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【 Ep.2-016 モーリィ 】



 宿に帰ってきたボク達は荷物を部屋においてから一階にある食堂で夕食を取る事にした。

 時間的に混み合ってはいるが、カサネさんの時空間魔法により拡張された影響でスペースに余裕があり、端の方の開いているテーブルを二つ繋げて十人が余裕をもって座った。


「お姉ちゃ…お客様方おかえりなさい!!!」


 席についたボク達の元に明るく快活な声が掛かる。


「ベスちゃん!ただいまぁ~!!」


 視線を向けた先にはこの宿の看板娘(マスコット)、人懐こい笑顔で微笑む犬獣人(ドグス)の女の子ベスちゃんがいた。

 つい素が出たのであろう言い間違いの後、とても愛らしい笑顔で"おかえり"と言われたせいか、かわいいもの大好きなセラはさもそれが自然な行動であるかのように椅子から降りてベスちゃんを抱きしめていた。これが異世界転移かつ性転換までしていなかったら完全にアウトな行動である。

 幸か不幸か今のセラはどこからどう見ても見た目麗しい美少女であり、最近では体に引っ張られているのか精神面も女の子っぽくなってきている。――あまり当人には自覚はないが。


「ベスちゃんどうしたの?」

「あっ、注文(オーダー)を伺いに来たんだよ!でも御飯は決まっているから飲み物の注文だけなんだよ。」


 突然のハグに驚いたせいか、普段の言葉遣いが所々破綻したベスちゃんの言葉に、天兎の面々は破顔しつつドリンクの注文(オーダー)を順に告げていった。

 


 ベスちゃんとは違う、年頃のウェイトレスが何回かに分けて料理を運んできてテーブルの上へと並べていく。大皿に盛られた野草が散らされたパスタ、何の肉かはよく分からないが食欲をそそる肉汁が美味しそうなステーキ、ボールから溢れんばかりに盛られたサラダ、鍋にはホクホクの芋が煮られているスープらしきものが入っている。それぞれの取り皿へ取り分け、簡易ビュッフェ形式みたいな感じで食事を開始した。


 食事中の会話の主な内容はモーリィの作る装備についてとレポートについての二つがメインだ。

 ラインアーク時代に彼の製作物を使わなかったメンバーは一人もいない。絶品や逸品と言われる作品は流石に少なかったが、信頼性については群を抜いて高く評価されていて、それぞれのスタイルに合わせた細やかな調整をされた装備品の使い心地は十二分にボク達の心を満たしてくれたものだ。

 装備の配色や造形について使用者のリクエストを可能な限り反映させつつ実用性も考慮して製作された装備品は、長短特製のブレ幅が大きいレアドロップ品に比べて安定していて癖も少ないので使いやすいので、他のギルドからは随分羨まれたのが懐かしい。

 きっと今回も素材を活かしつつそれぞれに合わせた良い装備を仕立て上げてきてくれるに違いない。


 レポートについてはそれぞれ意見の擦り合わせをして、情報精度の向上を計りつつ良いものに仕上げる為、食後男子部屋に一旦集まって仕上げる事を決めた。


 気付けば結構な量があった食事は綺麗になくなり、お腹も膨れて満腹感からくる多幸感に包まれみんな英気に満ちた表情をしている。



 食堂を後にして男女それぞれの部屋に別れ、装備品をインベントリに収容して着替えてから、ボクはレポート完成後すぐに入れる様にお風呂の準備をした。


 <温水(ウォームウォーター)>を気持ち温度高目に意識して風呂桶にお湯を溜めていく。生活魔法という事もあり、マナの負担はそこまで重くないけど魔力操作やマナ総量を鍛えるには丁度いい作業だと思う。

 この世界は生活魔法でも使えば使う程熟練度が稼げるし、魔法周りの能力が向上する。勿論無理をすれば最悪意識喪失という事態に陥るけれども、無理のない範囲で負荷を掛ければかけているほど能力も向上していく。

 こうした熟練度上げの様な地味な作業は嫌われる傾向にあるのだが、ボクはこうした地味な努力がしっかり成長として反映されていくシステムは好きなので、率先してやることにしていた。――と言っても、水属性の適性があるのが自分だけという理由もあるんだけど。


 お風呂の準備をした後は男部屋の方へと移動し、明日提出するレポートを仕上げていく。それぞれの担当箇所を分かり易く、それでいてしっかりした精度のある情報を書き込んでいく。

 これならそこまで時間をかけなくてもよいものに仕上げる事が出来そうだ。

 



*****




 あいつらが戻ってきて、そして素材を置いて出て行ってからどれ程の時間が流れただろうか。現実でもそうだったが何かを集中して作っていると、流れていく時間の中にポツリと取り残されている感覚に陥る事がある。

 まるでそれは一定の水量で流れている川の中に立つ、朽ちた橋脚に自分自身がなっているかの様に……。


 甥がやっているから一緒にやろうっていう理由で、よくわからんまま始めたラインアークであいつらと出会って何年になるか……。わからんなりにチマチマとやっていて、気が付けばゲーム内で作ったデータに過ぎないアイテムは評価され、周りには仲間ができ、職場で唯只管にモノを作って金にするだけの生活に少しだけ色が着いたと俺は感じた。

 同年代の奴らは都会へ出て相応の役職に就いた奴もいれば、やれ地元愛だなんだとのたまっては警察(ポリ)の厄介になったりするような奴もいる。結婚してガキが出来ただの、アイツとは馬が合わんから別れただの、そういった俗世から自分一人取り残されていくような感覚が無性に心を焦がしていた時に、あの世界で俺は何か新しい扉を開いたような感覚を得た。


 具体的に何が変わったかなんてものは俺にはわからねぇ。ただそこに居た奴らは老若男女、色々な奴がいて、色々な考え方を持っていて、俺の知らねぇ事がそこらに転がっていた。

 そんな中でも今も一緒に居てるあいつ等は他の奴らとは明らかに違うオーラを放っていた。出会って加入するまでに幾つかのギルドに世話になったが、あいつらはそこに居た連中達とは違う。

 言いたい事はハッキリ言うし、筋を通さない奴には容赦などひとかけらもなしに排除していった。その癖仲間に対しては情に厚く、仲間の危機にはすぐに駆け付け、それぞれが出来る面で協力し合って困難に挑戦していた。

 多くのギルドが上っ面だけの"和"を重視する事なかれ主義であるのに対し、天兎は衝突してでも互いの妥協点や納得のいく結論を出す"熱量"のある集団だった。

 それまでのギルドが"ぬるま湯"だったって事を嫌という程理解させられたっけなぁ……。甥の

崇に天兎に居てるって話をしたら、すんげぇ顔してドン引きされたっけか。懐かしい。


 目の前のキラーアントオフィサーの頭部を加工しながらモーリィは自分の精神世界でこれまでの事を思い浮かべていた。


「……リィ。………ォーリィ!…………モーリィ!!!」

「――っなんだ?!」


 自身の世界に入り込んでいたせいで声を掛けられていた事すら気付かなかったらしい。大声で自身の名前を呼ばれた方を向くと、呆れた顔をしたセラが突っ立っていた。


「なんだぁセラじゃねえか。飯食ったのか?レポートはできあがったのか?」

「食べたしレポートも問題なくまとめれたよ。そっちこそご飯食べてないでしょ?ほらこれ。」


 そういってセラがバスケットをモーリィへ突き出した。

 中を見ると薄く切ったステーキ肉をパンで挟んだサンドイッチや、野菜を挟んだサンドイッチ、芋をホクホクにしたジャガバターの様な物が入っている。


 グゥゥゥゥウウウウウウウ~~~~~


 漂ってくる香りに思わず腹の虫が鳴いたのを聞いて、モーリィは自分が思ってる以上に空腹になっている事に気が付いた。


「まだ作業を続けてぇとこだが気付かねぇ間に腹が随分と減ってたみたいだ。有難く食わせてもらうわ。」

「酒は?」

「いらん。作業の邪魔になる。終ってから飲むから手の届かんところへ置いといてくれ。」

「はいはい。」


 首にかけてた手拭いで汗を拭き、汚れているグローブを脱いで椅子の背に垂らしてから手を洗う。加工などにも利用する水で、飲むのはあれだが手洗いに使う程度なら問題はないだろう。


 ふぅと溜息を一つつきながらドカッと椅子に座ってバスケットの中のサンドイッチに手を伸ばす。口元に持ってきた肉の方のサンドイッチからは香ばしい匂いが鼻孔を刺激し、空腹を思い出した胃袋を暴れさせる。

 ゴクッと唾を飲み込んだ後サンドイッチにかぶりつくと、作業で流した汗で飛んで行った塩分を補うかのように、絶妙に塩っ気が調整された味付けがガツンと脳を叩いた。

 そこからは本能の赴くまま手を伸ばしては口元へ運び、時に水を飲みながらバスケットの中身を減らしていった。


「ふぅ……うめぇなコレ。セラは食わねぇのか?」

「ボクはさっき宿で食べたから要らないよ。モーリィの事だからご飯食べずにやってんだろうなって注文して持ってきたけど案の定だったね。」

「ああ、まぁ助かった。で……本題は何だ?先に言っとくが、俺はお前に付いて行くって意志は変える気はねぇし、後悔もしていねぇ。その判断をしたのは俺自身だ。」


 モーリィは目を細めながら眼光鋭くセラに視線を向けた。


「散々世話になったモーリィにそう言われると嬉しさ半分照れ半分なんだけど……大丈夫なの?ラインアーク(あっち)を引退する時の理由が確か勤め先の都合だったでしょ?戻れる保証はないけど、その手段が見つかっても多分ボクは戻らないと思うよ。それでもいいの?」

「あぁ。引退までして立て直した経営もどうにか軌道に乗ったしな。それに、がむしゃらにやったからどうにかなったが、どうにも俺には経営方面には向かねぇ。あのままやり続けてたらまたポシャってたと思うくらいにはな。」


 モーリィがラインアークを引退した理由。それは勤めていた親族経営の金属加工場が当時の社長では立ち行かなくなり、それまで名ばかりで実権のない役職にいた彼が周囲からの後押しもあって経営立て直しに手をつけ始めたからだ。


「それにな、甥の崇のが俺よりかよっぽど向いてんだわ。実際今回の立て直しだって殆どはあいつが色々手を回してくれたから上手くいったに過ぎん。俺はあいつのアドバイスを元にして走り回ってただけだ。だがそんな事ぁ俺以外の奴でも出来る。技術に関しちゃあまだ負けてはいねぇ自負はあるが、そんなもん直ぐに追い越して行くだろうよ。あいつは腕も悪くねぇしセンスもある。……俺はあいつの目の上のたんこぶにはなりたかねぇのさ。」


 モーリィの甥についてはそこまで知らないけど、ラインアークを始めたきっかけだったとは聞いている。懇々と語るモーリィの横顔はどこか嬉しそうで同時に寂しそうであった。


「ま、俺はそんな感じなんでな。未練がないわけじゃねぇが戻る理由もさしてあるってわけじゃねぇんだ。セラ、お前こそどうなんだ?」

「ボク?そうだね……。」


 記憶の奥底に追いやっていた思い出。そのはずなのに、こうしたきっかけがあるとすぐに脳裏に映し出されてくるのは、きっと自身の中でもまだ完全に向き合えていないからなのだろうか。


「ボクも似た様なもんだよ。ケントとチグサ以外に話した事はなかったんだけど、ボクには両親がいない。高校に上がる前に事故で亡くなったんだ二人とも。そこからは祖父母から少しの援助と親の保険金で暮らしてきたんだ。」

「初耳だぞそんな話……。」

「誰かに態々話すような内容でもないだろ?変に語って悲劇の主人公になる気もなかったし。ま、それは置いといて、一人暮らしを始めると祖父母の干渉が日に日に強くなってきたんだ。自分が信仰している宗教にボクも入信させようってね。その時にはもうボクはケント達とどっぷりネトゲにハマってたし、両親が祖父母と距離を取っていたのも見ていたから必要以上に接触はしないようにしてたんだけど、ある日不注意で鍵をかけ忘れた時に家に入られてね、ボクの部屋を見た爺さんがお決まりの台詞を言い放ったんだ。」


 無言で話の続きを促すモーリィを見て続ける。


「お前がこんなゲームなんぞにハマり込むのは親の教育がなっていなかったせいだ。部屋に籠ってばかりでろくに外にはいかない。そんな生活続けていれば性根まで腐るぞ、ワシがお前を集会に連れて行って矯正してやるってね。ふざけんな!って思考する前に口から出ていて自分で驚いたよ。好きな世界を否定された事もむかついたし、自身の考えだけを無理やり押し付けてくるやり方にも腹が立ったし、何より両親を馬鹿にされた事が許せなかったんだと思う……。気が付いたら爺さんの襟首掴んで玄関の外に放り投げてた。」

「そいつぁ……そうだな、今ならよく分かるな……その気持ち。」


 俯いて少し考えた後、モーリィも自身の経験に照らし合わせたのか同意してきた。


「爺さんさ、信じられない存在を見るみたいな顔してボクを見つめてたよ。放り投げるまでに色々ボクが言ってたんだろうね、何言ってたかいまいち覚えていないんだけどさ。理解できない存在を前にした人間って恐怖に顔が歪むってのをその時初めて知ったよ。それ以降は爺さん達からの干渉はほぼゼロになったんだけど、それだけで終わらなかった。」

「まだあんのか?」

「爺さん達に遠慮していたのか、それとも怖くて手を出せないでいたのか今もわかんないんだけどさ、両親の遺産目当ての親戚が今度は干渉してきたんだ。」

「あぁ……。そらまた……。」

「ま、そっちは親が死んだ時に世話になった弁護士さんに頼んでどうにかしてもらってさ、就職を機にそれまで住んでたところ引き払って引っ越しして、親類からも連絡取れないようにしたんだよ。正直、あの二人にも言えないような事もあったからさ。今の会社だってボクが居なくなったところで崩れる様な所じゃないし、ボクの変わりはそれこそいくらでもいる。だから――ボクには現実(あっち)に帰る理由なんてのはないんだ。」


 重い空気が二人の間に走る。どんよりと粘り気のある独特の感覚が肌を鈍く突き刺してくる。


「あの二人以外に喋らない理由が分かったでしょ?よくある話とまでは言わないけどさ。……あーもう、そんな顔するなよ。もう乗り越えてきた道なんだ。それにさ、今はこっちでお前達がボクにはいる。それで十分なんだよ。」

「そうか……。セラに比べたら俺の事情なんて屁みたいなもんなのかもしれねぇな。しかしよぉ、お前俺も含めて癖の強い連中引き連れてやっていけんのか?そりゃぁオフで定期的に会っていたし、旅行だっていったりもしたがよ。これから毎日顔つき合わせて生活していくんだぜ?ネット上だけの付き合いじゃねぇ、本当のリアルでのやり取りをこれからずっと。旅行みたいに期間が決まってるわけじゃないんだぞ。」


 モーリィの言うように今いる天兎メンバーとは定期的にオフをしていたし、年に一度都合の合うメンバーでキャンプや旅行にも行ったりしている。でもだからと言って毎日顔を突き合わせて生活するって事は、考えているよりも大変な事だとボクもわかっている。

 だけど、この世界に転移してしまった以上どうにか折り合い付けてみんなで生きていくしかないんだ。平和な日本とはもう何から何まで違うのだから。 


「不安がないわけじゃないよ。その辺ボクだって色々考えてはいるけどさ、そういう時が来たら笑って送り出すしかないでしょ。これまでもそうだったわけだし、今更縛り付けようなんて思わないよ。でも、一緒に居る限りは皆が生き残れるよう全力を尽くすよ。」

「はっ、変わらねぇなそういうとこはよ。……さっきはああ言ったが、俺もアイツらもセラをそうそう簡単に見限ったりしねぇさ。頼りにしてるぜ、ボス。」

「ボクも頼りにしてるよ、モーリィ。」

「言ってろ。……飯も食い終えたし俺は作業に戻る。セラも戻って寝ろよ。」

「うん、そうするよ。おやすみ、モーリィ。」


 声を掛けるも既に作業に取り掛かったモーリィは己の世界に入り込んでいて反応は帰ってこない。

 手を付けないでいた酒を机の上に置いてから、空になったバスケットを持って製作施設を後にして宿へと向かった。



 カンカンカン! カンカンカン!


(行ったか……。ったく、たまんねぇな。てめぇより年下の奴の方がよっぽど苦労してやがるじゃねぇか。)


 カンカンカン! カンカンガィィイン!!


 小気味よい音を立てて作業を進めていたが、思考に雑念が混ざり過ぎたのか手に持つ工具へ思わず力が入り、力んだことによって手元がずれてしまった。


「何やってんだかな……。」


 自嘲の言葉を漏らした後気を入れなおしたモーリィは、掛け替えのない仲間の為に再び作業に取り掛かるのだった。



次話は割と生々しい表現が出てくると思います。

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