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【 Ep.3-010 領都での一日 】

8月が迫ってきているわけで……一応書き溜めしてるモノを週一で投下していければなぁと考えています。

もうそろそろ梅雨も明け、酷暑の日々が襲ってくると思うと気が滅入りますね。



 ――翌日。領主邸宅で出された朝食をとった後、ボク達は領都の冒険者ギルドへ顔を出した。目的はアルテック村で受けた依頼の精算と、アルティア湖畔ダンジョンのコアと融合されていた元冒険者の風水士(ジオマンサー)ギュンターに託された彼の冒険者タグをここの受付嬢をしているリシアという女性に渡すためだ。


 扉を開けて中へ入ると流石領都と言うべきか、かなりの広さと人数で活気に溢れていた。開拓村の冒険者ギルドも結構な活気があったが、それと比べても熱気の度合いが数段違うのを肌で感じられる。複数からの視線を感じるが敵意や害意というものは感じ取れず、どちらかと言えば好気的な印象だ。まぁ二桁の人員のパーティというのも珍しいだろうから仕方ないかもしれない。領都でこの感じであるなら一体王都の冒険者ギルドはどのレベルになるのだろうかと思わざるを得ない。


「じゃあまずは依頼の達成報告と精算しようぜ」

「そうだね。ついでにもう一つの案件の事も聞いてくるよ」


 なんとなく選んだ受付窓口へ向かい、アルテック村で受けた依頼と割符を渡して手続きをしてもらう。多少確認事項なのか質問をされたが問題はなかったらしく、依頼報酬の金貨9枚を受け取った後リシアという受付嬢はいるか確認したところ、どの様な要件かを聞かれたので素直に答えたところ別室へと案内された。

 別室にて対面に座っているくすんだブロンドカラーの髪をサイドポニーにして垂らした見るからに気の弱そうな顔をした彼女がリシアという受付嬢で間違いないそうだ。

 初対面のボクに呼び出された彼女は状況が呑み込めないのか目がキョロキョロと泳いでいて必死に呼び出された理由を自分の中で考えているようで、これから告げる内容に少しだけ胸が痛む。いつまでもそのままだと可哀そうなので、インベントリからギュンターの冒険者タグを取り出して彼女に渡す。彼の名が刻まれたタグを見て察したのだろう、その場に崩れ落ちた彼女に彼の最期を告げる。

 魔族によってダンジョンコアと融合させられ狂気に堕ち、最後の最後で自我を取り戻しそれを託された事。最期の瞬間に貴女の心配をしていた事。口を押さえて必死に静かに泣く彼女の姿を見ていてるとその場の空気の重さにいたたまれなくなってきたので静かにその部屋を出ると、扉の向こう側から嗚咽している声が聞こえてきた。痛ましいその泣き声を背中に受けてその場を離れ、ギルドのロビーへと出て皆と合流した。


「お疲れさん」

「大丈夫でしたか?」

「平気。あいつの最期を嘘偽りなく話したよ。それで本当に良かったのかは分からないけどね」

「嫌な役目を押し付ける形になってすまねぇな」

「ま、このパーティのリーダーだしね。仕方ないよ」

「ほんで今日はここで依頼受けるんか、セラ?」

「いや、その前に皆に話しておきたい事があるんだ。腰を落ち着けて話したいし、あそこの空いているテーブルで話し合おう」


 アルテック村に関する手続きとギュンターに託された案件も済ませてボク達はギルド備え付けの飲食フロアへ移動し、隅の方の大テーブルを囲んで昨夜の出来事をみんなに説明した。ただおっさんの過去やボクの過去の話は端折った上でだけど。――要はおっさんを信用して王都へ一緒に行くかどうかというのが議題だ。


「あたしは賛成かなー。あの人悪い人には見えないしー、それにおちゃめな所もあるけど誠実な所は誠実だもん。信頼は兎も角信用はしてもいいんじゃない?」

「私もシオンと同じで賛成だね。待遇も良さそうだし情報を集めるならここよりも王都の方が更に向いているんじゃない?」

「うちはどっちでもええんやけど、使えるもんは使うたらええと思うで?楽できるとこは楽した方がええと思うし、うちもあのおっさんはなんや気に入っとるし」

「俺もおっさんは信用していいと思うぜ?元々冒険者だったってんならそんな悪い様にはしねぇだろ。王都での宿代も気にせずに済むっていうのもメリットじゃんよ」


 シオン、リツ、マリーとケントは前向きな意見。表面的な部分だけくみ取れば確かに好条件である事は確かでメリットは多いように感じられる。だけど――


「いやみんなガード緩すぎじゃないっすか?!俺もペインゴッズさんは悪い人じゃないとは思ってるっすけど、そんなホイホイ釣られて大丈夫なんすか?」

「私もシキと同じで少し警戒した方が良いのではと思います。とは言えあの御仁に悪意があるとは思えませんし、短い間とはいえ共にダンジョンを攻略しましたし少なからず信用はしていますが……」

「俺ァセラに任せるぜ。何処へ行こうが俺のやることぁ変わんねぇしな」

「わたしはセラさんに従うだけですので」

「お、俺も……」


 乗ってくるかと思ったシキは今回は割と冷静な意見を述べ、チグサは中間的な意見だね。モーリィはどこへ行ってもやる事やるだろうからいつも通り。そしてクロさんとセトもいつも通り。


「セラの事だ、もう答えは出してるんだろ?一応ルールだから意見聞いた感じだが、その顔見てると結果が出てんじゃねぇか」

「流石にベネにはばれてた?ボクはさ、おっさんの事気に入ったんだよね。昨日の夜も真剣に話を聞いてくれたし、その上で茶化す事もなく自身の見解も述べた上で王都行きの提案もしてくれている。何よりも事がうまく運べば一応の目的でもある魔晶核を集める為の情報を国からもらえる可能性があるっていうのはまず間違いなく他にない機会だと思うんだ。後は本当に個人的な理由だけど、あっちでおっさんから武器の扱い教えてもらうつもりなんだ」

「ああ、確かにペインゴッズさんの武器捌きは一流って感じしたな。ってさては稽古つけてもらうってのを条件につけただろお前?!」

「マリーじゃないけど使える機会は使わないとね?」

「しっかりしてやがんなぁうちの大将は。まぁわかった、俺は反対しねえ。―て事でだシキ、お前の懸念も理解できるがそこまで警戒しなくても大丈夫だろう。最悪王都でサポートが受けれなくてもそこまでの足代が浮くと思えば上等だろう」

「ま、それなら仕方ないっすね」


 やれやれといった感じでシキも納得し、全体の意見をまとめても王都行きの意思は固まったと言える。とは言え即日出発ではないからそれまでにしておくことはしておかないといけない。


「よし、これで王都行きは決定ね。それでこの後だけど今日は領都をそれぞれ見て回る自由日にしようかと思うんだけどどうかな?」

「ええんちゃう?うちも買い物したいしなぁ、なっシオン?」

「え?あっ、うん。」

「それじゃぁ俺ぁ鍛冶道具や素材でも見に行くか」

「それなら俺もモーリィに付いてくかな」

「俺は食い歩きだな!」

「あ、それ俺も混ざっていいっすか?」

「お、俺も」


 おや?珍しくセトが自分から意思表示をした。ラインアーク時代は寡黙というあだ名が変わる事はなかったけど、こいつもこいつで少しずつ変わっていってるのかもしれない。


「セラさんはどうなされるんですか?」

「ん?ああ、ボクは本屋を回ろうと思ってるよ」

「私も同行していいですか?」

「いいよー。でも楽しいかどうかはわかんないよ?」

「ええ、構いません」

「なら私も混ざろっかな。この世界の書き物に興味あるしね」

「私も食材やこの世界の料理周りの調べものがしたいので同行します」


 そんなわけでマリーとシオン、ケントとシキとセト、モーリィとベネ、ボクとクロさんとチグサとリツの4組に別れて今日は行動する事にした。勿論皆にはそれぞれ報酬を分配し、金貨だと使いにくいのでギルドのカウンターで細かく崩してもらうのを忘れない。普通に金貨だと使いづらいのは元居た世界の金銭事情と大して変わらないなぁと思う。


「しかし何故本屋なのです?流石にこの世界に漫画があるとは思えませんし、新聞の様なものも今のところ見聞きしませんよ?もしかして小説とかでしょうか……それなら開拓村でも幾つか見掛けた様な――」

「漫画や小説は好きだけどここきてまで読みたいとは思わないよ。目的はモンスターの情報が載っている図鑑みたいなものとか魔法書があったらって思ってね。事前情報もなしにモンスターと遭遇するのは危険だっていうのはこれまでの短い旅路ですらイヤって程経験したしさ」

「あぁ成程……。図鑑機能(ライブラリ)はまだ生きてるとは言っても、一度戦闘をした対象でないとデータは埋まっていきませんからね。手元に資料として図鑑があればそれに頼らなくても情報の収集とデータの穴埋めができるというわけですか」

「そ。実際図鑑を手に入れて内容を見たら図鑑機能(ライブラリ)が更新されるかはわからないけど試してみる価値はあるでしょ?内容がそのまま図鑑機能(ライブラリ)に登録されなくても情報として頭の中に取り込めばそれでいいしさ。損はないと思うんだよね」

「そういうとこは抜け目ないねセラは」

「はい、いい考えだと思います!」

「あ、うん」


 腕を前に出して力強く同意の意を示すクロさんに若干引きながら、ボク達は領都に数件ある書店を回りボクは目的の魔物図鑑(モンスターブック)を数冊と初級水系魔法と中級水系魔法の一部が記された魔法書(スペルブック)を購入し、チグサはこの地方の特産品を使ったレシピや食材について記された書籍を、リツは各種族について書かれた解説書の様なものや歴史書等を買い漁り、クロさんは支援魔法について解説されているものとマリーやシオン向けに火属性魔法と回復魔法について考察されている書籍を買っていた。マメだなぁ。

 購入した物へ目を通すのは屋敷へ戻ってからにすることにして、書店を回り終えたボク達はチグサの希望で食材を手に入れようと領都の中でも一番の賑わいを見せる市場へと来ていた。


「流石領都と言うべきか市場ともなると非常に人通りが多くて賑わってますね」

「だね。開拓村みたいな種族比率ではないけど色んな人がいるね」

「食材を見て回りたいところだけど先に食事にしない?お腹空いてると何でも美味しそうに見えちゃうし本屋巡りでおなか減ったんだよね」

「ではあそこはどうでしょうか?入っている人達を見ても偏りはありませんし、何よりいい香りがしてきますよ」


 そう言ってクロさんが指し示す店を見ると確かに様々な人種がバランスよく席についていて繁盛しており、店から漂ってくる匂いは鼻孔を擽りながら急速に食欲を掻き立てていく。それはチグサとリツも同じみたいで特にチグサは自身の料理趣味の観点からも興味をそそられている様が見て取れる。

 早速四人で店内へと入りテーブルへと案内してもらいメニューに目を通す。幸いな事に文字に関してはこれまで同様問題なく読めるので食材の名前が分からなくても調理法が名称に付いているものが多かったりでどういう料理か想像できるのはありがたい。とは言え格式ばった店ではないっぽいのでウェイターに尋ねれば問題はない。そう思ってウェイターさんに声を掛けようとしたところ後ろ側から特徴的な声が聞こえてきた。


「あれー!あんさんらよぉ見たら天兎の人らやないですか!ってその立派な尻尾からしてセラさんやないですか、奇遇やなぁ」

「ん、たしか黄金の交易路(シルクロード)のマルコ?」

「せやせやワテやでぇ。なんやこないな所で鉢合わせするとか珍しいなぁ!あ、店員さーん!この四人にダイオウマスのムニエルを用意したってぇ。支払いはこっちにツケといてな!」

「え、ちょっと?!」

「この店のオススメやねん。この前の輸送任務でうちんとこのレジャーが世話んなったやろ?それの礼も兼ねて奢ったるさかいみなさん食うてみてぇや。あーあとエルフのお二方には”ラグレンサラダ”が口に合うと思うでぇ。そっちは自分で頼んでみてな!」

「はぁ、それはどうも……」


 先んじて開拓村の食糧問題解決の為に領都入りしていた黄金の交易路(シルクロード)のマスターであるマルコがそこにはいた。お礼も兼ねているとはいえ勝手に注文されたのはどうかと思うものの、彼の勢いに押されて何も言えなくなった。サラダを勧められたリツですら開口したままだし、少し苦手だなぁこの手の人。


「ところでそっちは何してたの?」

「こっちは開拓村への輸送量増加に伴う交易路の販路確保と南のレ・ノルン獣王国との交易をする為の認可手形の申請しとるところですわ。ハルキニア王国国内の販路は今から参入したところで何のウリもないワテらが乗り込んでも旨みがないよってに、先に国外交易で主力商材を見つけようおもてな?ファミーリア設立と合わせて正式に商会立ち上げてから走りっぱなしですわ!まぁ認可手形が申請してからそれなりに経つのにまだ発行されんくて困ってんやけどな」

「流石あの海洋貿易MMOで名を馳せたマルコさんですね。この状況下ですら貴方は真っ直ぐ前を見据えて動ける範囲の事をこなされているんですね」

「ナハハ!こっぱずかしい事言わんといてーや。今更足掻いてもどないもならん事に頭使うくらいなら、事実を受け入れた上でやれる事やるしかないっちゅう話やんか。おたくらも似たようなものでっしゃろ?」

「どうかな?ボク達がそうであるかは自身で判断できる程出来た人間じゃないよ」

「謙虚やなぁ。せや、ちょっと小耳に挟んだんやけどおたくらここの領主様のとこに世話になってんやろ?どこでそんな縁拾ってくるんだか羨ましい限りですわ」

「耳が早いね。隠す事でもないけどその通りだよ。でも意外だな、マルコならそこから手形発行のとりなし頼んでくるかと思っていたんだけど」

「ナハハ、頭の中に無かったって言ったらウソになるんやけど、そないな事したらこれからの商売のどこかで後ろめたさ背負ったままやる事になるやろ?商売をやる上でそれはいつか爆発する爆弾になるんや。そんなリスク背負ってまでやる様な事やない。こと商いに関しては真面目にやらしてもらうのがワテらのポリシーってやつですわ」


 意外ではあるけど彼の商売に対する態度は守銭奴のそれとは違いかなり真っ当かつ真摯なものらしい。以前彼が名を馳せていた海洋貿易MMOでランキングトップを張ってこれたのも、こうした後ろめたい事を許さずあくまでも堅実にそして最大の利益をもたらす商才があったからなのだろう。


「ベクトルは違ってもマルコのそういう信念があるところは尊敬に値するね」

「褒めてもこれ以上何も出ぇへんで~?あ、忘れとった。一応先に言っておくべきやと思うから言っとくんやけど、手形が発行され次第ワテはその足でレ・ノルン獣王国入りするつもりやねん。そこであんさんらが探してる魔晶核に関わる情報があったらカサネはん経由で情報回してもらうよってに楽しみにしといてな!」

「ありがと、助かるよ」

「その代わりといったらあれやねんけど、これからあんさんらが訪れる地域の特産品とかの情報回してもらえると助かるんやけどどうやろ?」

「ギブアンドテイクってこと?確約は出来ないけど可能な限り情報は回すよ」

「ほなそう言う事でよろしゅうな!ほなワテは午後からの打ち合わせがあるから先に失礼しますわ。お姉さーん、おあいそー!」


 情報交換の取り決めを交わした後マルコは会計を済ませてそのまま表の雑踏へ消えていき、直後に彼が頼んでいたオススメの料理が運ばれてきた。量も程々なので彼のおすすめとは別にそれぞれが食べたいものを追加注文した後、配膳されているダイオウマスのムニエルに手を付けて口へと運んでみるとサッパリめの肉にしっかりとした味付けがされていて、口の中へ入れると同時に独特のスパイスの利いた香りが鼻を刺激し彼がお勧めするだけの事はあるなと納得のいく逸品だった。

 暫くしてから自分達で頼んだ料理もきたが、こちらも十分満足のいく代物だったのでこの店を選んで正解だった。リツとクロさんはマルコがお勧めしていたラグレンサラダも頼んでいたので少し分けてもらったのだけど、此方は少し香草の香りが強めでアニールのボクには少し向いていないなという印象を受けたのだけど、エルフの二人にはそれが丁度いいらしく綺麗に食べていた。



「さて、では昼食もとった事ですし午後の仕入れに行きましょう」


 普段よりやや上機嫌気味のチグサに連れられる形でボク達四人は市場を回っていたのだけど、チグサが良くある野菜や干し肉を仕入れるだけではなく、様々な未知の食材を目にした事でテンションがハイになり"ゲテモノ"に分類される虫類の食材にまで手を出し始めたので止めるのに必死にならざるを得ない状況になった。

 ここでチグサの暴走を止めなければいつかその食材がボク達の目の前に並ぶのだ。もしそうなったらどうなるか……。間違いなく食卓に上がったその瞬間マリーからの強烈な一撃が飛んできてボク達三人共消し炭にされるという未来しか見えない。その結論に至ったボク達三人はいつも以上の連携力でどうにかチグサを思い止ませる事に成功した。――そういうのを買うのなら絶対にマリーの許可を取ってくれという条件を付けておくのは忘れなかった。フレンドリーファイアで死ぬとか洒落にならないしね。

 そんなチグサの暴走もありつつも外で調理する時に使うナイフや、これまでの野営で不足を感じていた器具を買い足していきながら今後に備えて装備の拡充をした。


 気付けば市場を抜けた時にはかなりの時間が経っていて、夕暮れ前には領主公邸に戻ってそれぞれ部屋に別れて戻ってボクは買ってきた本に目を通す事にした。


 本と言ってもモンスターの図鑑と魔法書(スペルブック)なので、事故って暴発する恐れのある後者は機会を改めて目を通す事にして先にモンスター図鑑に目を通す事で図鑑機能(ライブラリ)に反映されるかの実験を行う事にした。

 結果からいうと一部情報に不足している部分は出るものの図鑑機能(ライブラリ)へのデータ反映がされる事が確認できたので大きなアドバンテージを手に入れる事が出来た。所謂初見殺しみたいなモンスターに遭遇した時の備えも、こうして先に登録しておけばしっかりとできるというものだ。とは言え流石にページ数もそれなりにあるので登録作業はある程度で切り上げる事にし、魔法書(スペルブック)を持ってどこかで練習できないかと丁度休憩時間に入ったというエスメダさんに聞いたところ公邸備え付きの練兵場へと案内される事となった。


「わざわざ案内ありがとうまず、エスメダさん」

「構いませんよ。わたしも事務仕事ばかりで息抜きがしたかったところですし。ところでセラさんはその手に持つ魔法書(スペルブック)からすると水属性魔法に適正があるのですね?」

「そうみたい」

「なら私と同じですね」

「え?エスメダさん水属性適正なの?」

「意外、ですか?確かに私達虎獣人(ティガーン)は風属性適性が発露しやすい種族ではあるのですけど、そういう観点で言えば貴方の狐獣人(フォクシス)は火属性適性が発露しやすい種族のはずですよ」

「そうなんだ?自分以外の狐獣人(フォクシス)の人と交流した事が無くて」

「そうなのですか。この国は種族間差別が無くて多種多様な種族が暮らしているのでそのうちそう言った知り合いも増えると思いますよ。さて練兵場はこちらです」


 案内された練兵場はそこまでの広さはないものの、しっかりとした造りで基礎的な練兵訓練が出来る様に設計されており、魔法に関するスペースもちゃんと用意されていた。時間的にもボク達以外の姿はなくこれなら気楽に練兵場を使用できそうだ。


「今回はその魔法書(スペルブック)の内容を習得されるのですか?」

「うん。どこまで習得できるかは分からないけど試す価値はあるかなって」

「あら、魔法書(スペルブック)でのラーニングは初めてなのですか。それでしたら習得するという意思を込めて読み進めていけば習得可能な魔法が自ずとわかるはずですよ」


 以前魔法について開拓村でトリネラさんから魔法書(スペルブック)を読む事で魔法を習得出来ると聞いていたけど、それがどういうことを意味するのかを初めて知る事になった。

 エスメダさんの視線が読めばわかると語っているので言われた通り習得するという意思を込め魔法書(スペルブック)をめくって目を通していくと、既に習得している魔法は内容について文字を読むだけでそれがどういう魔法なのか、原理や現象、効果についてなど解説された文字やイラストで記されているだけなのに、習得可能な新しい魔法は文字が光って見えるのだ。

 普通光る文字なんて見づらいだけで何の利点もないのだけど、不思議とその光る文字列が頭の中へ吸い込まれるかのように内容が入ってくるのだ。脳内でそれらは概念や感覚として身体の奥底へと沁み込んでいき、一つの魔法として組み立てられて行き完成され認識される。まるで魔法のインストールをしてるみたいだ。

 この初めての感覚に得も言われぬ衝撃を受けた。それまで分からなかった事象を突如正確に認識できてしまう感覚というのはどの様に例えればいいのだろうか。解き方の分からなかったパズルの解き方をひらめいた時の感覚に似ている気がする。

 この感覚にハマったボクは次々にページをめくっては魔法を習得していっていたのだけどあるページでめくる手を止めた。

 そこからのページは文字やイラストなど記されている物は目には入るものの内容が頭に入ってこないのだ。それどころか長く見続けていると体が拒絶反応を示すかの如く頭痛や眩暈が襲ってきた。


「あ、その状態になるのならそこは現時点で習得できないし無理に続けると倒れるよ」


 先にそれは言ってほしかったなぁ……。少しふらふらしながらも魔法書(スペルブック)を閉じて一息をついて呼吸を整えていると症状は徐々に治まったのでこれまでに習得した魔法をまとめる。


初級魔法

・<解毒水(アンチドーテ)

・<氷礫(アイスブリット)

・<氷盾(アイスシールド)

中級魔法

・<水槍(ウォーターランス)

・<氷結槍(アイシクルランス)


 この5つの魔法だ。思っていたよりも水というよりかは氷に寄った魔法を習得できている。


 <解毒水(アンチドーテ)>はその名の通り毒の治癒魔法であり、熟練度が高ければ高いほど効能が上がって様々な毒へ対応するという性質を持っている。あくまでも対象は毒であり、風邪などの病気や呪い、単なる体調不良と言ったものには効果は発揮されない。酔いに関しては車酔いや船酔いなどには効果がないものの、酒酔いにはある程度効果があるらしいのだけどそれに対してつかわれる事はほぼないという。まぁ酔いが来ない酒とか面白くもないだろうしね。

 <氷礫(アイスブリット)>は水属性魔法の派生の氷属性に位置する初級攻撃魔法で石粒程度の氷を対象に向けて撃ちだすという基礎的な攻撃魔法でもあり、攻撃に使用しなくても飲み物に使えばそのまま氷として転用する事も可能という汎用性の高そうな魔法だ。

 <氷盾(アイスシールド)>はマンハントハンギング戦で月光のアインが使用していた防御魔法で、此方も熟練度が高ければ氷の厚さをより強固な物に出来、更に熟達する事でより上位の魔法の習得に必要とされる位置づけの基礎魔法でここまでが初級魔法の範囲。

 <水槍(ウォーターランス)>は<水矢(ウォーターアロー)>の上位魔法の位置づけであり、より鋭く相手を穿つという点を伸ばして攻撃力を高めた魔法だ。だけど水属性魔法は余り攻撃に向いているとはいえず、どちらかと言えば支援に向く魔法が多い属性でありこの魔法も見た目以上にダメージは期待できない。

 <氷結槍(アイシクルランス)>は先程の<水槍(ウォーターランス)>をより攻撃的に変化させた魔法であり、水属性適性だけで容易に扱える魔法ではない。<氷礫(アイスブリット)>よりも遥かにその制御難易度は上がり、氷属性魔法の適性が発露していない場合はまず最初に<水槍(ウォーターランス)>を生成した上で<氷結槍(アイシクルランス)>へと置換するという非常にマナ効率の悪い技法を取らざるを得ず、逆に適性があれば空気中の水分を直接氷結させて氷の槍を生成する事ができる。此方も熟練度次第では小さな氷柱程度の物しか生成できず、才覚次第では鍛え上げた一本の槍にも勝る強度を誇る氷槍を生み出す事も可能になるという。


「無理に教えてくれなくてもいいのですが、どこまで習得出来ました?」


 冒険者の能力について不用意に探るのはタブーではあるのだけど、そこを踏まえた上でエスメダさんは尋ねてきた。警戒はするべきなのだろうけど彼女からは敵対の意思も探る意思というようなものも感じられないので素直に話した。


「五種類のうち三つが氷属性とはまたかなり珍しい習得状態ですね……。恐らくですが、セラさん貴方は水属性適性の他に氷属性適性の方も開花してきているとみてよさそうですよ」

「そうなの?」

「はい。通常であれば水属性魔法の適性を持っている者でも氷属性魔法の中級魔法の習得率は殆どありません。私も辛うじて習得している程度ではありますが……そうですね、<氷結槍(アイシクルランス)>を使用して見ればその差異がハッキリわかると思います」


 そう言ってエスメダさんは魔法練兵用の的の前まで移動し適度な距離を取ってから自身の右手を的に向ける。


「煌めき凍てつく氷の刃よ、その力、我が前に顕現し、眼前の敵を貫け!<氷結槍(アイシクルランス)>!」


 詠唱と共にエスメダさんの右手の前に魔法陣が展開され、空気中から水分が凝縮されて水の槍が形成されていき、形を成した部分から氷結していき氷槍を形作っていき的に向かって放たれた。習得時に頭の中に入ってきた情報からするとエスメダさんの<氷結槍(アイシクルランス)>は二段階形成で氷属性適性が発露していない事が伺える。

 パキィン!と音を鳴らしながら的に命中して砕け散ったそれは煌めきを放ちながら空気中の魔素(エーテル)へと還元されていった。


「とまぁ見て頂いたとおり私の<氷結槍(アイシクルランス)>は二段階形成でようやく完成されます。これが氷属性適性が発露せずに習得した<氷結槍(アイシクルランス)>です。次は貴方がやって見せて」


 先程までエスメダさんが立っていた場所に立ち、彼女と同じ様に構えて意識を掌の先に集中して詠唱する。空間に漂っている魔素(エーテル)を取り込み、自身の中に流れる魔力(マナ)と混ぜ、言葉を紡ぎながら望むべき事象をイメージしてそれを具現化させる!


 ボゥと掌の前に魔法陣が展開されそこを起点にして氷の槍が形成されていく。この時点でボクはエスメダさんの言葉の意味を理解した。彼女と違って直接氷の槍を形成できたのだ。つまり彼女の言うように氷属性の適性が発露していると判断していいだろう。

 空間に形成された<氷結槍(アイシクルランス)>を的へと放つとエスメダさんのときと同じ様にパキィンと音を鳴らして氷の魔槍は砕け散った。


「言っている意味が分かりました」

「見比べてみると分かり易いでしょう?私はまだ氷属性の適性が発露していないので<水槍(ウォーターランス)>を基にして組み立てないといけないの。威力としては十分だけど貴方のように直接形成するよりか魔法効率が悪くて実用的ではないのよ。似ている属性でも適性の有無で生まれる差というのは中々埋めるのが難しいものとなり得るんですよ。なので貴方の魔法適正はかなり戦闘においてはアドバンテージがあると言えますね。魔法適正でみたら案外魔法職に就くのも悪くないと私は思いますよ」

「将来的にはそう言う道にも手は出したいけど、今のボクはまずは"コレ"を極めたいかな。その上でどっちも使いこなしてみせるよ」


 森羅晩鐘を手にエスメダさんの目を真っすぐ見てボクは答えた。


「いい顔ですね。さて、私はそろそろ休憩時間が終わりですので先に戻りますね。後小一時間くらいでしたらここを自由に使って頂いて構いませんよ。ただ片付けはして下さいね?では」

「ありがとうエスメダさん。もう少しだけここで練習してから戻るよ」


 ニコリと微笑み手を振りながら練兵場を出ていったエスメダさんを見送ってから、ボクは新しく習得した魔法の反復詠唱をこなし、森羅晩鐘の樹槍スキルも含めて理想とする動きをイメージして一人で訓練した。――時間にして1時間もしない内にマナの枯渇感と疲労を覚えたので練習を終えて部屋へと戻り小休憩をとっていると扉がノックされ食事の場へと案内された。

 既にペインゴッズのおっさんや他の天兎メンバーも揃っていてボクが最後に席に着く事になった。食事は和やかな雰囲気で料理もまた美味しく、それぞれ今日の成果について意見を交わしておっさんも違和感なく話に混ざっている。本当に領主なのかと疑いたくなるようなフランクさを発揮しているおっさんにボクは態度を正して声を掛ける。


「ペインゴッズ辺境伯、昨日の話ですがボク達申し出を受ける事にします」

「おおそうか、受けてくれるか!なぁに、大船に乗ったつもりでワシに任せてくれ。領民を救ってもらった報酬にしては釣り合うかどうかはわからんがワシの名にかけて約束は果たすと宣言しよう。それと会話はこれまで通りで良いぞ」

「じゃ、遠慮なく。おっさん、領民がどうとか以前にボク達は冒険者として依頼をこなしただけだよ。それにボク達の方こそ世話になる身なんだからそこまでされるのは恐縮だよ」

「はっはっは、相変わらずその辺りは不思議と謙虚じゃのう。なに、遠慮する事はない。おぬしらが領地の安全を守ってくれたことは事実じゃし、待遇についてもこの国の安全にかかわる問題なのじゃし逆に丁重に扱わなければ陛下の威信にも関わるからのう!」

「しかし本当にいいのですか?私達の話はお世辞にもまともな内容とは考えられないような夢物語の様な話ですよ?貴方はそれでも私達の話を信じると?」


 ペインゴッズのおっさんの返答にチグサが聞き返す。ボク自身がもしおっさんの立場であったなら、一笑に伏せるか世迷い事と判断してしかるべき話の内容だったのだ。いくらおっさんと言えど、こんな話を国王に報告して協力を仰ごうなどその立場すら危ういものとしかねないはずだ。


「そりゃぁ確かに狐につままれたかのような話しである事には相違ない。じゃがな、幾つかの状況はおぬしらが言っていた現象が要因であるとも考えられるし、可能性が1でもあるのであれば領民の為にも、そして国の為にもその可能性を潰すわけにはいかぬ。それにな……なによりもワシはそこのセラを信じたいのかもしれぬ」

「なーんか随分と買われてんなぁうちのセラは。狐につままれたどころか狐獣人だぜ?身内の俺がこう言うのもなんだが、セラだけじゃなく俺も他のやつも生きる為なら……仲間を守る為ならなんだってする覚悟をきめてる連中の言う事でもおっさんは信じるって言うのか?」

「確かに。全てを話してはおらぬかもしれぬ。だがのう、こと今回に限ってはそれならおぬしらが得る益に割りに合わぬじゃろう。ワシを騙したところで国王陛下の御前で嘘を申そうものなら普通に罪に問われかねん問題じゃ。場合によらなくともそのような事態に転じた場合国内はおろか周辺国家にまで捕縛要請が出されおぬしらの未来は潰えると断言しても良い。そこまで考えが至っていなかったにせよ、今この話を聞いてもおぬしらの表情に焦りと言ったものが見られぬ以上セラが話してくれた内容に嘘偽りがないと判断してもいいのではないか?」

「ッへ。やっぱおっさん話が通じるな。ま、場合によっちゃ俺達もセラも嘘も方便も駆使はするけど通すべき筋ってのは通す主義でさ、たった数日での付き合いでもおっさんの人となりを知っちまった以上誠意には誠意で応えるって決めたんだよ。だから嘘はいっちゃいねぇ。信じてくれてありがとうな」


 言い方はややぶっきらぼうだけどケントは言い終えると同時に起立し、おっさんに対して頭を下げた。ケントに続いて他のメンバーも同様に頭を下げたのを見ておっさんは朗らかな笑みを浮かべた。


「良い仲間に恵まれておるのぅおぬしは……」

「でしょ?欲しがっても上げないよ?」

「ふふ。人様の物を奪おうなどとは思わぬよ。さて、ではこの後は王都行きについての話し合いと開拓村についての対応策についての話し合いといこうか」




 斯くしてボク達の王都行きは決定し、おっさんの計らいによって開拓村についての現状についての情報共有と対応策についての協議を行い、後程冒険者ギルドを通じての支援と公的な支援の二流を基軸とした内容が決められ、王都行きについての従士としての扱いの説明と日程などが決められた。








エスメダさんについて。


【名 】エスメダ・コルトレッグ

【年齢】29歳

【種族】虎獣人(ティガーン)

【魔法適正】水属性 


アートゥラ辺境伯領の領主付き内政官を務める才女。

戦闘系クラスに就く事が多い虎獣人の中でも文官に志願した変わり者。

幼少期に住んでいた集落がモンスターの群れに襲われた際、ハルキニア王国騎士団の一隊を率いていたペインゴッズの活躍によって命を救われた経験がある。このことが原因で王国へと仕官する事となった。

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