Part.3
能力者としての格。
大杉大我は誰よりも格が高い。それを裏打ちする理由を辻田遼西は知らないのだ。
「アナタは空間移動系統の能力者!ならボクは同じ土俵に立てる!勝敗は最初から決まっているわけじゃあない。勝負だ。」
辻田遼西は銃を大我の丁度頭の方向へ構えた。照準が定まった刹那、銃弾は明らかに通常の速度とは違う速さで大我の頭に向かった。
「…ッ!」
行動一つ一つが命運を分ける。大我は銃弾が自分の頭を撃ち抜くであろうわずか数ミリの段階で干渉不可能な世界に入り込む。
四秒後、大我は現次元に現れた。当然ながら場所も変わっている。位置で表すと辻田遼西から三メートルほど離れた真後ろだ。大我はリボルバー拳銃の照準を合わせた。
「ッグォ!」
しかし裏の裏をかいた辻田遼西は大我のさらに後ろへ位置を移動していた。大我は鈍器により頭を殴られ呻き声を上げた。
「大杉さん、アナタいつまで上から見てるつもりですか?ナージャは渡さないし、アナタはボクの出世の道具としてココでくたばってもらう…!」
大我は思いのほか抵抗を見せる辻田遼西に焦りを覚えた。大我に残された時間はそう多くはないのだ。横浜からナージャがいなくなってしまえば大我は少女を追う手段を喪失する。時間は極めて少ない。大我は賭けに出た。
「いやァ…格下が相手だと舐めきってたオレの誤算だわ。辻田ァ、おめェは努力家だな?努力で才能しか能のねェオレをぶっ潰そうって算段だろ。ならやれることは限られてくンよな?」
カテゴリー7とされる、あるいは、されていた者たち。それらの評価基準は実のところ公表されているわけではない。
だから大我は自分の中でカテゴリー7に評定される者の基準を考えていた。
その基準とは、天地変動を起こせるか否かである。
大我は両手を空にかざす。最初は小さく視認性も悪かった波動のような物体がやがて眩しいほどに巨大になる。この間わずか二秒である。
(…何を起こすつもりだ?)
辻田遼西はあまりに突発的な波動に空間移動にて一旦距離を取ろうとする。だがもう遅いと言わんばかりに大我は瞬間的な移動で辻田遼西の目の前に立つ。
「…遅ェ。」
謎の法則によって造られた波動は大我の右拳に挿入され、その右手は辻田遼西の鼻から蛇口のように血を流させることに成功する。
「ッッ!クソッ!」
殴られた瞬間、辻田遼西が自動的に組み上げていた防衛システムが作動した。辻田遼西は誰も干渉することが出来ない四次元空間に自身を転移させた。
「なんの能力だ…バケモノめ…!」
辻田遼西が組み上げた四次元空間は大変便利なものである。大我から辻田遼西の位置を知ることは叶わない。だが辻田遼西は大我の位置を知ることが出来る。
どんなに優れた人間でも油断と隙は生まれる。辻田遼西は脂汗を垂らしながら時間をかけて大我を倒すことに集中する。
「…そこだッ!」
四次元空間から三次元空間に戻った辻田遼西はやはり大我に銃を向けている。銃弾を放ち、弾丸を大我の額一ミリメートルへ設定した。
「残念、は・ず・れ!」
意地の悪い笑顔を浮かべながら大我は辻田遼西の目の前へ立っていた。
再び空間転移をしようとする辻田遼西の左腕を大我はしっかり掴む。
「お前の能力は汎用性が高くて強ェ。だが欠点もあるよな?例えば…誰かに掴まれた状態で空間移動をすると、そのまま相手も移動させた地点に送ってしまうこととかな。本来なら欠点にもならねェ欠点だが、タイマンになっちまったのがデケェ。ま…。」
大我は握り潰すかのように辻田遼西の左腕を掴んでいる。どうしようもなく立ち往生している辻田遼西との決着を早急につけるため、大我は左腕を掴んでいない左手で波動を作り出す。
「お前は言ったよな?同じ空間移動なら同じ土俵に上がれるって。そりゃそうだ。仮にオレの能力が空間移動系統のつまらねェ力だったら勝負になっただろうさ。だがな…オレの能力は空間移動じゃあない。もっと凄ェ力さ。」
大我の笑顔は増していく。能力は不明だが、このままでは無残な虐殺が待っているだけだと直感で理解した辻田遼西は大我に命乞いの言葉をぶつける。
「ま、待ってくれ!ココで死ぬわけにはいかないンだ!何を言えば見逃してくれるンだ!?」
「ナージャの居場所。あとナージャをどういう風に扱っていたか分かる資料。五秒以内に応答しろ。じゃねェと脳髄が地面にめり込むぞ?」
法外な暴利にも生命がかかった人間は答えなくてはならない。死んでしまえばそこで全ての道は閉ざされるのだから。辻田遼西は大我の望む答えを言った。
「ソ、ソレなら知っている!ナージャは今川崎を通って東京に送り込まれているところだ!今しがた連絡が来たンだ!」
「そうか。」
大我は先程まで絶対に手放すことがなかった右手を離した。辻田遼西は途端に地べたへ這いつくばる。大我は辻田遼西の右足に一発、銃弾を撃ち込んだ。
「グァッ!」
「今日はコレぐらいで勘弁してやる。二度とくだらねェマネするンじゃねェぞ?次やったら生きて帰れる保証はねェと思え。」
「あァ…。」
辻田遼西の出世への道は完全に閉ざされ、彼は呆然とその場にへたり込む。生き延びたことを喜べばいいのか、実質的に死んだも同然なことを悲しめばいいのか、脳の演算が追いついていないのだ。
大我は所有車まで走り同時並行で名倉博道に電話をかける。だが博道が応答する気配はない。大我はボソッと呟く。
「やっぱり繋がってやがるか…なら…。」
川崎まで車を飛ばすしかない。もはや大我にそれ以外の手段は残されていないように思えた。
車が眼中に入り、ロックを解除したその時だった。
「先生は一体どこに向かうンですか?」
綺麗な声だ。声変わり前の十歳ほどの男子生徒が大我に声をかけた。その少年は大我もよく知る者だ。
矢島蒼士。光の加減しだいでは髪の色が薄い青色にも見える少年だ。顔立ちはとても整っていると言っていいだろう。蒼士は大我の教え子の一人だ。
「…蒼士、お前避難してなかったのかよ。」
「今日はちょっとココに来る時間が遅かったンですよ。来てみればロックフォードが大惨事になっていて…先生、どうすればイイですか?」
なんと都合のいい状況だろうか。蒼士は辻田遼西が片足を撃たれたことも、警備員たちが蠢くだけの屍同然になったことも見ていないようだった。大我は優しい先生として蒼士に語りかける。
「真っ直ぐ家に帰りな。今日は臨時休校的な状況だから。先生は今から川崎に向かう。ナージャって子を救いにな。」
蒼士は大我の言葉に面を喰らったように顔つきが変わった。まるで蒼士がナージャのことを知っているかのように。蒼士は蒼士らしく薄い感情表現で大我に驚きを伝える。
「ナージャ…ナージャですか?ロシア人の女の子ですよね?」
「……あァ、多分そうだな。」
「やっぱり…先生、オレも行きます。ナージャは友だちだから。」
子どもが頑張って解決出来る物事ではない。辻田遼西やその他の大人が自己の出世と名誉をかけて必死にナージャを使っているのだから。だが蒼士の意志は頑なに思えた。往年の大我のように強い目付きだ。
「…お前、どう言ってもオレの車に乗るつもりだろ?ならイイ、行こうぜ。ナージャを助けによ。」
「…はい!」
大我は満足した笑顔を浮かべ後部座席の扉を開けた。
蒼士はそれに飛び乗り大我は運転席に座る。
「全力で飛ばすからよ、シートベルトちゃんとつけとけ。」
アクセルは思い切り踏まれ、大我と蒼士を乗せた車は発進する。
「さてと…どうやってナージャの位置を知ろうか…。」
全信号を無視して暴走すれば川崎までの距離というものはさほど問題にはならない。問題になることはナージャの詳細な位置である。一重に川崎といえどそれは多岐に渡るのだ。当然、辻田遼西が知る由はない以上、大我は途方もなく走り回るしか方法がない。
「…ロックフォードから東京に向かう車なんざそう多くはねェ。こればっかしは運頼みだ。」
幸いなことに『ロックフォード』所属の車、それらのナンバーは関連性がある。つまり東京に向かう途中で『ロックフォード』所有の車を見つければ打開はいくらでも可能なのだ。
「でも不思議ですよね。ロックフォードも結構な大型施設なのに、わざわざ東京に移動する理由ってのは何かあるのかな?」
蒼士は素朴な疑問を覚えた。『ロックフォード』は昔から有望な能力者を作り出すことに定評がある開発機関だからだ。
「さァな、ただ言えることがあるとすれば…ソイツァロクなことじゃねェってことだ。」
教員として『ロックフォード』に在籍してから早くも二年が経過している大我は、ナージャの扱いに言葉では表せない疑念を覚えていた。能力者の力は百パーセント才能で決定される。ナージャを活かせる場所が東京にしかないというのなら、最初から東京の育成機関に配置されることが当たり前だからである。
「……なァ蒼士。お前さん、運転出来るか?」
「出来ないですよ。オレ小五だし。」
「だよなァ…。」
ここまで早く標的を見つけられるとは思いもよらない。大我は覚えのあるナンバーをつけている黒塗りの車を見つけた。
確実とは言えないがほぼほぼ確実な状況に大我は静かに運転を続ける。
「じゃあ東京に遊びに行ったことは?」
「まァ、何回かは。」
「友だちや親御さんに買うお土産でも考えとけ。こりゃ長引きそうだ。」
ナージャが乗っているであろう『ロックフォード』所属の車には、骨が折れそうな程度には他の車が護衛として着いている。車に乗っていれば能力も使うことは出来ない。
(何やってンだろうなァ…オレ。)
つくづく因果な世の中だ。大我の味方は子どもだし大我が救おうとしているのも子どもだ。
大人たちの意地汚い出世レースに何の関係もない子どもたちを巻き込み、騙し、利用する。
「ま…もうなるようにしかならねェ。諦観だ。」
大我は意味のない独り言を呟いた。
少女が出てこない罠…