【 Ep.2-025 休息日 】
ブックマークそろそろ3桁行きそうです(*ノωノ)ありがとうございます。
――その日の夜の冒険者ギルド前はいつもと違った光景が広がっていた。
日が暮れてから村の北口より二度に分けて護衛を引き連れた荷馬車隊が通過し、ギルド前へと到着した馬車はギルド横の厩舎の方へとまわされて大量の物資を荷下ろししていた。
ギルド前にはその荷馬車隊を護衛してきた複数のパーティがたむろし、その中に冒険者ギルドのギルド長まで混ざって皆一様に険しい顔つきをしていると言う事態に、元プレイヤーを含めた多くの冒険者達の興味を引いた。
先発隊である荷馬車四台と護衛についた二つのパーティであるトリガーと奔る風の到着の知らせに一先ず安堵したカサネではあったが、続いて到着した後発隊の護衛の中にセラを含めた五人の天兎メンバーの姿は無かった。
後発隊を率いていたベネデクトからナイトハウンドの相手をする為にセラが一人残り、その後もう一人がセラの援護に向かった後、合流した先発隊を護衛していたメンバー三人が更に救援に向かったとの報告を受け、いてもたってもいられずギルド長室から飛び出てきたのだ。
――険しい表情を浮かべながらカサネは思考する。
本来の設定ではナイトハウンドはベタンの森のかなり奥に配置されていて、ソロプレイの限界を知らしめるために設計されたモンスターである。つまりソロで相手にして簡単に勝てる様には作られていない。この事実は私自身も社内αテストの際相手にして嫌というほど身に染みている。
このモンスターを通してパーティプレイの重要さと連携力を身をもって教えるために他のモンスターとは一線を画すデザインをされたモンスターなのに、それを仲間が救援に向かったとは言え短時間で一人で相手をし、更に増援の三名が着くまでは二人で相手をするとなると無事で済むとは思えない……。
「なぁカサネさん。今はアイツらを信じて待とうや。それにほら、見て見ろよ。あの連中セラ達が帰ってくるって疑ってねぇ顔してやがるだろ。全く……一体どこにそんな自信があるのかねぇ。」
ふらりと隣に立ったフロントラインのベックさんにそう言われ、先に戻ってきた天兎メンバーの面々の顔を見ると、確かに彼が言うように真っすぐ村の北口を見つめて彼らが帰ってくるのを信じて疑わない表情をしていた。
「ギルド長、後少しで荷下ろしが完了します。馬車は厩舎の方へ回しますが、降ろした物資の確認作業はすぐなさいますか?」
「あ、あぁ頼めますか?」
「はい、ではすぐに手配しておきます。」
ギルド職員のリントに声を掛けられ意識を戻す。
(この子多くいる職員の中でもとてもよく働いてくれる子で、私としては非常に助かる存在なのよね……。いつか私も旅に出る時はこの子の様な才能ある子に後を任せたいものね。)
陽は既に落ちて久しく、村には魔導灯がやわらかな光を放ち通りには未だ眠らぬ冒険者達が行き交っている。時間帯で言えば夕食時のピークを過ぎたあたりで宿へ帰る者、二件目に梯子する者など様々だ。そんな村の北口付近に僅かにどよめきが発生した。
その僅かなどよめきに反応したのは天兎のシキだった。シキは盛んに鼻と耳を動かしてから北口の方へと駆けて行き、彼に釣られて他の天兎メンバーも同様に北口へと駆けていく。
彼らが駆けていって少しすると彼らに囲まれる形で戻ってきていなかったケント、リツ、チグサ、クロノスレイの姿が見えた。だがセラの姿が見つからない。
まさかという気持ちを落ち着かせ、ぼんやりと照らされる灯りに目を凝らすとどうやらセラはケントに背負われているのが確認でき、その後ろに巨大な黒い塊を担いだチグサの姿が目立つ。
彼らとすれ違った冒険者や村人たちは一様にその黒い塊に目を向けると悲鳴を上げるか固まるという反応を見せ、何かとんでもないものを持ち込んだのではないかという疑念がカサネをはじめとした帰りを待っていた面々に宿った。そしてケントに背負われたセラが一切動いていない事がより一層事態が良くない結果になってしまったのではと一同が不安に思った。
「セラさん!!」
呆然と天兎一行を見つめる集団の中から飛び出たのは、さっきまでカサネと手続きについてやり取りしていた冒険者ギルド職員のリントだった。
突如飛び出したリントに他の面々も虚を突かれたものの、それぞれゆっくりではあるが天兎メンバーに駆け寄っていく。その中でも恐る恐る声をかけたのはフロントラインのベックだ。
「お、おいケント……無事なのか?」
「大丈夫なんですか?セラさん!!」
「まさか……。」
ベックに続いて被り気味にリントがケントに詰め寄り、奔る風のバランテも最悪の事態が起きたのではと声を漏らした。
「あー……。いや、みんなそんな焦らなくても大丈夫だって。ちょっと静かにしてみ?」
詰め寄る一団にやや困り顔を見せながらケントは口に人差し指を当て静かにしろというので一同は素直に静かにしてみると、微かにスゥスゥという寝息が聞こえ、セラの背中が小さく動いているのが確認できた。
「寝て……る?」
「寝てます……ね……。」
「え……?え?!えぇぇぇ……。」
それぞれキョトンとした顔になり、リントに至っては張っていた糸が切れたかのように脱力してヘナヘナと地面に座り込む始末だ。
「そ、寝てる。回復魔法で傷自体は癒せたんだけどな。疲労までは回復できないからこうなってる。……まぁ体調が戻り切っていない状態でかなり無理したみたいでさ。これはセラに頼り過ぎた俺達の責任だ。」
「いえ、責任で言えばこの護衛任務を依頼した私にもその責があります。それについては後程……一先ず無事な様で安心しました。ところで……チグサさんが背負ってるその黒い塊は一体?」
「あぁ、コレですか?少しスペース開けて下さい。はい、それくらいで大丈夫です。では少し失礼しまして……よっと。」
ドサリと地面に降ろされた黒い塊が本来の姿に近い状態でその姿を露わにすると、周囲からどよめきと悲鳴が上がった。
「これは……ナイトハウンドですね?」
「はい。折角倒したので討伐証明にもなるかと思いまして。」
「確かに討伐証明としては十分ですね……。それの処理も含め兎に角、まずは皆さん依頼達成の手続きを済ませましょう。」
開拓村の食糧危機を救うため、危険な時間帯となる日暮れからのベタンの森の街道を強行突破する荷馬車隊の護衛任務は斯くして全員生存という結果で成功した。
*****
――翌日。転移4日目となる今日、天兎の面々は休息日とする事にしていた。理由はセラの体調が本調子でなかったが故、昨日の依頼遂行中のナイトハウンド戦で後少しで死ぬ事態に陥った為である。
加えて冒険者ギルドの方からも今日は指名依頼する程の案件はないという事で、休息日にする事を進められたという事も影響している。
「……起こしてくれても良かったと思うんだけど?」
「ンなこと言ったってあの状況でも寝てたのに、起こすも何もねーじゃん?」
「むーーー……。」
村に戻り、冒険者ギルド前の喧騒の中でも眠りこけていたセラは、結局その後も眼を覚ます事がなく結局目を覚ましたのは今朝の朝食の時間になってからだった。
自身のあずかり知らぬところで無防備な姿を見られたという事に羞恥心が沸き上がって何の対策も取らなかったケントに突っかかっていたのだが、ケントからすればそんな事を言われてもそこに気を回せる余裕もなかった事態だったのでどうしようもない。
「まぁまぁ。状況的に仕方なかった事ですし、今日は折角の休息日です。久しぶりにこの三人だけで村の散策にでも出てみませんか?」
「そうしようぜ?あと数日でこの村出るんだしさ、今のうちに目に焼き付けておこうぜ。」
「……はぁ。わかった、そうしよう。」
むくれた顔のセラに向けてチグサが声を掛けてケントのフォローへ回り、二人のご機嫌取りの提案にセラは乗る事にした。三人で、というのも他のメンバーはリツとクロさん、マリーとシオンは昨日の護衛でかなりの魔力消費をしており、マナポーションでキャパシティ以上の魔法量を使用した為に反動でぐったりとしている。ベネデクトはマリーの看病のついでに他の三人の看病もしている。その見た目に反してマメな男である。
シキとセトは二人で昨日の反省点を洗い出し、自主練をすると言って出ていった。恐らく近くの狩場でペアハントでもしているんじゃないだろうか。そしてモーリィはセラの白黒の聖乙女の修繕をはじめ、休息しているメンバーの装備のメンテナンスの為にまた製作施設に籠っている。
そんなわけで最も付き合いの長いこの三人で行動する事になったというわけだ。
昼も近い時間ではあるが三人は村の南、初期開始地点へ続く出口へと向かっていた。村の南口の外は現在大規模な拡張工事と農地の開墾作業が進められ、戦闘を不得手とする元プレイヤー達の働き口として人手を送り込まれている。
加えてその開発に関する必要資材は冒険者ギルド発注の依頼としてギルドに提示されており、ある程度の戦闘も熟せる冒険者達の食い扶持として一役買っている。俗な言葉で言えば公共事業に近い形の仕事にありつく事で開拓村の冒険者達は生活できている。
「つい三日くらい前にはここまで大規模な開発はされてなかったって言うのに、すっげぇなこの光景。」
「ええ、そうですね。食糧自給率を上げる為にも農地の開墾は避けては通れないでしょうし、検証期間が終わった後にこの村に残って過ごすプレイヤーも居るでしょうから必要な事業ではありますね。」
「そうだね。でもこんな風に仕事を回せるのもこの村の施政者が冒険者ギルドだってのが大きいだろうね。」
「あーそう言えばこの村の代表って冒険者ギルド……そのトップのカサネさんがそうなんだっけ?俺だったらその仕事量想像するだけでぶっ倒れそうだわー。」
「この開拓村が拓かれた理由があのスィーダ平原奥のキラーアントの巣の奥にあるというダンジョン"ヴァイラス蟲宮"攻略の基点にする為らしいですからね。そう言った経緯からすると行政のトップが冒険者ギルドであるというのも納得は出来ますね。」
「一応領主と契約を交わした上でその立場になっているみたいだけどね。カサネさんぼやいてたよ、現実よりも仕事量が多くて大変だって。」
開拓村南部の開発エリアを見て回り開拓村の成り立ちについて話しを進めていく。三人が話すようにこの開拓村の成り立ちにはハルキニア王国の誇る三大ダンジョンが一つ"ヴァイラス蟲宮"が大きく関わっている。
この開拓村ができるまでは"ヴァイラス蟲宮"の入口が存在するキラーアントの巣までのアクセスが非常に悪く、攻略難易度を上げる原因となっていた。その為ベースキャンプとして利用されていたこの土地に拠点となる村を開拓する計画が持ち上がり、領主が主体となり国と冒険者ギルドの協力を得て開拓村が拓かれる事になったのだ。
「さて、このあたりでいいんじゃね?」
「そうですね、この辺りで良さそうです。」
「じゃーベスちゃんからもらったお弁当食べよう!」
セラ達三人は小川の傍にそびえる大樹の陰に腰を下ろし、宿屋の看板娘であるベスちゃんが持たせてくれたお弁当の包みを広げた。因みにこの大樹、セラがログイン後にアバターでの動作チェックを行いなんだかんだで勧誘の為に囲まれた場所でもある。
「あ~やっぱりうめぇなぁこのサンドイッチ。」
「この世界での調味料と元居た世界での調味料との違いが分かれば私も料理に手を付けたいと思うんですけどね。」
「文献じゃ違いが分かんないもんねー。これから旅をしていく先でさ、そういうのも色々入手していこう。ボクは色んな本買うつもりだし、チグサは料理関係のモノ集めればいいんじゃない?」
「いいアイデアですね。そうしてみようと思います。」
「そうしろそうしろ。俺もチグサの飯食いたいしな!それにしてもあれだな、すっかりボク呼称が板についてきたなあセラ。」
「……自分でもよく分かんないんだけどさ、なんか落ち着くんだよね。まだこの身体に慣れたわけじゃないし、少し違和感もあるんだけどさ。」
「簡単に言ってしまえば性転換……ですしね。でも気付いてますかセラ?貴方自身口調も仕草も明らかに変化してきている事に。」
「え?そんなに変わってきてる?!」
「自分で気付いてなかったのかよ?自分の呼称をボクにしたのを差し引いてもこれまでのセラと比べると大分棘が落ちたというか……なぁ?」
「はい。ケントが言うように少し丸くなったというか……性別が変わった影響が大きいんだとは思いますが。」
「ん~そんな自覚ないんだけどなぁ。」
昼食を食べながら三人は主にセラの身に起きた変化について語らう。二人の言うようにTSしてからのセラは、日を追う毎に二人が昔から知っている存在とは別のセラに変化していっている。当の本人は無自覚ながら、10代の頃よりオフを経てリアルでも親友になったケントとチグサであるからこそ、その僅かな変化に気付く事が出来たと言える。他のメンバーはロールプレイの一環か、そもそもそこまで気付いていないというのが実情だ。
「実際さぁ、女の身体になってどうよ?」
「どうよって言われてもねぇ。とりあえず今言える事と言ったら生理はヤバイって事かな……。」
「あー……。折角の機会なんで聞いておきたいのですが、元男性としての経験と合わせるとどの痛みに一番近いですか?」
「それ俺も気になってた!どうなんだあれ?」
「とんでもなくデリケートな話題ストレートに聞くよね二人とも……まぁいいんだけどさ。そうだなぁ……多分一番似てる痛みはさ、タマを強打した時の鈍痛がず~~~っと臍の下あたりで響いているって感じが一番近いんじゃないかな。」
「「…………。」」
二人は思っていた中で最も気になっていたデリケートな質問をする。三人の関係性が親友でなければ大問題となっている話題である。セラの回答に二人は思わず開いていた股をぎゅっと閉め、遠い過去に経験した痛みを想起して冷や汗をかいた。
「ボクの変化はとりあえずなんとなくわかったけどさ、それならチグサだって似た様な感じになってるの自分で気付いてる?」
「私がですか……?」
「そう。いつもだったらこの三人でいる時は素の口調出たりするのにこっちに来てからもうずっとその調子だよね。いつもの"完璧なる執事"のまま。」
「なら俺は?」
「ケントはいつもと変わんないかな。」
「そうか……。変わんないか、俺……。」
セラの変化だけではなく、チグサにもその変化は小さいながらも出ていた。だがケントにはその兆候はない。この三人の付き合いは既に二桁の年数にも及んでいて、リアルでの仕草やキャラクターメイクの傾向やスキル選択の傾向等勝手知ったるなんとやらである。
「改めて言われてみると確かに自分が気付かなっただけで思い当たる節は幾つかありますね……。いえ、私だけじゃなく他のメンバーもですが。」
「で、ケントだけがいつも通りだとするとさ、これまでの情報を並べた上で推察するとボク達の魂というか性格みたいなものって、こっちの世界だとこの身体に大きく作用されてるって事じゃない?」
「そう言われると確かに腑に落ちる気がしますね。」
「つまりアレか?俺が変わってない理由って、キャラクターメイキングを現実世界の俺自身をスキャンして反映したアバターだからって事か?」
「確証はないけど、そんな感じがするってだけ。ボクとしては荒ぶってた頃のチグサも捨て難いと思うんだけどね。」
「人の黒歴史を掘り起こすのは感心しませんね……セラ?しかしまぁ……この世界に転移したのも丁度良かったのかもしれませんね。」
「……親父さんの関係か?」
「ええ。ダミーの事務所の一つが突き止められました。あのままだと遅かれ早かれあの世界に引き摺り戻されかねませんでしたから。」
「それがチグサの戻りたくない理由ってわけね……。なんとなぁくその辺りが理由だろうとは思ってたけどさ。」
付き合いの長いこの三人だが、チグサはセラとケントにも自身の職業そのものは教えていないが親の事は知らせている。その親の職業が問題であり、チグサはその影響で幼少期よりまともに友人と呼べるものを作れた試しがなかった。それ故にチグサは自身の親を嫌悪し忌避し、半ば憎しみにも似た感情を抱きながら成人前に親より離れて暮らす様になり、連れ戻そうとする親の魔手から逃げ続けていた。
セラやケントとは一人暮らしを始める以前に出会い、紆余曲折を経て三人は親友とも言える間柄になるが、それでチグサの親の職業の問題が解決されるわけでもなかった。だがチグサはセラが既に両親は亡くなって一人暮らしをしている事を知ると、自身も独り立ちして暮らしていく事を心に誓い親との決別を図った。
一人暮らしを始めてから高校卒業までは家を把握されていたチグサではあったが、卒業式当日には既に手配していた別の住居へと引越し、以降数ヶ月に渡って転々と引越しを繰り返して親の追跡を途絶えさせ、一人で食っていける程度の慎ましい生活を送っていた。
そうまでしてチグサが親と決別した理由が、所謂"任侠"の世界の住人であった為である。
「そう考えたら俺なんて気楽なもんだよなぁ。二人とはレベルが違うっていうかさ。」
「別にいいんじゃないの。ケントはこっちでケントにしか出来ない事やればいいじゃん。」
「全くその通りですね。人それぞれ取り囲む環境は違いますし、そこに優劣をつけるというのも変な話ですよ。」
「……ありがとな。」
「礼を言われるまでもないよ。腐れ縁だしね。」
「お互い様ってやつですよ。」
――川のせせらぎが三人の時間と共に流れていく。
*****
三人が村の中へ戻ってきたのは夕刻に近い時間帯だった。それまで先程の小川付近で即席の釣竿を作って糸を垂らしながらこれまであった事であの時はどうだったか、アイツは強かったなど思い出話に花を咲かせていたのだ。
三人はとりあえず明日の予定でも確認しようと冒険者ギルドへ立ち寄った。最早それが日課であるかのように。
大分慣れたが周りの冒険者達からの視線も相変わらず刺さるが、昨日二人がついでに持って帰ってきたナイトハウンドの話題がちらほらと聞こえるのでそのせいもあるのだろう。
依頼提示版に軽く目を通すが、ここ数日で見た依頼ばかりで特段変わった物はない。ただ、傾向としては、村の開拓作業への従事の案内や、食糧自給に関わる採集依頼や納品依頼が多めに提示されている。
天兎が村の周りの狩場を調査した事もあり、アルバの森やベタンの森、スィーダ平原関係の依頼もあるが、それらには推奨パーティ人数や出現モンスターの対策や危険エリアなどのメモも添付されており、初級の冒険者に対してのフォローがかなり充実している印象を受けた。
とは言え今日は依頼を受けに来たわけではない。受付で手続きだけ済ませ、三階の会議室へ顔を出すと、戦場の看護師のホイミとそのメンバー数名、黄金の交易路のサブリーダーのベンジャミンとレジャー、そしてトリガーの面々が居た。
「あらぁセラさん、お身体の調子はいいのかしら~?」
「うん、大丈夫だよ。ところで、みんなはここで何を?」
「それについては私から説明しましょう。まずは先日は私どものメンバーが乗り込んでいた荷馬車隊の護衛をして頂きありがとうございます。そして今日はその件に関連して私どもの代表、マルコの率いる荷馬車隊が到着します。時間までは此方の方々と卸先や配分の調整作業をしていて目処が立ったたので此方へ戻り、時間的にそろそろ到着する頃合いなのでここで待たせて頂いていたのです。」
「私達はそれに合わせて一部が此方に回されたって所かしらね。護衛は一応領都から付いてるみたいですけど。トリガーの皆さんはベックさんの紹介で今日からお手伝いに加わってもらう事になったので色々と説明を受けてらしたみたいです。」
「改めてよろしくお願いします。しかしその姿は一体……?」
ホイミさんに声を掛けられ、流れで今日の出来事を教えてもらった。そう言えば荷馬車隊の本隊もあるんだったなぁと言われて思い出すくらいまで頭から抜けていた。彼らが到着すれば当座の食糧問題は解決するかは分からないが改善はされるだろう。物資の配給や振り分け、卸先等は開拓村に残留した黄金の交易路メンバーが需要や要望を取りまとめ、ベンジャミンがギルド職員と話し合って既に決めているようだ。
トリガーについてはベックの推薦でこの欺瞞作戦に参加するという事らしいが、それはつまり彼らもまだ大多数の元プレイヤー達が辿り着いていない答えを知ったという事だろう。生真面目な彼らがその事実をどう受け止めたかは分からないが、簡単に口を滑らすような感じには見えない。
「ん?ああこれ。昨日の戦闘で来てた鎧一部損傷しちゃったから今メンテナンスしてるんだよね。だから今日は普段着?って言えるのかなこれ。でも一応武器はインベントリ収納状態にして持ってるよ。」
そう答えながら手に森羅晩鐘を出現させ、直ぐにインベントリへ収納して仕舞う。
「なるほど。……しかしこう改めてその恰好を見ていると、この村でトップに位置する戦闘系ファミーリアのマスターだとは到底思えない容姿をしていますね。」
「昔っからこういうキャラメイクだったから俺達は慣れてるけど、やっぱ初見だとそう感じるかぁ。」
「ほんとそのキャラクターメイクの拘り方は執念めいたものを感じますねぇ。あの時作ったアバターが自分自身になるのが分かってれば、私ももう少し拘ってキャラクターメイキングするべきでしたね~。」
部屋の中にいる面々と談笑していると、ゴォーン、ゴォーンと教会のものではない鐘の音が響いてきた。音がしている方向が村の北側、恐らく話に出ていたマルコ達の荷馬車隊が到着したのだろう。
「どうやら陽が落ちる前に到着したようです。私どもは代表と荷降ろし等の手配があるので先に失礼しますね。」
「私達は要救護者が居ないか見てきますね。」
戦場の看護師と黄金の交易路の面々が階下へ降りていき、会議室にはボクら三人とトリガーが残った。昨日初顔合わせは済ませたというのにトリガーの面々は緊張しているのか全員無言で部屋の中は先程までとは打って変わってシーンとしている。
自分では話しかけづらい雰囲気を出している気はないんだけど、ジト目が悪いのだろうか?素の表情はどちかと言えば愛想がいいとは言えないかもしれないけど、かわいいはずなんだけどなぁ……。
「あっ、あの……今お時間あるのでしたら少しお話しを聞かせてもらえませんか?」
「んー?何か聞きたい事でもあるの?」
二人に向けて表情の練習をしていると、意を決したのか恐る恐るトッシュが声を掛けてきた。どうやら単純に緊張して声を掛けられなかったってだけっぽい。
「今更聞くのも失礼だとは思うのですが……貴方があのラインアークで名を馳せた天兎の"悪魔の帝王"セラさんなんですよね?」
「ちょっとトッシュ!」
「あ、すっ、すいません!!!」
「いや、自分でもふざけて名乗ってたくらいだから別にそれくらいで怒んないよ。」
恐る恐るボクが悪名高い"悪魔の帝王"のセラなのか確認するトッシュに、トリガーのメンバーが思わず口を挟んで注意するけど別にこの程度で怒るとかはない。
自分で口にしたように、この二つ名で呼ばれる様になっていつしか自分自身でもふざけながらそう名乗る事もあったのだ。それにその二つ名で呼ばれる事そのものは嫌でも何でもない。
「それで、その質問に答えるとボクがその"悪魔の帝王"のセラ本人で間違いないよ。」
「あ、はい。続けて失礼だとは思うんですが、どうしてそんな二つ名が付けられたんですか?SNSや某掲示板群に書かれていた様な事が原因なんですか?」
「んー、掲示板とかの書き込みはさ、半分は合ってるけど半分は嘘だよ。あの手の物見ていたならボクのブログやSNSもチェックしていたよね?」
「はい。気になって色々見ていました。」
「例えばさ、よく話題に上がっていた"古月虐殺事件"だって某掲示板だと会議中にキレたボクがギルドAncientMoonのメンバーをオールキルし始めたって書かれていたけどさ、あれ何でそうなったか知ってる?」
「いえ、過去ログとか調べられるところは軽く漁ってみたんですが原因そのものは分からなかったです。」
「まぁボクが自身で発信したのも結構昔だし見つからないか。……あれの原因はね――」
――"古月虐殺事件"。それはラインアーク初期の時代、「高天原」連合が成立する以前の話だ。
当時の天兎は「月夜見」というギルド連合に属していたのだが、そこには"AncientMoon"、"BlueMoon"、”Lunatica"、"クレセント"というギルドも所属していて、対人戦コンテンツを中心に同盟関係にあった。
月夜見連合はそれなりの規模と強さを誇ってはいたのだが、とある敵対連合の一つ「鬼神會」と対峙した時に限ってはその動きが完全に読まれ、8割強の敗北率という燦々たる状態に陥っていた。何度対策をとっても都度対策を的確に打たれ、連合内には不穏な空気が満ちていた。
明らかに内通者がいる。その線が濃厚になった為、天兎メンバーだけで二か月に渡って様々な調査を行った結果、"AncientMoon"のサブマスターが敵と内通しており、一部メンバーは"鬼神會"に所属するギルド"クレイジーピエロ"のサブキャラクターであるという実態である事が判明した。
確たる証拠を揃えて開かれた連合全体会議の場において、"AncientMoon"のマスターを含めたメンバーにその証拠を突き付けたところ、AncientMoonのギルドマスターは女性である事を匂わせていたサブマスターを庇い、見苦しい擁護を展開。その上開き直りまでしたので他のギルドの面々も怒り心頭一触即発の空気が広がった。多くの仲間を売ったその行為についての反省の弁もなく、またマスターとサブマスターの金魚の糞の様なメンバーまで二人に同調する始末。
流石にそこまでの状態になった場は"AncientMoon"VS他ギルドという空気になったが、ボクは彼ら二名に同調しない者はこの場で脱退をするのであれば彼らの仲間とは認定しないし攻撃は一切加えないと条件を出し他の三ギルドもそれには同意した事で"AncientMoon"側から5名の離脱者が出た。残った"AncientMoon"総勢42名がその時点で排除対象となり"粛清"という名の制裁が開始された。
この月夜見連合内部の抗争は会議終了後から三か月の間続き、狩場や戦場、レイド戦の場など全てのエリアにおいて徹底排除され、"AncientMoon"側から7名の脱退者が発生し、4ギルドに其々誠心誠意の謝罪をする事で赦され、ギルマスとサブマスを含んだ残り35名は掲示板工作などを行いながら抵抗するも、サブマスターが内通していた敵対連合の人物Aとデキた事でギルドマスターは心が折れて引退。ギルマスの引退に引き摺られる様にして12名が引退、14名は他のギルドへ移籍しようと試みるも、ケジメを付けていなかった為移籍先でも継続して排除対象とされ結局引退。残ったサブマスを除いた7名は内通先の"鬼神會"所属のギルド"クレイジーピエロ"のサブキャラであり、サブマスと一緒に"クレイジーピエロ"に回収された。
この内通先の"鬼神會"内でもこの事件は問題となり、"鬼神會"内でも意見が割れたのか連合は瓦解。連合崩壊の原因となった"クレイジーピエロ"は元"鬼神會"所属の他ギルドからも排除対象に指定され、"月夜見"と元”鬼神會"双方から排除対象とされた彼らはすべからく悲惨な結末を迎えた。
「――っていうのがあの事件の"ボクら"から見た真相だよ。」
「なんていうか……他の事件もそういう感じなのですか?」
「大体似た様なパターンだよ?ボク達だって無暗矢鱈に敵を作りたいわけじゃないし、やるにはやるだけの"理由"はちゃんとあるんだよ。その判断基準が君達と同じかどうかは別だけどね。仲間を馬鹿にされればそれだけで怒る時もあるし、煽られてもスルーする時だってあるよ。」
「それは……でも、確かに私も仲間を馬鹿にされれば怒りますね。」
「色んな背びれ尾びれ付いた情報目にしたと思うけどさ、セラは割と仲間に対しては情は厚いんだぜ?ま、キレたらヤバイってのは否定できないけどな!」
「キャラクターは愛らしいのにやる事が苛烈ですからね……。それでも私達はセラを信頼していますし頼りにしています。この世界に囚われた今もそれは変わりません。」
――その後もボク達の話にトッシュをはじめとしたトリガーの面々は時に頷いたり顔を見合わせたり、真剣な表情で聞き入って、不思議に思った点を質問してきて段々と部屋の中の空気は和らいだものになっていた。
「今日はありがとうございました。色々知らなかった事件の裏側とか聞く事が出来て、自分が勘違いしてた事やマスターとしての心構えとか知れて為になりました。」
「んや~礼を言われる程の事じゃないからいいよ。ボクも昔の事思い出せたりして楽しかったしね。」
「そうそう、気にする事ねえって。セラも俺達もこうやってだべるの嫌いじゃないしさ。」
「意外に思うでしょうが、割と喋りたがりなんですよ。間違ってる事は正さずにはいられないと言いますか、その辺の融通が効かない辺りは頑固だと思いますけどね。」
「今までも聞かれれば答えていたよ?情報の発信もしていたし、それでも思い込み激しいのとかは相手しないようにはしていたけどさ。」
「そうですね……。実際こうしてお話しするまで自分達が如何に偏った情報で判断してセラさん達を見ていたのか……お恥ずかしい限りです。自分もメンバーに誇ってもらえるような存在になれるよう精進します。」
「うん、頑張ってね。応援してるよ。そして生き抜こう、この世界で。」
座ってた椅子から勢い良く降りたセラから自身に差し出された右手をトッシュは僅かの間見つめた後、セラの顔を見て自身も右手を差し出し握手を交わした。
戦闘回の後は少しゆる~いお話に。
痛みのくだりはいつだったか嫁様から言われた台詞をベースに書いただけで根拠はありません。
トッシュ達トリガーのメンバー達も、カサネの口よりセラの推察から異世界転移した可能性が高いという事を聞いてその認識を持っています。




