少年と塔の魔女3
朝日が瞼越しに差し込んでいるのがわかりました。
「ん、朝になった」
「じゃあいってきます」
すっかり登ってしまった太陽の下をぼんやりと歩きます。
村の人達は畑なりなんなりと忙しそうにしていますね。 どうでも良いことですが。
魔女はまだ僕のこと怒ってるかな?そっちの方が重要です。
塔の方に歩いて行くとなんだか不安になってきました。
人に嫌われるのは悲しいことだと思います。
そんなことを考えながら歩いていると、森の途中で声をかけられました。
「おぉ、ヨルンじゃないか。 珍しいな、どこかに行くのか?」
塔のある森で村の青年さんと会いました。 名前も知りませんが、よく話しかけてくる人です。
その手には綺麗な、それはそれは綺麗なお花を持っていました。
「ちょっとね。 そっちはお花を摘みに?」
「あぁ、狩りのついでにな。 獲物が穫れなかったからせめて嫁に花でも渡してご機嫌とりしなきゃならん」
確かに綺麗な花を貰えたら嬉しいかもと思いました。
「僕もそのお花、摘んでいこうかな」
「母ちゃんか姉ちゃんにでもあげるのかい? 良い心がけだな」
やっぱりお花を渡すのは正解のようです。
「いや、母さんでも姉さんでもないよ」
「ん? 違うのか……」
「?」
青年さんは少し嬉しそうな、それで居て悲しそうな顔で黙ってしまいました。
「これはやる、お前が家族以外の人間に花を渡すようになるのは嬉しいことだからな」
青年さんは、ゴツゴツとした手のひらで僕の頭を撫でました。
人に頭を撫でられるのは久しぶりです。 悪い気はしません。 まぁ、この人のこと自体は、あまり好きな部類ではないですが。
「……ありがとう」
「んじゃな。 なんかあったらいつでも相談にのるからな」
青年さんはにっこり笑って去っていきました。
なんだか胸のあたりがムズムズします。
少し、不愉快な感じです。
なんとなく、昨日の魔女の気持ちが分かったような、そんな気がしました。
でも、青年さんの笑顔は元々好きではないですが、最近はなんだか特に、青年さんの笑顔に違和感みたいなものを感じます。
そんなモヤモヤを抱えながら歩いていたらいつの間にか魔女の塔に着いていました。
この塔は不思議です。外から見てもかなり高いのですが、てっぺんから下を見るともっと高く感じます。
しかも一番上まで石造りの螺旋階段が続いているのですが、登ってる間はなぜかそこまで疲れません。
いつの間にかてっぺんまで登れてしまうんです。
それに、塔はてっぺんの辺りまでは吹き抜けで、内側ギリギリに沿って螺旋階段があるはずなのに、
階段の途中にはいくつも扉があるんです。
すごく不思議です。
やっぱり魔女が住んでいる塔だけあって魔法というものなんですかね。
「おはよう魔女」
扉を開けると、昨日と変わらず、魔女は安楽椅子に座っていました。
「君、また来たの?」
魔女は安楽椅子に腰掛けたまま不愉快そうに目線だけをこちらに向けて言いました。
魔女にこういう態度をとられると、少しだけ悲しい気持ちになります。
「昨日はごめんなさい」
悪いと思ったらすぐに謝らなきゃ駄目なんです。 相手が女の人だったら尚更。 兄さんのよく言ってた言葉です。
でも、謝ってばっかりだった兄さんをみると、謝るような事ばかりしなきゃいいのに。 とも思います。
「別に……、僕は謝罪を求めてるわけではないよ」
「……」
魔女は許してくれたわけではなさそうです。
やっぱりこの人に嫌われるのはなんだか寂しいような悲しいような気持ちになります。 手に持った花を見せたかったんですが、どうやらダメみたいですね、ガッカリです。
「……ハァ」
魔女は一度大きくため息を吐きました。
「だからそんな顔で僕を見ないでくれないかな? 原因のない罪悪感に苛まれそうだから」
僕は、一体どんな顔をしていたのでしょうか? 魔女は困ったような顔で言いました。
許してくれたみたいです。
お腹から胸の辺りがどことなくポカポカします。
「ありがとう」
自然と頬が緩みました。
「綺麗な花を持って来てくれた男性を邪険にするのは淑女としてはいただけない行動だしね」
僕の手に持っていた花を見ながら魔女は唇を少しだけ動かして笑いました。そして。
「~~~~」
何か聞き取れないような言葉を口にした後、指を鳴らします。
すると僕の手にあった花が浮いて、魔女の方にふわふわと飛んでいきました。
「~~~~」
もう一度同じようなことをすると、今度は部屋の片隅にあった花瓶がふわふわと魔女の前に飛んでいきました。
「綺麗なお花のお礼に、僕の魔法を少しだけ見せてあげよう」
ふわふわと浮いている花瓶を手に取ると、魔女はまた小さく何かを喋りました。 なんだか鼻歌のようにも聞こえます。
魔女の目の前に小さな木の実程度の水の玉ができてきました。それはどんどん大きくなって、最後には、林檎くらいの大きさの水の玉になりました。
「すごいなぁ……、魔法みたいだ」
水の玉は毛糸の玉が解けるように幾つもの筋になって花瓶の中に入っていきます。
「魔法みたい、じゃなくて、魔法だよ? 正真正銘の魔女だからできる魔女たる所以って奴さ」
「やっぱり魔女はすごいなぁ」
驚いている内に、水が注がれた花瓶には花が生けられて、窓のそばに飾られました。
一歩も動かずにこんな事ができるなんて羨ましいなぁ。
「やっぱり魔女は魔法が使えるんだね」
「魔法を使えるから魔女なんだ。 魔法を使えないのに魔女とは呼ばれないさ」
魔女は少しだけ上機嫌になったようで、安心しました。
「ねぇ、魔女。 魔女に聞きたいことが沢山あるんだ。 でも魔女は干渉されたくないんだよね」
「うん、僕は干渉されるのは好きじゃないな。 だからこうしてこの塔に住んでいる」
「聞いちゃ駄目なこと、聞いても良いこと、して良いこと、しちゃ駄目なこと、教えてほしいな」
魔女は、窓辺に飾られた花瓶の花を見つめて考え出しました。
何かを難しそうに考えている姿がよく似合うなぁ、なんて思っている内に魔女が答えてくれました。
もう少しだけ、考え事をしている魔女を見ていたかった気もします。
「まず、僕の生い立ちに関する事は聞かないでほしい。 次に、僕の趣味をとやかく言わない事。 後は、僕の家の物を勝手に触らない事。 この三つを守ってくれるなら、君がどれだけここにいようと僕はかまわない」
魔女は、安楽椅子に腰掛けたままそう言うと、昨日とは違う本を読み始めました。
なんにせよ、これさえ守れば居ても良いと言われたことが嬉しいと思います。
「魔女、質問があるんだけど」
「なんだい?」
魔女はこっちを見ずに返事をします。
少し、寂しいです。
「何で自分の事を僕って呼ぶの? 魔女は女の人だよね」
「僕って言うのは確かに男性の一人称だね」
「うん」
「だけど、僕が僕って言うのには訳があるんだ」
魔女は少しだけ唇を歪めたような笑い方をしています。
にっこりと笑った方が可愛いのになぁ。 なんて思ったりします。
魔女は安楽椅子から立ち上がり、こちらに歩いてきます。
「僕はね、従僕なんだ。 敬虔なる魔術と知的探求心の従僕さ。 大気中の至る所に居る精霊たちの、夕闇に潜む禍々しき者達の、彼岸と此岸を行き来する亡霊達の、魔術という禁忌を、それを知り得る為に人である事を辞めた者たちの総称、それが魔女さ」
魔女は薄い唇を更に歪めて話してくれました。
そんな魔女を見てうなじの辺りがぞわぞわとします。
「よくわからないや」
でも、言っている事はいまいちわかりませんでした。
きっと僕が馬鹿だからなんでしょう。
少し、悲しくなりました。
そして、そんな僕の気持ちには気がつかないのか、それとも気づいた上でなのかはわかりませんが、また本を読み始めました。
魔女の家に来てから数刻が経ちました。
太陽がだいぶ真上に近づいていたので、もうお昼なんだとわかりました。
「ねぇ魔女、君はおなか空かない?」
「……うーん、食事か。 そういえば数年くらい口にしてないかな」
驚きの事実が発覚しました。
魔女は食事をしなくても大丈夫なようです。
「食べなくても平気なの?」
「平気と言えば平気さ。 食事はうーん、そうだな。 魔女にとって食事というのは、人間にとっての煙草や珈琲と同じ嗜好品のようなものと考えてくれれば良い」
魔女はそう言うと、やっぱり安楽椅子に身体を預けて本を読んでいます。
魔女は本を読んでなくてはいけないものなのでしょうか?
「食べれない訳じゃないんだね」
「まぁ、そうなるね」
魔女は心底どうでも良い、とでも言うような態度で返事をします。
きっと僕にあまり興味が無いんだと思います。
僕が魔女の立場だったらやっぱり、僕には興味が湧かないだろうなと思うとすんなりと納得できました。
「昨日も思ったんだけど」
魔女は顔の前にふわふわと本を浮かべて僕の方に視線を向けました。
「君もあまり満足に食事をとっているようには見えないんだが?」
魔女はなんでもお見通しのようです。
確かに最近はしっかりとした食事をとっていません。
とりたいとは思っています。 でも、とっていません。
「君は何故食事をとらないのかは分からないけど」
魔女の瞳は綺麗です。 なんだか全部お見通しにされているような気がするのに、あまり嫌な感じはしないんです。 不思議です。
「このままだと色々とまずいんじゃないかな? 既に身体のあちこちに影響は出てると思うんだけど」
その通りです。最近の僕の身体は言うことをきいてくれない事がよくあります。
「うん、でも大丈夫なんじゃないかな」
正直大丈夫な要素は殆どないと思います。難しい言い方をすると皆無って奴です。
「君が大丈夫だと言うのならばこの話はここで止めよう、何事も無理強いは好きじゃない」
「ありがとう、魔女は優しいんだ」
「優しいのなら君の口に無理矢理でも食物を詰め込むよ」
違う、そうしないから魔女は優しいんだと思うんだ。
青年さんみたいに無理矢理にでも食事させようとしてこなくて良かった。
さらに数刻の間、無言が続きます。 魔女が本の頁を捲る音だけが時折、部屋に響きます。
とても、居心地が良いです。
「なぁ、少年。 君を見ていたらなんだか久々に空腹という感覚が僕にも蘇ったよ」
珍しく、魔女の方から話しかけてきました。 魔女は僕のことを名前で呼びません。 いつも、少年、とか、君、とか呼びます。
僕と対して歳の変わらないように見える魔女に、少年、と呼ばれるとなんだか変な感じです。
「そっか、魔女でもお腹は空くんだね」
「だが、生憎のところ我が家には食物を貯蔵するような習慣もなければ、それをする為の場所もない」
「それは大変だね、魔法でなんとかできないの?」
「……」
魔女が今までで一番真面目な顔をしました。
「いいかい、良く聞いてくれ少年。 魔法は万能ではないんだ。い 事象の原理を深く理解した上で、それを成す為に力を借りるのが魔法なんだ」
また魔女は難しい話を始めました。
「つまり、だ」
「……料理を作れない物には料理を作り出すような魔法は出来ないんだ」
少しばつの悪そうな顔をして頬をかく魔女。 可愛らしい女の子みたいです。
「つまり、魔女は料理ができないんだ」
「真実を言うだけで時折言葉というのは酷く心を傷つける、という事を覚えていた方が今後の為だよ……」
魔女は節目がちに僕を睨んで、唇を尖らせて呟きました。
魔女にもできない事ってあるんだと思うと親しみを感じます。
「君は料理というものをしたことがあるかい?」
「僕は料理をしたことはないや」
「そうか、残念だ」
「うん、ごめんね」
魔女はなんだか落ち着かないみたいです。 さっきからこんな会話ばかりが続きます。
「僕は何か食べたいんだけど」
「僕は何も持ってないよ?」
「だろうね」
魔女が話しかけてくれるのはうれしいんだけど、なんだかさっきより居心地が悪いです。
「ねぇ、少年。 お使いを頼まれてくれないかな?」
魔女にお使いを頼まれるなんて思っても居ませんでした。
魔女から教えてもらった抜け道を使えば、塔から村までは大した距離ではありません。 少し鼻歌を歌って歩いていればついてしまう距離です。
熊や狼も、森には居ますが会ったことが無いのであまり気にしません。 むしろ、一度会ってみたいような気もします。
「おぉ、ヨルンじゃないか。 何してるんだ?」
村の入り口で青年さんに会いました。 頬には手のひらの痕があります。
「お使いだよ。 そっちは?」
「ん、あぁ俺もそんな所だ」
なんだか僕はこの人の事が好きじゃなくなったみたいです。
胸の辺りに嫌な感じがもやもやと広がりますもん。
村にはパン屋さんがありました、小さな小さなパン屋さんです。
焼き上がりの時間になると美味しそうな匂いが村の間を風に乗って流れます。
「パンを下さい」
お店にはパン屋の娘さんがいて、焼きたてのパンを並べていました。 どれもサクサク、ふわふわの美味しそうなパンです。
パン屋さんの娘さんは、確か名前はエルザ?でしたっけ。
どうにも興味のない人の名前を覚えるのは難しいですね。
顔と名前が一致しないどころか、顔も名前も出てきませんもん。
「え……?」
娘さんは驚いたような顔で僕を見ます。 どうやら僕がパンを買いにくるとは思っていなかったようです。
「その……大丈夫?」
なにやら心配したような顔でした。
僕は人にこんな顔をさせることが多いです。 駄目な奴なんですね。 きっと。
「ん、大丈夫だよ」
僕は魔女から預かっていた金貨を差し出しました。 これ一枚で店にあるパンを全て買ってもお釣りがきます。
「……どうしたの、これ?」
魔女は正直に言っては駄目といって金貨を僕に渡しました。 なので嘘をつく事にします。
嘘は嫌いなんだけどなぁ。
「森で拾ったんだ、これで足りる?」
魔女いわく、金貨の価値を知らないふりをしろ、だそうです。 そうすれば買い物で余計ないざこざが減るらしいです。
人間ってそんなもの、らしいです。
「えぇ、足りるわ。 どのくらい欲しいの?」
娘さんは少し動揺したような、上擦った声で言いました。
「お釣りが無いように欲しいな」
「………」
娘さんは悩んでいるようでした。 この人は悩んでいる姿が様になりません。 魔女なら凄く頭が良さそうに見えるのに。
「これくらいじゃないかな?」
後ろから声がしました。
「さっきも会ったね、パンを買いに来たの?」
振り返ると青年さんがいました。
「あぁ、そんな所さ」
青年さんはお店の籠に大きなパンを何個か入れると、にっこり笑って言いました。
「少しおまけしてコレくらいだな、なぁ?」
青年さんはちらりと娘さんを見て頷きました。
「え、えぇ、そうね」
娘さんは頷くと、籠にもう一つパンを入れてくれました。
「良かったな、だいぶおまけして貰えたじゃないか。 エルザにありがとうしなきゃな」
青年さんはにっこりと笑っています。その薄っぺらい仮面のような笑顔を見ながらぼくは娘さんの名前がエルザで合っている事に内心驚いていました。
「うん、ありがとう」
僕もにっこり笑って応えます。 そうした方がいいから、そうします。
人間ってそんなもの、です。
「じゃあね」
「あぁ、じゃあな」
「ま、またね」
みんな顔がにっこりしてました。 まるで仮面をつけてるみたいです。
みんな笑顔のままならそれも素敵なことかもしれないですね。
僕が、パン屋さんを離れると、青年さんは娘さんの腰に手を回してお店の中に消えていきました。
そういう関係、と大人の人達は軽蔑したような目で言っていたのを思い出しました。 みんな知っている、村の秘密です。
知っているのに秘密だなんて、不思議だと思います。
ただ、青年さんが周りからあまり好かれてないと思うと、嬉しいような、悲しいような気持ちになりました。