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少年ヨルンと魔女の果樹園1



 「お姉さんも死んでよ?」


 「ヨ……ヨルンくん」


 何か言いたそうですが、知りません。

 これ以上話してると胸が潰れちゃいそうです。


 「ごめんなさい、言いすぎたよね。 僕行くね」


 パンの籠を受け取り森へ歩きはじめます。 


 あ、大事な事を忘れてました。


 「エルザさん、パンありがとう」


 してもらったら、ちゃんとお礼をしないと母さんに怒られちゃいますからね。


 お土産もできたんで、魔女のところに向かいます。


 行く途中、何人か村の人がいましたが、みんな目を背けます。


 気にしません。


 遠くに見える塔がだんだん大きく見えて来る度気持ちが軽くなります。


 森の奥のもっと奥、しばらく歩くと魔女の塔です。


 石造りの古い塔には苔や蔦が付いています。

 でも不思議と汚いようには見えません。 


 塔に入ると、ひんやりとした静かな空気です。

 魔女の空気です。


 塔のてっぺんの小部屋につきました。

 怒られるのでノックをします。


 ひとりでに扉が開きました。


 「おはようヨルン、君も飽きないね」


 

 安楽椅子に腰掛けた魔女は少し呆れたように僕の方を見て言いました。


 魔女の居るこの部屋は森がよく見渡せるおおきな窓と、木でできたテーブル。

 窓側の角に置かれたおおきな本棚に、そこにすぐ手が届くように置かれた安楽椅子。

 あとは、この時期はまだ必要ない暖炉があり、他には部屋の奥に続く扉が三つ。

 

 床も石造りですが、その上には柔らかな絨毯が敷かれています。

 


 「おはよう、魔女。 朝ごはんは食べた? もし良ければ焼きたてのパンがあるんだけど」


「手土産を持って来るなんて気が効くね、一緒に朝食を食べようか」


 そういうと魔女は安楽椅子から降りて、窓際のテーブルにクロスを引き椅子を二つ用意してくれました。


 「魔法でやらないんだ、魔女なのに」


 「怖ーい怖い塔の魔女への供物が、美味しそうな焼きたてのパンだったからね。 魔女らしい供物でも持ってくれば魔法を使ったかもしれないよ?」


 薄く唇を歪めて魔女は笑いました。

 意地悪な笑い方です。 でも嫌じゃありません。


 「少年、君は紅茶と珈琲どちらが良い?」


 奥にある小部屋の扉に手を掛けながら、魔女が僕に聞いてくれました。

 やっぱり魔女は優しいです。



 でも、魔女は偶にしか僕を名前では呼びません。 僕の事を少年、と呼びます。 理由はわかりません。


 「紅茶が良いな」


 どちらも飲んだのは随分前だった気がします。 でも、珈琲は苦くて嫌いです。

 

 



 「はいはい、朝食の時間だよ? 君が持ってきてくれたパンと、僕が入れてあげた紅茶、後は僕の果樹園で取れた果実。 素敵な朝食だね」


 なんだか魔女は機嫌が良いようです。


 「このパン気に入ってくれたの?」


「そうだね。 でもパンが好みってだけじゃないよ。 僕はこうやって食卓を囲むのも、誰かにお土産を持ってきてくれるのも久しぶりでね、年甲斐もなくはしゃいではいるかな?」


 

 

 魔女が楽しそうで何よりです。

 

 「少年、紅茶には何を入れたい? 君の目みたいな深い紅色の野苺のジャム。 君の肌の様に白い砂糖。 檸檬もあるよ?」


 魔女はどうやら紅茶が好きみたいです。 また一つ魔女のことがわかりました。


 「お砂糖、入れて欲しいな」


 「良い選択だね、」


 僕は、やっぱり食欲がありません。


 紅茶は美味しいです。

 

 果実はまだ食べられます。


パンは無理やりでも飲み込もうとすると吐き気がこみ上げてきます。



 魔女は僕の方をじいっと眺めています。


 「やっぱり駄目なんだ、ごめん。 おもてなししてもらっているのに」


 申し訳なくなってしまいます。


 せっかく魔女がここまでしてくれているのに。


 「いや、気にしないでくれ。 僕が好きでやってることだからね」


 魔女はまだ僕のことをじいっと見ています。


 


 魔女の深い、夕暮れの様な紫色が僕を写していました。


 「ところで、魔女は料理は作れないのにジャムは作れるんだ」


 「ジャムくらいはね、砂糖をたっぷり入れてじっくり煮込むだけだから。 三回に一回くらいしか失敗しないよ」


 「ふふ、やっぱり苦手なんだ」


 言ってすぐ気づきました。

 口が滑った気がします。


 魔女が僕のこと見ています、鼠を見つけた猫の様な目だと思いました。



 「少年、少し僕に付き合ってもらおうかな」


 魔女はそう言うと、僕の手を掴み、窓に向かいます。


 「付き合うってどこに?」


 魔女はおおきな窓を全て広げると外に背を向けながら窓縁に腰掛けて何も答えずに小さく微笑みました。


 「さ、いくよ」


 魔女はそう言うとそのまま外に体を倒しました。

 しかも、僕の手を掴んだまま。


 「え?あ、え? うわっ!?」


 空? え、あ?は、え?


 信じられません。


 魔女の体重が体に掛かったと思ったら次の瞬間足はどこにも触れてません。


 魔女に引っ張られて窓の外に落ちました。



 魔女に手を握られている以外どこも空気以外に触れてません。



 「おた、お、おち!?」


 驚き過ぎて、心の準備ができてません。 死ぬにしても唐突、というか、ぼく死にたくなっ!?


 「初めて子どもらしい顔を見たね。 年相応に驚くと、存外可愛いじゃないか」



 なんだか景色がゆっくり流れています。


 死ぬ前ってこんな感じなんでしょうか。


うつ伏せで落ちている僕と仰向けで落ちる魔女。


 魔女は僕を見るとそれはそれは意地悪そうな笑みを浮かべてました。


「よく見なよ、落ちているならこんなにゆっくり地面に近づかないだろう?」


 へ?


 浮いてます。 ゆっくり、まるで雪の様にゆっくり地面に降りていきます。


 「魔女、これってやっぱり魔法なの?」


 「もちろん、僕は魔女、だからね? 怖ーい怖い塔の魔女さ、飛ぶことくらい朝飯前だよ。 今日は朝食の後だけど」


 魔法って凄いんだな、と感心しているうちに地面につきました。


 地面についた後魔女は大袈裟に何度か外套を手で払い、埃を払うとずれた山高帽を直します。


 「どうだった? 僕との短い空の旅は。 死ぬほど面白かっただろう?」


 小さく唇を歪めてほくそ笑む魔女。 悪戯を成功させて満足そうです。 意地悪な魔女です。


 「そりゃあね? ジャムを少し失敗したくらいで馬鹿にするような悪い子には当然の報いだよ」



 どうやら心も読めるようです。 魔女って怖いです。


「さて、付き合ってもらうのは、誰かさんが馬鹿にしたジャム作りの為の果実集めだよ。 働かざる者食うべからず。 しっかり働いてね?」



 塔から少し歩いた所に魔女の果樹園がありました。


 案山子が何人も立っています。


 

 太くて長い木の枝を何本か組み合わせた体に両脇に伸びた枝には短い枝を組み合わせて作った五本の指。


 顔の部分は布をかぶせてあり、子供の落書きみたいな顔が書いています。


 よく見るとみんな顔が違います。


「魔女が作ったの? これ」


 そっと案山子に触れようとしたその時。


 「あ、触れない方が良いよ、動くから」



 その声が聞こえると同時に目の前のソレは体を左右に揺らしながら大きな声で叫び始めました。



「ゥイイイアイイムッッリウルルムノセムルムルノッッッ!ルツマダウッツルルツフ!!」


「うわぁあああ、ま、魔、魔女!?ねぇ? これ何? ねぇ! 魔女ぉ!?」


 激しく揺れながら僕の両肩に手?を置いて叫ぶ案山子。


 一本足で地面に立っていると思っていたのに。


 足じゃなくて胴体でした。


 地面から下半身を引き抜きながら出できます。



 案山子のくせにしっかり歩いてます。



 「ユルムハムラミタフムルムルツユムユムルツルムルイィィイッハァーームッッンツハムフムスッ!」


どこから声を出しているかはわかりませんがすっごい喋ってます。



 目があった気がします。 目がどこかは分からないですが。



 「ちなみに、僕もこの子たちがなにを喋ってるかわかんないんだよね。 簡単な命令に従うように思いつきで作ってみたら、なんだか自我に目覚めちゃったみたいで」



 「えぇ!?」



 「しかもどんどん勝手に案山子を作るし。 僕が作ったのはこの子一人だけだったんだけど」


 案山子さんは、肩からは手を離してくれましたが、よく分からない踊りを始めました。


 僕を中心にして円を描くように回りながら更に本体も振り付けの一環で回ります。 たまに首から上も回ってます。


 「さすがに、動くのはこれひとつだけだよね? そうだよね、魔女」


  「メツルネルツハテルツユツアトフムフメサツフッッツヘユルヌヌユフ」


 「キノルナカフエルアナフネフキアステハテハエサケスツユツフイ」


 「ワヤンハテタサツハメスツハネナナフツフネヤハツハネヤヨンツハテス」


 「え、もちろん全部動くよ」


 予想外です。 十人以上の案山子が思い思いに踊ってます。


 「ねぇ魔女、今からするのって木の手入れとか収穫だよね?」


 魔女は外套の中に手を入れて何かを取り出しました。 腕と同じ長さくらいの棒です。

 

 


 「うーん、最初は果実集めで良いかな、と思ってたんだけど。 そんなものは魔法でなんとでもなるからね。 君の反応も面白かったし、今からするのは、勝手に増える案山子の駆除だよ。 まとめて焼いちゃってもいいんだけど僕の果樹園が燃えても困るし」


 つまり? えーと。


 「僕は身体を動かすのはあまり得意じゃないしね。 この杖で叩くと最初に僕が作った案山子以外はは止まるから。 頑張ってね、ヨルン」



 魔女は優しい声で名前を呼んでくれました。


 顔は悪戯っぽくほくそ笑んでますが。


 でもまぁお願いされちゃったら頑張りましょう。


 「案山子さん達には悪いけど、魔女の頼みだからね。 悪く思わないでね?」


 さて、いざ勝負、ですね。

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