表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/94

【 Ep.2-012 見送り 】



 冒険者ギルド三階の会議室に戻ってきて席に着く。最早当たり前のようにオルシナスの膝上に居る自分に何の感情も湧かなくなってきたので、ボクの精神は死んだのかもしれない。


 手元にはアナウンスの間に用意していたのであろう今後の予定が書かれた資料が置かれている。資料はそれぞれのパーティやファミーリアで内容が違うらしく、その厚みが微妙に違っている。

 ボク達天兎に用意された資料には、この村の周囲の要調査エリアが簡易マップ上に範囲を囲われて指定されていて、エリア毎の主だった出現モンスターの情報も添付されている。ライブラリでも参照は出来るけど、いつその機能もダメになるかわからないこの状況ではこういった形のある媒体での資料は非常にありがたい。

 一通り流し読みをした後顔を上げると、ボクの目線の前にはオルシナスが読んでいる白鯨用の資料が広げられている。


「なあオルシナス」

「ん、なぁに?セラさん」

「そっちはこの後領都に向かうんだよね」

「そうだねー」

「……頑張れよ」

「大丈夫だよ。兄さんやみんなもいるし」

「そっか」

「うん。心配してくれてありがと。セラさんも頑張ってね」

「言われなくても大丈夫だよ」

「ふふ、そうだね」


 周囲には殆ど聞こえない程度の小声でのやりとりをしながら、再度資料を読み返していく。現実世界では美人ではあるものの、結構素っ気なくて愛想も悪い印象を与えてしまう彼女も電脳世界では意外と愛想は良い。恐らくあちらでは必要以上に愛想を振り撒けば勘違いする相手が山といたのだろう。


「さて、皆さん既に資料に目を通されたかと思いますが、この後すぐに白鯨と黄金の交易路(シルクロード)の方々には領都へと向かって頂きます。後少し経てば手配しておいた馬車が到着するはずです。御者は既に冒険者ギルドで雇い入れているので操車に関しては心配する必要はありません。セルゲイナスさんには此方の紹介状を、マルコさんには此方の紹介状と仕入れる商品のリストをお渡ししますね」


 パンパンと手を鳴らした後カサネさんがこの後の事に付いて話し、セルとマルコにそれぞれ紹介状と仕入れリストを手渡ししていた。


「ホイミさん達戦場の看護師(ナイチンゲール)の皆様は此方の要望書に上がっている施設へ其方の采配で人員の手配をお願い致します。ベックさん達フロントラインの面々はこの後村の守備兵長と私を交えて警護計画の詰めを。天兎の皆様方は村の周囲の調査任務へと当たって下さい。対象エリアの調査順は一任致します」


 そう告げた後、会議室のドアが開かれリントさんが入室しカサネさんへ小声で何かを告げた。カサネさんは頷いた後此方へ向き再び話を続ける。


「今、領都行きの馬車が到着しました。ギルド横に停留させているので白鯨と黄金の交易路(シルクロード)の皆さんはそちらへ向かいましょうか。見送りされる方も付いて来ていただいて構いませんよ」


 馬車が到着したとの事で、オルシナスの拘束から解放され足を床に着ける。白鯨の面子であれば心配するような事はないのだが、見送り程度はしようと他のメンバーと一緒に階下へ降りた。



 馬車は冒険者ギルド入口の少し横に停められていてその台数は15台と多い。馬車と名を付けられてはいるが、馬が曳いている馬車は一台もなく、そのほとんどが先程広場で見たランドドラゴンの小型のものだ。この村に留まるプレイヤーや住人、凡そ一万人程度の食糧を輸送するともなれば積み込む荷物の積載重量だけでも馬鹿にはならない。そんな重量物を運搬するともなればランドドラゴンの様な力強い膂力を誇る生物に曳かせるのは理にかなっていると言える。馬車そのものも車輪の軸受けやその他諸々のパーツも金属で補強されていて荷台も大きくかなりの運送能力があるものだと思われる。

 白鯨はランドドラゴンが曳く馬車ではなく、先頭に停まっている脚が異様に発達している大型の鳥が二頭引きするやや小ぶりな馬車に乗るらしい。大きな嘴に頭頂部の色鮮やかな飾り羽を揺らす鳥が曳くこちらのタイプは先程の馬車とは違い速度重視のものなのだそうだ。


「白鯨の皆さんは此方の馬車を。少し揺れは強めにはなりますがその分足が速く、領都へいち早く移動する事が可能だと思います。期間中はこの馬車は必要に応じて使用して頂いて構いませんのでどうぞ自由にお使い下さい」

「あちらではこの馬車をどこへ停めておけばいいんでしょうか?」

「領都の冒険者ギルドで管理してもらえる様紹介状に書いてあるので大丈夫ですよ」

「わかりました」


 デルフィナスが馬車の管理に関しての回答をもらった後、此方へ会釈して馬車へ乗り込んでいく。メルトとルキエも手を此方へ振った後馬車へ乗り込み、レヴァリエはまだ眠たいのか欠伸を一つした後「またね~」と間延びした声でボク達に手を振りながら馬車へ乗り込んだ。

 オルシナスは馬車に乗ろうとした動作を途中でやめ、急ぎ足でボクの方へきて尻尾を名残惜しそうにもふもふしてからこっちのメンバーに挨拶して馬車へ乗り込んでいった。触り心地が良いのは自分自身よくわかっているけど、随分気に入られたものだ。……これ次合う時もっとひどい拘束受ける可能性あるのでは?


 最後に残ったセルはボクの方へゆっくり近付き声を掛けてきた。


「じゃ、俺達は先に領都へ行くよ。天兎のみんな、生きて再び会おう。それとセラ」

「ん?」

「この期間を無事に乗り切り再び相まみえた時、その時俺と全力の勝負をしよう!」

「……は?」

「あっちじゃ結局勝敗付かなかっただろ?俺はこの世界でも頂点を目指すつもりだ。セラもこの検証期間の結果がどうであれ、自分の道を追求するんだろ?それに……何より俺は"あの戦い"が忘れられないんだ。ま、直ぐにってわけにはならないさ。この期間が終わった後俺達はすぐにでも領都を発つ予定だしな」

「まぁ……アクティブな奴はそっちに移動していくだろうしね。しかしそうか、セルもあの戦いが忘れられなかったんだ」

「あぁ。色々なゲームの戦場や決闘を経験してきたけど、ラインアーク引退時のセラとの死合を超える物はなかった。あの後どのゲームに移ってもそれは一緒でね、脳に刻み込まれた記憶が俺に呼び掛けるんだ。――もう一度あの脳の芯から発せられ、全身の神経を焼き切る勢いで駆け巡った沸き立つような感覚を味わいたいって」


 ――白鯨がラインアークから別のゲームへ移住する最終日。ボクとセルゲイナスは決闘などで使われるペナルティ無しの闘技場ではなく、死ねば普通にペナルティの発生する一般フィールドで対峙していた。

 時たま耳に挟むであろう引退試合みたいなものだったのだけど、関係者以外には告知もしていなかったその最後のイベントは耳聡い名だたるプレイヤーも聞きつけて観戦者はそれなりの数に上った。

 互いに相手に攻撃を読まさぬ様、手にする武器を次々と切り替えながらぶつかり合う剣戟。それぞれ得意とする間合いを互いに潰し合い、各々が持つスキルを絶妙に組み合わせながら撃ち込み合うその様は、飛び散る火花も相まってまるで踊っているようにも映ったらしい。

 互いが互いの長所や短所を知り尽くしており、実力も又拮抗しているボク達二人の決闘は中々決着がつかず、それを見守る観客達は唯その様を手に汗握りつつも只管無言で息をする事も忘れて注視していたという。

 最終的にダブルノックダウンという結果に終わったこの決闘は、一部始終を観ていた者達の広めた話に背びれ尾びれが付いて行き、一部のプレイヤー達の間で「天魔決戦」と称された。

 確かにあの死合を超えるものはボク自身にとっても後にも先にも存在しない。流れる血液がその流量を増し、身体の中をマグマの様に燃え滾りながら流れていく感覚はあの時だけしか感じた事がない。あの興奮を与えてくれるのはボクにとってはセルで、セルにとってはボクだけなのだろう。


「……わかった。次ボク達が出逢った時。その時は全力でやり合おう!」

「ありがとう、その時を楽しみにしてるよ。それまで死ぬなよセラ」

「互いに背中預け合った仲だろ?そっちこそ死ぬなよ」


 互いに右拳をカツンと突き合わせ頷いて口角を上げる。互いに唯一無二の強敵(ライバル)であり、最強最悪の戦友(ダチ)である二人は固い約束をして再び出会うその日まで別れた。

 セルゲイナスが馬車に乗り込んだのを確認した後、御者が鞭を入れて馬車は領都へ向けて出発した。



 一足先に領都へ向かった白鯨の次は、マルコ率いる黄金の交易路(シルクロード)が向かう手筈だが少し時間がかかっている様だ。


「おい、なんかお前んとこ人増えてねーか?」

「あぁ、あのままやと手が足りんから増やしましてん」

「増やしたってお前……そんないきなり増員して信用できるのかよ?」

「ベックはん、あんさんワテの目が狂っとるとでも言いたいんか?コレでも人を見る目には自信はあるんですわ。しっかり契約も済ませてるし問題あらへんで」


 ベックの指摘通りそこには人員が倍増している黄金の交易路(シルクロード)の一団が居てここに残る組と領都へ向かう組で最後の打ち合わせをしていた。

 パッと見その人員はボク達天兎よりも大所帯だ。元々の人数は確か十人程だったと思うけど、この短時間でこの人数を面接して人員強化をしたマルコはかなりの遣り手だと言える。

 とてもじゃないがボクでは出来ない芸当だ。このとても難しい時期に加入者を増やすなんて、メリットとデメリットを天秤にかければリスクが高すぎてやろうとは思わない。だがそんなリスクを差し置いても彼はそれを実行した。あくまで可能性の話だけど、恐らく彼は人を見抜くような<天恵(ギフト)>を有しているのではないだろうか。


「ほなベンジャミン、こっちでの手配は任せたで」

「はい、任せて下さい代表。代表が戻られるまでには此方での販路、卸先その他諸々済ませておきますよ!」

「ええ返事や!新人の教育も含めて一任するからしっかりやっといてな」

「はい。いってらっしゃい代表!」

「「「いってらっしゃいませ、マルコ代表!」」」

「ほなカサネはん、ワテらも出発しますわ。こっちでの窓口はそこのベンジャミンに任せとるんでよろしゅーに」

「はい。マルコさん達もお気をつけて。よろしくお願いしますね」


 ボクが思考している間に黄金の交易路(シルクロード)の準備も終わったらしく、14台もの大型の馬車がゆっくりと進み始めた。

 馬車を曳くランドドラゴンは特に苦にする様な表情はしておらず、村の中をゆっくりと隊列を組んで北の出口へと向かっていった。



 さて、ボク達もやる事やりに行きますか。



マルコの<天恵(ギフト)>は"鑑定眼"。物の価値を判別するだけではなく、対象に抵抗(レジスト)されない限りはあらゆる情報を見通す能力をもつ魔眼です。

彼以外にも<天恵(ギフト)>持ちは居てますが、作中でも触れられているように基本的に秘匿するのが常識です。

白鯨が乗った馬車を曳いている鳥ですが、チョ●ボというよりかは筋肉質で頭が派手になったドードーやダチョウみたいなイメージです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ