【 Ep.3-011 いざ王都へ向け 】
繁忙期が落ち着いたので投稿再開です。
王都行きの意思をペインゴッズのおっさんに伝えた4日後、ボク達は複数台の竜車に分乗して一路王都ハルカニスに向け出立していた。
協議の翌日にはペンダント型の魔道具を通してカサネさんへと事の顛末を報告した。溜息と共に呆れながらも納得はしてくれたようで、開拓村に対して行われる支援に関しての感謝と内容についての調整などを請け負い、エスメダさん経由でその辺りを調整してもらう事で解決したりなどボクはボクで奔走する事となった。一部の業務は本件に序盤より関わっている<黄金の交易路>を中心に振り分けられ支援物資の運送を軸として開拓村に残る元プレイヤー達を含めた住人全員の食糧問題と住居問題などの解決に動く事となった。
ボク以外のメンバーは王都行きに向けた物資調達と領都周辺での依頼を受注し、生活資金の貯えを少しでも増やす事と各自の強化を兼ねて出立日に備えた。勿論必要があればチグサやリツ、シキの事務能力の高いメンバーにボクの仕事を手伝ってもらうなどはした。
*****
ガタゴトと音を立てて竜車は王都に向かう街道を駆けている。馬車とは違って持久力と足の速さを兼ね備えたランドドラゴンの改良種であるファームドラゴンを馬の代わりに曳かせているこの竜車はそれなりの速度が出ているものの、領主仕様であるのもあってか振動はかなり抑えられ座っていても足腰に来る負担はかなり少ないものとなっている。とは言え流石にボク達全員が一台に乗れるほどの広さは無いので、二台に分乗しての行程である。
王都へと続く街道も整備されているお陰で一日宿を挟むだけで到着すると言うのだからこの国の交通インフラはかなり整っていると言ってもいいのかもしれない。
主要幹線道路たる王都に向かう街道は、その領地に於いて最も重要な道であり、巡回する兵士も多く割かれているお陰で野盗の類やモンスターが出るなどと言った事態も殆ど起きない。であるので交易はかなり安全に行うことが出来るので何度も様々な商隊の馬車を目にする事が出来た。
1日目の今日はペインゴッズのおっさんとボク、チグサ、ケント、クロさん、シオンの6人とリツ、マリー、ベネ、モーリィ、シキ、セトの6人の分け方で分乗している他、護衛として六騎の騎兵が二台の竜車の前後左右を囲う形で付いている。騎兵が登場しているのも馬ではなく、スプリントドラコという名の陸上小型竜種で頭部に一本の立派な角を生やし、太く頑丈な脚に長めの尻尾で走行時のバランスを取るという実に地上を走る為に特化したフォルムをしており、専用に仕立てられた板金鎧を纏った姿は中々格好いい。
領主の護衛としての人員にしてはやや心許ない人数な気はするが、襲撃があった際にはボク達も打って出るという取り決めな上、実際襲撃があった場合は護衛対象であるはずのおっさんまで打って出そうなので過剰戦力じゃないかなぁとボクは思った。
王都へは出発地点であるアートゥラ辺境伯領からメルクメス男爵領、レンブラント子爵領、ツヴァイクベルト伯爵領の三つの領地を通過しなければならない。一日目の行程はレンブラント子爵領の領都ラバイクピラーで一泊する事になっており、そこの領主であるレンブラント子爵邸にて会食をして宿泊する予定であるらしいのだけど、護衛の兵士と従士扱いのボク達は邸宅近くにある宿にて宿泊という予定を組んでいる。
問題はその会食に従士代表としておっさんに帯同する形でボクも出席する事になったと言う点だ。どうしてこうなった。
少しブルーな気分になりながらも竜車は一定の速度を保ちながらどんどん道を進む。
「ところで気になっていたんですが、開拓村や領都でもある程度上下水道が整備されていましたが、上水道はある程度想像がつくのですが下水の処理の方はどうされているのでしょう?」
「あ、それあたしも気になってたんだよね。トイレ周りがあたし達の居た世界とあまり変わらないのは助かったけどあの規模の都市の排水事情を考えたら相応の施設があってもおかしくないと思ったんだけどそれっぽいの無かったんだよね。欲を言えばウォシュレットも実装しててほしかったけど」
車内で無為に時間を浪費するという事はなく、情報収集も兼ねておっさんに質問を投げては回答を得るという有意義な過ごし方をしていたのだけど、チグサの投げた質問は元居た世界では当たり前の環境がこの世界でも通用しているという疑問点を明らかにするという割と日常に根付いたいい着眼点からの質問だ。
「うぉしゅれっと?が何を指すかはわからんが、下水処理ならある程度の規模の町ならどこも同じでスライムを利用して処理しとるぞ?」
「え?それどういう事?」
「スライムっていうとあのぶにぶにぷにぷにぶよぶよぽよんぽよんの?」
難しそうな話からとっつきやすい対象が出た事で前のめりに話に喰いつくケントに呆れながら視線でおっさんに話の続きを促す。ていうかケントはその怪しい手つきをやめろ。
「形状は種類によって差はあるが、各都市では品種改良を行ったスライムを利用して下水や排水の処理をしているんじゃよ。モノによってはとても危険な種類のヤツもいるんじゃが、あやつらの生態は基本的に外部からモノを取り込んで消化し、エネルギーを得るという非常に単純な構造をしておる。人に対して無害でありつつ、そういったゴミや浄化作業に適した品種が開発されてからは人々の暮らしはより良くなったと言えるのう」
「モンスターを品種改良だなんてちょっとマッドはいってない?いやでも農作物にしろ畜産にしろあたし達の世界だって品種改良はしてきてるからそんな変わっている事ではないのかな……?」
「あー確かに言われてみれば理に適ってるシステムかも。ほらセラ、アルバの森でデミゴブリンを倒した後に図鑑機能見たらそんな感じの事書かれてあったじゃない。それを踏まえたら対象がモンスターの無害化みたいな品種改良とかは割と平和的な危機回避手段なのかもしれないよ」
「私達の世界で言う微生物によるバイオマス利用に似た様なものと考えれば納得がいきますね」
「ばいおなにがしについてはわからぬが、モンスターを改良するというのは錬金術師や魔物使いの領分でな、一部のメイジクラスも関わって今日までにかなりの品種改良がなされてきておるのじゃよ。外を走るスプリントドラコなどもその一種じゃな」
ボク達が居た世界でも猪を品種改良して豚を生み出し更にその豚を品種改良するなどしていたけど、どこの世界においても似た様な事が行われているのかもしれない。この世界では対象がモンスターになったというだけで本質はあまり変わらないのだろう。
ただモンスターの品種改良なんて言う言葉を聞くと、それこそ魔王の幹部が戦力強化の為に行っているっていうイメージか、モンスター同士を戦わせる対戦ゲームのイメージしかわかないのはゲーム脳故の考え方をしているからなのだろうか。少なくともこの世界においては割と悪いイメージは持たれていない様な技術であるっぽい。
「ドラゴンまで品種改良するとかすっげぇなぁ!俺もその手のスキルを取得したらそんな事できるようになるかな?」
「一朝一夕で出来るようなものではないじゃろうが、経験を積んでいけば出来るんじゃないかのぉ。っとそろそろこのメルクメス男爵領とレンブラント子爵領の境界じゃ。この国の見所の一つであるナルガレアス大段壁が見えてくるぞ」
広大な平原地帯を駆ける一団の前方にあまりにもスケールがおかしな光景が広がり始めた。
――平たく言うならば超々大規模の大地の亀裂。街道に沿う形で巨大な断崖が現れ、向こう岸までは数十キロ単位の距離がある様に見える。まるでその大地の一部だけがくり抜かれたかのように陥没していて、底までの深さもキロ単位の深度がある様に見え、所々にまるで島の様に見える柱状の台地が生えている。簡単に説明するのであればスケールを間違えた巨大な盆地というのがいいだろうか。そんな盆地の地底部からの水蒸気で発生したのであろう雲も浮かんでいて一つの別世界がそこにあるかのようだ。こうして上から眺める分には大きな箱庭を眺めているんじゃないかと錯覚してしまいそう。
「すっげぇえええええええええええええええええ!!!なんだあれ!!」
「うっわーすごー!」
はしゃぐケントとシオンを他所に、ボクとリツ、クロさんの三人は開いた口が塞がらない状態でその光景に見惚れていた。
「なっ、なんやこれー!?でっかい穴から下界を見下ろしてる気分なるやんこれ!」
「っか~~っ!!なんだこのスケールのデカさは。とんでもねェなこりゃ……」
竜車が止まった事で後ろの竜車に乗っていたメンバーも降りてきては様々な感想を漏らしている。
「驚いたじゃろう?このナルガレアス大段壁を降りた先の盆地全てがレンブラント子爵領じゃ。ここから数刻かけて下へと下りるからのぅ、ここで少し小休憩じゃ」
「ねぇおっさん、レンブラント子爵領の領都ラバイクピラーってここから見える?」
「見えん事もないな。ほれ、ワシの指先をずぅっと辿って行った先の柱状台地が多く飛び出してる一帯があるじゃろ?そのあたりがラバイクピラーじゃな」
おっさんの指先から視線を移していくと、かなり遠い場所に言われている柱状台地が多く隆起しているエリアがある。獣人族になってから視力も強化されているお陰でかなり遠くまで見渡すことができる様になっている。元いた世界では両目ともギリギリ視力1.0判定だったのを考えれば雲泥の差だ。
「あーあそこなんだ。でも柱状大地があるだけで建物らしいのは見えないよ?」
「それは行ってみれば分かる事じゃな。さ、ここからは少し足腰にくるぞ。皆今のうちに下半身をほぐしておくようにな」
おっさんの言葉の意味がその時はよく分からなかったけど、大段壁の長い長い下り坂を走り始めるとすぐにその意味を理解した。
下までの下り坂の勾配は馬車なども考慮されて緩やかではあるのだけど、そんな下り坂を勢いよく竜車は下っていくのだ。当然その勢いはGとして車内に座っているボク達に掛かるわけで、カーブに入るたびに足で踏ん張り腰で上半身を支えなければ車内を転がる事になる。
時折窓から見える護衛隊のスプリントドラコは何も曳いていないので足取りは軽く、下り坂を喜々として駆けているようで、竜車を曳くファームドラゴンもそれに合わせて下り坂を楽しむかのようにかなりの速度を出している。
どうしてこんなに速度を出せているのかについては、この道が下り専用であって登りは別のルートが用意されているので対抗する荷馬車とかち合わない為である。
警告と情報を与えてくれたおっさんは特にこの状況に動じることなく体幹を一切ぶれさせず、座席に着いたまま隣のボクとクロさんを支えたり手を貸してくれている。動じないおっさんとバランスがとれずにもたれかかってくるクロさんに挟まれて、片方はガッシリしたおっさんの肉体ともう片方はすべすべとした柔肌のクロさんの感触を味わいながら早くこの坂道が終わらないかと無心で耐えるという苦行をする羽目になった。
ケーッ!と鳴き声を上げ、ドドドドドドドと地を鳴らしながらナルガレアス大段壁を降りた先、レンブラント子爵領へと入ったが天兎メンバーは最早悲鳴を上げる気力さえ尽きて完全にグロッキー状態になっていた。
流石にその状況を見かねたおっさんによって二度目の小休憩を挟む事になり、降りた先のちょっとした広場で一行はフラフラと危なげな足取りで竜車を降りた後ガクリと力なくその場にへたり込んだ。
「酷い目に遭った……。」
「セラさん達はまだマシっすよ……。こっちの車内は文字通りの地獄が…ウプッ?!」
「シキの言う通りだぜ……。なんであの馬鹿トカゲどもは下りであんな速度出しやがんだ……。峠最速競うとかそんなレベルじゃねェだろぉ……あんな走りしてガタ一つねェ車体もすげェが、乗る奴に配慮しやがれってんだ……」
ぼやいた言葉に青い顔をしたシキとモーリィが恨めしそうな感じでボクに訴えかけてくるけどボクらの方もそんな変わらなかったと思う。とりあえず効果があるかは分からないけど領都で習得した回復系魔法を試してみよう。
「とりあえずみんな少し集まってくれる?そう、そんな感じでいいから。――生命の源泉たる癒しの水よ、今ここに顕現し、子たる我らを癒し給え!<治癒活性水>!」
出立までの数日の間、息抜きとしてボクに稽古をつけてくれたエスメダさんのお陰でボクはパーティメンバー全体に回復効果を与える中級水属性魔法<治癒活性水>を扱えるようになっていた。初級魔法の<解毒水>では車酔いなどには効果が出ないし、<治癒活性水>でも徐々に単純に体力を回復させるというだけで気休めにしかならないはずだ。
「ありがと……ってセラ、いつの間にそんな魔法覚えたの?」
「出立迄の空いた時間にエスメダさんに水魔法について教えてもらってたんだよ。まだそこまで使い慣れてないから効果はそんなに高くないと思うけど、グッタリとした気分は多少ましになるんじゃない?」
「はぁ~……あたしも負けてられないなぁ。メインヒーラーのポジション台無しじゃないってあぁまだダメ……」
「なんであんな速度で坂道下ってあの竜達は平気な顔してんだ……。俺達全員足腰ガックガクじゃん」
「お前らはまだマシだろ……。俺なんかこの図体のおかげで何度頭ぶつけたかわかんねぇぞ」
「なんや無駄に体力つこうてしもうたなぁ……。流石にうちもはよベッドで横になりたいわ」
ボクの新しい魔法にシオンが気付いて何かやる気を出したみたいだけどまだ車酔いから回復していないのか言い終えてから杖に身体を預けて再びグッタリと項垂れた。そんなシオンを見た後周囲に目をやったケントはケロっとした表情をしている竜達を見てウンザリした顔をしながらぼやいた。
そんなケントに自身の頭部を指刺して後方の竜車内で何があったかを言葉でも説明して恨めしそうに下ってきた道をベネは睨みつけ、マリーは腰をさすりながら背を伸ばしていた。恐らくベネが支えていたからなんだろうけどマリーは割と平気っぽい。
「さぁ、ここまで下りれば後は平坦な道をラバイクピラーまで進むだけじゃ。ここの領地は平原部に出現するモンスターはほとんどおらぬ故、到着までは車内で疲れを癒すといい。とはいえ少し急がねば此処では早めに日が暮れるでな、多少揺れはするが先ほどよりかはマシじゃから我慢するんじゃぞ」
おっさんの言うようにそこからの道程は実に平穏な行程で街道沿いに進む事数刻、大段壁の影に日が隠れる前にレンブラント子爵領領都ラバイクピラーへと到着した。
大段壁の上から見た時にはよくわからなかったけど、この都市は柱状台地に囲まれる形で都市が形成されていて、現地の言葉で柱に囲まれた地と言う名の示す通りの都市だった。
都市の構造は柱状台地をくり抜いた住居などが多く、柱状台地を利用した多段構造の店舗や建造物などかなり立体的な都市構造をしている。柱状台地を利用していない建物も多くが石造りで木造建築のものは屋台的なものくらいなものだ。規模で言えばエイブラムよりかはこじんまりとしていて人工物は比較的少なく、現実世界で似ている場所と言えばトルコのカッパドキアが非常に近いだろう。違いと言えば緑の多さとその巨大さといったところだろう。
住人はドワーフ族が他種族より多くいるみたいでその理由をおっさんに聞くと、この領地は他の領地よりも低層地帯にある為他ではあまり採掘できない鉱物が産出するらしく、それらを求めて各地から物好きなドワーフ族が集まってきたらしい。また三大ダンジョン程ではないけど小規模なダンジョンがそれなりに分布している為、地表部にモンスターは殆どいないもののダンジョン管理と維持の為の依頼が恒常的に冒険者ギルドより出されている為そこそこの数の冒険者も滞在しているらしい。そんな街中をゆっくりとした速度で竜車で進み今日の目的地であるレンブラント子爵邸へと到着した。
「じゃ、俺達は宿の方でよろしくやってるからセラは会食楽しんで来いよ!」
「これも一つの外交みたいなものですよセラ。できれば私も帯同したいところですが、明日の出発までに調べたい事がありますのですいません」
「ぜーーーーーったいそれ食材とレシピ関係だよね???まぁもう覚悟の上だから今更どうこう言わないけどさ……」
「さ、ではワシらは屋敷へと向かおうかの。明日の八の刻にこの場に集合じゃから忘れるでないぞ」
「はい大丈夫です。ではペインゴッズさん、セラの方はよろしくお願いします」
お前はボクのおかんか何かなのかというツッコミを飲み込み、おっさんと連れ立って子爵の屋敷へと足を運んだのだけど子爵の屋敷は周囲の円柱台地の中でも最も大きな場所を利用する形に作られており入口から見上げるその風貌は天然の要塞のような印象を受けた。
そんな天然の要塞に住まう子爵はボクよりも背が低く、それでいて身なりは綺麗に整えられている恰幅の良いドワーフの男性だった。ペインゴッズのおっさんに負けず劣らず立派な髭を蓄えていて同じドワーフのモーリィとは違って物腰は柔らかく温厚そうな雰囲気を醸し出している。
「ホッホッホ!卿の冒険者好きは相変わらずですのう。やはり疼きますかな?昔の血とやらが」
「いやいや、冒険者好きは否定しませぬがこの者は格別でしてな、冒険者登録をしてすぐに我が領地のネームドやあのナイトハウンドすら少数で屠る猛者なのですよ」
「ほぅ……。ネームドもピンキリではありますが、ナイトハウンドとなると話は別ですな。成程成程、卿が気に入るはずですな!」
会食の場にて帯同しているボクを見た子爵はうんうんと頷き納得した様子だ。彼の視線は別段厭らしさを感じるようなものではなく、ボクの為人を判断するかのような冷静な視線だ。とは言えあまり気分のいいものではない。
「――明日王都へ上がった際陛下にも報告をあげるのですが、我が領地で数日前に魔族の手によるダンジョンが生成されましてな、それをこの者が率いるファミーリアと共に攻略したのですよ」
「なんと?!人為的にダンジョンが生成されたとなるとこれは問題ですな……。魔族については我らとてまだまだ把握できている事は少ない。悪事を働くものが全てでない事は分かってはおりますが、そのような事態が発生したとしては国内の彼らが迫害を受けないかどうか懸念されますな」
「ああ、その通り。とは言え聡明な陛下のご采配であれば我々が案じる事もないのではないだろう。しかし勅令が下りるまでにある程度の下地を作っておく必要はありますな」
「いざという時は領主権限を行使してでも保護に乗り出せるだけの準備は必要でしょう――」
ゼハクとキリカ。キリカは兎も角ゼハクと名乗ったあの魔族は底知れぬ強さを感じた。おっさんでも拮抗しているように見受けれたどころか、更に深みを持たせた言い知れぬ余力を残しているように見えたのだ。
それにしてもこの二人流石領主と言うべきなのか一を見て全と断じず、同じ魔族でも害意のない対象についての保護についての手段や方法についてこの時点で話し合っている。よくある中世ものの領主や貴族のイメージといえば、領民に重税を課し虐げるといったような特権構造の上にふんぞり返っているといった物を想像するのだけどこの二人はそういった闇の部分は一切感じない上むしろその逆、理想的な領主と言っても過言ではないだろう。
「……ところで貴公はゼハクという名に心当たりはありますかな?」
「いえ?特に聞いたことのない名ですな。もしやそれが件の?」
「ええ。双振りの戦斧――確かヴォーマと申すを得物とする恐ろしく強い手練れでした。それに付いていた女魔族、此方はキリカという名の従者も相当な使い手でしてな、領民を保護して連れ帰る最中に交戦する羽目に陥っていたところで彼女らに介入されて助かったというわけなのですよ」
「それが出逢いの切欠――しかし卿をして恐ろしく強い手練れと言わしめますか……。その後の足取りは?」
「恐らくもうこの国にはおりますまい。引き際も心得ておりましたし長居はせぬかと。ですが奴らが仕掛けた魔造ダンジョンの有無については調査の必要はあるでしょうな」
「では早速明日にでも調査隊を出すとしましょう。ところでセラ嬢」
「え?はい!なんでしょうか?」
「ペインゴッズ卿も認めるその腕前、一度私とお手合わせ願えないだろうか?」
なんだって?!いや、今までの流れでなんでこの流れになるの?おっさんに視線を送るとにこやかに頷いているしこれやらないといけないパターンなんですが……。 誰だよ従士として同席するだけでいいって言ったやつ。
「わかりました。お手柔らかにお願いします」
頭を下げて承諾すると屋敷の長い廊下を歩いた先にかなりの広さの練兵場があった。聞けば柱状台地の内部をくりぬいて作られているこの屋敷はその殆どが地属性魔法を得意とするドワーフ族の手によって作られ、その際大きな鉱脈があった場所で掘り尽くした跡地こそがこの練兵場なのだという。練兵場全体には防護の加護が施されており致命傷に至る大ダメージを受ける事はない。
「さて、では少しの間その腕確かめさせてもらおう。ルールは魔法無しの剣技のみ、それでよろしいかな?」
「はい」
ボクの返事を聞いて表情を真剣なものに変えたレンブラント子爵の手にはドワーフには似つかわしくない得物が握られている。その落差への感情が表情に出ていたのか子爵から声を掛けられる。
「意外かね?君が考えている事は分かるとも。ドワーフなのにフルーレが得物なのか?とな。ドワーフ族が得意とする得物がハンマーなどに代表される鈍器類というものは否定はせぬが、そうした先入観はふとした遭遇戦の際に虚を突かれるぞ?」
「あ、すいません。失礼しました」
素直に頭を下げたボクに子爵は口角を上げフッと笑った後静かな動作で構えた。ボクもそれに応える形で得物を手に構える。
「――参るッ!!」
前動作もなく滑る様に子爵が迫りその細剣から鋭い突きを連続で放ってくる。フルーレとは突きに特化した剣で、全長110cm、剣身は90cm程度、直径12cm以下のつばがあって全重量は最大500gという元居た世界ではフェンシング競技としての面が強い剣種である。源流は15世紀ごろの騎士の技芸であり戦場で扱う武器としては貧弱に思える。しかしこうしたサシでの試合であれば話は違う。
正面から捉えた時のフルーレの切っ先は点である。攻撃手段が突きに特化している事はその特徴を最大限に生かすためであり、事実正対状態からの刺突は距離感が非常に掴み辛い。
「サッ!!セヤッ!!」
子爵の声と共に振るわれるフルーレはその軽量さからくる手数の多さと視認性の悪さでボクは守勢に入らざるを得ず、隙をついて反撃に移ろうとしてもすぐさま先手を打たれその悉くを封じられている。
チッ!チッ!と得物で子爵の攻撃を弾きながらポールを幅広く握り小回りが利くように持ち直して子爵の攻撃へと対応する。
チッ!チッ!キィン!! ッシュ!!!
三度目の攻撃に合わせて得物を振るって子爵のフルーレを弾いて即座に刺突を打ち込む!が、弾かれ撓ったフルーレを利用して子爵は身体を回転させて刺突を避け、そのままの動きで鋭くフルーレを突き出してくる。急ぎそれを回避しつつも自身も回転してカウンターを狙ったが既に子爵は範囲外へと逃れている。
一息つくとピッと頬に切り傷が入りそこから軽く出血する。流れる動きで繰り出された子爵のフルーレの刺突を避けたと思ったけども、しなりの反動を利用した刺突を避けきる事が出来なかったみたいだ。ペインゴッズのおっさん程ではないにしろ、子爵も洗練された動きをしていて一切気が抜けない。
スピアーヘッドまでを短く持ち、長物の利点であるリーチを敢えて潰してフルーレの手数に対応させる。こうも子爵本人の背の低さを利用しての懐への入り込みをされてはリーチに頼って間合いを取るのはかえって不利だと判断した。短く持つ事で子爵の攻撃を守り易く、そして反撃へのモーションへ入り易くなった事でこれまでよりも激しい応酬が展開されるようになった。加えて子爵の攻撃はより一層洗練され、連撃の中に数回此方の急所を狙う一撃を織り込んでくるようになり、そちらへ気を回すと隙の大きな部位を突いてくるという姑息ではあるが着実な一手を打ってくる。
防護の加護があるとは言えフルーレによる刺突のダメージは馬鹿にはできない。致命傷には至らないだけで刺されれば巨大な注射を刺されたかのような鋭い痛みが走るのだ。この事態を打破する手はあるにはある。フルーレとハルバードの構造的差異を利用する以外この立ち会いを制する事は難しいだろう。
近距離での剣戟の応酬を続け子爵の攻撃を受けながらもそれを無視して子爵の心の緩みを待つ。この時ボク自身は意識をしていなかったけど集中するあまり一時的にダメージを無視するスキル<不屈>が発動していた。
互いに一歩も引かぬやり取りから先に引いたのはレンブラント子爵だった。体力的に見ても子爵は齢を重ねており、まだ若いセラに対して技量面でのアドバンテージがあるものの体力面では既に一線を退いており優位性があるとは言えなかったのだ。
この機会を見逃すわけにはいかない。すかさず一歩下がった子爵へ追いすがり近距離から刺突を放つ。だけど子爵も易々とそれを喰らってくれるほど甘くない。フルーレをしならせ刺突の軌道を逸らそうと手を動かすがそれは既に読んでいる、ここで二手目を打つ!
「ぬぅッ?!」
わざわざ短く持っていた得物を手の中で滑らせ短く持っていた分だけ射程を伸ばす!が、それをギリギリフルーレの刀身に滑らせて直撃ダメージを喰らわないようにするとは流石だと言わざるを得ない。だけどこの子爵の防御も想定通り、とどめの一手をここで刺す。ポールを持つ手を捻ってフルークに子爵の持つフルーレの刀身を絡ませ一気に払いあげる!
「ハァッ!!」
キィィィイイイイイイイン!
宙を舞った子爵の得物は引きながら払い上げた為ボクの後方へと飛んでいる。予備武器を出される前にすぐさま子爵へと距離を詰め彼の眉間へとスパイクを突き付けたところで子爵から降参宣言をされてこの立ち合いの決着がついた。
「参った。降参だよ」
得物をインベントリへと収納し、子爵から差し出された手を握り互いの健闘を認め合う。
「成程成程、これはペインゴッズ卿が気に入るのも頷けるというもの。ナイトハウンドを屠ったというのも納得がいく。我が細剣による刺突の痛みを耐えながら牙を剥くタイミングを狙っているとは大したものだ。一線を退いたとはいえ、斯様な猛者と立ち会えるなど武人としての誉れに他ならない。セラ嬢、この老骨の我儘に付き合って頂き感謝申し上げる」
身なりを整え、綺麗な所作で礼をするレンブラント子爵に対しボクも礼をもって応えた。先程までの立ち会いの内容を鑑みれば、まだ息が整う状態ではないはずだけどペインゴッズのおっさんといいレンブラント子爵といい、この国の領主は一癖も二癖もある妖怪じみた人物しかなれないんじゃないだろうか。
「それにしても最後の追い込み方は実に見事だ。私がサブウェポンを用意していると踏んでの追撃だろう?」
「はい、念には念をと」
「結構結構。フルーレを取り上げたところで勝った気でいたならば失礼ながら辺境伯の慧眼を疑う所でしたが君はそうしなかった。最後の最後まで気を抜かぬ事こそ勝ちを得る為の着実な一手となる。私も昔嫌という程叩き込まれた物ですよ、いやぁ懐かしい。それでは今日はゆっくりと身体を休められるとよい」
レンブラント子爵との立ち合いから解放された後は使用人の人の案内で湯浴みを済ませ、客人用に用意された一室で一人で寝る事となった。通された部屋は例によって柱状台地をくりぬいて作られていて結構な高さにあるおかげか街を一望できる。さながら都内の高層マンションの一室にも似たこの部屋の窓を開け夜風を通すと、少しだけしっとりとした風が部屋へと入り込み部屋の魔法灯を揺らす。
エイブラムと比べるとこの街の夜はゆったりとした雰囲気で人通りはかなり少なく、活気があふれているという感じはしないがこの独特な空気感は悪くないなと感じた。
明日はいよいよ王都ハルカニス入りだ。ゲーム時のデータが元になっていると仮定するならばログイン時に見たあの白亜の城をこの目にする事ができる。あの光景がどの様に変化しているかはわからないけども、心躍らせるあの光景を今や現実となったこの身体全体でめいっぱい受け止めて感動しよう。そう決意して窓を閉め、ボクはベッドに潜り込んだ。
回復魔法も万能ではなくご都合主義は発動しません。
防護の加護も絶対ではなく、ダメージがあまりにも大きいとその効果は満足に発揮されないという注意点があります。
一般的な練兵においての訓練用武器は刃の部分は潰されていて、殺傷能力が削がれているものを訓練に使用しています。この辺りの表現は王都辺りのストーリーで触れようと思います。




