【 Ep.2-010 作戦開始 】
「何やってんの君ら……」
数名出来上がってる男連中の元へ寄りながら呆れた声でセラが声を掛ける。
「セラ達待ってたんだけど、あまりに長いもんだからそこの露店で酒とつまみ買って時間潰してたんだよ。」
「にしては既に出来上がってるのが数名居るんだけど?」
「いやぁ、まさかこの二人がここまで酒に弱いと思わなくってさ」
ケントが視線を寄越した先に居るのは耳まで赤く染め上げているシキとセトだ。二人とも互いに肩を組んで呂律の回らない舌で何やら大声を出している。
「――だからねぇ?ボクはセラさんこそこの世界を統べるにふさわしいと思うんですよ、シキさぁん」
「おおーーー!セトくぅん、やっぱり君もそう思うっすか、気が合うっすねー!強さと頭の切れの良さに今はパーーーーーーーフェクトな美少女とかもはや向かうところ敵なしっすよね!」
「ですですです!!ラインアークの時もそうでしたけど、強い上にあの可愛さはある種のチートっすよね!」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞をベラベラと二人は止めどなく語り合っている。当の本人が近くにいるのにすら気付かないほど、二人は心酔しているセラへの想いを互いに吐露し合っていた。
「……おい」
「はい」
「はいじゃないが???この二人出来上がってからずっとこんな調子なの?」
「最初はここまで酷くなかったんだけど、酔いが回るにつれこんな感じになっちゃった。てへぺろ」
ベキッ!
「ふごぉっ!?」
容赦のないセラの右アッパーがケントの顎を綺麗に打ち抜き、ケントはそのまま後ろへどさりと倒れた。
「リツやベネも居てるのになーんでこんな状態ほっといちゃうかなぁって、あぁ、そういう事……」
呆れるセラの視線の先、遠目にはその巨体が目立って分からなかったが顔を赤らめて機嫌よくモーリィにマリーの嫁自慢をするベネデクトの姿とニヤニヤしてそれを聴いてるリツが居て、少し頬を赤らめてベネを止めるマリーとモーリィに解毒魔法を試すシオンの姿があった。酒って毒扱いなの……?
辺りを見回してみるといつもならこういう場を収めるチグサの姿がない。一先ずシキとセトを正気に戻す為、出来るだけ冷たい水のイメージを頭に描き<手水>で二人の頭上に水球を浮かべた後、バシャーンと勢いよくぶっかけた。
「ぶへぁっ?!」
「ぶばぁっ!!」
突然冷や水をぶっかけられた二人は一気に酔いが醒めたのか目をぱちくりとさせ何が起きたのか辺りを見回しボクに気付く。
「あ、セラさん……おはようございます」
「お、おはようございます!!」
「ハァ……。おはよ、二人とも酔いは醒めた?」
「「はい」」
「その……二人がボクの事を色々思うのは自由にしていいけどさ。せめて人通りがない所で言い合いしてよ。流石に恥ずかしいし……」
セラが少し頬を赤らめて言う姿にシキとセトの二人は「はい!」と土下座する形で答え、二人とも頭を垂れながらも互いに向き合って「こういう所!」と口には出さずにアイコンタクトで頷きあっていた。
「ちょっとセラーこっちにもそれ頼めんかー?」
土下座の形でしょげた様子の二人の姿を見て再び溜息をつくと、モーリィとベネの相手をしていたマリーから声が掛かる。どうやらマリーも二人の酔いっぷりに呆れたみたいだ。モーリィとベネはシキやセトとは違ってオフでも酒には比較的強かったはずなんだけど、こっちの世界ではこの世界の肉体に依存するのか、それとも飲んでいる酒が強いのかどっちなんだろうか。
「ほ~い、んじゃ冷たいのいくよー。<手水>!」
「ぬわッ?!」
「ひょあっ!?」
「えっ?!ちょ!!アヒャッ!!」
三人の頭上でパシャン!と小気味良い音を立て弾けた水球は雪解け水の様な冷たさをベネとモーリィにもたらし、二人とも甲高い声をあげて一気に酔いを醒ました。傍でニヤついていたリツは自身の頭上に浮かんだ水球に気が付き逃げようとしたが、容赦なく冷や水は襲い掛かりその体を濡らした。
「ちょっと!!なんで私にもかけるかなー?」
「傍でニヤついてて止めてなかったじゃない」
「あんな風になったら手の打ちようがないの知ってるでしょ?」
「その前の問題だよ。とりあえずシキとセトも併せて<温風>で服乾かしといて。あー、それとチグサは?」
「チグサならさっき冒険者ギルドの人が来て軽い打ち合わせに向かったよ」
「そっか」
不満を漏らすリツとやりとりをするが正直これは互いにじゃれている様な物だ。声のトーンもどちらかと言えば先程のケントみたいに軽く、ああ言えばこう言うっていう流れが読めてるからこそ出来る所謂様式美ともいえるお約束のやりとり。
リツの情報からチグサがいない理由は分かったのでチグサが戻るまで、リツがそれぞれを乾かしてる光景を見ながら、飲みかけの酒らしきものを一口喉に流し込む。
「ッ?!ケホッ!!!!な、なにこれ?!」
口に含んだ時の味は少し辛口のビール。が、喉を通り過ぎて少し経つと強烈な酒気が鼻の奥へと抜け、脳を直接ガクンと揺らす様な強烈なインパクトを与えてきた。こんなものをまともに飲めばいくら酒に強い奴でもものの数杯で泥酔するのも当然だ。
自分の両手に<手水>で水を出して喉に流し込み、胃まで到達したであろう酒精を薄めていく。恐らくこれ何かと割るの前提なやつでは……?そんなものをストレートに飲んでも割と平然としているケントは一体どんなに酒への抵抗持っているんだろう。
「おや、そちらの買い物はもう御済みになられましたか?」
口元をぬぐっていると後ろから聞きなれた声が聞こえたのでそちらへ向くと、打ち合わせに行っていたチグサの姿がそこにあった。
「あぁ、うん。シオン達に手伝ってもらってどうにか。チグサは打ち合わせどうだった?」
「ええ、無事に済ませてきましたよ。正午からのアナウンスをプレイヤー全員に通知できるように専用の魔道具を受け取ってきました」
「あー、やっぱりシステムのアナウンス告知は出来ないんだ?」
「はい、何度も試してみたそうですが運営側のシステムコマンドを介するものは殆どが無力化されているそうです。ですのでこちらの使い捨ての魔道具を村の指定地点に設置する準備が必要との事です。この箱には"拡声"の魔法が付与されているらしく、この村の中程度であればアナウンスに近い事が可能になるそうです」
チグサがインベントリから取り出したのはティッシュボックスに似た構造の大きさの箱。箱の内部に拡声の魔法が付与されている魔石が入っていて、正面の穴から発信者の発言を周囲に発信する事が可能だという。見た目がティッシュケースの持ち運びできるスピーカーと言えば分かり易い。
「という事は、時間までにそれを設置しないといけないってわけだね」
「ですね。他のパーティの方々も含めて担当が割り当てられています。私達は東南側に担当を任されたので其方に向かって作業を済ませましょう」
「よし、じゃあみんなこっちに集まって。チグサは設置地点の地図あったら出しておいて」
集まったメンバー全員にチグサから説明をしてもらい、設置地点を確認する。転移してからはマッピング機能も消失しており、地味にこういう時の場所確認に手間取る様になった。
現実世界では初めての場所でもウェアラブルデバイスで地図機能を使用すれば滅多な事で迷う事など無くなったが、この世界ではそうした便利な物は当然存在せず、所謂ランドマークを定めてそれらを基準にして脳内に地図を描くアナログな手法を取るしかない。最先端のゲームをやっていたはずなのに、いつの間にか一部では一昔前に戻ったかのような感覚が少しだけ心をざわつかせた。
ボク達の担当する東南側のエリアへの設置地点は三ケ所。エリアの特徴としては青果を中心とした食糧等を売買している市場と表現するのが一番しっくりくる場所である。そのエリアの外周部分に近い部分に、市場を囲む形で三カ所設置する事が今回の目的だ。
正午までの時間が迫っていた事もあり、急ぎ足で魔道具を設置しに向かった。
――アナウンス用の魔道具の設置は無事終わり、設置後に市場である程度の食糧を購入して冒険者ギルド三階の会議室へと向かうと、戦場の看護師以外の面子がすでに揃っている状態だった。
ムギュッ!
「ふぎゃっ?!」
「つーかまーえたっ!」
一切の気配を感じさせずに突然後ろから抱きしめられ背中に柔らかいモノが押し付けられる。感触といい声といい間違いなくオルシナスの仕業である。
「はーなーせー!」
「やーだよー。また当分会えなくなるんだから今のうちにもふ貯めさせてよー!」
「も、もふ貯め?!いや、それよりも助けてよみんな。セールーーー!」
「悪いねセラ。残り時間もそこまでない事だし大目に見てやってくれ」
「いいから座ろ座ろ。予定迄もう時間はそんなにねぇんだし」
セルとケントに軽くあしらわれたボクはオルシナスに抱えられ、再び朝の会議の様にオルシナスの膝上に乗せられて着席する事となった。セルはいつものシスコンが発揮されたと考えればまだ納得は出来ないけど理解はできる。けどケントはさっきの仕返しだろう。
抱きかかえられながらケントを半目で睨むが素知らぬ顔でスルーを決め込んでいる。後で覚えていろよ……。
そんなこんなしていると、部屋のドアが勢いよく開いて少し慌てた様子の戦場の看護師の面々が入ってきた。
「すいません、少し遅れました」
「いえ、時間までにはまだ少し余裕がありますよ。とはいえ、皆さん揃いましたのでアナウンス前の詰めの会議を始めましょう」
正午まで残り30分弱ではあるが、最後の詰めの会議がそうして始まった。時間がない事もあり、カサネさんが主導して朝の会議後進めておいた事を確認する形で進行された。
主な方針は次の通りだ。
1.正午にカサネさんがプレイイングGMとして運営が現在のトラブルに対応していると通知し、その処理を安全に進める為にこのアートゥラ辺境伯領内に留まる事を要請し、係る不安についての説明をそれらしく説明し納得させる。
2.アナウンス後、ファミーリア"白鯨"は冒険者ギルドで手配しておいた領都行きの馬車に乗り領都へと向かい、領都にいるもう一人のプレイイングGMと合流して先行しているプレイヤーへカサネさんからの通達を伝える事。
3.パーティ"黄金の交易路"は、領都へ向かう"白鯨"に荷馬車を率いて随行し、領都にて食糧を確保し、それらをこの村へと運搬する。
4.パーティ"戦場の看護師"はこの村における負傷者への救護活動を指定期間請け負う事とし、神殿及び治療院と連携するものとする。この際負傷者への治療費については一部冒険者ギルドが負担するものとする。
5.ファミーリア"天兎"は村の治安維持と周囲のモンスターの調査任務にあたる事とし、情報を正しく冒険者ギルドへと報告して冒険者の安全確保に努めるものとする。
6.パーティ"フロントライン"は冒険者ギルド長カサネの身辺警護と村の中の治安維持の任に当たる事とし、村の守備兵とも連携を取るものとする。
7.上記6項目における諸費用は冒険者ギルドで受け持つ事とし、任に当たるパーティ及びファミーリアとは指定依頼の形で契約するものとする。
「ほならワテらは先行する白鯨の皆さんらと同行する形で領都に向かい、そこで食糧確保してここへ運んできたらええわけやな」
「はい、そういう事になります。このままでは村の備蓄食料は尽きるのが目に見えています。凡そ一万ものプレイヤー達と元よりここに暮らしている住人達の食糧を賄う事は現状では不可能です。現実問題として今は飢餓に陥る危険度の方が、モンスター達との戦闘よりも危険性が高いと認識しています。黄金の交易路の皆さん、どうかよろしくお願い致します」
「おー、まかしときー!ええもんよーさん仕入れてきたるさかいに、ワテらの腕の見せ所やで!」
(……モンスターとの戦闘で死ぬ危険性ばかり考えていたけど、確かに食糧問題は同じレベルで重大な要素だ。凡そ一万ものプレイヤーの腹を満たすだけではなく、元より住んでいる住人達の食糧も確保しなければ飢えからの暴動が起こりかねない。この村の事を全て把握しているわけじゃないけど、食糧自給率はそこまで高くはないだろうし、元がその状態なのに今は一万人程度のプレイヤーがそこに加わればどうなるか……)
セラがそう思考して軽く腕に鳥肌を立てたところでカサネが立ち上がり一人一人の顔を見ていき力強くこう言った。
「さて、会議は以上です。みなさん、まずは一週間これ以上プレイヤーが欠ける事なく生き抜けるよう頑張りましょう!」
皆それぞれカサネさんの目を見つめ、無言で、しかし力強く頷き決意を表した。
――こうして、カサネさんのアナウンスを軸にする欺瞞作戦が開始された。
お待たせしました、ようやく今週分の投稿です。
来週も週一での投稿になると思います。




