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全ての道は少女に通ず  作者: 八九素晴
第二幕 環状交差点
8/8

Part.8

真っ白な場所。最初の印象なんてそんなもんだ。

少女はそんな真っ白な場所で目を覚ました。

「…ッ!大我!」

大杉大我(おおすぎたいが)は幼い少女に何を託したのだろうか。小さな紙には綺麗な字が綴ってあった。

『もしも目覚めた時にオレが居なかったら、そこから先は色んな手段を使って生き抜いてみろ。人生の先輩として、先生として、大杉大我としての最後の言葉だ。ナージャ。』

ナージャに悪寒が走った。自分を助けるために奔走した彼は、今やどこにもいない。絶望的な状況であった。

「そんなこと言ったって…ナージャに生き場所なんてないよ…大我…。」

この場所も決して悪い場所ではない。そして決していい場所でもない。

親をなくしたか弱い生き物は容赦なく狩られるのが世の常である以上、ナージャとてそれから適応外になることはありえない。

ナージャは途方に暮れる。

何日寝たのだろうか。足が動く気配はない。細く白い左腕には点滴が付けられてナージャを睨み続ける。何もかもが終幕に進み、何もかもが足りなく、何もかもが上手くいく気配はない。酷いため息をナージャはついた。

この病室はいわゆる個室だ。他の人間はいない。それだけが救いだった。人間は一人で考える時間がなければ、思考がまとまることもないのだ。

「ナージャちゃん、ようやく目が覚めたか。」

そんな安息もすぐさま崩壊した。音を立てることなく、薄毛の研究員らしき人物がナージャの寝ている病室に入ってきた。

「私は『マスターピース』の研究員だ。ナージャちゃん、君の力を貸してくれないか?君を中心とした計画が上手く軌道にのれば、世界を変えることだって不可能じゃあない。」

嫌な雰囲気だ。あの時、ある時、その時、ナージャはいつだってそんな人間に口説かれていたのだ。

ナージャは頑なに口を開かない。研究員はナージャの瞳をジッと見つめる。ナージャは断じて目をそらさない。頑迷とすら思えるほどに、少女は目をそらさない。

「…なるほど。他の連中が武力で使おうとしたわけだ……ではこういうのはどうだ?君は大杉大我に対して強い関心を抱いている。我々は彼の居場所を知っている。ソレを教えれば、君はこういうだろうね。『分かった』と。」

端役の研究員がまるで魔法使いのように口達者となる。ナージャにとって大我の現状とは、何よりも重要なことなのだから。

「分かった……。」

ナージャは考える。百戦錬磨の彼らを欺き、大我の居場所を知り、彼を取り戻す方法を。

「だったら先に教えてよ。大我の居場所を。」

人の頭とは案外都合よく作られている。ナージャは研究員が喜びで踊り始めそうな勢いであることを見抜いた。このまま行ってくれれば、ナージャの計画は成就する。

(足は動くはず…祈るしかない…。)

研究員には隙があるように思える。コップから溢れるほどに。子ども相手だと下に見てここで大我の居場所を自白する可能性が極めて高い。そうすればナージャは走り出すだけだ。

「彼、大杉大我は私の所属する『マスターピース』にいるよ。私と着いてくるのであれば、彼との面会も許すがね?」

(思った通り…だったら…!)

頭の中で何回も何回もナージャは考える。寝ている自分を拘束するために、普通の病院だというのに多数の兵士がいるとも考えられない。この研究員さえ括り抜ければナージャはひとまず逃げられる。増援が走ってくる前、ならば早いことに越したことはない。

ナージャは返答をした。

「その提案を…ナージャは…。」

三、二、一………

「受け取らない。」

研究員が呆気にとられた隙、ナージャは布団を彼に投げ飛ばした。足は何とか動く。刺さった点滴を無理矢理外す。その痛みに悶えながらナージャは地面に足をつける。当然靴を探している暇なんてない。足は思っていたよりも動く。裸足のままで見知らぬ病院の廊下を走る。

「クソガキッ!やられたッ…!クソッ!」

研究員も当然走り出す。少女と大人。当然大人の方が足は早い。

だからこそナージャは多少の無茶は承知の上で走り切る。

二、三百メートルは走っただろうか。ナージャを待つものは無慈悲な窓ガラスと壁であった。研究員も追いつきつつある。ナージャに取れる方法は一つしかない。だがこの一つを取ると死ぬ可能性もある。病室の窓から見えた景色から推測するに、ここは四階だろう。飛び降りることは無謀にも等しいのだ。

研究員はドタドタと迫ってきている。ナージャは覚悟を決めた。

「何がなンでも生き残る…絶対に!」

窮鼠は時にとてつもない行動を起こす。ナージャは窓を開け、そこから飛び降りた。


少女は愛されていた。創造神に。そう判定するしかない。

下にはクッションとなる物質はない。ナージャは行動不能に陥る、最悪死に至る可能性すら持っていた。

「………ッ?」

少女は顔を傾げた。外傷は一切なく、それどころか身体は軽快に動く。確かに飛び降りたはずなのに。何の法則で少女は五体満足で飛び降りられたのだろうか。

「とにかく…逃げなきゃ!」

ナージャは我に返り、再び走り始めた。見知らぬ街を見知らぬ他人が交差する場所を。

「はァ…はァ……。」

呼吸法則が乱れ、ナージャは鼓動を強制的に高める。

考えようによればこれから先にすれ違う人だちは全員味方であり敵である。ナージャの思い一つで運命は変わり果てるのだ。

人混みの中に紛れてしまった方が見つかりにくいだろう。ナージャは東京の人々の足の速さに無理をしながら着いていく。

(いきなり『マスターピース』に行っても捕まるだけ…横浜に帰る方法は分からない…誰も頼れない…。)

猜疑心ではない。知らない街にしばらくいたことへのストレスもあるのだろう。ナージャの適応能力はとうの昔に限界を超えていた。

「何やってたンだい?嬢ちゃん。」

聞いたことがあるような言葉だ。ナージャは恐れを自然となくし、声をかけてきた彼に応答するために後ろを振り向いた。

「別に何も。」

ナージャは後ろを振り向き、どこかで言ったような言葉を言った。

彼はどこか大我に似ていた。七三分けの髪型をオールバックにしていて、目付きは綺麗な切れ目。声も大我に瓜二つといっていいだろう。

「そうか。」

彼はぶっきらぼうにそう言う。それから数秒と経たない内に、彼は再び言葉を言った。

「行く宛がねェのか…?」

ナージャは小声で答えた。

「うん。」

二人の物語が始まろうとしていた。

新章開幕!

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