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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三度目の運命が今日も死にそう

作者: コバコ

お話の主題ではありませんが、人が死んだり、人間が奴隷にされている描写があります。ご注意ください。



 




「……リューシュさま?」



 目を開けると、ヴィオレッタの前に、それはそれは美しい顔があった。黒曜石のような瞳に、自分の姿がうつりこむ程近いところに。




「痛いところはないか?」


「おかげさまで、怪我ひとつありませんわ」



 リューシュは「無事で良かった」と呟きながらも、ヴィオレッタを子供のように抱き上げたまま、その身体を傾けたりひっくり返したりして確認をし始めた。

 自分の目で見なければ信じられないとでも言うように、真剣な様子だ。


 されるがままになっているヴィオレッタが、恥ずかしさに頬を染めると、熱が出たかと心配される。じっと見つめてくる目があまりにも真剣で、ヴィオレッタは苦笑した。





 ヴィオレッタはその日、友人と二人で、街のカフェでお茶を楽しんでいた。


 天気の良い昼下がり、美味しいお茶とお菓子に、日傘の設置されたテラスで会話に花を咲かせていると、子供の竜が店に突っ込んできたのだ。


 激しい破壊音と、誰かの悲鳴に、ヴィオレッタが気付いたときには遅く、鋭くて堅い鱗におおわれた竜の尻尾が、すぐ目の前まで迫っていた。


 恐怖で、立ち竦んでぎゅっと目を閉じてしまったヴィオレッタだが、予想した痛みがくることはなく。


 かわりに与えられたのは、馴れ親しんだ香りと、優しく抱きしめてくれる腕だった。



(……また、助けていただいたのだわ)



 ヴィオレッタは丁寧に頭を下げてお礼を述べた。

 子供とはいえ、力の強い竜に潰されれば怪我では済まなかったかもしれないのだ。




「ちょっと驚いただけなのです。熱ではありませんわ。リューシュさまこそ、お怪我はございませんか?」


「病でないのならよかった。大丈夫だ、俺は龍族(りゅうぞく)だから。人間のヴィオレッタよりも強い」



 龍族とは、千年以上の時を生きて、言葉を話し、人型をとれるようになった竜の種族のひとつである。竜よりも賢く、穏やかで優しく、それでいて力のある存在だ。

 美しい姿と、頬や額に微かにのこる鱗、そして圧倒的な強さが特徴である。



 ヴィオレッタがリューシュと出会ったのは子供の頃のことだ。偶然、命を救われたことをきっかけに、二人は知り合った。


 リューシュは、街の平和を守る仕事をしていて、いつもこうして危ない目にあったヴィオレッタを助けてくれるのだ。



 ようやく怪我がないことを納得したリューシュが、抱き上げていたヴィオレッタをそっと地面に下ろした。


 テラスは柵が割れ、ヴィオレッタの座っていた椅子は粉々になってあたりに散乱していた。


 改めて恐怖するヴィオレッタに、声を掛けたのはさっきまで一緒にお茶をしていた友人だ。



「ヴィオレッタ!」


「リジー!怪我はない?」


「こっちは大丈夫よ、ヴィオが無事で良かったわ。それで、あの、そちらの美しすぎるお方は……?ヴィオレッタの王子様?」



 ヴィオレッタの友人、エリザベスは起こった事故のことよりも、ヴィオレッタを守ってくれた美しい男性のことが気になるようで、頬を赤く染めながらヴィオレッタとリューシュを見る。



「まあ、リジー、こちらの方はリューシュさま。物語の王子様のように素敵な方だけれど、私の、なんて言っては彼に失礼だわ」


「……そちらのご友人も、怪我はないだろうか」


「あ、わたくしは全然大丈夫です!ヴィオレッタを助けてくださって、ありがとうございます」


「彼女が危険だったから、助けた。それだけだ」



 今日もこうしてヴィオレッタを助けてくれたリューシュは、じゃれあっていて友達の子竜を吹っ飛ばしてしまったらしい子供の竜たちを叱ってから、颯爽と去っていった。



 ヴィオレッタとエリザベスは、テラスの壊れてしまって臨時休業となったお店を後にすると、さっさと近くの別のお店にてお茶会を続行した。


 怖い目にあったばかりのご令嬢としては、いささか図太いように思えるが、エリザベスは、恋物語や切ないお話が大好きな、今時の少女なのである。


 大事な友人、ヴィオレッタと、素敵な男性との恋の予感を感じとり、エリザベスは興奮していた。事故の恐怖など、もはや記憶の彼方である。




「そう、初めて会ったのは、五歳のときなのね。幼い頃に出会う始まり方、運命的で素敵だわ!」


「全然素敵ではないわ。わたくしにとっては、ベランダで小鳥を追いかけまわしていて、転落した事故ですもの」


「落ちたところを受け止めてくださったの?素敵じゃない!」


「あのねリジー、人間というのは頭が重く出来ているの。落ちるときは頭から落ちるのよ……


 リューシュさまは、偶然通りかかった家のベランダから子供が落ちてきて、びっくりなさったに違いないわ。でも、私の頭が儚くなる寸前に、私の足首をキャッチしてくださったの。

 お陰で頭は割れずにすんだけど、でも、スカートがめくれて……下着が丸見えになったのよ。いくら幼児用のかぼちゃぱんつだろうと、乙女の恥だわ」


「ああそれはちょっと……やっぱり、受け止めるときはお姫さま抱っこがいいわね……他には?」


 言いながら、エリザベスは焼き菓子を口に放りこんだ。フィナンシェはこんがりと、素晴らしく美味しい。


「そうねえ。子供の頃、森でお花を摘んで遊んでいて、疲れて眠ってしまったわたくしを家に送り届けてくださったときなんて…………」


「まあ、眠り姫のようで、素敵な展開」


「起きたら兄に言われたわ。『あの美術品のようなお方の腕に涎たらして寝たのはお前くらいだろう。すごい神経だ、尊敬する』と」


「あなたのお兄様、悪いひとじゃないんだけど、ちょっと言葉がよろしくないわよね」


「そういうところよ。恋人が出来ない理由は」



 ヴィオレッタは、頭のなかで妹に『出来ないんじゃない。作らないだけだ』と言った兄の記憶を追いやって、紅茶をいただいた。林檎の味がふわりとする、優しい味の紅茶だ。



「兄といえば、兄と一緒に山へ行ったときも、リューシュさまに助けて頂いたわ。本当に、返しきれないくらいに恩があるのよ」


「山。遭難などから始まる、どきどきの始まりもありね」


「兄が蜂の巣にちょっかいをかけて、私まで追いかけ回されてるうちに、池に落ちたの。兄は一人で無事に逃げおおせたわ。私を置き去りにして」


「……まだよ、溺れた女の子を助けるといえば、決まっているわ。ちゃんと、レモン味だった?」


「『お腹を押したら水が噴水のように出た。あのご尊顔に水を吹き掛けたのはお前くらいだろう、すごい、人類初』ですって」


「そういうところよね」


「そういうところよ」



 あの兄は、あと十年くらい恋人が出来ないかもしれない、と悲しい予感を感じたヴィオレッタは、そっとマカロンに手を伸ばした。淡い色で作られた生地がとても可愛らしい。



「でも、恥ずかしくて泣きそうになっていたら、リューシュさまが頭を撫でてくださったわ」


「まあ!それは素敵ね。そういうのが聞きたいの!他にも、素敵な話はないかしら?」


「……そういえばこの前、町を歩いていたら、馬車から積荷のじゃがいもの木箱が崩れてきて、下敷きになりそうなところを助けて頂いたわ」


「じゃがいも」


「偶然上から落ちてきた植木鉢から、守っていただいたのは…去年のことだったかしら?」


「植木鉢」


「チューリップよ。ピンクの、可愛いやつ」



 いくら可愛かろうと、頭の上に落ちてきていいはずがない。

 エリザベスは友人がよく事故や騒動に巻き込まれることを知っていたが、そこまで命の危機にさらされているとは知らなかった。


 そこまでいくと、誰かに命を狙われているか、神様に嫌われるほどとてつもなく悪いことをしたか。

 そんな不名誉な言葉を友人に言えるわけもなく、エリザベスは紅茶と一緒に飲み込んだ。



「そういえば、植木鉢じゃなくてお鍋が飛んできたこともあったわね。シチューが勿体なかったわ」


「シチュー…」


「ああ、そういえば、人とぶつかって馬車にひかれそうになったのが何度か。階段から落ちたのと、落ちそうになったところを支えてくださったのが一番多いかしら?

 リューシュさまは、いつもいつも、わたくしを助けてくださるの……」


「ヴィオ、あなた、誰かに命を狙われているとしか思えないわ。どんな悪事を働いたの?心当たりは?」


 エリザベスは、飲み込んだはずの言葉をうっかり吐き出した。


 楽しい恋物語を聞くはずが、殺人事件を聞かされていたようだ。或いは暗殺計画か。


「実はひとつだけ心当たりが……」


「何をやらかしたの?!」


「あのね……リューシュさまって、すごく格好いいでしょう?そんな方と知り合いになって、あんなに素敵な方に格好よく助け出されるのよ?もう、私は人生の運のほとんどを使い果たしたに違いないわ」


「ヴィオ……」


「しょっちゅう死にそうな目にあうけど、不思議と不幸だと思ったことはないのよ。だって、危ない目にあうときはリューシュさまに会えるんですもの」


「…………ヴィオ、それ多分駄目なやつよ!死にそうな目にあわなくたって、普通にお会い出来るでしょ?!」



 エリザベスの言葉に、ヴィオレッタはぽん、と手を打った。

 今の今まで、普通に会えばいいのだと気付かなかったらしい。


 一体どれだけ死にそうになればこんなことになるのだろう、と、エリザベスは遠い目をして、美味しいお菓子に癒しを求めたのだった。
















「何故あの子は、あんなに危ない目にあうのか……」


 俯いて呟く男に、彼の部下の一人が、「恐れながら龍主(りゅうしゅ)様」と発言をした。


「龍族の運命の相手は、何故か危険や不幸を引き寄せやすいと言いますので。ヴィオレッタ様だけではなく、運命の相手は皆その傾向が高い様です」


「それは知っている。しかし、それにしてもだ。やっと、やっと会話が出来るようになったのに……」


「……まあ、確かにあの調子では、会話だけで一生が終わってもおかしくないですね。いつもいつも、助けることが最優先、事故の処理と、危険の排除に時間を取られていますから」


「ヴィオレッタ……」





 龍族と呼ばれる人型の姿を持つ者たちには、運命の相手と呼ばれる存在がいる。


 それは、この世界の神が、龍族を誕生させるとき、その魂のひとかけらを別な生き物として、世に生み落としたといわれている。自分の魂をわけた存在。龍族に生まれた者は全て、運命の相手を求めているのだ。



「生きていてくれるだけで、良いと思う自分がいた。しかし、ヴィオレッタと話が出来るようになって、私は強欲になってしまった。出来るなら、私の隣で幸せに笑っていてほしい」



 男は、出来ることならヴィオレッタを手に入れたかったが、彼女が生きていてくれるだけで、それだけで充分でもあった。


 何故ならば、彼の運命の相手、ヴィオレッタは、実は彼にとって、三度目の運命の相手、なのである。








 男が、龍族として生まれてすぐの頃。


 運命の相手、その存在を感じ取ったとき、男はすぐに会いに行った。空を飛び、国を越え、ようやく辿り着いたある国で、彼女は酷い病で死に瀕していて、見つけたときにはもう意識すらなかった。一度も、その瞳を見ることもなく死んでしまった大事な人に、どれだけ涙を流したか。


 しかし、刹那の時間を生きる人間という生き物は、生まれ変わって再び地上へ生まれてくる。


 男は、長い時間の後に、もう一度運命の相手を感じ取った。


 今度こそ、見つけ出して、その瞳を見たい。言葉を交わして、出来ることなら一緒にいたい。


そうして、かけつけたある魔術の盛んな国で。


 運命の相手であった少年は、魔術の材料にされて、死んでしまっていた。


 運命の相手のにおいを辿っていった先で、少年から抜き取られた血液を弄ぶ一人の魔術師に、男は激昂した。


 ひとつの国が地図から消えたその日のことは、何百年経った今でも彼の心に焼きついている。



 空っぽになってしまった大地に一人で立った男は、これでは駄目だと理解したーーーーー






 一度目は病で亡くした。彼女は貧しい平民の娘で、治療も薬も与えられず、苦しみのうちにこの世を去った。



(もしも自分に、病に対する知識があれば。彼女は助かったかもしれない)



 二度目のときには、運命の相手は奴隷として生を受けた。生まれた時から誰かの所有物であった彼は、7つを過ぎる前に魔術師によって全ての血液を抜き取られ、魔術の材料にされてしまった。



(もしも、もっと早くに見つけることが出来たら。あるいは、奴隷などという存在でなければ。彼は、少なくともあんな惨い死に方をしなかった)





 強いだけでは駄目なのだ。

 どれだけ空を飛べても、天の国まで会いに行くことは出来ない。いくら殺した相手よりも強くても、死んだ者を生き返らせることは出来ない。


 守る力が必要だ。

 弱く、儚く、瞬く間にいなくなってしまう、愛しい人間が、少しでも長く生きていられる世界を作らなければ、と。





 龍族が穏やかで優しい種族だと言われるようになったのは、実は此処数百年でのことだ。


 それより以前の龍族は、その力に相応しい荒々しさを有していた。


 そうでなくなったのは、でなければ、運命の相手が死んでしまうと、男が理解したからだ。





 男は、優しい世界を作ろうと思った。

いつか出会えるであろうその人が、健やかに、幸せに暮らせる場所を作ろうと。


 人間も、竜も、龍族も仲良く暮らせる世界を作ろうと、男は同族に呼び掛けた。集まった龍族たちと共に、空っぽにしてしまったばかりの地に国を作った。


 そうして男は国を作り、国を治め、龍族の統べる国の主として、龍主と呼ばれるようになった。


 他国で虐げられていた人間を受け入れたり、誰かの運命の相手として共に暮らすため移住してきたり、相手を見つけたい龍族もこの国を拠点にし始めたことで、この国はどこよりも強く、それでいて弱者に優しい国といわれる様になった。


 そんなある日のこと、男は三度目の機会を得た。

 幸運なことに、その相手は男が治めるこの国に生まれ落ちた。


 犯罪を取り締まり、悪人や差別主義者、奴隷制度の支持者など、あらゆる魔の手を出来うる限り排してきたこの国に、彼女は、ヴィオレッタは生まれてきてくれた。


 生まれたその日のうちに、男はその存在を見つけ出した。何百年も待ち望んだ存在だ、気がついたのはすぐだった。


 今度こそ、話をして、笑いあい……出来ることなら、ずっと一緒にいたい。


そんな思いを胸に、会いに行った先で、男はヴィオレッタと出会った。


 はじめて見かけたときは、本当に小さくて、近寄っただけで壊してしまうのではないかと思うほど…………眩しい、小さな生まれたての命が、母親の腕のなかで眠っていた。


 小さな彼女はすくすく育ち、それだけで、男に幸福を与えた。


 病にかかったと聞いたときには、偶然を装って国一番の医者を派遣した。幸いにも彼女は健康で、すぐに快復したが、今後のことを考えて更なる医療制度の充実を図ったりもした。

 

 彼女の様子を見守りながら、龍主としての務めを通して、彼女を慈しむことが出来る日々は幸せだった。



 しかし、ヴィオレッタが立って歩くようになった頃から、ヴィオレッタの不幸体質は本領を発揮し始めた。ただ転ぶだけではなく、何故その場所で?という場所で転んだりする。


 三度目にして、ようやく触れあえた運命の相手、ヴィオレッタは、とても運が悪かった。歩けば転び、高所から落ち、今日のように事故に巻き込まれる。


 生きているのが不思議なほど、ヴィオレッタは何度も死にかけていた。



 ヴィオレッタがベランダから転落したときは、本当に、恐ろしい思いをした。男がヴィオレッタと顔見知りになった日のことだ。


 偶然彼女の近くにいたときで、本当に良かったと今でも男は胸を撫で下ろせる。


 何故彼女の背丈よりも高い柵を飛び越えて落ちたのか、まっ逆さまに頭から落下した彼女に、考えるよりも先に身体が動いた。

 どうにかつかまえることが出来た幸運に、男は神に祈りさえした。


 逆さまできょとんとこちらを見た小さな彼女を失っていれば、きっともう自分は耐えられなかっただろう、と。


 彼女の美しい菫色の瞳が自分を見たとき、男はそう思ったのだ。



 男は、ヴィオレッタが大きくなるまでは、ただ見守るだけの存在でいようと思っていた。


 しかし、ただ見ているだけでは、ヴィオレッタは死んでいただろう。


 ベランダの一件から、男が側にいられないときには彼女に護衛をつけ、日々影から守らせていたが、本当に、彼女は色んな危険に見舞われていた。


 森で食人植物に喰われそうになったり、蜂に追われただけではなく池に落ちて溺れたり。護衛からの報告でも色んな目に合っていた。


 誰かに命を狙われているときもあった。


 これに関しては、ヴィオレッタには何の落ち度もない。男が護衛をつけてまで、そして自らも守る存在を嗅ぎ付けた隣国の手の者の仕業だ。もちろんその相手は、実行者もろとも、すでにこの世にいない。


 自分の不手際でヴィオレッタを危険に晒したことは、男を酷く苛んだ。

 二度と同じことにならないよう策を講じた。しかし、彼女の為に作り上げた国のその立場ゆえに彼女を危険に晒したり、仕事に時間をとられて彼女を守れないのでは意味がない。



「ようやく。ようやく、きちんと出会うことが出来たのだ。瞳を見ることも、笑った顔が見たいということも叶った。幸せでいてくれれば、それで良いと思っていた。

 

 しかしこうも毎日危ない目にあっていては……側に居なければ守れるものも守れない」


「あなたが、彼女のためにこの国を作り、今日まで見守ってきたことは無駄ではありませんよ」


「そのことに後悔はない。しかし…………早く国の代表など辞めて、ずっとヴィオレッタの側にいられるようになりたい」


「きちんと後任を育ててからにしてください」


「だれも後任になりたがらないのが問題だ」


「そりゃあ、皆、国のことよりも自分の愛しい相手が大事ですからね」


「それでは、私はずっとこのままではないか」


 男は部下を睨み付けるが、部下は平然として「それをやる気にさせるのも仕事のうちです」と言い放った。



「すくなくとも、後、三年は仕事をされた方がいいかと」


「三年も耐えられそうにないが……何かあるのか?」


「この国に生まれた者は、十八のときに成人の儀で宮殿のなかの者とダンスをすることになっていますからね。今十五のヴィオレッタ様は、三年後、宮殿にて成人の儀に参加なさいます。


 成人の儀として行われるダンスには、宮殿に勤める年若い文官や騎士が選ばれることが多いのですが、三年後にもあなた様が龍主だった場合、彼女と踊ることも叶うでしょう」


「……なるほど」


「相手の方と恋に落ちる女性も多く、宮殿に勤める若者からも、結婚相手を探して希望者が殺到するのが常ですからね。ヴィオレッタ様が誰かと恋に落ちる前に、龍主権限で彼女の相手をもぎ取りましょう」


「三年……三年は耐えてみせるぞ、ヴィオレッタ……」


 男は拳を握りしめて決意を胸にした。


 部下は、とりあえずこれで三年は持つな、とこっそりと思案する。



「ところで、前から気になっていたんですが、何故リューシュ、と呼ばれているのですか?本名ではなく。龍主であると気付かれてしまったとか?」


「……前に、ヴィオレッタを助けたとき、側にいた護衛が私を龍主と呼んでしまったことがあったのだ。幸いにも、龍主ではなく、リューシュ、という名前だと勘違いしてもらえたが。

 ヴィオレッタには、街の平和を守る仕事をしている、と伝えてあるのに、国の代表である龍主だなどと知られたら、気安く接してくれなくなるだろう?」


「確かに龍主は、街の平和を守ることも仕事のうちですけど。物は言いようですね。名前を偽っていることは良いんですか?」


「良いわけないだろう……名前を呼ばれたいし、ヴィオレッタに嘘をついていることで胸が痛い。いっそ改名するか」


「それやったら、いよいよ龍主を辞められなくなりそうですね」




 部下の言葉に、男はがっくりと項垂れた。

 あと三年は仕事を辞めることも出来ないし、名前を呼んでもらえそうにもないと。


「三年後、美しく着飾ったヴィオレッタ様と踊ることを目標に、仕事に励んでください。とりあえず、今すぐ執務に戻ってください」


「今頃、危ない目にあっていないだろうか……」


「もう家で寝ている頃かと。はやく仕事に戻らないと、明日ヴィオレッタ様のところへ行く時間が無くなりますよ」




 部下はこっそり思案する。


 次は、結婚したら宮殿で暮らせば危険が少ないはずだ、とか言って、出来るだけ彼の在任期間を引き伸ばしてやろう、と。








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― 新着の感想 ―
[一言] ヴィオレッタの王子様の正体は王様でしたー。 しかも彼女の運の悪さの原因もこの王様だし……。 王様、ヘタレてないでさっさと告白しなさいな。 面白かったです。
[一言] お兄様も妹について、お友だちと「そういうところだよな」ってつっこんでそう(笑) 三年頑張る予定のリューシュ様ですが、会えばいいんだーと気付いた彼女にリューシュ様もその周りもぶんぶん振り回わ…
[良い点] 最後の部下さんの一言が、フッと笑えた事
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