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【 Ep.2-017 それぞれの二日目 】



 窓から薄っすらと差し込んでくる陽の光に薄眼を開け、朝が来たことを知る。


 ――体が重い。お腹が痛い……。下腹部をさすりながら、何とも言えない気持ち悪さに負けない様どうにかして起き上がる。

 ノソノソとベッドから降りようとしていると、マリーの小声が聞こえてきた。


「何してん?」

「なんかお腹痛くて。」

「ん…そーか。ならトイレいっといで。」

「うん、そうする。」


 キィィイと部屋の入口がゆっくりと開けられ、続いてパタンと静かに閉じられセラはトイレへと向かった。


(……あれ?セラがさすってたところって……。いや、まさか?!)



 マリーが潜り込みなおした毛布の中で思考している時、既にセラはトイレで唸っている状態だった。有難い事にトイレは現実世界の洋式便所と同じ造りをしていて、ウォシュレット機能でもあれば言う事なしという状態だった。


(これ絶対大の方じゃない……。感覚がそれよりも手前だし…?)


 大きな方でも出せば、この鈍い痛みからは解放されるだろうと踏んでいたにも関わらず、いざトイレに来て便座に座るとどうにも感覚が違うのだ。

 しかしながらヒトの習性なのだろうか、便座に腰掛けるとやはり催してくるのである。

 鈍い痛みに耐えながらも、セラは額に汗を浮かべながらイキむがやはりその感覚に違和感を覚える。


 ようやく痛みに耐えながら用を足すと、それまでの人生で見たことの無い色が混じっているのが目に入って来た。


(?!――こ、これ……。)


 コンコン!


 不意にトイレの扉がノックされ、ビクリと思わず背筋を伸ばしたセラは恐る恐る誰何する。


「だ、誰?」

「うちやで、セラ。」

「ま、マリー?」

「せや。あんたが戻ってくるの遅いもんやから心配して来たんや。……なぁ、間違うてたら悪いんやけど、もしかしてキタんか?」

「……うん。」

「あっちゃぁ……どうすればええかわかる?」

「わかんない。たすけて。」

「しゃーないなぁ。外出てこなくてええから、今から言う通りにその中で自分でやってみて。―――」




*****




 ――冒険者ギルド3階 ギルド長の部屋


 ギルド長兼プレイングゲームマスターのカサネの対面に、マリー、シオンの二名が座っている。そこに男性陣の姿とクロノスレイの姿はない。


「――というわけで今日はセラは動かれへんわ。」

「成程……。思わぬ形で転移が確定されたという感じですね……。流石に私達もそんな仕様実装していませんし、パッチ当てて追加する内容でもないですしね。」

「本人も驚いてたけど、これ本来の性別と逆でキャラクリした人はまずいんとちゃうか?」

「そうですね……。男性の方でそういった知識を持っている可能性は低そうですしね。わかりました、この件についてはホイミさんに相談してみます。彼女であればその知見から良いアドバイスが貰えそうですし。」

戦場の看護師(ナイチンゲール)のあの人かぁ。確かお医者さんやってたんやっけ?それなら頼りになりそうやな。」


 うんうんと頷いてマリーとカサネの話は続いていく。


「ところで他の皆様は?」

「あ~、男連中は今チグサとセトの武器買いに行っとるんよ。その後モーリィんとこ寄って装備の新調やね。クロさんはセラの看護してもろてる。あと一応うちの旦那は下に連れて来とるで。」

「セラの不在の理由がアレなので、一応その辺りを考慮してという感じです。」

「確かに男性が居るとし辛い内容も含まれていますしね……。それにしてもこのレポート、非常によくできていますね。」

「それはまぁうちら自前の情報サイトとか用意してたくらいやしねぇ。」

「半分以上は対人関係の情報だったけどね。」

「ふふ。おかげで危険エリアの指定とそれぞれのモンスターへの対応策の周知が計れそうです。」

「無謀な探索に出て死ぬとか洒落にならんからねぇ。」


 二人の会話にシオンも混ざり、世間話を交えながらレポートについての評価等を進めていく。


「では皆さん、本日は"アルバの森"の調査へ?」

「はい、その予定です。セラは不在ですが、パーティ構成的に問題はないと思います。」

「せやねぇ。一応ギルドでもらった情報と、うちらが持っとる情報見比べてもそこまで大きな差はないし、大丈夫やと思うで。」

「では本日もよろしくお願いします。くれぐれも無理なさらないように。」




*****




 商店でしっかりとした造りのチグサ用の刀とセト用のダガーと投げナイフ数本を購入した天兎男性陣は、モーリィが籠っているファミーリア用製作施設へ足を向けていた。

 今日は朝からセラの体調が優れないと聞かされた男性陣は、女性陣と別れて一旦別行動をとっている。ただし、ベネデクトは念の為に女性陣の護衛も兼ねてそちらへついて行っている。


「なー、セラのやつ大丈夫かな?」

「命に関わるものではないので大丈夫ですよ。」

(ケントに言っても変に勘違いしそうですしね……。)

「心配しなくても平気だよ。直ぐにとは言わないけど長くても2,3日でマシになるものだから。」

(ケントだからねぇ。医者の家系なのにこう見えて初心なんだよねーケントは……。)


 所謂"女の子の日"になったセラは大事を取って宿で休息を取っている。マリー曰く"重いタイプ"だとの事で、図らずも性転換してしまったセラ本人はこの事態に少なからぬショックを受けていた。

 チグサとリツはマリーからその旨を聞いていて正しく事態を把握しており、ベネデクトはマリーの様子から何となく察していた。

 ケント、シキ、セトの三名には体調不良という体で伝えられている為、微妙にその認識に齟齬が生じている。ぶっちゃけるとこの三名は悲しいかな童貞であった為、事実の通告対象からは除外されたのだ。


「にしてもセトのダガーとチグサさんの刀も良いの見つかって良かったっすね。」

「そうですね。しかし前の物に比べてやや大振りになりましたし太刀に近い感じですね。」

「そうなんすか?」

「ええ。一般的な刀とは打刀と呼ばれるものです。太刀に比べて反りが少なく、長さも短めです。太刀の方は元が騎乗用としての用途が主なので、打刀に比べれば反りが大きく長さも長くなります。天下五剣も此方の種類になりますね。」

「はー、やっぱり博識っすねー。」


 そんな会話のやり取りをしていたら、モーリィの篭る製作施設に到着した。受付で手続きを済ませて中に入るが、モーリィの姿がどこにも見えない。


「えらいとっ散らかってるなぁ。おーい、モっさーん!」

「モーリィさーん!」


 ケントとシキが二人で呼びかけるが反応は帰ってこない。


「少し静かにして。何か聞こえる。」


 ……ンゴォ………グガッ……グゴォ………グゴォ……


「この辺かな……っと!」


 微かに聞こえる鼾らしきものの音を頼りに、リツがズボッ!!っという音を立てて散乱している素材やガラクタの中からモーリィを引き出した。


「ンガッ!?なンだぁ?!」

「おはよー、モーリィ。」


 ニィっといい笑顔でモーリィに微笑みかけるリツ。


「んあー……お前達か……。約束どおり装備ならそこに並べてある。ケントのは両肩のショルダーアーマーが付いてる奴だ。シキとセトはクラスの特徴からショルダーアーマーは付けてねぇ。チグサのは胸当てみてぇに右胸側がスッキリしてる奴だ。それなら刀も抜きやすいだろ?で、斧と一緒においてるでっけぇタイプのがって……ベネはいねぇのか?」

「彼なら女性陣の方についています。インベントリに余裕がありますし私が収納して持って行きますよ。」

「じゃあチグサに任せた。斧の方はでけぇから気をつけて持てよ。」


 モーリィが手で指した方向に、キラーアントの胸殻を加工して作られたであろう鎧が綺麗に並べられてある。どの鎧も基本素材にキラーアントの硬い外殻が使用されており、高い防御力の割に軽く扱いやすいものとなっている。繋ぎ目にはジャイアントロリポリの素材の一部が使われているらしく、蛇腹状の部分が伸縮する事によって着用のしやすさと防具の隙間への対策が取られていた。


「モっさーん!鎧はわかるけど俺の盾はどこよー?」

「あぁ、それはこっちだ。」


 モーリィがノソノソと移動した先には布がかけられたゴツゴツしたものが床に転がされている。近くにきたモーリィによって布が取り除かれると、そこにはキラーアントオフィサーの頭部をほぼそのまま生かす形で作られた仰々しい大きな盾が現れた。


「でっけぇなぁ……。」

「そりゃぁお前らが倒したキラーアントオフィサーの頭部をほぼそのまま使ってっからな。心材の方にはお前が使ってたドロップ品のやつを組み込んで作ってある。まずは持ってみろ。」


 そう言われてケントが盾を持ち上げ、上下左右に振り回したり構えを取ったりする。


「見た目に反して意外と軽いな?」

「あぁ、だが防御力は問題ねぇ。シキとマリーが貫いた部分はギガヤンマの複眼を埋め込んである。装飾みてぇなもんだが一応風魔法への耐性が少しだけついている。後は手元のリングを親指にはめて内側へ握り込んでみろ。」


 ガシュッ!!


「おおっ?!」

「元々顎があったところだが少し加工してな、そうやって操作する事で大顎を突き出せるようにした。モノがでけぇから、両手で扱う事を基本に設計してある。武器が使えなくなるが、まぁコレそのものが攻防一体の得物になるから問題ねぇだろ?」

「あぁ!いいなこれ。これならバッシュの時にも追加のダメージ狙えるし、こいつを地面にぶっ刺せば突撃も耐え切れそうだぜ。」

「確かにそういう使い方もできるな。ああそうだ、盾もそうだが鎧も酸に対しての耐性が付いている。元々そういった物を使うモンスターの素材を使ったんだから当然だけどな。」


 モーリィの説明を聞きながらケントは新しい自分の盾を振り回し、ギミックの確認やバランスを確認している。盾の表面に当たる元オフィサーの頭部の"おでこ"に当たる部分を見ると、死神兎(リーパーラビット)紋章(エンブレム)が彫り込まれており思わず口走る。


「おっ、これ俺達の紋章(エンブレム)じゃん!気が利くねぇー。」

「盾だけじゃねえ、お前らの鎧にもしっかり刻印してあるぞ。」


 言われてよく見れば鎧にもワンポイントで死神兎(リーパーラビット)が刻まれいる。ラインアークではそういった機能は選択式で表示のオンオフができたが、現実となったこの世界では特殊なアイテムや魔法がなければ手作業でやるしかない。つまりこれはモーリィの趣味の領域みたいなものの成果だ。


「それとセト、お前これ使ってみろ。」


 そういってセトにモーリィが寄越したのは小型のクロスボウとボルトが詰め込まれたポーチ。トレントウッドとスパイラルオークを組合せ、グラスイーターの腱を合わせて作られたそれは、小型ながらも十分な威力を発揮するとモーリィは胸を張って言い切った。


「使い方は分かるか?」

「少しは。」

「ま、本番で使う前に何度か試し撃ちしてみるんだな。はぁ……まだ寝たりねぇ。用が済んだらさっさと行ってこい、俺はまた寝させてもらうぞ。」


 そう言うとモーリィは再び布に包まると程よいスペースを見つけるとそこへ転がって寝息を立て始めた。


「……寝ちまった。」

「ですね……。まあ装備は整いましたしギルドに行って合流しましょう。」

「そっすね。」





*****





 天兎が宿を取っている女子部屋、セラはそこでクロノスレイに看病される形でベッドに横になって悶え苦しんでいた。


『舐めていた……。これってここまで酷いものなのか?人によって差があるとは聞いてはいたけれど、こんなになの?!マリーはボクのは重い方だとか言っていたけど、これが一週間近く続くとか冗談じゃない……。ていうかなんでクロさんと二人きり?セトもそうだけど二人とも自発的に喋るタイプじゃないから物凄く部屋の空気が重いんですけど???』


 眉間に皺を寄せながら、置かれている状況について意識を向ける。

 クロさんはあまり自発的に喋るタイプではなく、喋っても自分自身の事は一切話した事はない。なので今でも彼女の人となりについては掴みかねているというのが実情だ。

 ――天兎では年に数回定期的にオフを開催していたが、サービス開始からの初期メンバーであるにもかかわらず一切参加せず彼女には会った事が無い。それどころかボイスチャットは導入はすれどもマイク機能をオンにする事もなかった。……いや、そもそもクロさんの中の人が女性であったという確信もないのだけど。


「みなさんが心配ですか?」


 そんな彼女から声を掛けられる。顔を動かさず、視線だけを動かして彼女を見ると、あまり感情の読めない表情で此方を見ているクロさんが居る。


「……まぁ大丈夫だとは思うけど、それでも多少はね。」

「心配いらないと思いますよ。みなさん装備も新調するみたいですし、事前の情報照合からも問題ないかと。」


 クロさんの言うようにあのメンバーなら大丈夫だとは思う。クラスロールも一応は揃っているし、そもそも今日の調査予定場所のアルバの森はエリアレベルは昨日のスィーダ平原より低い。

 優しい表情のクロさんを見ながら他のみんなの事を想う。


「こんな時にっていうのもあれなんだけど、クロさんに一つ聞きたいことあるんだけど。」

「なんでしょう?」

「ラインアークの初顔合わせの時にも聞いたとは思うんだけど、どうして天兎(うち)を選んだの?加入の際にも言ったと思うけど、あの時他にも色んなギルドがメンバー募集してたよね。それこそ天兎の様に割と好戦的で過激なギルドより、もっと事前メンバーが居て大手と言われるようなところが。」


 ラインアークではクロさんと二人きりという場面は無かった為、ずっと気になっていた事がつい口から出てしまった。あちらでは常に他にも誰かしら居て、二人きりになるという状況が無かったのだ。

 ならば囁き(ウィスパー)機能で個別チャットで聞けばと言われそうだけど、態々そうしてまで聞くのは流石に躊躇せざるを得ない年月が経っていた。


「……気に、なりますか?」

「それは……。」


 一拍おいて返されたクロさんの言葉に続きを言い淀んでしまう。表情は微かな笑みを浮かべてはいるが、その表情の真意を読み取る事は出来ない。

 しかしながら彼女の仕草をじっくり見つめていると、遠い過去どこかで見た様な朧げな感覚を覚えた。


 ――無音が部屋を支配し、段々と息苦しくなってくる。


 コン コン コン


 そんな時間が止まったような部屋の時計の針を動かすかのように扉がノックされた。


「……どちら様でしょうか?」


 ノックに反応して扉へと顔を向けて誰何するクロさんの表情は少し拗ねた感じがしていて、声も少し棘がある印象を受けた。


戦場の看護師(ナイチンゲール)のホイミです。ギルド長から連絡を受けて様子を見に参りました~。」

「……どうぞ。」


 ギィっとドアが開かれるとそこにはホイミさんとその陰からリントさんが顔を出した。


「リントさん?!」

「あは、ちょっと付いてきちゃいました。」


 そのまま廊下に居てもらうわけにもいかないので部屋に入ってもらい、改めて質問をする。


「ホイミさん、これは一体?」

「来た理由はさっき言った通りですよ~。貴方の言ってた通り皮肉にも自分自身で転移を証明してしまったわけですが……お体の加減はどうですか?」

「正直ここまでしんどいとは思わなかった……。」

「少し診察しますがよろしいですか?」

「うん。」


 現実世界では医師であったホイミさんに触診や問診を中心に軽く診察してもらう。手つきは慣れたもので不快感など全く感じさせない手際の良さだった。


「ん~、身体の方は極めて健康な状態ですね。ただ、精神の方が初めての肉体での異常に対応しきれていなくて重い感じになっているのかもしれません。元は男性でしたよね?」

「そうだけど……どうしたらこれマシになるの?」

「正直此方の世界での薬学はさっぱりでして、私からは薬の手配は出来なかったんですよ。」

「そこで私の登場ですよ!」


 残念そうなホイミさんを押しのけて元気よくリントさんがボクに顔を近づけてくる……って近すぎ!


「ちょ、ち、近いよ?!リントさん?ホイミさん、どういう事?」

「私には出来ないと言いましたけど、彼女は元よりこちらの世界の住人でしょう?だから素直に聞いてみたんですよ、何か効く薬とかはないかって。餅は餅屋って事ですよねぇ。」


 ……確かに元から此方の世界に居た彼女であれば、何かしら有効な手立てを知っているかもしれない。そもそもボク達はこの世界についてはティザーサイトで公開されていた情報程度しか知らないのだ。

 そう、ここはボク達が元居た世界とはある程度は共通の文化水準があるように設計されているとはいえ、もう別の世界なんだ。

 だとしたら今の状況はまずい。未知の病気や文化の違いで下手をすれば命を落とすかもしれない。これは早急にこの世界に付いて色々な資料や本などで見識を深めておかねば……。

 そんな思考が頭の中を埋めていきはじめていた時、目の前に湯気の立った薄青い液体の入ったカップが差し出された。


「これは?」

「これはセイリュウソウという薬草を煮出した薬湯です。病気ではないので治療とかはできませんが、幾分か体は楽になるはずですよ。その……私も少し重い方なので。」


 少し照れた顔を見せながらリントさんが説明をしてくれる。ま、そうだよね。"これ"病気じゃないから治しようがないし、この先定期的に付き合っていかなきゃならないんだよなぁ……。

 そう思いながら薄青の液体を口に含む。


『?!』

 

 口に含んだ瞬間何とも言えないえぐみと苦みが口内を駆けずり回り、ムグゥーーーっと思わず唸ってしまった。


「ごめんなさい、言うの忘れてました。それとてもまずいんですよ……。でも効果はお墨付きなので、1,2時間もすれば体はだいぶ楽になるはずですよ。」


(まじか~……二者択一の地獄じゃないかこれ。みんなこんな経験してるの???ウソでしょ?!)


 とてもまずい薄青の薬湯をどうにか飲み干し、ホイミさんがリントさんに薬湯のレシピを聞いているのを横目にこれからの事を考えてると、睡魔がゆっくりと瞼を下ろしていきボクの意識はそこで途切れた。




……アウトかセーフかギリギリのライン?


それにしてもリントさん優秀過ぎじゃないですかね。

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