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少年と塔の魔女4

 魔女の塔に戻りました。


 長い長い石造りの階段をぐるぐる回って、頂上の魔女の部屋を目指します。


 なんだか、ぐるぐると回っている内に違う世界に迷い込んでいくような不思議な感じがします。


 僕は、この感覚が好きです。


 だから魔女も、ここに住んでいるのかな? それとも魔女が住んでいるからこうなのかな?


 ひんやりと沈んだ空気の中、僕はそんな事を考えてました。


「魔女、買ってきたよ」


ちゃんとお使いできたから褒めてくれるかな?

「あぁ、お使いご苦労」


少しだけ、期待したんですけどね。


 やっぱり魔女は安楽椅子に腰掛けて本を読んでいました。


 花瓶の置いてある窓から入った風が、魔女の蜂蜜のような濃い金色の癖っ毛を微かに揺らしてます。


 一枚の絵のように、自然で美しいと思います。


「ねぇ、魔女。 なぜ金貨の価値を知らないふりしなければいけなかったの? あれは大金だよね」


 魔女は受け取ったパンを手に取り、しげしげと眺めながら応えてくれました。


「君は、わかってるんじゃないのかい?」


 魔女は小さな口を精一杯広げてパンを頬張ります。


 なんだか栗鼠みたいです。


「なんとなくしか分かんないや。 それに僕は魔女じゃないから、魔女が考えている事なんてわかんないよ」


 魔女の考えと僕の考えが同じだったらそれは素敵なことだけど。


「人間は自分の物にならないものよりも、確実に手には入るものに目がくらむ奴が大抵だからね」


 魔女は、あっという間にパンをひとつ平らげると、僕にパンをひとつ飛ばしました。


「もし、仮に君が金貨の価値を知った上で、このパンとの正当な取引をしようとすれば、大金を持っている理由に興味が湧くだろう。 妬みに近い感情で」


 僕は、渡されたパンを掴んだまま魔女の話を聴きました。


 薄く笑った魔女の顔は感情を表している笑顔なので僕は好きです。


 なぜ人は、感情を隠すために笑顔を作るんでしょうね? 不思議ですよね。


「でも、金貨が自分の手に入るかも知れないと考えたら、その金貨の出所なんて途端に興味がなくなる。 僅かな罪悪感と、大きな満足感に比べれば、ね」


 難しい話でしたが、なんとなく僕と同じような考えだと言うのは分かりました。


「人間って、そんなものだよね」


「うん、人間ってそんなものさ」


 魔女の笑い方はなんだか悲しそうでした。


 そう見えたのは、沈む夕日が魔女を照らしてたからなんでしょうか?


 僕は、魔女じゃないから分かりませんでした。


「僕はもうおなか一杯になったんだけど、君は食べないのかい?」


 魔女はまた本を見てます。


 今日一日魔女が安楽椅子から降りたのをみていません。


「食べようかな」


「……そう」


 魔女は僕がパンを食べるかどうか、あまり興味がないようです。


 すっかり冷えてしまいましたが、やはりパンはいい匂いです。


 僕はパンを噛みしめます。


「魔女、このパンどんな味がした?」


「ふんわりとバターの香りが鼻腔を抜けていく、久々に食べた食物がコレで良かったと思える程度にはおいしいパンだと僕は思ったけど?」


 そうか、このパンは美味しいんだ。


「君的にはどうだったのかな?」


「魔女と同じだと思う」


 嘘は嫌いなんだけどなぁ。


「……そう」


 魔女は僕の方に視線を向けるとなんだか残念そうな顔でため息をつきました。


 どうやら、魔女の期待から外れてしまったようです。 残念です。


 手に残ったパンを口に運ぶ作業に戻ります。

 胃に入れた先からこみ上げてくる吐き気との戦いには骨が折れますね。


「飲み物……必要かい?」

「できれば」


 魔女はやっと安楽椅子から降りて、奥の部屋から硝子の小瓶を持ってきました。


 彼女の瞳よりも濃い紫色の液体が満たされている小瓶は、凄く不味そうです。


「生憎だけど、僕の家には飲み物といえばこれくらいしかないんだ」


「飲まなきゃ、駄目なの?」


「飲まなくても良いけど、僕はわざわざ読書を中断してまで取りに行ってあげたんだよ?」


 魔女は諭すように言いました。 少しずるいと思います。


「わかった。 わざわざありがとう」


 冷たくも温かくもない、苦くて酸っぱくて甘くてしょっぱい液体が喉を通っていきます。


「どんな味がした?」


「苦くて酸っぱくて甘くてしょっぱい味」

「そう、良かったわね」



 魔女はなんだかほっとしたような顔をして、安楽椅子に戻ります。


 あまりに変な味だったせいか、いつの間にか吐き気は収まっていました。


 そのあとは、特に何かをする、ということもありません。


 僕は座ってぼんやりと魔女や部屋、窓の外に見える景色をぼんやりと眺めます。


 たまに魔女に話しかけます。


 魔女に「その本は楽しい?」と聞けば「つまらなければ読まないよ」と帰ってきます。


 たしかに魔女は1日のうちのほとんどを本を読んで過ごしています。


 でも「じゃあ面白い本なの?」と聞くと「面白ければもう読み終わってるし、まず返事もしないよ」都魔女は言います。


 そんな話を少しすると、また静かな空気に戻っていきます。


 でも、話しかけたら返事が来ることも、誰かと同じ空間にいる事もこんなに心地が良い、ていうことを忘れていました。


 そんなの事を考えてるうちに、あたりはすっかりと暗くなってしまいました。


「さて、夜も更けてきたようだ」



 魔女は読んでいた本をパタンと閉じて言いました。


「うん」


「今日はいつまで居るのかな?」 


 魔女の瞳がいつもより小さく見えます。


「居ても良いまで」


 この部屋はランプもないのに随分と明るいです。 

 部屋の壁がぼんやりと光っているからなんですが、これも魔女の魔法なんでしょうか?


「……」


 魔女の瞼が徐々に下がっています。 眠いんでしょうね。


「居ても良いまでとは言ったが、ここには僕の分の寝具しかないんだけど」


「魔女は眠らないんじゃないの?」


「魔女だって眠るさ」


「なら帰った方が良さそうだね」


 居心地が良い分、帰る時は後ろ髪を引かれるような気分になります。 


でも、魔女の睡眠の邪魔は良くないですね。 「寝不足は美容の天敵よ」って姉さんも、言ってたし。


「じゃあね、魔女」


「お休み、良い夢を、ヨルン」


魔女は、優しく名前を呼んでくれました。


じんわりと沁みていくような心地よさが耳に残ります。


これだけで今日1日に価値があるようです。


これも魔法なんですかね?


 名前を呼ばれた余韻がまだ残っている中、塔を出て森を歩きます。


 耳を澄ませば、遠くにある木々の葉が風に擦れる音までも聞こえてきそうな程、静かな、透明な夜です。


 どこからか狼達の遠吠えが聞こえてきました。


 不純物のない空気は、思わず深呼吸をしたくなります。


 大きく息を吸い込み、一度止める。


 ゆっくりと吐き出すと、秋の匂いがしました。

 

 「良い夢を、ヨルン……か」


 名前をあんなに優しく呼んでもらえたのはいつぶりでしょうか?

 

 何度も塔の方を振り返ってしまいます。


 帰らなきゃ、という意思に反してどんどんと歩調はゆっくりになっていきます。


 そのうちに何だか色々溢れて来ちゃった物が頬をつたって落ちて行きました。


 何故だか止まりません。


 せめて溢れないように上を向いて歩きます。


 声は出しません。


 泣きたくないから魔女を探してここまで来たのに。


 これじゃあ意味がなくなってしまいます。


 難しい言い方で、本末転倒、てやつです。


 生きる、て大変ですね。


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