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【 Ep.2-024 夜の狩人 】

累計PV3万突破ありがとうございます。



「私、行きます……このままセラさんを一人で置いていくなんてできません!」


 後ろを走る馬車の御者台に乗り、自身を支援しているクロさんがこれまで見せた事のないような表情で、静かに、それでいて力強く言葉を発した。


「そうだな、幾らあいつが強くても一人にさせるなんてできねぇよな。俺の支援はどうにかするからクロさんはセラの支援へ戻ってくれ。……あいつを頼む!」


 深く頷いた後クロさんは御者台から降りて後方へ駆けていき、直ぐに森の暗闇の中へとその姿を消した。


(……頼んだぜ、クロさん。)


「マリー!シオンと位置を入れ替わってくれ!セラが抜けた分可能な限り後方をカバーできる位置に移動だ。シオン、すまねぇが俺の分の支援も頼む!」

「おっけー!そっちに飛び移るからマリ姐少し手伝って!」

「はいよー、うちもそっちに移るから旦那の事任せるで。」


 走行する馬車の強固な幌の上をシオンとマリーがそれぞれセラとクロノスレイが抜けた穴を埋める為にアクロバティックに移動する。


「二人減ったが今はこのまま突き進むしかねえ。少しきつい時間が続くと思うが、先発隊はそろそろ森を抜けてこっちに増援に向かってきているはずだ。合流まで頼むぞみんな!」

「あんたも気合い入れやぁ!」「はい!」「支援の手は抜かないわ!」「っす!」


 ベネデクトの檄に其々応え、後発組の荷馬車隊は襲い掛かるモンスター達を薙ぎ倒しながらベタンの森の中を突っ切る街道を突き進み、微かな灯りを放つ次の聖火灯籠へと駆け抜けていく。





*****




 ベタンの森深部の中間地点で先発組の荷馬車隊と護衛のパーティ奔る風と天兎の一部メンバーと合流後、俺達は襲い掛かってくるモンスターどもを難なく排除しながら順調に街道を進行し続けた。

 予定通り残りの聖火灯籠も少なくなったポイントでパーティ"トリガー"と合流して森の突破を目指す。先発組である俺達は人数的にはかなり余裕のある編成にはなっているが、襲い掛かってくるモンスターの数は恐らく後発組に比べると多いだろう。

 そもそも先発組に当てる人数を増やしたのも後発組に襲い掛かるであろうモンスターの数を減らす為なんだから当然と言えば当然だが、自分達を囮に使いながら寄ってくる敵を半殺しにして他のモンスターへの餌代わりにするなんて言う突拍子もない考えを作戦にして実行するとか俺には思いつかなかった。これもあいつ等の戦ってきたゲームでの経験のうちなんだろうか……興味が尽きねぇ。


 それにしてもだ、勝手知ったる俺達フロントラインのメンバーは力の抜きどころを弁えて戦っているのでこのままでも大丈夫そうだが、トリガーはリーダーのトッシュを筆頭に真面目が過ぎるというような戦い方をしている。簡単に言えば肩に力が入り過ぎている。

 襲い掛かってくるモンスターの数や、初の複数パーティでの任務となれば緊張するのも仕方のない所だが、あの調子だと疲れが後から凝縮してやってくるぞ。


「トッシュ、もう少し肩の力を抜け。緊張感を持って事に当たるのは良い事だがそこまでガチガチになってても怪我をするぞ。」

「はい。すいません、ベックさん!」

「ベックの言う通り、そんなに緊張する事はない。俺達奔る風も含めてこの人数だ、例えミスをしても互いにフォローできるんだ、心配ないさ。」

「ありがとうございます、バランテさん。」


 最後の聖火灯籠で小休憩のついでにトッシュに話しかけると、パーティ"奔る風"のリーダーバランテもトッシュのフォローに回ってくれた。俺みたいな厳つい年上のおっさんが言うよりかは年代の近そうな彼からのフォローの方が受け入れやすいかもしれない。

 こうした小休憩となるとタバコが吸いたい気もするが生憎この世界に来てからそれに似た様な物をまだ見ていない。大きな都市にでも出ればあるのかもしれねぇが、折角この身体で転移したってんなら体に害のある事はやめた方が良いのかもしれねぇ。


「みんなそのままで聞いてくれ。ここを出てからの行動の再確認だ。この開拓村に一番近い聖火灯籠を出た後、スパイラルオークを中心とした暗いエリアを抜けたらそこからはトリガーと奔る風だけで村まで先発組の荷馬車隊を護衛していってくれ。俺達天兎とフロントラインは後発組の増援に向かう為、反転して再度森の奥へと戻る。」

「了解した。」

「此方も大丈夫です。」


 俺がくだらねぇ思考に浸っていると、天兎のケントがここからの流れを再確認という体で指示を出していた。コイツはコイツであの悪魔の帝王セラと一番長くつるんでいるとだけあって、見た目から受ける印象からは想像ができんほど出来る奴だ。―いや、こいつだけじゃねぇ。先発組に割り振られているチグサという男や、リツと名乗っているエルフも戦闘中、戦闘外にかかわらず全体をよく見て動いている。現に今も全員のバフ状態を確認して効果が切れそうなやつにはかけなおしている。

 それとモーリィというドワーフ、こいつもこいつで曲者だ。てめぇで俺は戦闘職取ってねぇなんて言いながら、最後尾の荷台に乗り込んだかと思えば荷台後方に取付式のボウガンなんぞ設置して、ケツから迫るモンスターどもは大概そいつの餌食になっていた。全く笑えねぇぜ……。

 なんにしても頭があれ程のネームバリューを持ってる連中だ、構成するメンバーもそれに連なるに相応しい手練ればっかりって事だな。羨ましい限りだ。


「ベック!そろそろ出発するがそっちはいけるか?」

「ん?あぁ、大丈夫だ。早い所このくそったれな仕事済ませて一杯ヤろうぜ。」

「お、いいねぇ。なら尚更早く終わらせねーとな!みんな、出発だ!」



 ――ケントの掛け声で再び荷馬車隊は森の中を進み始める。聖火灯籠の効果範囲であるセーフエリアから出ると同時にそれを待っていたかのようにモンスターの群れが襲い掛かってきた。


「前面の敵は俺が全てぶっ飛ばす!!遅れるなよ、みんな!」


 ケントが大盾を構えながら先頭を走り、街道上を封鎖しようとしているモンスター達に向けて突撃していく。

 モンスター達も機先を制しようとケントへ向けて攻撃を仕掛けるが、キラーアントオフィサーの頭部を利用して作られたという大盾には大した効果はなく、逆に盾そのものを武器としてその質量に速度を足した<盾突撃(シールドチャージ)>によって街道上から跳ね飛ばされていく。

 何度見てもその光景はギャグにしか見えねぇ。っと目の前にピンピンしてるジャイアントスパイダーが迫ってきた。


 ゴォォゥン! ピギュッ メキッ ミシシ…… 


「ッハァ!ここでやっておけばこの後楽になるってんならここで散々痛めつけとくに越したこたぁねえな!オラァッ!!」


 自慢の戦鎚をぶん回しながら寄ってくるモンスターどもをぶちのめしていく。俺が使ってるのは両口型の戦鎚だから剣の様には斬れねぇし、槍の様に突くって事もできねぇ。

 だがこの戦鎚の打撃力は馬鹿には出来ねぇ。攻撃部位を面で捉えて衝撃を流し込めば硬い防具があろうが中に衝撃が伝わりその部位を破壊できるってのは誇れるメリットだ。小さな敵でも動きさえ読み切れば当てて潰せる。逆に動きが素早い奴に当てるのが難しい点はデメリットだ。

 だがそんな事はチームプレイをするなら何も問題はねぇ。俺が出来ねぇ事は仲間がする。仲間が出来ねぇ事を俺がする。適材適所ってやつだ。

 的が小さい敵は他の奴に任せ、俺は比較的大型の敵を中心に相手していく。特に昆虫型のモンスターは外骨格の強度から刀剣類との相性はそれほど良くなく、俺の持つ戦鎚の方が相性がいい。

 それを分かっているのか、天兎メンバーは俺に向かってくる中で動きの比較的早い奴や小型の物を中心に相手にし、必然的に俺の方へ大物が来るように動いている。それぞれが持っている武器の特性を踏まえた動きをするなんて事は、一緒に戦うパーティメンバーでも慣れるのに時間が掛かるってのにこいつらほんとに洒落にならねえな。

 それに俺だけじゃなく他の連中にも同様に、武器を確認した上で自分で相手する敵と任せた方がいい敵を判断して動いている。結構な数のモンスターが森の中の闇から飛び出てきては襲い掛かってくるが、この動きのおかげで想像以上にスムーズに事が運んでいる。


 当日初めて顔合わせした連中も含んでいるというのに、あいつ等のおかげで其々大した怪我を負う事もなく今回の護衛のメインとなるベタンの森の暗く深いエリアを抜ける事が出来た。


「よし、こっから先は打ち合わせ通りモーリィとトリガーと奔る風だけで開拓村まで護衛してくれ。俺達はこのまま反転して後発組の援護に回る。ギルドでまた落ち合おう!」

「了解した。」

「ああ、ここからは任せてくれ。ギルドで待ってるぞ!」


 ケントが声を上げ、そのまま反転し再び暗闇が口を開けている森の街道へと進んでいく。トリガーのトッシュと奔る風のバランテもそれぞれケントに返事をよこしながら其々隊列を組みなおして開拓村の方向へと姿を消していく。

 唯一そこに混ざる天兎のモーリィと名乗るドワーフは、携行してきたボウガンのボルト切れが近く、足手纏いになるのを危惧して先に開拓村に戻る事になっていた。


「よし、俺達も遅れるな。後発組の援護に向かうぞ!」

「「「「「はい!」」」」」


 天兎メンバーに遅れる事なく俺達フロントラインも再びベタンの森の中央部に向けて駆ける。



 今まで馬車隊を護衛しながら進んできた道を、文字通りしつこく湧いてくるモンスター共を蹴散らしながら戻ると二つめの聖火灯籠のセーフエリアで後発隊の馬車隊と合流するする事が出来た。

 だがそこに天兎のリーダーであるセラの姿と幸が薄そうな女エルフの姿が見えない。


「どーいうこったよ?!セラとクロさん置いてきたのかって言うのか!?」


 いつも笑みをこぼした様な表情をしているケントが声を荒げて牛獣人(ミノス)の大男、確かベネデクトと言ったかに詰め寄っている。

 他のメンバーも駆け寄り何やら俄かに騒がしくなっていたが、直ぐに話がまとまったのかケントが此方へ向かってきた。


「すまないベックさん、うちのセラとメンバーの一人が更に奥で足止めの為にナイトハウンドと交戦しているみたいだ。フロントラインは予定通り後発隊の護衛について開拓村までお願いしたい。」

「そりゃぁ元々そのつもりだったから構わねえがお前はどうすんだ?」

「俺とチグサとリツの三人で道を更に戻って二人の救援に向かう。悪いけど時間が惜しい、後発隊のこと頼みます!」


 言うや否や、三人に移動速度上昇の強化魔法が掛けられすぐにその姿は暗い森の中の道の暗闇へと消えた。


「なぁおい、大丈夫なのか?」

「わからん……。だが、あいつがそう簡単にくたばるのは想像ができん。俺達に今できるのは依頼された仕事をこなし、あいつらが無事に帰ってくるのを待つだけだ。」


 俺からの呼び掛けにベネデクトは視線は前を向けたまま声だけで答える。他の天兎メンバーの表情も伺うが、やはり心配の表情は隠しきれてはいない。


「どちらにしろ俺達は俺達の出来る事をするしかねぇ、先陣を切るのはあんただろ?残りは後少しだ、よろしく頼む。」

「あぁ。全員準備してくれ、出発するぞ!」


 ベネデクトの掛け声で後発隊は開拓村を目指し出発した。知り合ってからの時間は短いが俺も心配ではある。だが、任された仕事を投げ出すわけにはいかない。少なくとも今も森の中で戦っているであろう本人から任された担当である以上、その期待に応えた上で帰りを待っていてやろうじゃねぇか。



 ベックは後方をチラリと向いてセラ達の事を案じると、再び前を向いて無事の再開を願うのだった。





*****




 ビュン! ザンッ!  ビュオォン! キンキンッ! 


 鋭い音がすっかり陽が落ちた森の中の街道に響く。周囲の闇に溶け込むかのように存在を薄くしつつもナイトハウンドは執拗にセラとクロノスレイに攻撃を仕掛けている。

 二人は光の生活魔法、<光源(ライト)>を使用して完全に漆黒の世界になるのを防いではいるが、その光はあまりにも頼りなく儚げである。数を出せばその分明るくはなるが、当然消費する魔力量も増えるので必要最低限の数しか出してない。

 この少ない光源の薄暗さの中、セラとクロノスレイがナイトハウンドの攻撃を捌けているのはひとえにアニール族は夜目が効くことと、エルフは森の加護による身体能力値向上効果が掛かっているおかげである。だが、凌げてはいるものの返す手札が無く、体力的にも疲労が蓄積しておりセラ達二人にとっては手詰まり感が大きい。現に体に刻まれる傷の数は時間と共に増えてきている。


(このまま救援がくるまで凌げるかは半々か。"狐火"を使いたいけどあの動きに当てるのは難しいし何か手札がないか……。)


 ビュウゥン!! ザギンッ!


 思考しているセラに向けて触手短剣が勢いよく鞭のように打ち付けられるが、手に持った森羅晩鐘を動きに合わせて振り上げて弾き返す。弾き返した自身の得物を見つめてセラは気付いた。


(……これだ!森羅晩鐘(こいつ)たしか専用固有スキルがあったはず。)


 意識を得物に傾け、ステータスウィンドウが開くか試すと幸いにもそのシステムは生きていたようで視界に半透明のアイテムステータスウィンドウが表示される。

 急いで視線を動かして必要な情報がないかを確認するとその情報はあった。


-----------------------------------------------------------------------------


 [専用固有スキル:樹々怪々]

マナを消費する事で樹で作られた槍を召喚する。この槍は使用者の意志で操作する事が可能。

消費するマナ次第で本数を増やしたり、強度を調整する事が可能。


-----------------------------------------------------------------------------


(ぶっつけ本番で使うのは気が引けるけど試さないという選択肢は無い。)


 得物を握る手に力を込め、意識して魔力を武器に流し込むイメージを起こすと僅かではあるが魔力を吸い取られていく感覚がセラを襲った。


「クロさん、悪いけどこっから先<治癒水(キュアウォーター)>は使えない。だけどそのかわりに反撃のカード見つけたよ。」

「わかりました。自分の身は自分で守れますから、出来得る限り支援をさせてもらいますね。」


 二人は軽く視線を躱して互いに頷き、襲い掛かる触手短剣を往なしながらナイトハウンドと対峙する。


 ビュン! ガン!  ビシッ! チュィン!! 


 対峙する二人の獲物が疲弊しているのに未だ抵抗する事に苛立ったナイトハウンドは攻撃の手数を増やして二人を追い込もうとするが、二人は互いの死角を埋めるように背中を合わせ、まるで踊る様にナイトハウンドの攻撃を捌いていく。


 グルォロロロロロロロ……


 二人の抵抗に更に苛立ちを募らせ、大きな予備動作で触手短剣をしならせ始めた時である――


 ドスッ! ドドスッ!!


 ギュァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!


 肉を穿つ音が3回ほど鳴り、直後不意に自身を襲った痛みにナイトハウンドが悲鳴を上げる。見ればナイトハウンドの左後ろ脚の付け根付近に三本の樹槍が突き刺さっている。

 ナイトハウンドの攻撃を凌ぎながら、相手に気取られぬ様森羅晩鐘の固有スキル"樹々怪々"により少しずつ形成された樹槍が油断していたナイトハウンドへダメージを与えたのだ。


 ゴアァァアアアアアアアアッ!!!!!!!


「うっ!!」「きゃぁっ!!!!」


 ナイトハウンドは脚に樹槍が突き刺さったまま、怒りに吼えながら触手短剣を巧みに操作し、周りの木々にアンカーを打ち込む様にして体を動かしてセラ達二人へと突撃をしかけ前脚の爪が二人を薙ぎにかかる。

 この突然の攻撃パターンの変化に二人は驚くもそれぞれ得物を前に構えて防御をするが、そのあまりにも強い前脚の薙ぎ攻撃に弾き飛ばされ地面を転がる。


「くっ……っあ!」

「うぅ……ッ!!」


 ごろごろ転がる二人に向けて再び触手短剣を伸ばして追撃を加えて止めを刺そうとするが、セラ達二人は転がされた勢いを利用してそのまま転がり続けてその魔手をギリギリで回避していく。

 先程まで頭が、腕が、脚があった場所に次々に触手短剣が刺さっては引き抜かれを繰り返す。だがそれも背に街道脇に生えた樹木が当たると同時に終わりを告げる。


「っくっそ……!」


 ザシュッ!!!


「ッ痛!!コイツ足を……!」

「セラさんっ!!!きゃっ!」


 樹を背にしたままどうにか立ち上がろうとしたセラの左足の甲をナイトハウンドの触手短剣が貫きその場に固定し、セラのカバーに入ろうと同じく身体を起こしかけたクロノスレイをもう片方の触手短剣が弾き飛ばして支援範囲外へと転がす。


 グロォロロロロロロロロロ……


 スッ…ズル… スッ…ズル… と負傷した左後ろ脚を引き摺りながらもセラへと近付き、今度こそ捕食しようとその口をグパァと不気味に開く。


「っく……う"ぁ……。」


 反撃をしようと力を込める度、貫かれた足の甲に鋭い痛みが走り踏ん張りが効かない。再び迫るナイトハウンドの開かれた口の中の二重に並び生えている剣山のような鋭い牙に息を飲む。

 せめて一矢でも報いようと痛みに耐えながら狐火を発露しようとした時、聞き慣れた声が耳に入ってきた。


「<電撃(ショックボルト)>!!!」


 その声が聞こえた瞬間、目の前の開かれた口から蒸気が吐き出され、同時に刺し貫かれた足の甲からビリビリと電撃が全身に走るがその衝撃で貫いていた触手短剣が足の甲から抜け、ナイトハウンドは全身を震わせながら後方へ跳んで距離を取った。


「大丈夫かセラっ!!!」

「無事ですか、クロさん!?」


 猛烈な速度で駆け寄りながら聞いてくる二つの影、間違いなくケントとチグサだ。二人から更に奥に見える影はリツだろう。


「この状況見た上で巻き込み上等の電撃(ショックボルト)とか……後で覚えてろよリツ。……ハァ、とりあえず、ギリギリ無事だよ。」

「此方も……何とか大丈夫です。」


 二人に返事を返しながら視線の先のナイトハウンドを睨む。近くまで寄ってきたリツに<回復(リカバー)>をかけられ、とりあえず足の甲の傷口は塞がった。


「言いたい事はあるけど今はアイツを倒すのが最優先。みんな準備はいい?」

「任せろ!」「勿論です。」「まとめて面倒みてあげるよ!」「私もまだやれます……!」


「<纏風脚(エアステップ)>!<防御強化(エンハンスドディフェンス)>!」

「<攻撃強化(エンハンスドアタック)>!<速度強化(エンハンスドスピード)>!」


 リツとクロさんの二人が呼吸を合わせて前衛三人に強化魔法(バフ)をまき、前衛の三人はそれがくる前提で既にナイトハウンドに向けて駆け出している。

 ケントを先頭にしてその後ろでセラとチグサが交差し合いながら突進を仕掛けるその様は、地上を走る流星の如きあり様だ。


 三人の突進にナイトハウンドは触手短剣を向かわせるが、その切っ先の悉くはケントの盾裁きによって弾かれ刺さる事はない。

 猛烈な勢いで迫る三人にたじろいだナイトハウンドは距離を取ろうとするが、負傷した左後ろ脚と右後ろ脚に影が絡みついて動かす事が出来ずにいた。


「<身体拘束(バインド)>!!」


 練技士(エンハンサー)弱化魔法(デバフ)である<身体拘束(バインド)>がナイトハウンドを捉えその場に縛り付ける。


 グルォ?!グラァァァアアアアッ!!!


 突然自身の身に起こった異常事態にナイトハウンドは必死にもがいて拘束を解こうとするが、クロノスレイが強い意志を込めてかけた<身体拘束(バインド)>は簡単に解く事ができない。


 グルォラララァァァァアアアアアッ!


 距離を取る事を諦めたナイトハウンドは上半身を器用に動かし、触手短剣と合わせて三人へと猛攻撃を加える。ケントの持つ大盾に触手短剣が弾かれる事を学習したナイトハウンドは大盾を回避する山なりの軌道で三人へ向かわせるが、その触手はスパっと風の刃の群れに切り裂かれボトリと落ち痛みに悲鳴を上げる。


 ルォォォオオオオオオオオオオオッ!!


「<風切弾(エアショット)>も数撃てば対応しきれないってね!」


 三人の頭上にはリツが後先考えずに矢鱈滅多に撃ち放った<風切弾(エアショット)>が無数に舞っていて、上からの攻撃は迂闊にできない状況になっている。

 

 ルアァァァアアアアアアアッ!!!!


「っらぁぁぁあああああああ!!!!シールドチャーーーーージ!!!!」


 ナイトハウンドは眼前に迫ったケントに向け必死の形相で前脚の爪を振るうが、ケントのシールドチャージによりその前脚は顔面にめり込み酷く表情が歪む。

 シールドチャージが決まる直前にケントの後ろから左側にセラが、右側にチグサがそれぞれ飛び出し、<ライトニングスラッシュ>と<高速抜刀斬>でナイトハウンドをそれぞれ切り裂いていく。

 ほぼ同じタイミングでの三種の同時攻撃を回避する事は人であっても難しく、既に負傷しているナイトハウンドが対処する事は不可能であった。


 ラインアーク時代以前よりこの三人が最も得意とする連携攻撃であるこの攻撃方法は"三ツ星の流星(メテオレ・ア・トレステーレ)"とチグサに名付けられ、本来は今回の様にケントの位置である先頭は固定されておらず、其々が入れ代わり立ち代わり常に動くため相対する敵からのターゲッティングを阻害しつつ接近する事が出来て動きが読まれないという利点があり、多くの敵対者に最も警戒され研究もされてきた戦術だ。

 正面からぶつかった場合、この戦術に対する有効な攻撃は飽和攻撃や広範囲魔法攻撃程度しかなく、セラ達を真似ようとする者も多くいたが連携の難しさから会得できた者はごく少数しかいない。


 そんな三人の最も得意とする連携攻撃をまともに受けたナイトハウンドは四肢で立つ事が出来ずその場に崩れ落ちるが、まだその命の灯は消えておらず残った一本の触手短剣で必死に活路を見出そうと足搔いていた。


「そろそろ観念しろ!<シールドスラム>!!」


 ガシュッと音が鳴り、キラーアントオフィサーの頭部を利用した大盾の隠しギミックである大顎を突き出しそのままナイトハウンドの頭部を地面に押さえつけた。


「セラ!」

「任せて!ハァァァァァアアアアアアアアアッ!!」


 ケントの呼び掛けにセラが応え、ナイトハウンドの後方で反転して勢いをつけて走り込み、地面に縫い付けられたナイトハウンドの手前で宙へと飛び上がったかと思うと、そのまま空中で森羅晩鐘の穂先を首の根元へ向けて狙いをつけ、柄舌(ランゲット)に片足を乗せると自身の体重を乗せて落下させる。


「ガストピアーーーーーーーーーーッス!!!」


 ドッ!! ズグッ!!  


 ルロォォォオオォォ……ォォ……ゴポッ………… ズズッ…… ボトッ……


 セラの体重を上乗せして落下の勢いも乗せた槍系スキルの<ガストピアース>がナイトハウンドの頸椎を直撃し、刺先(スパイク)部分は首を貫通して文字通り地面に縫い付ける形となった。

 これが致命傷となり、強靭な生命力を誇ったナイトハウンドの命の灯は消え、その体から力が抜け五体投地の状態となった。


「ハァハァ……。やーーーーーっと倒せた……。っと、ととと……。」

「よっと。大丈夫かよそんなフラフラになるまで戦ってよ。」


 柄舌(ランゲット)から飛び降り、森羅晩鐘を引き抜こうとしたところ力が入らずふらついたセラをケントが支えてフォローする。いくら回復魔法でダメージを癒したとしても精神的な疲労までは癒す事が出来ない為、見た目は負傷度合いが少なくてもセラの活動限界はギリギリだったのだ。


「リツ、そっちは大丈夫か?」

「大丈夫だよー!私はマナポーションさえ飲めば問題ないし、クロさんもセラに比べればまだマシみたいだから。」


 リツの横には少しだけふらつきながらもしっかり自立しているクロさんが居た。顔色は良いとは言えないが、リツから手渡されたマナポーションと中級回復ポーションを口に含むと血色が良くなっていくのが確認できた。


「おっけー。後は帰って合流するだけだけどコイツどうする?」

「折角ですし持ち帰りましょうか。」

「そうだな。セラの自慢にも使えそうだしな。セラ、歩けるか?」

「暫く無理……。」

「あいよ。んじゃ俺はセラを背負うからチグサはそいつ担いで持ってくれ。よっと。」

「わかりました。せーのっ!」


 ケントは背中にセラを背負い、チグサは左肩にナイトハウンドを担ぐ。ただ、そのまま担いでもナイトハウンドの身体は大きくて地面を引き摺る形になる為、手足を縛って二つ折りの様な体勢にして担いでいる。ケントの首に手を回して背負われ開拓村へ向けて移動し始める。


「出発前に移動用に強化魔法(バフ)かけるからちょっと待って。<纏風脚(エアステップ)>!<持久力強化(エンハンスドインデュランス)>!よし、おっけー。」

「んじゃあ急いで帰ろうぜ、出発!」




 ――陽は既に落ち、真っ暗なベタンの森の中の街道を僅かな灯りを道標にして開拓村へ向けひた走る。決して心地よいリズムとは言えない揺れるケントの背中の熱を感じながら、ゆっくりと襲い掛かる睡魔にいつしかセラは瞼を落とし寝息を立てていた。







ナイトハウンドの死体は実は周囲のモンスターを遠ざける効果があるようです。

ベタンの森の食物連鎖の上位に位置する生物ではあるので、他の生物からは恐怖の対象となっています。


とは言え、虫系のモンスターはそこまでの知能が無い為、5人の帰路の邪魔をする事でしょう。

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