【 Ep.3-013 白亜の都 】
更新作業が億劫になって下書きは仕上げてても投稿しないという悪循環を断ち切りたいこの頃。
王国騎士団の先導で専用ゲートから王都ハルカニスへと入ったボク達は再び空へと戻っていく王国騎士団の第六兵団である王都守備隊の哨戒部隊のグリフォンとその騎手たちを見送ると、脚を緩めてゆっくりと進む竜車から王都の街並みに見惚れていた。エイブラムやラバイクピラーも見所が無かったわけじゃないけど、地方都市と首都ではその差異の規模たるや言わずもがなであり、メインストリートもかなり広く作られていて竜車が6台は並走できるくらいには余裕がある。大通りに面した街並みは白で統一された五階層以上の石造りの建物が立ち並び、その圧倒的な煌びやかさは一国の中心たる王都の荘厳さを言葉よりも強く物語っている。
王都ハルカニスは内部を運河によって大きく八つの区画に分けられており、南の商業地区、南西と南東は住宅地区、西は各種の工房などが林立する工業地区、東は教会に魔法学院や各種ギルドが拠点を設けている学院地区となっていて、中央区にはこの国の冒険者ギルド本部が設置されている。北部にはハルカニス湖に聳え立つ王城を中心とした王城区と分けられ、ハルカニス湖に沿って北西から北東までが各諸侯の屋敷が立ち並ぶ貴族街という具合に分割されている。
中央区に冒険者ギルド本部が設置されているが、南西東の三区画にも支部が設置されているとはおっさんの言だ。
ボク達がしばらくお世話になるペインゴッズ辺境伯の王都での邸宅は貴族街の中でも北西側の比較的王都中央に近い位置にあるらしく、竜車はゆっくりとした速度でそちらへ向かっている。
一見豪奢な印象を受けるこの王都でも、一部区画にはスラムも存在しているらしく極力そう言った場所には近づかないようにと注意を受けた。孤児院などの施設も十全とは言えないまでも活動はしているものの、膨大な人口に対して十分な施策を実行しきれていないという現実がそこにはある。人が集まれば集まるほどに内政での課題は積み上がっていくものだから仕方ないとはボクは思う。
賑やかな中央通りから中央区を抜けると、それまでの賑わいが嘘だったかのように閑静な貴族街へと入り間もなく一つの邸宅前で六騎の護衛兵と二台の竜車は止まった。
外から竜車の扉が開かれ一番最初におっさんが降り、それに続いてボク達も竜車から降りた。邸宅の正門は大きな弧を描いた黒色の門扉で柵状になっており、そこから見える邸宅玄関までのアプローチは結構な距離がある。前庭にはよく手入れされている植物や花壇が見られ、一部は石敷きの修練用のスペースまである。建物は縦に並んだ窓から見て三階建てだと思うものの、各層の天井までの高さはかなり余裕があるように想像できる位置に窓が設けられている。
「おかえりなさいませ旦那様。そちらが連絡を頂いた従士の方々でよろしいでしょうか?」
「あぁ、その通りじゃ。今日から共に暮らす事となるファミーリア天兎の連中だ。アルフ、彼女らに屋敷の事について案内を頼む」
「畏まりました。既に部屋の準備も含め諸々の手配は出来ております、どうぞお戻りになられておくつろぎ下さい」
おっさんに対し丁寧な所作で応対している執事姿の羊獣人の名はアルフというらしい。モノクルに深い緑色をした燕尾服に身を包んだその姿はまさしく執事そのものだ。頭の横から出ている角はぐるぐると渦を巻いていてとても目立つ。
「諸君らも道中の護衛任務御苦労だった。任はこれにて完了となる、上には此方から報告を上げておくので今日はこれ以降好きに動いてくれて構わない」
「はッ!辺境伯も長旅お疲れ様でした。それでは我々は失礼致します」
おっさんの労いに隊長らしき男がそう応え、返礼の後騎竜に跨って護衛に就いていた六騎は王城方面へと消えていき、おっさんもその足で屋敷へと入っていった。
「はじめましてファミーリア天兎の皆さま。私めは当家にて家令兼執事を務めさせて頂いておりますアルフリックと申します。アートゥラ辺境伯付きの従者の者達を代表しご挨拶させて頂きます。どうぞ気軽にアルフとお呼び下さい。早速ではございますが、これから皆様に其々のお部屋の方への案内と、屋敷の各施設についてご説明させて頂きます」
「よろしくお願いします、アルフさん」
「「「よろしくお願いします!」」」
穏やかな口調ながらよく通った声で自己紹介とこれからの事を説明してくれるアルフさんに対し皆で挨拶をきちんと済ませる。これから暫くはお世話になるし、礼には礼ってね。
アルフさんの案内で先に屋敷全体を案内され、台所に食堂や修練場、風呂場や書庫など一通りの施設を見て回った後、屋敷で働いている従者の人達の紹介をされてそれぞれに割り当てられた部屋へと入った。
案内をされている最中に気づいた事だけど、アルフさんの足運びは隙がなくただの執事であるとは思えない。恐らく彼も何らかの武を修めた人物であろう事がそこから想像された。
ボクに割り当てられた部屋は二階の中庭に面した一室で、心なしか初めから女性……それも丁度今のボクの様な姿の子向けにあつらえたようなコーディネートがされている。おっさんとの受け応えで諸々の手配を済ませているとは話していたけれども、このコーディネートは二、三日で設えた様にはどうしても思えない雰囲気があった。何となく予想はできるのだけど、やぶ蛇にしかならなさそうなので聞くのはやめておこうと思う。
与えられた自室には好きにしていいらしく、配置換えや家具の持ち込みをしても構わないという。従士扱いとは言え居候の身である事には違いなく、ここまで大らかに受け入れられていると逆に片身狭さを感じるなぁ……。そんな状態ではあるものの、ベネとマリーは同室要望をだして通っているあたりおっさんも二人の関係は把握したって事なんだろう。
若干の居心地の悪さを覚えつつ自身の荷物をある程度部屋に置いた後ボク達は待ち合わせをしていたホールへ集まった。まだ陽が落ちるまでには時間があるので一度冒険者ギルド本部に顔を出しておこうという目的だ。全員が揃ったので屋敷を出ようとしたところ後ろから声が掛かった。
「皆揃って出掛けるという事は行き先は冒険者ギルドかの?この時間からだとろくな依頼も残っていないとは思うが……」
「依頼受注が目的じゃなくて、開拓村の冒険者ギルド長からの伝手もあって顔だけでも出しておこうかと思って」
「そうかそうか、ギルド長に面通ししておくのは悪くないのう。ただそうじゃなぁ……貴族街から向かうとなれば"歓迎"も一塩じゃろうて、中でのいざこざは当事者同士で解決するのが慣例じゃが大目に見てもらえるのは得物を取り出すまでじゃから気を付けるようにな?」
「……行く前からうんざりするような情報だけどありがと、気を付けるよ――って、そういえばその格好おっさんも出掛けるの?」
「ああ。ワシはこれから王城へ顔を出して色々と手続きをせねばならんからのう。夕食までには帰る予定ではあるが遅れる様であれば皆で先に夕食を済ませておいてくれ」
そう言っておっさんは馬車へと乗り込み王城方面へと向かっていった。おっさんの馬車を見送った後、”有難い忠告”を胸に仕舞って屋敷から冒険者ギルドへ向かった。貴族街という事もあって辺りには徒歩で出歩いているような人の姿は見えない。距離的にはそこまで離れてはいないものの、王都の広さを考えれば別区画へ向かう時は王都内を巡回している乗合馬車を利用するべきかもしれない。
*****
歩いて10分程度で中央区の冒険者ギルド本部に着いたのでおっさんの忠告を意識して中へと入る。――瞬間、直接の視線は見られないないが所帯の大きな初めて見る集団であるボクらに対する好奇の目や査定するかの様な視線を向けられているのを感じた。既に何度か経験したけどあまり気分のいいものじゃない。
「おいおい……随分大所帯な一団だな」
「先頭のガキがリーダーってか?構成からして何処ぞの貴族の道楽なんじゃねぇのか」
「違ぇねぇ!差し詰めガキのお遊戯に付き合うお守りってとこだろ」
「ぶははは!おい嬢ちゃんたち、冒険者ごっこはここまでだ。悪ィ事は言わねぇから怪我しないうちにお屋敷に帰りな」
努めてそれらの雑音を意識から外して受付へと向かおうとすると、酒場スペースの端の席に座っていた最後のセリフを吐いたガラの悪い男がワザとらしく足をこちらに向けて伸ばしてきた。同じテーブルについている仲間と思われる男達も同様にガラが悪く、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべておりどう好意的に考えてもあからさまな挑発としか受け取れない。
とは言えまともに相手をするのも馬鹿らしい。が、素直に回避したところで絡まれるのは目に見えている。なら――
突き出された足を越えようとしたところでその足が上へと持ち上げられそれに躓く。崩れたバランスを立て直すふりをしながら自然な動作で背中に懸架している得物のロックを外す……!
「グアァアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!??」
ガランと音を立てて床へ落ちた得物は、そうなる直前に男の突き出した脛へゴッと鈍い音を立てていた。運が悪ければ骨折、良くても相応のダメージは入っているだろう。
「テメェ何しやがるッ!!」
「グゥゥゥううう……!」
「おい!大丈夫か!?カズン!」
「あっ、ごめん。躓いた拍子にロックが外れたみたい」
棒読みに近い感じで答えながら"落ちた"得物を拾い上げて背中へ懸架しなおしてロックする。
「どういうつもりだガキぃ?!」
「ごめんで済まねぇんだよぉ、おい!どう落とし前つけんだ、あァ?!」
「ガキだからって手加減されると思うなよ?」
「痛え……痛えェ…………ッ!!」
あまりにも予想通りのリアクションで思わず鼻で笑いかけるが、表情に出さずに抑え込む。今にも掴み掛かろうとせんばかりのチンピラ共ではあるが、ボクの後ろで無言で生暖かい視線を送る天兎メンバーがいる事もあってかギリギリ踏みとどまっている様だ。
「どう……って言われてもね。まぁボクの得物で怪我したみたいだから回復魔法で治してあげるよ。……<治癒水>!」
赤黒く腫れた脛に悲鳴を上げているカズンと言う名のチンピラを中心に、過剰な魔力を込めた<治癒水>を放つ。やや暴走気味に放たれたそれは優しく傷を癒すどころかバケツの水をひっくり返したかの様にバシャァッ!とチンピラどもに降り掛かった。
「ブバァッ?!な、なんだってんだ!?」
「ゴホッゴホッ!!て、てめぇ何しやがるッ!!」
「もう許さねぇ……!表へ出ろやガキィっ!!!!」
怒気を隠そうともせず額に青筋を立てたチンピラどもががなりたてながらこぶしを握り締めて此方へ近づいてくる。そんなチンピラ共の脚を止めたのは一本の投げナイフだった。
彼らの鼻先を掠めて未だ立ち上がれずに尻を床につけているカズンの爪先にナイフが刺さるとさっきまでの威勢は嘘の様に立ち消え小さく悲鳴を上げながらナイフが飛んできた方向へと視線を投げる。
「てめぇらの負けだ。これ以上見苦しい茶番劇を俺の前で見せんじゃねぇ!」
「な、なんだとテメェ!!――ってお前はギュスタフ?!」
「なんだ、文句があるのか?てめぇらで新顔に喧嘩を吹っかけた上に上手く返され、その上治療までしてもらうとかいう情けまでかけてもらってるってのがわからねぇのか……。おいカズン、てめぇ足の痛みまだ感じるのか?」
「は?え……?……いや、感じねぇ……治ってる」
「て事だ。これ以上騒がしくするってんならそこの嬢ちゃん達に代わって俺が相手してやるが……どうする?」
座っていた椅子から立ち上がった偉丈夫がチンピラ共に凄む。立ち振る舞いから見ても他の冒険者達とは一線を画すと言っても過言ではないだろう。事実彼の胸元に見える冒険者タグを集中して目を凝らして見れば冒険者ランクはBである事が分かった。
「うっ……。くそっ覚えてろ!!!」
「ほら行くぞ!立てよカズン」
ギュスタフと呼ばれた偉丈夫の放つ威圧に耐えれなくなったのかチンピラ共は捨て台詞を吐きながら尻尾を撒いて冒険者ギルドから出ていった。余りにもテンプレートな言動に思わず失笑が漏れる。
「さて……。嬢ちゃん達、聞いていたと思うが俺はギュスタフってもんだ。本来ならすぐにでも手を貸すべきだったんだろうが……すまなぇな、余りの手際の良さに俺としたことが見惚れちまってた。まだ若いのに中々やるな」
「それはどーも。ボクとしては貴方も含めて"グル"って可能性も考えているんだけど……」
「まぁそう思われても仕方ねぇ状況でもあるが……誓って俺はあんな奴らとグルなんかじゃねぇって事は言っておくぜ」
「それより"アレ"はいいの?ギルド内で得物を取り出したら問題になるんじゃ?」
そう言って床に刺さったままの投げナイフへと視線を寄越すとギュスタフは口角を吊り上げワザとらしい仕草で事も無げに言ってのけた。
「ああ、問題ないさ。俺も"手が滑っちまった"だけだからな」
「ふふ。さっきの連中に負けず劣らず貴方も中々"人が悪い"んだね」
「くははは!お互い人の事言えたものじゃねぇだろう、気に入ったぜ嬢ちゃん。改めて言わせてもらおう。俺はギュスタフ、今はフリーの冒険者でランクはBだ」
そういってギュスタフは右手を差し出してきた。
「ボクはセラ。ファミーリア天兎のマスターで冒険者ランクはDだよ。よろしくギュスタフ」
「ああ、よろしくなセラ。しかしその形で既にDランクたぁ世の中分かんねぇもんだ、実力も申し分なくファミーリアのマスターだなんてな。さっきの連中はああ見えて一応Eランクだが、見たところお前さんらはそれ以上の実力は十分にありそうだな。いずれ組む機会があればその時はよろしく頼むぜ?」
握手を交わしながらギュスタフはボク達を見ながら語る。ランクBの冒険者ともなると為人も相応にできていないとダメという事だろう。ボクの皮肉にも動じず、それどころかさり気なく自身のセールスも自然とこなすあたり処世術にも長けているのだろう。
「その機会があればね。じゃ、ボク達は用事があるから失礼するよ」
「ああ。またな」
コツンと拳を突き合わせた後彼は足元の投げナイフを回収し、元いた座席へと帰っていく。そんな背中を見ながらここに着た目的を果たすべく受付へと向かい要件を伝えたところ、少しだけ待たされてギルド長の待つ応接室へと通された。
次回更新は来週月曜日投下予定です。




