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【 Ep.3-021 着実な一歩 】

久しぶりの投稿になります。

累計アクセスも86,000を超えていました。ありがとうございます。

現在ガタのきた現行PCからNewPCへと移行作業中でして、次回投稿もその作業速度に影響を受けるかと思います。

NewマシンはスペックもRAMを16GBから32GBへと倍増させたので作業環境は今よりも随分改善されるはず……。この話の後は閑話を数話挟んで中盤へという具合に進む予定です。



 ガラテア大迷宮第十層のボス部屋を抜けた先のスフィアで転移石(ポータルストーン)を使用したボク達はガラテア大迷宮の入口でもあるガラテア王宮殿のホールへと転移で戻り、入り口付近にいた冒険者ギルド職員に手続きを済ませた後乗合竜車で王都へと帰還した。


 まだ陽が沈む前の頃合いではあるが王都中央区の冒険者ギルド本部へ寄り道をしないで戻ると併設されている酒場スペースから幾つかの視線が向けられている。軽く横目で確認すると、初めてきた時に絡んできた馬鹿達から向けられたような粘ついた視線ではなく穏やかな感じだ。雰囲気からしてベテランと言っても差し支えのない王都の冒険者達なのだろう、今日初めてガラテア大迷宮に潜る事を知っていた様で無事に戻ってきたボク達を見てホッとした表情を浮かべている。どちらかと言えば冒険者の大半はこうした人達の方が多いのだろう。パーティを組まなければダンジョンに行くのは厳しいだろうしね。


 害意のない視線に安心し、精算受付に迷宮で取得してきた依頼の討伐証明部位をインベントリーポーチから取り出して提出したところ後ろの方から小さいながらもどよめきが起こった。目の前の職員も顔が軽く引き攣っている。


「えっ……と、此方全て貴方達が?」

「はい。何か不手際でもありました?」

「あっ、いえ、そうではないんですが……って、えぇ?!こっ、これ、バフォメットの角…ですよね…?これ、本当に貴方達が――」


 精算受付の職員の表情や言葉の節々に本当にボク達がやったのかという疑念らしきものを感じる。まぁ量も結構あるし、潜って初日に第十層のフロアボスまで到達してあまつさえ討伐するなんて言う事態そのものがレアケースだと思えばこうした対応もわからなくもないけど、流石に早いとこ精算して屋敷に戻ってゆっくりしたいという欲求が沸き上がってきた。

 ボク達と並べられた討伐証明部位を交互に視線を移す職員に向け、隣の精算受付の方から声が掛かった。


「――間違いねぇ、それはガラテア大迷宮第十層のフロアボス"バフォメット"の討伐部位だ。俺が言ってんだから分かるよな?それはさておき、よいしょっと……俺の今日の"アガリ"はこんなもんだ。パパっと精算してくれや」


 ボク達の応対をしている職員に念押しするかのように声を掛けたのは冒険者ランクBの大剣使いギュスタフだった。流石に彼ほどの冒険者ランクともなると、発言の信頼性もあるらしく焦った様子で目の前の職員が計算に取り掛かっている。

 そんな光景を横目に自分の窓口へインベントリバッグから様々なモンスターの討伐証明部位を並べていっては精算させていってる手際の良さは熟達した冒険者そのものと言えた。


「あぁ、そう言えばお前ら、精算終わったらランク昇級の確認しときな。潜った初日に十層ボスまでヤレてんだからな。そんなやつらのリーダーがDランクで他がEランクなんて同じランクのやつらの面目が立たねぇ。職員のアンタらもその辺のバランスは分かってるよなァ?ま、俺が言わなくてもやるとは思うがよ」


 此方の応対をしている職員に向けてぶっきらぼうにギュスタフは言い放ち、自身の精算が済んだのかお金が入った布袋をジャラリと鳴らしながら肩にかけたかと思うと、チラリと此方へ視線を寄越してじゃあなと言って酒場の方へと向かっていった。


 暫くすると計算が済んだのか職員が声を掛けてくるが、先程のギュスタフの忠告を受けてか態度が最初より硬い。


「お待たせしました。お預かりした物品は間違いなくガラテア大迷宮第十層のフロアボス"バフォメット"のもので相違ありません。その他の討伐証明部位も含めて此方で清算という事でよろしいでしょうか?」

「うん。自分達で処理したいのは好きにしていいんだよね?」

「はい、問題ありません。それと……先程ギュスタフ様も申されていたようにあなた方の冒険者ランクの昇級チェックを行いますのでお持ちの冒険者タグを提出して頂けますか?」


 みんなそれぞれ冒険者タグを受付へと提出し、昇級チェックと依頼の報酬を待つ。対応した職員は少々お待ちくださいと一声かけた後に奥の方へと移動し、恐らく上役であろう職員と冒険者タグとこれまでの依頼成功実績を確認しているようだ。

 数分待つ羽目にはなったが戻ってきた職員から報酬とタグを受け取る際にボク以外のメンバーが全員ランクEからランクDへと昇級が認められたと通告され、其々の冒険者タグも情報がアップデートされたらしい。残念ながらボク自身の昇級は認められはしなかったけれどもファミーリアメンバー全員がランクDの冒険者となり、パーティのランクも格上げされた事になる。

 受け取った報酬は全体から一割ほどファミーリア資金として抜いて残りを頭割りで分配した。前回のアルティア湖の魔造ダンジョンは生成されてそこまでの時間が経っていなかったりと収益の面では正直さっぱりではあったけど、今回のガラテア大迷宮は書籍にも載るほどの古くからある有名なダンジョンと言うだけあって討伐報酬だけでも暫く過ごすには十分な報酬が得られた。


 十分な報酬を手に王都冒険者ギルド中央本部を後にして屋敷へ戻ると、一体どういう仕組みなのかは不明だがやはりアルフさんが門前で待ち構えており、丁度いいやとダンジョンで採取できたミノタウロス肉と山羊肉の事を話すと、でしたら今日はそれも夕食のメニューに加えましょうと朗らかな笑顔で応対された。……アレフさんは羊獣人(シープル)だけど山羊肉に対して嫌悪感とかないのだろうか。

 そんなボクの心配をよそに屋敷内へと先導されてホールでそれぞれ解散した後は自室へ戻り、荷物を整理をしていると庭先から長物を振り回す音が聞こえてきたので窓から外を伺うと、そこには修練場で一人得物を振るうペインゴッズのおっさんの姿があった。ダンジョンでの疲労は完全とは言えないものの抜けてきてはいるので急いで修練場へ向かう事にした。


***


「フン!フン!セイッ!!ハァァァ……セイッ!!!」


 自身の型であろう演舞にも似たおっさんの修練の姿はその齢を感じさせないまでに精密且つキレがあり、ひとつひとつの所作が無形文化財だと言えそうなくらい見惚れる動きをしており目が離せない。


「ん?誰か来たとは気づいてはいたがセラであったか。その様子だと無事にガラテア大迷宮から帰ってこれた様じゃの」

「うん。今日は第十層まで攻略してきたよ」

「なんと。初めて挑むダンジョンでそこまで到達するとは流石じゃな。皆もその様子だと何事もないと言ったところか……今頃酒場ではおぬしらの話を肴に盛り上がっているかもしれんのう」


 ハハハと笑いながら額に浮き出た汗を軽く拭うとボクがここに来た理由を察したのだろう、徐に武器棚に向かうと手早くこの前エステラが組み上げた訓練用の得物と同様の物をボクに手渡してきた。


「約束じゃしのう。とは言え今日は夕餉までそこまで時間があるわけではないし、ひとまずは基礎の型の伝授からじゃな。ワシが手本を見せるからその動きを見て自身で再現してみるといい」


 そう言って修練場の中央付近までボクも付いて行きおっさんの動きを注視する。入れるべき力を入れ、抜くべき力を抜いたその構えはまさに自然体と言え、シュッと風を切りながら突き出された無駄のない刺突をボクも見様見真似で放つ。


「一見で今の突きを撃てたのは流石じゃがそれでもまだ少し無駄に力が入っている箇所があるのう。もう少しだけ肩の力を抜いて刺突の後の残身も気持ち長めにといったところかの。ま、その辺りは回数を重ねて体で覚え込むしかない故日々の積み重ねをするしかあるまい。さ、続けるぞ」


 こんな調子で手本を見せられてはそれを真似し、不備は都度指摘されて修正されを繰り返して槍術の基礎をおっさんから教え込まれ、正対の構え、下段の構え、上段の構えをはじめとした構えの基礎や刺突のバリエーションスキルをひとつひとつ確実に習得する事が出来た。


*****


 修練の時間はそこまで多くとれなかったもののおっさんの教え方は丁寧かつ実戦的で、間違いや改善点などもしっかりと教えてくれるのでボクにはとてもやりやすかった。


「さて、時間も時間じゃし汗を拭いたら着替えて夕餉じゃな。ほれ、セラもしっかり汗を拭うんじゃ。今は身体が火照っているじゃろうが少し経てば嫌でも体は冷えるからの」


 綺麗な手ぬぐいを渡してそう言うと修練場傍の武器棚の懸架台に自身の得物を立てかけてロックして屋敷の中へとおっさんはその姿を消した。その後ろ姿を見ながら修練でかいた汗を手拭いで拭いながら呼吸を整えながら自身の修練用の得物もおっさんに倣って懸架台へ立てかけてロックして自室へ戻る事にした。


 部屋に戻って椅子に座り、モーリィの作ってくれた櫛で尻尾の手入れをしていると部屋の扉をノックされたのでどうぞと声を掛けると扉が開いて従者(ヴァレット)の一人であるドワーフ族のサマラさんが食事の用意ができたと告げてきたので一緒に食堂へ向かう事にした。

 食堂に向かいながらサマラさんと少しだけ会話をしたのだけど、彼女は鍛冶仕事や採掘など割と汚れたり力仕事が好きなドワーフ族には珍しくこうした職についていてドワーフの中では変わり者と呼ばれているらしい。ボクよりも少しだけ背が低くて小麦色の肌に灰色の髪でちんまりとしているメイド服姿の彼女は結構可愛らしいと思うんだけど、同族からは天職を放り投げた脱落者だなんだと言われたと苦笑しながらたどたどしい丁寧語で話すサマラさんのその表情にボクは苦々しい感情を抱いた。

 この屋敷にはサマラさんの他に、綺麗な碧色の瞳でクリーム色の毛を短めのポニーテールにしたヒュームの従者(ヴァレット)のカスリさん。茶系の体毛で綺麗好きだという犬獣人(ドグス)従者(ヴァレット)のレオニーさん。彼女たちを束ねる金髪ミドルヘアーの緑眼で眼鏡が良く似合う従者長でヒュームのミンスタさんがアルフさんの他に働いている。人員が足りない様に思えるけど、それぞれ家妖精である<シルキー>か<ブラウニー>と契約していて使役できるらしく、人手としては問題なく回せるのだそうだ。

 この国の他にもあるらしいのだけど、こうした貴族の家で家事をこなす為の従者(ヴァレット)達を育成する学校の様なものがあり、サマラさん達もそこで実習や講習を受けて技術を身に着け家妖精たちと契約をしたのだと教えてくれた。よくよく考えたら魔法学校もあるのだからそうした機関があるのは当然の社会なんだよね。元の世界でもいつだったか執事養成学校の話とか聞いた事があったし。


 食堂について席に座り、まだ揃っていないメンバーを待ちつつ今日の食卓に上がるであろう料理に期待を馳せる。あれ程のミノ肉や山羊肉を仕入れたわけだから出ないはずがない。食卓を見回せばシキも同じ様に肉料理の事を考えているのか小刻みに尻尾が揺れている。

 程なく姿の見えなかったメンバーも食堂に集い、おっさんの言葉と共に今日の晩餐が始まった。


 最初に食卓に並んだのは前菜なのだろうか、レタスによく似た野菜を酢のようなものに付け込んだ漬物の様なものが出されたのでとりあえず摘まんでみたところ、酢はそこまで強くはなくシャキシャキとした食感に野菜の甘さがじわっと染み出てきて中々美味しいものだった。

 続いて出されたものがメインディッシュであろうミノタウロス肉のステーキで、ややレア気味に火を通された肉からはジューシーな肉汁が溢れ、肉そのものの旨味を引き立てる様に適量かけられた塩コショウとのバランスが絶妙なハーモニーを口の中で奏で、これには他のメンバーも頬を綻ばせて舌鼓を打っていた。ただモノがモノだけに、牛獣人(ミノス)のベネは共食いだなんだといじられていたけど、ブラックジョークが過ぎるんじゃないかあれは。本人は笑いながら「それとこれとは別問題だぜ」なんて言ってたけど。

 ステーキから少し遅れて出されたのは山羊肉のシチューで、下処理を施されたそれは臭みもなくとろみの利いたクリームシチューにはチーズが入れられていてとても濃厚で、山羊肉と他の野菜の具材と見事にマッチしていた。

 最後に出されたスープは所謂卵スープで、あっさり目の味付けはこれまでの濃厚なメニューの〆にはぴったりでぽかぽかと体を温めてくれ今日の戦闘で消費したであろうエネルギーを十二分に補充してくれた事だろう。


 食事の際におっさんから次の週の水の日に王城にて謁見が認められたとの事で、ボク達が登城する日が通告された。前日に軽いレクチャーをしてくれるそうなので登城する日とその前日は予定を入れないようにとの注意と、それまでは自由にやりたい事をしていいと告げられた。とりあえず明日は休息日にしているので今日の疲れを癒しつつ反省なども各々でしてもらう予定だ。

 無理に身体を動かしたところでいい事が無いし、疲労が残った状態で命に関わる事をできる限りさせたくはないというのが一番の理由だけど、単純に連続して働きたくないなと言うのもある。今はもう元居た世界とは違うライフスタイルをしたところで咎める者はいないしそのメリットとデメリットは自分達が理解した上で選択しないといけないのだから。


 にしても王城で謁見かぁ……コンシューマーの王道的なRPGだとよく見るようなシーンだけど、実際自分達がその身で体験すると思うと企業面接よりも緊張しそうな気がする。下手を撃てばその場で打ち首もありうるだろうしレクチャーはしっかり受けないと。


 そんな事を考えながらセラは食事後自室には戻らず再び修練場へと足を運んでいた。お腹は満腹に近く激しい運動をするには不向きな状態ではあるものの、未だ身体の中で今日のダンジョンでの戦闘の熱が残って燻っている感覚が抜けないので少しでも体を動かして火照りを鎮めようと思ったからだ。ついでに食前の反復復習をするいい理由にもなった。


 目の前のなにも居ない空間にダンジョンで戦闘したモンスターを思い浮かべ、おっさんから習った型やスキルを実戦を想定して当てはめていく。ブンブンと得物を振り回す音に合わせて額から滲み出た汗が中空へと滴り落ちながら月の光を反射してかキラリと光る。

 そんな一心不乱に修練に励むセラの姿を見守る二つの影があった。一つはペインゴッズでもう一つはクロノスレイだ。

 ペインゴッズは教えたばかりの型や技を反復練習するセラの姿を優しい表情で見つめていたが、クロノスレイは第三者が見ても一目瞭然なほどに膨れっ面をしていた。理由は簡単である。


――一緒にお風呂へ入りたかった、それだけである。


 修練場で復習し始めてから半刻ほどしてから目の端に可能な限り気配を消そうとしながらもどうにも隠しきれていない存在を感じ其方へ視線を送るとそこに居たのはクロさんだった。本来であればすぐ声を掛けた方が良いのだろうけど、後少しだけ型の確認をしておきたかったのもあってそれが終わってから声を掛けた。


「待たせちゃったみたいだけどどうしたの?」

「あの……今日は私と一緒にお風呂へ参りませんか?」

「え……。いやぁ子供じゃないし一人でお風呂くらいはいれるよ。手入れだってシオンに教えてもらったし――」


 会話の途中でクロさんの顔を見るとみるみる堪え切れないって表情になっていって思わず言葉が詰まる。突然のクロさんの変化にどう対応していいものかわからなくてオロオロしてるとクロさんが震えながら口を開いた。


「ダメです!!だって次は私の番なんです!!開拓村を出て以来まだ私はセラさんと一緒にお風呂へ入っていないんです!次は私とって約束したじゃないですか!それに今日だってダンジョンでモンスターの血を浴びたりしてたじゃないですか!洗浄用の魔法を使ってもしっかりケアできているかはわかりませんよね?だったら私と二人で入って互いに体を洗いっこすれば洗い残しもなくなるはずですよね?!」

「あ……うん、そう…だね?」

「ですよね!では行きましょう!!」


 顔を真っ赤にして猛烈な勢いで捲し立てる様に語ってくるクロさんに気圧されて拒否する事ができなかった。ていうか開拓村の時の話まだ覚えてたんだ……。ボクが勢いに呑まれて承諾すると、クロさんの顔は見る見る綻んでいつもの彼女の朗らかな表情に戻った。

 少し鼻息の荒いクロさんに連れられてお風呂場へ向かうと既に着替えが準備されていて、汚れた衣類を回収する為の籠まで用意されていた。従者(ヴァレット)の誰かがしたのか、はたまた契約している家妖精がしたのかは分からないけど至れり尽くせり感は半端ない。

 何とも言えない表情で服を脱いで籠へと入れると後ろに回り込んでいたクロさんがボクの髪の毛をタオルで簡単に結い上げてお風呂に浸かれる様に準備してくれた。そう言えば髪の毛ってお風呂入る時にこうしておくんだったっけ。頭に手をやって感触を確かめていると同じ様に白緑色の綺麗な髪を結ったクロさんは優しく微笑んででは行きましょうと一緒にお風呂場へ向かった。

 綺麗な均整の取れた透き通るような白い肌に大きくはないもののしっかりと主張しているバランスの良い胸といい、エルフのかなり美に拘った種族的特徴はこうして目の前に存在していると溜息が出てしまう程だ。少し見惚れているボクに気付いたのかは分からないが湯船に浸かりながらクロさんが不意に口を開いた。


「セラさん。セラさんは今日のあのボスも怖くなかったんですか?」

「どうだろう。怖いか怖くないかで言ったらきっと怖かったんだと思うけど、まぁそれでもこれまでラインアークとかのVRMMOでも似たような光景は何度も体験していたから少しその辺りの感覚が麻痺しているんだと思う。それにボクが怖気づいてしまったらみんな委縮して戦えなくなっちゃうでしょ。何よりも今回は最後のとどめをシキに割り振ったのがボクは怖かったよ」

「それは……。シキさんであれば大丈夫と判断しての事でしょう?」

「そりゃ勿論。だけどね、信頼していても現実が想定通りにいくかどうかなんて確約されているものじゃない。攻撃パターンを予め知る事が出来ていても想定外の出来事が起きた時の緊急対応プランも上手くいくかなんてハッキリ言ってわからないんだよ。そんな状態なのにシキに任せるだなんて無責任でしょ?ボクは――」


 ――そう、どんな物事にも絶対なんて存在しない。幾つもの可能性の糸を手繰り寄せては目的地に向けてひっかけ、それを重ねて細い糸をどうにかして太くして彼方側に渡れるようにしているだけに過ぎない。そんな危険な橋の上をシキに渡らせた事がどうしようもなく怖かった。大層な御託を並べて大切な仲間を死地に追いやっているだけじゃないのかと、常に頭の中に付きまとう拭いきれない不安な感覚に圧し潰されそうになる。そんな思いを吐露しているとしっとりとしてやわらかな感触に顔が包まれた。


「大丈夫ですよ。私も含め、皆さんセラさんの事を理解した上で、納得した上で行動を共にしているのですから。言葉には出さないものの、漠然とした不安や恐怖を抱えても前に進めるのはそうして皆さんを鼓舞して導いてくれるセラさんが居るからなんですよ」


 言い聞かせる様に優しく言ってくれるクロさんに抱きしめられながら顔を見ずに頷く。この暖かさはクロさんによるものなのか、はたまたお風呂の湯によるものなのかはわからないけど掛けられた言葉は深く沁み込んだ。薄っすらと脳裏に過った母の姿にボクはこの時クロさんに母性を感じたのかもしれない。

 湯船から上がった後はクロさんによる髪の毛のケアも兼ねた洗髪が行われ、彼女の強い希望とあって体を互いに洗い合い再び湯にじっくりと浸かった後は脱衣所で用意されていた着替えに袖を通し、彼女の生活魔法で髪と尻尾を乾かしてもらった。何でもこの時の為に<乾風(ドライウィンド)>を練習していたのだとか……どうしてここまで好かれてるいるのか分からないし、だからといって聞くのも藪蛇になりそうな気がして一歩踏み込む事が躊躇われた。

 櫛で櫛で髪を梳かしてもらう感覚は中々に心地よく尻尾の方もしてもらう頃にはうつらうつらと舟をこいでしまう場面が何度か出てきた。時間を掛けてしてもらったので毛並はバッチリふわふわですべすべに仕上がっていて我ながら触っていて気持ちいい。

 クロさんにお礼を言って彼女自身の髪の手入れをするのをぽやーっと見つめる事にした。透き通るような白緑色の長い髪は櫛で梳かす度にまっすぐ乱れる事なく整えられて行き、サラサラした見た目に仕上がっていく。してもらってる時には見る事が出来なかった手つきは優しくて、あっという間にいつものクロさんの綺麗な髪に仕上がっていった。


「ではおやすみなさい、セラさん」

「うん。おやすみ、クロさん」


 部屋の前でクロさんに就寝の挨拶をしてそのまま自室のベッドへと潜り込む。ボク一人に対してはあまりにも不相応なまでに広い部屋の天井を見ながら今日の出来事を振り返る――。

 ガラテア大迷宮での戦闘やルート、ドロップにモンスターの特徴。すれ違った他のパーティやバフォメット戦。ボス戦に対しての作戦立案やその時の心情……クロさんはああ言ってくれたけど、それでも自分が正しかったのかは分からない。きっとこの先もこうした不安とはずっと付き合っていかないといけないんだろう。

 そしてペインゴッズのおっさんとの修行だ。お風呂の前にも復習したおかげか、目を瞑ると今日教わった型やスキルの動きが目の前で再生される。そのままイメージトレーニングに入っていると、いつの間にか意識は深い眠りへと落ちていった。




 牛獣人(ミノス)とミノタウロスの差異はどこにあるのかという疑問がわくかとは思いますが、知性的な差異で区別されているわけではありません。

 牛獣人(ミノス)の方は獣寄りの姿をしている者もあれば、ほぼ人と同じ外見に特徴的な角が生えているだけの者もおり文化的な営みを送っていますが、ミノタウロスはその生息域がダンジョンかまたはそれらに属するエリアでの生息しか確認されていません。要は自然界には基本的に存在しないのです。

 これはミノタウロスの原典がギリシア神話の迷宮(ラビュリントス)に由来するからだとかなんとか。ゲーム時代の設定を大元に世界が構築されたのでそれが影響した結果なのかもしれません。

 翻って牛獣人(ミノス)はこの世界のあらゆる都市部で見かける事ができるメジャーな種族であり、古くから多種族の中で共存共栄を築いてきた人種でもあります。


 ミノタウロスは上位個体になればなるほど同族との連携や武具の扱いに長けた脅威の存在となりますが、限られた特異個体以外は人語を話す事は基本的にありません。


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