第二章 第五幕 少年剣士
関東管領主力の一つ、箕輪城で長野氏と謁見できなかった俺たちは、女神に導かれ北に向かい、榛名山の麓の邑に着く。一晩の宿を借りるつもりが、馬泥棒と少年剣士を追って山道に向う事になった。
榛名山には昔から天狗伝説があって、馬泥棒は天狗の仕業だろう。
内心で幻想世界に染まっている自分に苦笑いする。
天狗と言えば、オルルーンはどうしたのだろうか。
山道を進むうちに、森の中から怪しい光と、聞くに堪えない断末魔を確認した。急いで、その方向に進む。
妖しい光は魔法陣で、二頭の馬が閉じ込められていた。西洋の魔法使いを想像させるローブを纏ってる子ども位の大きさの人物が何やら術を施しているようだ。
近くには、少年剣士が陽炎の様なものと対峙している。少年の脇には二匹のゴブリンが屍をさらしていた。
少年ではあるが、ゴブリン二匹と、陽炎のモンスター、魔法使いを相手に優勢とは大したものだ。感心すると共に、臨戦態勢に入る。
葵衣は、緋緋色金の力を乗せた狼鉱石の刃を持つ薙刀を構え、陽炎に立ち向かっていく。女神と天使、東洋と西洋の神秘から生まれたこの武器ならば実体がなくても有効だろう。葵衣の腕を信じ、陽炎は任せる。
蓉子には、少年剣士を下がらせ傷の手当と薬を頼む。
一番厄介なのは、知恵と魔力の有る魔法使いだろう。術中故、向かってくるとは思えないが――朱莉に大蜘蛛の糸で動きを封じ込めてもらうことにした。
ある意味チートな俺たちの連携で、割とあっさり片がついた。
さて、後処理を始めるか。
魔法使いの動きを止めたことにより、魔法陣は消え去っていた。一頭はよく見る馬だが、もう一頭は元の世界で見たような馬だった。
葵衣の説明では、小さいのが木曽馬、大きいのがアラブという競走馬のサラブレッドの先祖らしい。
二匹とも魔法陣の力を浴びていたせいか、ぐったりしている。逃げる心配はなさそうだ。
次に、少年剣士に対峙する。俺らの自己紹介をする。
「おれは、加賀国の疋田文五郎。更に強くなるため、上野にいる叔父の処へ行く途中だったんだ」
文五郎を名乗る剣士は理由を語る。
「途中で寄った村長の家で、馬が盗まれたと聞いて修行も兼ねて行ったんだけど……。俺も、田舎では腕に自信があったけど、実体のない陽炎には手が出なかった。姉ちゃんは強いな!」
魔法陣や陽炎に有効な攻撃をする事には不思議に思わないらしい。
そこは子どもなんだな。蓉子の手当で、回復した文五郎は肩を回しながら体を確かめている。
そして、最後に魔法使い。ローブで纏われた頭部をめくると、毛むくじゃらのドワーフの様な面妖が現れた。
明らかに日本の者ではないな。因果の崩壊で迷い込んできたものか。
早速尋問を開始する。こいつはドヴェルグル。ドワーフの北欧神話での呼び名だ。
オーディーン様の愛馬『スレイプニル』を羨ましく思ったある神が同じような馬を所望したという。
この馬は足が八本あり、馬に化けたロキと雌馬との間の子どもなのでまた人外との交配を頼むのは不可能で、キメイラとして作る事にしたそうだ。アラブ馬同士では上手くゆかず、日本での馬を使うことにしたという。
まぁ、今後は被害を及ぼさないと思うがどうしたものか。思案に暮れていると、目の前に天使が舞い降りる。俺たちを旅に出したもう一人の天使だ。
「こんな所で、悪さをしていたのね……」
天使は悪意を込めた笑みを浮かべ、ドヴェルグルの顎をなでる。
彼は冷や汗と共に、声が出せないようだった。
「この妖精は私が、オーディーン様に渡しておくわ」
不遇な妖精を目の前にしながら、心の中で無事を願う。
糸にまかれた魔法使いを小脇に抱えると、天使は空に舞い上がり消えていった。
とりあえず、今日は疲れた。馬も無事に戻ったし、もう一頭珍しい馬も手に入った。
少年剣士と共に、村に戻ることにした。




