16 俺は貴女の力になりたい
夕日が差し込む、校舎。
海知と別れてから全速力で走り俺は学校に再び戻った。もう帰宅部などの人たちが帰り終わって帰宅ラッシュから過ぎたらしく玄関から出てくる生徒は疎らだ。
普段は人が大勢いるときに玄関に向かうので、この風景は新鮮だった。
下に引いてある駐車場の白線や端っこにひっそりと植えられている松の木。普段、人が多くて気にしている暇がなかったが改めて見ると新しい発見がたくさんあった。
ガラガラの玄関を通り、靴箱に靴を雑に入れて、先生たちに見つからないように全速力で図書室に向かった。
図書室の目の前……いつもならノックしてから入るはずの、図書室のドア。しかし今日は何故か空いていた。
図書室の天井に備え付けられている扇風機が生暖かい風を俺に吹き付ける。しかし、そんなことを気にしている暇はなかった。
図書室に入ると俺は嶋崎さんを探した。
すると、彼女は机に突っ伏していた。
まさか………倒れたのか?
そう考えただけで頭で冷静な判断を下さなくなる。俺はとにかく、嶋崎さんの近くに走り、彼女の状態を確認した。
彼女は机に突っ伏しながら、ペンを握った状態ですうすうと寝息を立てながら眠っていたのだ。
俺はその状態を確認すると安堵した。よかった……倒れていなくて。あまりにも紛らわしい寝方をしていたからとても焦った。
きっと、睡眠不足だったのだろう。ペンが画用紙に長時間当てられているのか、インクが滲んでこのポップは使えそうにない。
机の上にはとても丁寧に作られたポップが沢山あった。山積みになった本や本の内容が事細かに記されたメモ用紙。
彼女は、一切妥協をしていなかったのだ。
テキトーに作成していれば昨日でギリギリ終わっていたかもしれない。けれど彼女はそれをしなかった。図書委員の仕事にプライドを持っているからできる仕事だ。
それに、本が好きじゃなきゃここまで本気でできないよな………
そうやって、寝ている彼女からそっとペンを取り上げた。
そして、今度は俺がそれを握る。
彼女の作る予定のポップは全て、メモ用紙に書いてあった。そして、提出期限も………
今日までに30枚?
ブラックじゃないか………
それを見たときに、俺は思わず笑ってしまいそうになった。危ない危ない。嶋崎さんを危うく起こしてしまうところであった。
せっかくいい気持ちで寝ているのだから邪魔しちゃいけないな。
残り枚数は3枚。時間は1時間半。
俺のスピードではギリギリかもしれないがやってやる。
俺は彼女の役に立つためにここに戻ってきたのだから。
○
あれから1時間半が経過した。ポップの進捗状況だが、無事に全て完成した。
本当に嶋崎さんのポップは丁寧に作られていて、真似するのがとても難しかったが、なんとかそれっぽく作ることができた。
これで……俺も嶋崎さんの役に立てたかな?
そう思って、嶋崎さんの寝顔を見つめていると僅かに瞳が動いた。そして、指先がピクリとする。
その数秒後に、目が少しだけ開いた。彼女の視界からは俺の姿は捉えられているのだろうか?
そんなことを考えていたのだが、嶋崎さんはすぐに声を出した。
「な、なんで………小鳥遊くんがここに?」
その言葉には本当の動揺があった。俺がここにいることが不思議でたまらないらしい。
「手伝いに来ました」
「えっ……手伝い………あっ、そうでした。私はまだポップを………」
「それなら、俺が残りのものをやっておきました」
「ほ、本当ですか?」
「はい、事実です」
そう言って、俺はポップを全て見せる。彼女はそれを全て確認すると、
「な、なんで小鳥遊くんは、ここに来たんですか?」
彼女がそう尋ねてきた。
お願いを守らなかったからやっぱり、彼女は怒っているのか?
そう思って顔を見てみると、彼女の瞳がいつもと違うことに気がついた。これは、朝の冷淡な瞳でもなく、かといって、放課後に見せる優しい瞳でもない。
しかし、それは怒っている瞳でもなかった。
これは、そう………あれだ………
「なんでって…………嶋崎さんが心配でしたので……」
「私、言いましたよね?小鳥遊くんの時間を奪いたくないって………」
「はい、言われました。だけど、これは俺が選択した時間です。勉強よりもとても有意義な時間を過ごせました」
「そんな冗談よしてください。」
「冗談なんかじゃありません。俺は本当に自分の意思でここに来ました。」
俺がそう言った瞬間に彼女の瞳から一滴の涙が零れ落ちた。
「嶋崎さん?」
「あ、あのえっと、これは………」
「なにかあったのなら、話してください」
俺はそう彼女に言った。
「なんにもないです」
彼女は依然としてそう言って話そうとしない。
「なんで30枚も今日までに嶋崎さん一人で提出しなきゃダメなんですか? 」
「な、なんでそれを……」
「ポップを作るとき、メモを見させてもらいました。そのときに、それも見ました」
「…………」
彼女はそれを聞くと黙り込む。
「嶋崎さんは、これをやりたかったんですか?こんな無謀とも言える条件のものを」
「違います………」
「じゃあ、なんで………」
「先生に貴女は部活もやっていないんだからそれくらいできるでしょっ!!って言われたんです。他の人は全員部活やっているし………そんなの、嫌でも断れるわけないじゃないですか」
「なら、俺を頼ってください」
「でも……」
「時間を奪われるなんて一ミリも思っていませんし、面倒だとも思っていません。寧ろ俺は、嶋崎さんと一緒にいられるだけでいいんです」
「そんなこと……」
「あります。俺があると証明します。嶋崎さんといる時が楽しい。嶋崎さんの笑顔がいい。嶋崎さんの責任感があるところ、仕事をきっちりとこなすところを尊敬する。そして、笑顔がとても可愛い嶋崎さんは俺の大切な存在」
「っ………」
「嶋崎さんが困っているなら、俺がどうにかして助けたい。微力だけど力になりたい。俺はいつもそう思っています。
――だから、俺を頼ってください」
そう言うと、彼女の瞳から大粒の涙が流れ出す。きっと沢山溜め込んでいたものが一気に溢れてきたのだろう。
しばらく顔を抑えていた彼女は椅子から立ち上がって、涙目になっている自分の瞳をこすりながらこう言った。
「では、私は小鳥遊くんに頼ってもいいんですか?」
「はい、もちろんです」
「出来ないと思ったら協力を求めても?」
「ウェルカムです。俺は嶋崎さんと一緒にいれるならそれでいいです」
そう言うと彼女からまた涙が溢れ出す。
「ど、どうしたんですか?」
今、そこまで心にくるワードを放ったつもりはない。なぜ、彼女は再び涙を流すのだろう。
「小鳥遊くんは、言葉の使い方ともう少し鈍感を直した方がいいですよ。そのうち、罪になりそうです」
「は、はあ……」
正直、なんのことだかさっぱりわからない。けれど、嶋崎さんが言うなら正しい。俺なりに努力してみよう。
「じゃあ、もうチャイムもなりそうですし、早く提出しましょうか?」
「そうですね。小鳥遊くん、先生にこれを提出してきてください」
「な、なんでですか?」
「私の目は腫れてしまっているので、違和感を感じてしまう可能性があると思います」
「たしかにそうですね。了解です」
俺が、ポップを持って、行こうとすると嶋崎さんが俺の服を掴む。
「どうしましたか?」
「少し、お近づきに………親しくなれたので……そ、その……下の名前で……呼んでも……」
「いいですよ、じゃあ、俺も未来さんって呼びます」
「は、はい……」
「本当にいい名前ですよね。嶋崎さんにピッタリな名前だと思います」
「本当に、凪くんは………」
彼女は、頰を赤らめながら再びさっきと同じような雰囲気でなにかを言おうとした。
けれど、一回言うのを躊躇って結局、、こう言った。
「本当に凪くんは、罪な人ですね」
これでこの話の二分の一が終わりました。
この話は急いで書いたので、あとで若干修正したいと思います。
活動報告にも書きましたが、作者、後10日ほど忙しく投稿頻度が下がってしまいます。申し訳ございません。できる範囲で投稿したいと思っております。
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