【 Ep.1-008 開拓村 】
村の入り口は決して立派とは言えない木製の門が設置されていて、その脇に申し訳程度の木で組まれた櫓が建てられてある。何しろ村と呼ぶには似つかわしくないまでの広さだ、村を囲うため手一杯で木材が不足しているのだろう事は嫌でも予想が付く。一応村の防衛の要の一つである為、兵士達の詰め所も門の近くに配置されている。俗に言う初期村にしては少々過剰な設備な気もするが、多くの冒険者や開拓者が流入しつつあるという設定を踏まえれば、理には適っていて中々楽しめる光景でもある。
さて、そんな村のランドマークとも呼べる建物が先程話題になった神殿である。開拓者の村という割にはその規模といい、此方も不釣り合いな建物の様に見える。質素な建物を予想していたのに、遠目に入ってくるそれはかなりの大きさを誇る石造りの建造物として厳かな雰囲気を醸し出している。他の住居らしき建物は殆どが木造なのを踏まえると、ここの住人はそこまで信心深いのだろうか。
門番をしている兵士は二人だけと少ない気がするが、特に厳しいチェックはしていない。
武器を手にしたまま村に入ろうとしている者に口頭で注意しているくらいで、俺達は特に引き留められる事もなく村の中へと入れた。
「さ、早速神殿に行ってみよう」
「だな。どの属性がつくんだろうな!」
「ある程度は種族特性に引っ張られるらしいけど、幅はあるみたいなんだよね」
村の中央通りを喋りながら神殿に向けて歩を進める。初期装備を受け取った他プレイヤーの姿も多く見受けられる。サーバーオープンからそこまで時間は経っていないはずだけど、少しでも人より優位に立とうと最前線を走るプレイヤーはどこにでもいるものだ。現に中には既に魔法を使えるようになっている者もいて、手元に小さな火を出したり、指先に水玉を作っていたりと自分はどうなるのかと期待してしまう。
そんなプレイヤー達それぞれが会話している中で気になる単語を耳にした。曰く≪天恵≫という特殊なスキルらしきもの。なんでも人によっては付いたり、付かなかったりするような代物らしく、俗にいう才能みたいなもので、その能力も各々で違うみたいだ。
「≪天恵≫だってさ、セラ。俺達にも付くかなー?」
「さぁどうだろう?まぁ付いたらラッキーって感じじゃない?付かなくても問題ない感じだし、ランダム要素に振り回されてもね」
「それもそうだなー。まぁ、まずは魔法の属性だな」
「あぁ」
正直こういった運試し的な要素は好き嫌いで言えば嫌いな方である。元々賭け事が嫌いな上に、フェアーじゃないという感覚がしていて好きになれない。運要素より地道な努力の結果が実を結ぶ方が報われるだろう?そんな事を考えていると、多くの人で賑わっている神殿前へと辿り着いた。
「うわー、ここもすごい人の数だな」
「流石にまた待つのはもう嫌なんだけどな……」
そういった矢先、神殿の中から数名のシスターが出てきた。
「ようこそ、貴方方も洗礼をお受けになられに来たのでしょう?どうぞこちらへお入り下さい」
結構な人がいたが特に待たされる事なく、シンプルな白い法衣を着たシスターに神殿内へと案内される。神殿内はどうやらインスタントゾーンになっているらしく、外の喧噪さは一切感じない静けさを保っていた。このインスタントゾーンは個人用ではなく、一定のキャパシティ毎での振り分け方式らしく、同時に神殿内に入った数十人のプレイヤーはいつの間にか10人に減っている。
神殿の最奥部は数段高くなっており、その中央には祭壇が組まれ、祭壇を挟む様に並び立つ6つの石柱にはそれぞれ1体ずつ、合計6体の何らかの神像が立体的に彫刻されている。
「皆様、司祭様の前へどうぞ」
神殿内へと案内してくれたシスターとは別のシスターがそう声をかけ、俺達も含めた10人のプレイヤー達は祭壇の前に立っている司祭らしき人物の前へと進む。
司祭は彫の深い顔をした細身で初老の男性だ。枯れ専の女性には人気が出そうな柔和な表情で微笑みかけてくる。その微笑はどことなく爺ちゃんを思い起こさせる。
「皆様よくいらっしゃいました。私はこの神殿を預かるクリストと申します。早速ですが皆様、私の前に横一列になって並び下さい。洗礼の儀を済ませてからそれぞれ水見の儀を行っていただきますからね」
そう告げられ、俺たちは司祭の前に横一列に並ぶ。チラッと横目で見たが、様々な種族がこうして同じ場で同じ儀式を受けるという光景は実にファンタジーだ。
横一列に並んだ俺たち一人一人の顔をそれぞれ見た後司祭は頷く。
「それでは洗礼の儀を執り行います」
司祭は右手に持っていた長いロッドを上に掲げた後、胸の前に立てて祈りを捧げ始めた。ロッド先端部は環状になっており、持ち手に近い側には幾つかの小さい金属板が下がっていて、シャランシャランと綺麗な音を立てている。環の中心には鈴の様なものが付いていて、そこから『リィーーーーーーーーーーーーン』と、とても澄んだ音色が神殿内に響き渡る。
『――母なる大地、深き森、実りの海、大いなる天の神々よ……』
やや長い気はするが、内容はこの世界の神々を称え、その恩恵を賜ろう。そんな感じの言葉を紡いだ祝詞をまるで唄うように司祭はあげていく。
『…――汝らに神々の祝福を……!」
司祭が唱え終わると暖かな光があたりを包み込み、様々な色の粒子が俺達の体の中に入り込んでくる。祭壇の横に並び立つ石柱の神像からも柔らかな光が漏れている。
シャンシャンシャランと司祭の持つロッドの金属板が音を鳴らし、どこか厳かな空気を締める。
「これにて洗礼の儀は終了です。皆様はこの後それぞれ彼女達についていき、水見の儀を行って頂きます。貴方方がどの属性神から愛され、求められ、そして加護を受けるのか私も楽しみですよ」
司祭がそう告げ、祭壇脇の6体の神像に目をやる。気にはなっていたが、どうやらあの6体の神像が司祭の言う属性神とやらなのだろう。神像から目を落とした司祭は腰に掛けている小さな鈴をチリリンと鳴らすと、奥の扉からやや質の良い法衣を着たシスターがソロリソロリと出てきた。




