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全ての道は少女に通ず  作者: 八九素晴
第一幕 少女
2/8

Part.2

能力者(スキルパーソン)』はどこから現れたのだろうか。

大杉大我(おおすぎたいが)は子どもの時から、異能の力を操る正義のヒーローたちを知っていて、心の底から尊敬をしていた。言い換えれば大我にとって能力者(スキルパーソン)はプロ野球選手やJリーガーとそう代わりがなかったのだ。

だから大我は憧れた。プロ野球選手を目指す子どもが野球部に入る要領で、大我もまた『能力開発機関』というものに入ったのだ。

『能力開発機関』といってもやることはやはり野球部のそれと大きな差異はない。肉体トレーニング、精神鍛錬、礼節を知ること、その他の特訓。

ではどのように能力は付けられていくのか。簡単なことだ。()()()()()()()()()()()()()()()。大我は薄々それに勘づいていた。だから自分は先輩からも虐められることなく、トレーニングをサボってラーメンを食べていたことが発覚した時も大して怒られることもなかったのだろう。

「カテゴリー7。超大能力者だ。お前ら、()()()()を大杉大我に向けるンじゃねェぞ。」

大我は先輩たちが集められた集会を裏で聞いていた。そして確定しつつあった疑念を確信へと変貌させた。この時点で大我は『数十年に一度の逸材』として特別な扱いを受けることが決まっていたのだ。

「能力は危機的状況に開花するンだ。お前はまだ能力が具現してねェが、焦る必要はねェ。大丈夫だ。」

大我をよく気にかけてくれた先輩はそう言った。彼はカテゴリー6の能力者だった。彼よりも上、少なくとも平和維持軍(ピースメーカー)の科学者たちはそう言っている。大我は驕りを抑えることだけを第一に考えるようになった。

「かのソビエト連邦とアメリカ合衆国が超大国と呼ばれている。我が祖国、日本はいつかソレに並ぶ国となる。この能力者産業によってな。」

まだ日本の勢いが止まることを知らなかった時の話だった。東京都二十三区の全土地を買い上げる金でアメリカ全域が買えると豪語されていた時代。もはや日本にあの時の力はないにしても、能力者を使った傭兵軍隊は生きているのだ。


「はァ…はァ…疲れンな…。」

思いだったが吉日だと大我は腕立て伏せを自室で行った。

加齢による体力の衰えを大我は隠すことが出来ないのだ。昔ならさらに別のトレーニングをしても気分のいい汗を流すぐらいで済んでいたというのに。

「せめてブヨンブヨンにならねェようにしねェとな。」

大我の肉体年齢は若い。体脂肪率は一桁代であり、肉体の精悍さは同年代の人間の中では上位数パーセントに入るだろう。大我は自室からリビングへ向かう。

「…あァ?」

プロの犯行。そういうのが正しいのだろうか。それなりに厳重なセキュリティを括り抜け、大我の目を盗み、近所から目撃されることもなく成功を遂げる。

ナージャがいない。それが事実だった。大我は彼らしく冷静に考える。

(…能力開発機関のヤツらなのか?だが、ソレならこのオレを無視することは考えられねェ。よほど急ぐ理由…まさか…。)

大急ぎで携帯に番号を入れた大我は、ナージャを知っていそうな人間に電話をかける。三コール目に彼は電話に出た。

「博道、横浜市の能力開発機関にアクセスして、ナージャって名前を持つ女の子を調べて所属を割り出してくれ。早急にな。」

「どうした?中年の危機を乗り越えるために白人幼女に手ェ出すつもりか?」

「違ェよ。昨日、ナージャって子と会ったンだ。どうやらどっかの機関から逃げ出していたようだった。オレの家で保護してたンだが…音楽聞きながら筋トレしてたらまた奪取されちまった。頼む。」

「ふゥん…。」

突拍子のない話に名倉博道(なくらひろみち)は反応に困っているようだ。

大我とナージャの関係は昨日始まったばかり。大我にとって十年来の親友である博道にも分からない世界なのは仕方がない。

だがあからさまに深刻な声であった大我を気にしたのか、博道は大我が満足する答えを口頭で渡した。

「…横浜最大、平和維持軍(ピースメーカー)直轄の開発期間、通称ロックフォード。お前が教え子を持つあの施設だ。所属はソコになっている。」

「オレが所属してる組織がオレを無視して動いたってか?舐めやがって。」

「いや、むしろお前は尊重されていると言っていいだろう。」

「なぜだ?」

「ナージャは能力者だ。ソレを知ってようが知らなかろうが、ロックフォードの上層部に届けを出さなかったお前を消さないってのは…過去の栄光はまだ生きているってわけさ。もっとも…消そうと思って消せる相手でもねェがな、お前は。」

大我は衰えを隠せていない。しかし大我の力は未だ強力なものだ。『ロックフォード』のお偉いさんが戦闘を避けるように指令していてもおかしいことではない。大我は博道に宣言した。

「上等だ。オレは今からロックフォードに乗り込む。ナージャを救いにな。お前もしっかり伝えとけよ?カテゴリー7がマジでブチ切れたらどうなるかは分かってるはずだ。」

「おいおい…オレの面目が潰れちまうじゃねェか。」

「いいや…面目が台無しになるのはヤツらさ。」

大我は電話を切りリビングに置いてあるリボルバー拳銃を拾った。運動服から艶のあるスーツに着替え、色の濃いサングラスを身につけ、スーツの内ポケットに拳銃を仕舞った。

「栄光だけじゃあ生きられねェ。」

玄関口にはガレージが隣接している。大我はそこにあるセダンに乗った。エンジンをかけると大急ぎで『ロックフォード』を目指して車を走らせる。

車を走らせてから一分としないうちに電話がかかってくる。大我は車内スピーカーと携帯を繋げ、それに出た。

「もしもし、大杉さん。」

「…なンの用事かな、辻田(つじた)ァ。」

辻田遼西(つじたりょうせい)は大我に言い放った。

「申し訳ないけど、ナージャのことは諦めてくれないかな?あの子はアナタが思うよりもはるかに重要な存在なんだよ。」

「おい…辻田、てめェはいつからオレに意見出来るぐらいに偉くなったンだ?平和維持軍(ピースメーカー)じゃあ茶坊主がいい所だったてめェがだ。」

「今は同格だろ?児童たちの能力開発の教員同士だ。ソレに…知らなかっただろうけど、ナージャはカテゴリー7の超大能力者。アナタには渡さない。」

辻田遼西は大我に宣戦布告するような口調で言い放った。大我はニヤッと笑顔を浮かべながら宣戦布告文に返答した。

「出世主義の辻田ァ、いいこと教えてやるよ。オレもガキの頃、カテゴリー7に分類されていたンだ。そんなオレは今からてめェをぶちのめしに行く。チキンでも食って降伏すりゃ生かしてやんぜ?」

「…辻田遼西とロックフォードを舐めないで頂きたいね。」

通話は切られ、大我は真っ直ぐに『ロックフォード』を目指す。時間にすれば十分とかからないだろう。

「……なァにやってンだろうな、オレ。」

昨日今日で知り合ったナージャを見捨てることが出来ない自分を自嘲するような口調で独り言を大我は車内で呟いた。

近未来的である意味悪趣味とも取れる施設。隣接する図書館には民間人も出入りしている。広さは一般的な大学程度だろう。それがロックフォードだ。

大我は『ロックフォード』に辿り着き、布告をするため空に向けて銃弾を発泡した。辺りは騒然となり、近くにいた民間人は逃げ始めた。

大我は大声で宣言する。

「一分やる!戦闘の意思がねェヤツァとっとと脱出しろ!オレの目的はナージャってガキだ!いいな?」

非戦闘員に対する攻撃は大我の哲学に反する。大我と相対するのは『ロックフォード』の警備員たちと一部の能力者であるはずだ。大我は腕時計で時間を計り、勝負のその時まで車の前で待機する。

「…一分経過。行こうか。」

一歩ずつ大我は施設の入り口へ向かっていく。研ぎ澄まされた直感から大我は向かってくる警備員の数を知る。おおよそ十人程度だろうか。大我は能力を行使する準備を始めた。

「大杉さん、アナタ一体何がしたいンです?世界中に平和を届けてきたアナタらしくもない蛮行だ。」

詰め寄り銃を構えた警備員の一人が大我の行動に疑念を覚え真意を聞いた。大我は思わず失笑を漏らす。

「何がしたい、ねェ…。何がしてェンだろうなオレは。見ず知らずのガキがここの変態共にいいようにされるのが気に食わねェのか…ソレとも、オレもあのガキを使って何かをしようとしてンのか……ま…。」

大我は言葉を投げかけた警備員の胴体をただ触れるように触った。その瞬間、警備員は空高くに放り挙げられた。空中を強制的に舞った彼も状況を判断出来ていない。他の者も状況が理解出来ていない。この状態を支配しているのは大我なのだ。大我は下を見ながら小さく呟いた。

「ソレは後でも分かる。だから、まァ、(わり)ィけど、お前ら全員ココでご退場だ。大丈夫、死なねェ程度に調節してやっから。」

大我にとっての戦闘は大半が圧倒的な暴力による一方的な暴行である。寛容に大我がなった場合、敵は始めて生きて帰れるという希望が見い出せるのだ。

「……ヒィィッ!や、辞めてくれェ!」

警備員たちは泣き叫ぶ。大我は無機質に警備員たちの身体に触れ、彼らを無慈悲に意識不明の重体へと追いやる。空中高く放り挙げられる者、地面に仰々しい音を上げながらめり込んでいく者。人知をとうに越えた暴行だ。

「大丈夫。死にはしねェ。」

警備員の一人がパニック状態になりながらアサルトライフルの引き金を弾いた。その弾丸は真っ直ぐに大我の頭を撃ち抜くはずだった。

大我は銃弾が迫っていることを知り、能力を瞬間的に作動させる。

「なァ、空間移動って知ってるか?能力者(スキルパーソン)には定番中の定番だよな。今から実例を見せてやるよ。」

大我の姿は見えなくなった。警備員たちは何が起きたのかやはり理解出来ていない。

それから数秒後、大我は警備員たちから五メートルほど離れた場所に現れた。その刹那、大我の両手から目視可能な波動のようなものが生まれる。

「じゃあな。」

「ッ!」

大我はその波動を警備員たちに飛ばした。強力な攻撃によって警備員たちは声もあげれずに戦闘不能となる。

最初は十人いた警備員が二十人ほどに増え、そして大我の暴力によって全員その場に倒れ込んだ。

大我はナージャがいるであろう区画に向かおうとする。その時だった。

「…あーあ、大杉さん。こりゃ始末書ものですよ。ボクの部下をボロ雑巾みたいにしちゃって。」

呟いた辻田遼西は大我の真後ろに立つ。大我は疑問を覚える。

(…なに考えてンだ?)

間合いは完全に大我のものだ。この状況から辻田遼西が出来ることはそう多くはない。平和維持軍(ピースメーカー)の後輩の能力くらいは大我も知るところなのだ。

「……お喋りに来たのかな辻田ァ。じゃあ話してやるけどォ、オレの能力忘れちまったとかはねェよな?」

「えェ、アナタの能力を忘れたことなんて一度たりともありませんよ。ただ…。」

「ッ!」

辻田遼西は大我の頭を鉄パイプで思い切り叩いた。大我の脳裏は白い線で埋め尽くされる。しかし一瞬で状況を理解すると、大我は後ろを振り向いて拳銃を辻田遼西に向けた。大我は宣告する。

「…ダメだなァ。ダメなんだよ。オレの油断をついて刺すってンなら、今の攻撃はもっと強くすべきだった。警告の意味合いでも込めたのか?ソレとも…案外チキっちゃったのかなァ?」

大我の煽り口調に辻田遼西もまた言葉を返す。

「油断をついて倒すねェ…アナタいつまで強者気取ってるンですか。」

二人の戦いが始まろうとしている。

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