Part.7
アメリカ式に言うとタフガイ。
そんな黒人の鍛え上げられた完璧な肉体を持つ男が数人の武装した部下を引き連れ、立っていた。傲岸な笑顔で黒人の彼は大杉大我に言う。
「よォ、久しいな大我ァ!元気にしてたかァ!?」
「…ヘェ、なンのようですか、フラッシュ中佐。オレの前だと息子が縮んじまうヘタレ中佐さん。」
大我はフラッシュに嫌味ったらしく返答した。フラッシュは笑顔を崩さず、しかし適切な脅しの言葉を大我に投げかける。
「おいおい!そんなこと言うなよ大我ァ!出世出来ねェ嫌われ者は大変だよなァ?ちっぽけなプライド守るためにしょうもねェジョーク垂れるンだからよ?で、士官学校も出させてくれなかった狂犬野郎に聞きてェことがあるンだよ…おめェら!」
「はいッ!」
フラッシュはもはや指示すら出していない。だというのに、三人ほどの部下は即座にフラッシュの行うことを理解したようだ。
彼らが乗ってきた車から彼らは何かを取り出した。
真っ二つ。一刀両断された死体。それが三つ。大我の余裕を奪うためのもの。
確かにかつての家族だ。数年経って歳をとった元妻と息子と娘。
「縮んだのはお前の息子でェす!お前の家族、いいや、元家族だ!素敵だろう?おめェが抱えた秘密を言えば生かしてやるって言ってやったのに、わざわざ別れた男を守るために女から死んだ!ガキ共も同じ道を選んだ!最ッ高に美しい光景だ!なァ!?」
大我の人生は破滅の一途を辿る。それは運命であり定めであり決定事項である。
フラッシュの暴力の前に家族たちは虐殺された。大我は何も言わずに亡骸を眺めている。まるで精神状態が事態に追いついていないかのように。
「辛ェか?辛ェよな?辛ェに決まってらァ!ハハハハハハハッ!メチャクチャ笑えるわ!顔が…顔が…バカみてェ!ウァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
フラッシュは待ってましたと言わんばかりに笑う。笑いすぎて立つことも出来ないのか、やがて彼は地面に転がりながら笑い散らした。部下たちはフラッシュの凶行に畏敬すら覚えているようだった。
「あァ、やべェ…涙出てきたわ。うっし!このロバはオレがぶっ殺すからよォ、おめェらはあの女攫ってこい!あんまし回すなよ?」
「了解です!」
「滅亡作戦開始!」
フラッシュは大きな声でそう宣言した。大我の能力名を小馬鹿にするように。
ただ、大我にフラッシュの言葉は聞こえない。聞きたくない。聞こうとも思わない。
「おーい、大我ァ!反応しろよつまンねェな。前々から上の許可が降りれば、おめェのことは一億回くらい殺してェと思ってたところなんだよ…まァ、ガキと嫁が9千9百9十9万回負担してれたと思ってくれ。つーわけで、今から最後の一回を実行するわ。男は最後が大事だからな?出来る限り命乞いしたくなるような殺し方してやるよ。じゃー、行くぞォ!クソ野郎ォ!」
フラッシュは大我の腹部を生々しい音と共に殴り切った。大我はやはり何も言うことなくその場にひざまつく。
「…おーい!何か喋れよ。大我ァ。」
うずくまる大我にフラッシュは淡々と蹴りを入れ続ける。大我は泣くこともなければ叫ぶこともない。ただ暴力を受け続けるだけのサンドバッグと化す。
無料で退出することは叶わない。その性格が故に、その能力が故に、大我を恨むものは数えきれないのだから。
フラッシュはとても効率のいい方法を選んだ。守れる者への攻撃を極端に嫌う大我を完全に屈服させる方法として、大我の家族を考えられる限りの外道を尽くして殺したのだ。
勝敗はとうの昔についていた。大我をあからさまな表情で見下し、フラッシュは告げた。
「手に収まらねェ部下ほどイラつくモンはねェよな?オレァ結構嫉妬が強ェンだよ。野郎のマジな嫉妬は凄ェぞ?あァ?聞・い・て・い・る・の・か・な・ァ!つまんねェぞタァイィガァ!」
フラッシュは大我の頭を踏み躙る。鈍い音が鳴り響いた。首の骨がへし折れたのか、脳髄でも潰されたのか。
大我にとってそんなことは些細かつどうでもいいことだった。
「…ァガがあがァがァあがァがァッ!」
大我は絶叫した。
生きたいのか死にたいのか。
最も重要なことをデタラメにしてしまった人間に未来など訪れるわけがない。
能力の制御なんてもう関係ない。全盛期、その気になれば日本列島程度をチリの山に変えるほどの能力者が多少衰えたとて、彼が怒りと憎しみを放てば横浜市はいつでも破滅する。大我は立ち上がり、自らの能力の限界にも近いエネルギーを集合させることで生み出される波動を作り始めた。
だがフラッシュはそれすらも理解しているようであった。
「ハハハッ!凄ェなおい!流石はカテゴリー7最強とも言われた男だよ!普通に考えればオレなんざ木っ端微塵だろうな!でもなァ…そうは問屋が卸さないってなァ!」
地球上に散らばるエネルギーを集結させ、幻想的な波動を作った大我はそれらをフラッシュに向けた。フラッシュはあくまで余裕の表情だ。
その刹那、奇怪な現象か起きた。
大我の能力はエネルギーを集結させることによって能力が発動する。エネルギーといってもその種類は様々だ。運動、熱、位置、電磁、そして――――光。
普段大我は波動を生み出す時、一つのエネルギーのみを限定して集結させる。理由は単純だ。他の能力者や天地変動によって集中出来るエネルギーには幅が生まれる。全てを欲張るなんてことはまずしないのだ。
だが今は違う。全てのエネルギーが支離滅裂に集められている。理論上の力は現実的には生きることはない。
大我が両手を空にかざして作り出した大波動は、何らかの干渉によって打ち消された。
「おめェほどのヤツが手放した女とガキ殺されただけでそんなに取り乱すとはなァ。いやァ、物事挑戦が大事!イイ勉強になったぜ。」
フラッシュは右手に小さな光を作り出していた。それが仇となり大我の決死の反撃は失敗に終わった。大我は力なく、また鈍い音を上げながら倒れた。
「思い出したか?オレの能力の系統は光だ。確かにおめェの能力は条理なんざ気にも留めねェ不条理の集合体だ。だがな…多少の誤差を生み出すことぐらいは簡単に出来ンだわ。」
フラッシュは制服の胸ポケットからタバコを一本取り出し、火をつけた。
煙を物言わぬ大我に吹きかけると、フラッシュは勝利宣言を下した。
「さっきお前がデケェ波動生ンだ時、思わずガッツポーズしそうになっちまったよ。コレはその時のお礼だ。平服して受け取れよ。」
フラッシュは大我の右手にタバコを押し付けた。
大我の胴体は赤黒い出血が溢れているというのにフラッシュはお構い無しだ。
「ソレでは!二階級特進で中佐となった大杉大我に敬礼!」
四月三十日。冬服か姿を消す季節。
大杉大我元大尉は平和維持軍中佐、フラッシュ・クリントンに完全敗北を喫した。