【 Ep.2-011 カサネという役者 】
アナウンス開始予定時刻の5分前。冒険者ギルドのギルド長兼プレイイングGMのカサネさんを先頭に、アナウンスのメインの場となる村の中央広場へと向かう。会議の場では収納していた武器もいつでも使える様に懸架している。
カサネさんの脇はフロントラインのメンバーが固めていて、少し物々しい雰囲気と圧を周囲に放っているが、これからアナウンスする内容を踏まえれば先に圧を掛けておく事は妙な気を起こす奴への牽制にはなるだろう。
冒険者ギルドの中にはプレイヤーと思われる者達は不在で、既に告知された広場へと移動しているらしい。広場は予め手配している村の守備兵達の協力により、ある程度の集団ごとに纏められていてさながらコミケの列整理のようだ。
纏められているとはいえ、彼らの不安はまだ何も解消されておらず、大小様々などよめきや騒めきはあちらこちらから絶えず上がっている。そんな集団の中をベックを先頭にしてカサネさんを比較的大きく開けられているスペースへと移動する。
スペースに到着するとカサネさんはピュイっと指笛を鳴らした。
ドシンッ!ドシンッ!と重い振動を響かせ、カサネさんの後ろの路地からヌッと巨大な爬虫類の顔が姿を覗かせる。
見れば額には大きな角が生えており、顎下から首にかけてゴツゴツとしてはいるものの先端は丸まった角らしきものがびっしりと生えている。
足音を響かせながら少し長めの首、肩から前方へ突き出た黒光りする角、隆々とした背中に太く力強い前脚、脚先に見える太くゴツい爪、全身を覆ういかにも硬そうな鱗、そして最後に太く長い尻尾。――翼こそ無いものの、その見た目はドラゴン。その巨躯の全てを広場へ曝け出すと、それまでどよめきが支配していた広場は水を打ったように静けさが包んだ。
カサネさんはそのドラゴンを制止する形で手を上げるとドラゴンはその場で止まり、頭を地面すれすれまで下げてカサネさんを乗せると首を元の高さへと戻した。
カサネさんは小声で<拡声>の詠唱を始めると、すぐさまカサネさんの周囲に魔法陣が立体的に浮かび上がり周期的に淡い光を放つ。この広場にも設置されている魔道具も連動したのか淡い光を放ち始めた。
「こんにちは、ゼノフロンティアプレイヤーの皆さん。プレイイングGMのカサネです。今現在起きている事象について、多くの方々が不安に思い事態の把握を望まれている事を承知しております。今現在私共の方で把握しており、公表出来る事を皆様方にお伝え致しますのでどうかそのままご清聴下さい」
ドラゴンの存在に圧倒され、静かになったタイミングでカサネさん主導の欺瞞作戦の本番が開始された。
近くで見る分にはその瞳の穏やかさから、この翼の無いドラゴンの性格は元来大人しいのだろうと判別はつくが、遠目から見れば余程の視力でもない限りは単純に強力なモンスターであるドラゴンの一種であるとしか分からないだろう。
最初にドラゴンという存在で圧を出し、その存在を制御する力を有している姿を見せる事で"力ある者"だと分かり易く認識させる。彼女の能力からすればそこまでせずともその力はお墨付きではあるのだが、多くのプレイヤー達へ視覚化して理解させる手法としての掴みは成功と言える。
「現在のこの状況についてですが、予てより襲来が告知されていた超大型台風を原因とするシステムトラブルによるものと判断しています。現在開発運営陣でトラブルシューティングに当たっておりますが、現時点においては解決までの明確な時間を算出する事は難しい状況にあります。このシステムトラブルにより意図しないシステムの暴走……ログアウトの不可状態、プレイヤーのデスエフェクト及びそれに係る処理の異常や、モンスターのAIの変化などが発生しているものと見られます。ログアウトの不可につきましては私も出来ない状態になっており、最優先でこの不具合の解決にあたっております。次にデスエフェクトにおける処理が正常に作動していない事を確認しており、現時点でこれ以上の死亡者を出す事は、死亡者の状態が現在正確に把握できておらず、トラブル解決の工程を増やす事となる可能性が非常に高い為、プレイヤーの皆様方は無理な戦闘や無謀な行為など極力避けて頂ける様ご協力下さい。また、このアートゥラ辺境伯領より外のマップ情報も不確定且つ不明瞭な状態になっております。このエリア外へ出られると、これもまたトラブルシューティングの進行に悪影響を起こしかねない為、プレイヤーの皆様方に於きましては対応が落ち着くまではエリア内に留まって頂ける様お願い致します。現状、現実世界ではかかる超大型台風による各種インフラの断絶や、諸々の災害が発生しており、復旧作業についての目処など踏まえまして現実時間でおおよそ三日間、ゲーム内時間で一週間の期間を頂きたいと考えております。勿論その間の身の安全につきましては、我々運営と此方に居られる実力あるプレイヤーの皆様方とで最大限保障させて頂きます」
――上手い事説明したな。そうセラは思った。正確ではないものの完全に嘘ではなく、正確な情報を混ぜつつも肝心な所は明言を避けて突っ込み辛くしている。細かく考察していけば違和感を感じなくもないのだろうけど、自分の頭でしっかりと考えない者にはそれを感じさせないレベルの話し方をしている。
人を上手く騙すには適度に真実を混ぜろと言われたりもするが、最初に恐らく真実であろう出来事を述べて信じさせて、その後真偽織り交ぜた説明をしていく様は流石だと思わざるを得ない。
「現在我々からの要請に応えて頂き、運営側に協力して頂いている方々の紹介をさせて頂きます。まずはご存知の方も多くおられるとは思いますが、最初にファミーリアを設立した"天兎"とそのメンバーの方々」
感心していたらカサネさんから紹介をされたので、胸を張り少しだけ他のメンバーより前に出て一礼する。ボクに続いて他のメンバーも一礼する。
そこかしこで小さなざわめきが起きているけど、こんなものは慣れたものだ。言っている内容も大体が想像つくしね。
「続いて二番目にファミーリア設立を成し遂げた"白鯨"とそのメンバーの方々」
ボクと同じ様に代表してセルが一歩前に進み出て一礼し、他の面々もそれに倣って一礼する。よくよく見ればそれまで姿を見た事のない猫獣人のアニール族の女性がいる。他の面子からしてそれまで姿を見せていなかったレヴァリエだろう。
「続いて此方がパーティ"戦場の看護師、そしてこちらがパーティ"黄金の交易路"の皆様です。それぞれ街での救護対応と食物などの流通などの面で我々をサポートして頂く予定となっています」
カサネさんの紹介によりそれぞれのパーティもボク達に倣って同じ様に一礼していく。
「最後に此方がパーティ"フロントライン"とそのメンバーの方々となります」
ベックも同様に少し前へ出て一礼をするのだが、その所作は柔道の礼に非常によく似た形だったので、恐らく彼は現実世界ではその手の武術を嗜んでいるのかもしれない。
「おい、聞いたか?天兎に白鯨だとよ!」
「それってお前が事あるごとに言ってた連中の?へぇーアイツらがそうなのか」
「私あの戦場の看護師のリーダーの人に助けられたわ。あの人が居なかったら私今ここに居なかったと思う……」
「黄金の交易路って言やぁ、あの海洋貿易系ネットゲームで名を馳せた一流集団だよな?!」
「天兎のマスターってあのちっさくてかわいい奴?え!?あいつがあの"悪魔の帝王"なの?!」
「白鯨のマスターの横に居る奴……あれ限定配布アバターだよな?羨ましい……」
「なぁ、ベックってあの百人切りのベックか?いや、まさかなぁ……?」
集まっているプレイヤー達から様々な声が上がる。
「結局あと一週間はここで待機しねぇといけねーのかよ……」
「GMまでログアウトできないとはな」
「俺明日会議なんだが……」
「むしろこれ合法的に会社休めるし俺的にはアリだが」
「さっきの説明だとここで死んだらどういう状態になるのかわかんねえな」
「そりゃーお前あれじゃねえか?真っ暗な何もない空間で意識だけあるとかそういう」
「待て待て待て!どう考えても地獄じゃねーかそれ」
「しかし運営側もこの状況だと復旧見込み伸びるんじゃね?」
「あの台風が原因なんでしょ?おじいちゃんとおばあちゃんが心配だよ」
「あー俺の身体今どうなってんだろうな……」
「テスターあるあるのトラブルオンラインってやつかこれ」
「新式のゲームだし今までの物とは色々違うんだろうさ」
流石にコアなネトゲプレイヤーを中心に選出されている事もあるのか、正式サービス前のオープンベータテスト期間という事でシステムトラブルという説明に納得している者も多い様に見える。この規模の人数が混乱から暴動を起こせば大変に事態になる。それを回避できただけでも良かったと思えた。
「重ねて申し上げますが、我々運営側としましても事態の解決に全力を挙げてまいりますので、皆様方もどうか先程述べましたアートゥラ辺境伯領エリア内にて可能な限り無理をせず、事態の進行を見守って頂ける様お願い致します」
そう述べてカサネさんは頭を下げた。
「今後の予定につきましては、事態の進展があり次第冒険者ギルド内の専用の掲示板に情報を貼り出させて頂きます。また、この世界における一週間後、再びこの場においてその時点での作業の進捗度合い等について報告の場を設けさせて頂きます。重ね重ねご迷惑をお掛け致しますが、何卒ご理解の程よろしくお願い致します。本日の報告は以上にて終了とさせて頂きます。御足労ありがとうございました」
しっかりと前を向き、プレイヤー達一人一人を見回す様にして言葉を重ね最後に再び頭を下げた後、膝をついてドラゴンの頭を撫でるとドラゴンは頭を地面へと近づけカサネさんを地上へと下した。
すぐさま警備担当の代表と思われる守備兵が一人近付き、カサネさんと少しやり取りした後離れていった。
既に集まったプレイヤー達はそれぞれ属する集団や連れ合い達と思い思いに散会しはじめている。中にはやはりそれなりにソロだと思われるプレイヤーも見受けられたので、そういったソロプレイヤーに対しての対応策も考えないといけないだろう。村に近い場所でのモンスターはそこまで危険度は変わっていないと思われるが、ソロで狩場の奥地へ足を運ぶことは最早自殺行為そのものだ。恐らくカサネさんもそのあたりの考えには至っているはずだから、冒険者ギルドの依頼受注で何かしら制限が掛かるかもしれない。
「ふぅ……ひとまず第一段階終了って所でしょうか。皆様お疲れさまでした。それと驚かせてすみません。こちらの大きな生物はランドドラゴン。性格は大人しく、食性も草食なので人を襲う事はありません。見た目は少し厳つい形をしていますけど、小型のものなどは馬車を曳いたりとても頼りになる存在なんですよ」
説明集会が終わりカサネさんの元へと集まった全員に向け彼女は自身が乗っていた生物の紹介をする。予想通りドラゴンの一種で性格も問題なさそうだ。フゴッフゴッと鼻息を上げるランドドラゴン。この先旅をする中でこのドラゴンが曳く馬車を利用する事もあるのだろうか。
ランドドラゴンを見て、この世界の生物についての知見が欲しいとボクはそう思った。
知識は時に武器になる。情報格差は生死を分ける要因になりうる。ここから先の事を考えると早いうちにそう言った情報を手に入れておくべきだろう。今こうして冒険者ギルドのギルド長とコネを持っているという優位性を利用して、その手の情報を得られないか後でカサネさんに相談しよう。
「さて、いつまでもここで喋るわけにもいきませんし一度本部の会議室に戻って次の準備を進めましょう」
まだ疎らにプレイヤー達が残る広場を後にして、ボク達は冒険者ギルドへと足を向けた。
爬虫類とか苦手な人はドラゴンもやっぱり苦手になるんでしょうかね…?
運営側の人達って結構弁が立つっていうイメージがありますね。
問題児やら色々なプレイヤーの対応しているとメンタルが鍛えられていくんでしょうかね。
ランドドラゴンは説明した後、登場した路地へと帰って行ってます。多分その先に庁舎みたいなものがあるんです。




