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少年と塔の魔女2


「あなたが塔の魔女?」


「いかにも、僕が悪名高い塔の魔女だよ」


 「本当に居たんだ」


 魔女は居ました。

 塔のてっぺん、森の果てより更に向こうまで見渡せそうな高さにある小さな部屋。


  石造りの壁と床、それに窓が一つ。窓の近くには安楽椅子と、大きな本棚、それしかありません。


 窓の外には森が、まるで深緑色の海のように広がっていました。


 そして、部屋の窓際の安楽椅子に腰掛けているのは、服も靴も、被っていた山高帽に瞳の色まで深い紫色。


 少し癖のついた蜂蜜色の長い髪と、真っ白な肌以外は全部紫色の女の子。


 お婆ちゃんじゃない事に眼を瞑れば、まるで絵本に出てくる魔女のようでした。

 

そう、まさに魔女です。


 でも、思った姿ではない事に驚いた僕とは違って、魔女は突然現れた僕に驚きもせず、夕闇のように濃い紫の瞳を細めて、僕を見定めているようでした。


 「まさかそれを確かめるだけにわざわざ僕の家まできたのかい?」


 魔女は、言いました。

 

 魔女の声は何というか、ひんやりと冷たいような、井戸の水のような透明な声で、背筋がぞわぞわとします。


 「魔女に会いに来たんだ」


 少し緊張しながら答えました。


 「なぜ僕に会いに? 食べられたりするかもしれないんだよ?」


 魔女が、安楽椅子から降りて近づいてきます。

 身長は僕よりも少し高くて、僕より頭ひとつ違うくらい。


 僕は、魔女って案外小さいんだなぁと思いました。


 「なんでって、えーと」


 どう説明しようか悩みます。


 すると、魔女が指をくいっ、と動かしました。

僕は何か見えない何かに引っ張られるように、魔女のすぐ前まで連れていかれました。


 やっぱり食べられてしまうのですかね?


 仕方がないですね。 痛くはない方が良いんですが、どうせなら魔女にとって、一番美味しく感じる食べ方が良いです。 そうでなければ無駄死にみたいで嫌ですし。


「なるほどね」


 魔女は、僕の肩に手をかけると小さな鼻をひくひくと動かしながら、全身の臭いを嗅いできました。


 腐ってないか、あとはおいしいかどうかを臭いで判断する人なんですかね?


 母さんもたまにお肉の臭いを嗅いで、「まだイケるわ」なんて言ってたのを思い出しました。


「僕は腐ってないよ? 美味しいかは分かんないけど」


 魔女は答えません。まだ臭いを嗅いでます。


 もしかしたら、知らない間に僕は腐っちゃってたのかもしれません。


 腐ってたら、嫌ですね。


「怖がらないね、このまま食べられちゃうかもしれないのに」


 魔女が僕の首筋に爪を立てて言いました。

魔女の爪は魔女の瞳と同じような深い紫色に塗られています。


 血が滲む所をみると、僕はまだ腐ってはいないようです。


  これなら食べても魔女もお腹を壊さずに済むかな。魔女ってお腹を壊すかどうかはわからないですが。


「どうしたの?怖くて声も出ない?いや、違うよね。君の目は、恐怖に染まってない」


「とんでもない。 死ぬのも痛いのも怖いよ」


 うん、死んじゃったら何にも残んないし、痛いと涙も出ちゃうしね。 それってとっても怖いよね。 怖いこと、なんだけど。


 「その割には冷静だね、普通は君くらいの少年がこんな風にされたら泣き叫んで命乞いをしてもおかしくないんだけど」


 魔女の手が首から離れました。


 それと同時に血が滲んでいた爪の後も拭き取ってしまったように跡形もなく消えてしまいました。


 魔女というだけあって、魔法で治してくれたのでしょうか?


 別に必要無かったんですけどね、傷なんて痛いだけですし。


 「怖がらせ甲斐がないね、拍子抜けだ」


 「怖ければそうしなきゃいけないの?」


 「普通はね」


 それって、なんだか面倒です。 どうにもならない時はどうにもならないものでしょ?


 魔女は両手で僕の頬を挟むと、じっと僕の瞳を覗き込んできました。


 なんだか僕の中身を観ようとしてるみたいだ。 嫌だなぁ。


 普段から見えない物は見ない方がいいよ、人間の中身なんて気持ち悪いだけだよ。 ねぇ、そうでしょう、父さん。


 「そうだね、普通はそうすると思うよ? でもまぁ、僕には別に、君を特別どうこうする理由はない。まず、僕は人を食べたりしないし」


 「そうなの? 村のみんなは魔女のことを人喰いの魔物の生き残りだって言ってたけど」


 魔女は手を離すと、さっきまで座っていた安楽椅子に戻りました。


 どうやら僕のことを食べるつもりはないみたい。 そっか、魔女は人を食べるのは嘘だったんだ。


 「田舎者だらけだね。知らないものは恐れて、近寄らない。 本当の魔物なんて今はいないよ。いたら僕はこんな所で引き籠もっちゃいないさ」


「じゃあ、魔女は人間なの?」


 魔女は人間だったらなんでこんな所に居るんでしょうか?


「人間ではないな、もちろん魔物でもないけど」

 そっか、魔物ではないんだ。 それじゃあ人を食べないか。


でも良かった。 魔女は人間じゃない。 少し安心しました。


 「じゃあ、魔女はなんなの?」


 「僕は僕さ」


 「よくわかんない」


 「わかりやすいようには言ってないからね」


 魔女は唇を少しだけ歪めました。笑っているのでしょうか?なんだか意地悪そうにも見えます。


  でもこれでひとつわかった事があります。 うん、魔女は意地悪なんでしょう。


 魔女はもう僕に興味がないみたいで、安楽椅子をゆっくりと揺らしながらなにやら難しそうな本を読んでいます。


 「ねぇ、魔女はいつからここにいるの?」


 「昔から。 いつまで居る気なの?」


 昔から居る割にはそんな年寄りには見えないんだけどなぁ。 僕より少し年上にしか見えないや。


 「昔って? 魔女は何歳なの?」


 「……ハァ」


 魔女は小さくため息をついて、本を閉じました。


 なんだか不機嫌そうに見えます。 何でだろう?


 「僕は質問には答えたよ? 君は僕の質問には答えずに、質問を続けるつもりなの?」


 魔女が不機嫌な理由がわかって良かった。 うん、質問を質問で返すのは良くないって、兄さんも言ってましたし。


 「ごめんなさい。 質問って?」


「招かれたわけでもないのに勝手に上がり込んだ僕の家に君はいつまで居座って居るつもりなのかって聞いたんだけど」


 確かにそうだった。 僕まさか帰れるなんて思ってなかったから。


「居ていいまで。 帰った方がいいよね、やっぱり」


「変わり者だね。怖い怖い魔女の隠れ家に長居したいなんて」


「変わり者だなんて言われたことないよ」


 あんまり嬉しくない事を言われちゃったな。 そんなことを考えているいると、魔女と目が合いました。


「……」


 魔女は僕の方を見て何か考えているみたいです。


 僕も魔女をじっくりみてみます。 やっぱり僕より少し年上くらいにしか見えないんだけどなぁ。


「帰りたければ帰れば良いし、帰りたくなければ帰らなくても良いし。僕に干渉しない限りは好きにすればいいよ」


 魔女はそう言うとそっぽを向いて、奥の部屋に消えてしまいました。


 でも、どうせならもう少しお喋りしたかったので少し残念です。


「ねぇ、魔女。 僕まだ質問に全部答えてもらってないよ」


 干渉しないなら居てもいいと言われたけど、それじゃあここに来た意味がないので、話しかけてみます。


 追い出されたら、お家に帰ってまた明日来ればいいか。


「……なに?」


 良かった。 返事はしてくれた。一応話はしてくれるみたいです。


 「魔女が何歳なのか答えてもらってないよ?」


 「君のお祖父さんのお祖父さんのお祖父さんくらいだと思う」



 冗談かな? でも魔女って嘘つくのかな?


 「そんなに昔から居たの? その間ずっとここに?」


 「……。 僕に干渉しないならっていったよね」

「干渉しないならいても良い、となら言われたけど」


 そこまで言うと、扉の向こうから魔女の、明らかに不機嫌だと言わんばかりのため息が聞こえてきました。


 「出口はわかるよね。 暗くなったから松明くらいなら貸してあげる」


 もう帰らなきゃ駄目なんだ。


 残念だな。


 「うん、大丈夫。 お邪魔しました」


 扉が開きました。 魔女がこちらを見ています。


 魔女はなんだか悲しそうな、怒ってるような、不思議な顔をしていました。


 「待って、名前を聞いてなかったね、君の名前は?」


 「僕の名前は、ヨルン」


 「そう、ヨルン。夜の森は危ないからね、気をつけてお帰り」


 魔女なりの優しさ何ですかね、優しい、と言うよりなんだか悲しそうな表情な気もしたんですが。


 どうやら「女の子には笑顔で居てもらえるような男になりなさい」て言う姉さんの言葉を実行するのは難しいことなんですね。


「ただいま」

「今日は塔の魔女に会いに行ってみたよ」

「大丈夫だよ。危ないことなんてしてないから」

「ごめんなさい、心配かけて」

「今日の夜は少し冷えるね」

「一緒に寝る? お姉ちゃんの部屋寒いから嫌だなぁ」

「わがままっていうの、これ?」

「わがままなのはお姉ちゃんだよね、お母さん」

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