を案内した。もう心配はないであろう」
朱莉が一度目覚め、今度は安堵の眠りに就いた後、豊受気媛の力によって俺たちは新天地に運ばれた。
そこには人々が希望に満ちていた。
「お侍様、ありがとうございました」
振り返ると、母と妹がそこにいた。
「ゆゆ、無事だったか!」
思わず叫んでいた。しかし、母と妹は唖然としていた。
「あ、いや。これは失礼」
俺はあの因果の日、女神によって全ての人から記憶が消されていたことを思い出した。
無事であったのは何よりだ。自分に言い聞かせ、朱莉を背負い新天地を後にした。
蓉子が軽く肩を叩き、元気づけてくれた。
そう、この一か月間は介入の第一歩でしかない。
仲間の三人が傍に居る事実がそれを示す。
まだまだ介入すべき事象があるという事だろう。




