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全ての道は少女に通ず  作者: 八九素晴
第一幕 少女
1/8

Part.1

大杉大我(おおすぎたいが)にとって、異能力というものは栄光を勝手に生み出してくれる便利な賜物だった。

大我は数十年に一人の逸材として学生生活を過ごし、能力者によって構成された軍隊では輝かしい実績と勲章、多大な金額と名誉を手に入れた。

人生というゲームでは大我は確実に勝利を収めていた。客観的から見てもそれは明らかなことだった。


「中年の危機ねェ…。」

大我の隣にいる男は呟く。

そんな大我は、思秋期、あるいは中年の危機に陥っていた。

加齢による身体能力の劣化は否むことが出来ず、あまりにも実績を残しすぎた大杉大我を恐れた能力者による軍隊『平和維持軍(ピースメーカー)』の上層部が退役した彼に渡した仕事は、いわゆる閑職(かんしょく)だった。

「未来あるガキ共のお世話と言えば聞こえはいいさ。だがなァ、オレに回されるガキ共は全員落ちこぼれもいい所だ。全員覇気もねェ。やる気もねェ。何もねェ。あァ、クソッ。」

もはや大我は『平和維持軍(ピースメーカー)』の同期である名倉博道(なくらひろみち)に愚痴を吐く以外に出来ることがないように思えた。博道は言う。

「悪ィことではねェだろ。ンなガキ共を使えるように飼育すりゃ、お前だってまた日の目を見ることもあるかもしれねェ。」

「おめェも知っての通り…能力は百パーセント才能だ。あのガキ共だって理解してンのさ。てめェに才能がねェことぐらいはな。そりゃやる気も出ねェさ。」

「ま、本来なら士官学校をおざなりで卒業させて貰えただろうし、そんで一個師団の指揮官ぐらいにはなれたもンな。出る杭は打たれるってか。」

「そういうこった…。」

飲み屋の隅っこで大の大人が愚痴を吐き合う。

大我はそんな大人を侮蔑すらしていた。しかし運命は大我を嘲笑った。安い酒を浴びながら、大我はタバコを咥える。

「…オレの人生ってなんだったンだろうな。」

客観から見える世界と主観から見る世界はまるで違う。

大我は戦場でありふれた地獄を見てきた。そして日本に戻り安息を求めれば、()()()()()()という理由で三行半を告げられ、愛する子どもたちとも離れ離れとなり、泥沼の離婚裁判と慰謝料、養育費で稼いだ金すらも奪い去られた。人生そのものを無価値に思えても仕方がない状況に大我はに追いやられていた。

「…今でも嫁は愛しているし、子どもだって愛している。でもなァ…オレが愛した人間はみんなオレの手元から離れていくンだ。結局、オレは戦場で誰かをぶっ殺すこと以外に活路を見い出せねェ欠陥品だ。」

ゆらゆらタバコの煙は揺れる。大我の心境のように。あの時の栄光はもうどこにもいない。いたところで今の大我にそれを生かせる能力はないのかもしれない。

「今のお前は惨めなロバにしか見えねェ。ソレが悲しくて仕方がない。」

博道は大我を哀れんでいるようだった。ロバ。西洋においてロバとは愚かさの代名詞とされている。まさに大我の惨状にあった生き物だ。大我はタバコを力を込めて灰皿に押し付けた。

「あァそうだ。オレァロバだ。愚純で惨めで愚かで哀れなロバだ。ハシゴを外されて形ばかりの栄光を押し付けられて動けなくなってるバカなロバだよ!素晴らしいことでねェ!」

語尾を強めた大我は、叫んだところで現状が変わることがないことを知っている。負け犬として時代の覇者から退場する時を迎えつつあるのだ。

やがて大我は思い切り立ち上がり叫ぼうとした。

「落ち着け大我。」

博道は制止に入った。しかし大我の思いは消えることはない。

「落ち着いてられるか!?なァ!オレの幸せはどこに逃げた!オレの栄光はどこで寝てやがる!夢やら希望やらはいつ潰えたンだ!…教えてくれよ、なァ…。」

怒号とは裏腹に大我の心境は弱々しいものであった。大我は辺りに置いてある酒を無造作に飲み干す。それから数分と経たない内に、四十代に突入しようとしている男が酒によって倒れ込んだのだった。



「分かってンだよ…。」

向こう一ヶ月は触っていないキッチン。腐った食品の宝庫である冷蔵庫。独り身に対して絶大な効果を発揮する巨大なテレビ。本来、妻や子どもが過ごす部屋は物置と化している。大我は帰りたくもない自宅へ無理矢理戻され、ソファに寝っ転がった。うわ言のように大我は呟く。

「あのガキ共だって(わり)ィガキではねェ…。こんなオレのことも先生って慕ってくれるンだからな…。」

能力によって人生の善し悪しが判定される能力者専用学校において、能力の才能が見い出せない大我の教え子たちが苦しい思いをしていることを大我は理解していた。だが少年少女たちはどこまでも健気だ。かつての栄光に縋るだけの大我に尊敬の眼差しを送ってくれる。

顔を腕で覆い隠し、大我は呟く。

「クソが…。」

このまま寝てしまったほうが気が楽だ。大我は日課になっていた眠剤による強制的な睡眠に入ろうとした。

「…あァ…?」

ない。どこにもない。あろうはずがない。薬はどこにも見渡らない。大我は深いため息をついた。

「…仕方ねェ。」

うんざりなことだらけだ。睡眠薬がなければ眠れることもない程度に精神状態は追い詰められているというのに薬はないし、今日の午前三時は大雨警報が出るほどに雨が降り注いでいる。陰うつとした気分が憂うつなものを呼んでいるようだ。

深夜徘徊。無趣味人間である大我にとって数少ない趣味と言えるものだ。と、いってもこの雨ではおおよそまともな散歩は期待ができないが。

(結局…何かを求めてるンだな、オレは。)

もし、何かを再び行うというのならこの一年は最後の好機となるだろう。日に日に感じる活力の衰えから逆算するに、大我は自分の限界を知っていた。

(具体的な案はねェンだがな…。)

案はない。それだけは確かだった。

傘を差しながら大我は見慣れた街を歩く。あそこにスーパーが出来たり、またコンビニが出来たり、馴染みの店が閉店したりと、この街は中々忙しいようだ。

やがて大我はこの街の商店街を通り抜け、人気(ひとけ)を感じ取れない住宅街にまで来てしまった。大我はガードレールにもたれタバコに火をつけた。

(……あ?)

大我は見た。あるいは、見てしまった。

何と表現するのが正しいだろうか。

この時間、この天気、特別何かがあるわけではない時期。保護者らしき人間はいないように見える。

透明な金髪のショートの髪型、美麗といっていい顔立ち、背丈は百四十センチ程度。性別は女性だろう。見た目から想定される年齢は十歳に至っているかどうか。

そのような少女が傘を差さずに住宅街の端で空を眺めている。奇妙に美しく儚い光景が、現実として現れている。大我は我を忘れて少女を見つめていた。

そして少女は目線を知り大我の瞳をじろりと見つめた。大我は思わず目を逸らす。しかし少女は大我に一歩ずつ近づいていく。

大我は無言で言葉が届く距離までやってきた少女へ話しかけた。

「嬢ちゃん。何やってたンだい?」

「別に何も。」

「そうか。」

不思議と気まずい雰囲気だ。少女は確かに何もしていないのだ。ただ土砂降りを身体で浴びていただけに思える。

「…行く宛てがねェのか?」

少女は首を縦に振る。

空は稲妻と雷鳴に満たされた。とてもでは無いがこの状況に子どもを置いていくわけにもいかない。

「親はいねェのか。」

「いない。」

なるほど。警察に届けたほうが良さそうな状態だ。恐らく虐待やネグレクトから逃げ出し、だが行き場所がなく立ち往生でもしていたのだろう。大我は携帯を開き、『110』と電話番号を入力しようとした。

「…ナージャはあそこに帰りたくない。」

「アソコとはどのアソコだ。」

「…能力開発機関。」

能力開発機関。人智をゆうに超えた『能力者(スキルパーソン)』を生み出すための施設。ナージャはその能力開発機関から脱走した可能性が高いように見える。服は継ぎ接ぎでボロボロ、表情は暗闇のようで、靴すら履いていない。

大我は少し考える。ナージャの所属が能力開発機関になっているのなら、警察に届けたところで少女は行きたくもない場所に戻されるのが確定的だ。だからといってこのまま見捨てるわけにもいかない。大我の良心はそこまで腐ってはいないのだから。

「……どうしても行く宛てはねェのか?」

「どうしてもない。」

弱々しい見た目とは裏腹にナージャの言葉には力がこもっている。そのような態度を見せられれば尚更、大我はナージャを助けたいのだ。

「……なら、オレンとこ来るか?」

「うん、行く。」

ナージャは間髪入れずに即答した。大我は反射的に薄ら笑いを浮かべる。

「オレンちまで一キロぐらいか。歩けるか?」

「なんとか。」

二人は土砂降りの中

に消えていった。互いの人生を一変させる出会いはこうして始まり、終わった。

「汚ェ家で恥ずかしいが…。」

人を呼ぶと考えておけばもう少し整理整頓をしただろうに、大我の家は何も変わらずに散らかっている。幼き少女に見せるには少々ショッキングに思えるほどには。

「腹、減ってンだろ?これぐらいしかまともな食べ物がなかったわ。」

袋とじされたポテトチップス。こちらもやはり育ち盛りの少女が深夜に食べるには不相応である。そもそもこの時間まで起きていること自体がよろしいことではないのだが。

大我はリビングに広がるゴミを一極に集め、ナージャをソファーに手招きした。

「お兄さん?おじさん?それともおじいさん?」

大我は基本的に年齢不詳だ。白髪は一本も生えていないし、だからといって特別幼い顔をしているわけでもない。東アジア人とは思えない彫りの深い顔立ちが年齢を分からなくしているのだろう。大我は答えた。

「大杉大我だ。おっさんでもクソジジィでも誘拐魔でもお好きな呼び名で。」

「ふーん。じゃあ大我で。」

ナージャはポテトチップスを頬張る。よほどロクな食べ物にありつけていなかったのか食べる速度が異常に早い。大我は首尾よく水を用意する。

「ッ…ッゥゥ…! 」

「言わんこっちゃない。水で流し込め。」

大我はナージャに水を渡す。ナージャは一気に水を飲み干した。ごくごくといい音をたてながら。

「ナージャ、色々と聞きてェことがあるが…まずは風呂に入るべきだし、風呂から出たら速攻で寝るべきだ。だから一つだけ教えてくれ。歳はいくつだ?」

「九歳。」

「…ッ!…そうか。」

思うことはいくらでもある。例えばナージャと大我の娘の年齢は同じであることだ。かれこれ数年は会っていない娘がどのように成長しているか、と、少し感傷めいた気分を馳せながら大我は風呂を沸かした。

「すぐに沸く。あァ、酒がすっかり抜けちまった。飲み直すか。」

大我は棚からウイスキーとボトルを取り出す。二つを持ってナージャの座るソファーの隣に彼も座る。テレビのリモコンを操作し、適当だと思われる映画を流す。

「…なんだ。寝ちまいやがった。」

それから五分後程度だろうか。ナージャは目を瞑った。まるでこの世の苦しみを背負いに背負ったような顔で少女は眠っていた。大我は布団をかける。

「オレを必要としてくれる人間はまだいるンだな。ソレだけで十分だ。」

真っ逆さまに落ちていく人生のツキの中、大我を必要と思う人間は少なからずいると彼は信じている。

「落ちぶれるのだけが人生ではねェ。あのガキ共にもやれるだけのことはやってやンねェとな。」

様々な思いを馳せながら大我のある一日は終わった。

一話四千字程度で一日一話更新予定です。

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