【 Ep.2-009 ランジェリーショップでの戦い 】
会議が一段落して一度解散となった後、ボクを放そうとしないオルシナスからどうにか逃げる事に成功したボクは何故か今ランジェリーショップに居てる。
どうしてこうなったのアスキーアートが脳内で踊り回り思考停止となっていたところへ、この場へ足を運ぶ事を決定した張本人のマリーが声を上げる。
「よーっし、時間も限られてるけどええヤツ選ぶでみんなー!」
「ねぇマリ姐、態々ファミーリア資金をみんなに分配してまでなんでココで買い物なの?」
「そっ、そうだよ、なんでボクまでココに連れられてきてるの?!今すごく恥ずかしいんだけど!」
「二人ともアホかっ!よー考えや、セラの推測が正しかったらこの後何日も何か月も、下手しぃ何年もこの世界で暮らしていくんやで?あんたらそれやのに替えの下着も用意せずにブラやパンツそれぞれ一着だけで過ごす気ぃなん?それにセラ、あんたはもうどっからどう見ても女の子なんやから元々の中身が男やからとか言ってられへんねんで?身形もしっかりしてもらわなそんな余裕もないんかってコケにされるで?それに一着だけとか絶対不衛生になるやろ」
「あっ、確かにそうだね。やっぱりこういう時マリ姐は頼りになるなぁ」
シオンの質問へのマリーの回答を聞き、ボクはぐぬぬと思いながらも納得するしかなかった。確かに下着一着だけはまずい。洗濯する時に替えが無ければ丸出しで暫く過ごすしかなくなるし、衛生面の問題も反論の余地がない。だけどそれでも、元男に辛いこの空間に居る事実に目が泳いでしまう。
――時はオルシナスから逃れた後に遡る。冒険者ギルドから出たボク達はこの後の事を考えて早めの昼食をとる事にしたのだが、その席上でマリーがファミーリア資金を全員に分配して、食べ終わったら男と女に分かれて下着をはじめとする生活必需品を買いに行く事を有無を言わさぬ勢いで決めたのだ。
食後、ボクの周りは何故かマリーとシオン、そしてクロさんまで加わった三人に取り囲まれ村の中唯一のランジェリーショップまでドナドナされたのだ。解せぬ……。
ちなみに男性陣はベネが他の男共を連れて男性専門の衣服屋へ連れ立って行っている。この夫婦の連携力はこういう所からも馬鹿にはできない。
かくしてランジェリーショップへと連れ込まれたわけだが、なるほどマリーの説明を聞く分には下着は複数枚必要であるという点は理解できた。だけどだ、ボクが選ぶのか?……コレを?
手に持った意外としっかり縫製されたパンツを目の前に広げながらセラは唸った。男性下着であれば自身で購入していたので勝手はわかるが、女性ものとなるとどれがいいのかどのタイプがどういった点で優れているのか判断する材料がセラにはないのだ。
とは言え現状装備している防具からしてドロワーズに代表されるような肌着は動きの面からも選択肢からは除外できる。デフォルトの下着は防具に合わせているのかいわゆるTバックと呼ばれるタイプのものだ。改めてその形状をマジマジと見ると、こんなものを自分自身が履くという事実に頭の中が熱をもって冷静な思考ができなくなってくる。
「セラ、ちょっと大丈夫?」
僅かに頬を紅潮させて固まっているセラに気付いたシオンが声をかけるが、閉鎖思考モードに入ってしまったセラにその声が届く事はなく、何度声をかけても無反応なセラに苛立ったシオンが体を揺する事でようやくセラの意識が戻る次第であった。
「えっ、あ、ごめん。聞いてなかった……」
「いやぁ、まさかセラがこんな事で思考停止するなんて思ってなかったなぁ」
「そんな事言われたってさぁ、こんな事するなんて思ってないじゃん?それにこういうのってどういった基準で選べばいいかわかんないし……」
「ん~……そうね、今着ている防具に合わせるのが一番自然じゃない?そこから肌触りだとか生地の厚さだとか素材とか好みで選べばいいと思うけど」
「そうなるとボクの場合かなり際どいラインナップしか残らないね……」
ボクが現在装備している白黒の聖乙女の下半身部分は腰横のタセットがあるくらいで前部分は革製のショーツが丸見えになっている。勿論下着はその下に履いてはいるが、ぱっと見パンツ丸出しに見えなくもない。その代わり非常に動きやすく、戦闘時において股関節の稼働を一切阻害しないので、多少の恥ずかしさを味わう事になっても十分得るものがあるのでそのスタイルにしている。
「それならティーバックか紐パンくらいしかないんじゃないかなぁ。ほら、これとか良さそうだよ?」
「なんでシオンはそうやって勝負パンツみたいなのチョイスするかなぁ」
「えー?いいじゃんこれー。セラがいらないなら私が買うからね」
「いや別に好きにすればいいけど……。うーん、どれがいいかなぁ」
シオンと話す事で幾分か落ち着いたのか、セラはシオンに相談しながら下着を選んでいく。面白い事に種族が多岐にわたるこの世界では、尻尾のある人種の事を踏まえられているのか尻尾を通す部位が作られていて、この作りであればセラの様な獣人でも尻尾の根元が圧迫されて痛い思いをせずに済む工夫がされている。よくよく思い出してみれば、椅子などもそれ用の穴や背板に切れ込みが入れてあったりと割と様々な種族に配慮された作りになっていた。
二人の趣向はそれぞれ違っていて、シオンは現実世界での趣向そのままにいかにもギャルが好みそうな少し派手目のものをチョイスし、セラはどちらかというと可愛い感じのものをチョイスしている。
これがリアルそのものであったなら三十近くの男が目をキラキラさせながら女性用下着を選んでいるというとても直視できない光景となるのだが、幸いにも今のセラは本人どころか大多数が認めるレベルの美少女である。当初ははじめての環境に戸惑っていたセラであったが、元来かわいいものが好きという趣向のおかげか、今の自分の姿に合いそうなものを選び取っている。
パンツに関しては十着程度あれば大丈夫だろうという事で選別してたところ、先に選び終えたマリーとクロさんが寄ってきてセラにダメ出しをする。
「かわいいの選ぶんはいいんやけど、これだけじゃあかんよセラ。その格好に合わせたっていうんはわかるんやけど、それ以外の種類のやつも二枚程度選んどき」
「そうですよ、セラさん。今後の事を考えればサニタリーショーツは必須です。シオンさん、教えてあげなかったんですか?」
「あっ、忘れてた。ごめんごめん」
「さにたりー?」
「んーセラには馴染みがなかった世界やもんなぁ、わかんらんでも仕方ないか。分かりやすく言えば生理用下着やね」
「?!」
――セラ、二度目の思考停止の瞬間である。
「いや、固まっとらんと話し聞きぃや。さっき言うたやろ?この先この世界で暮らしていくんなら現実世界と同じく生理は絶対くるはずや。うちら女はそれからは逃れようがないんよ。あんたのソレがどの程度になるかは正直わからんけど、準備しておくに越したことはないやろ?」
「……うん」
「でしたらこちらとかどうですか、セラさん。少しはみ出すとは思いますが、その時は別の衣装に着替えれば済みますし……」
正論オブ正論で現実を直視させてくるマリー。性転換する事となったボクが分からない事を想定していたのか色々手をまわしてくれていたみたいだ。だけどクロさん、なんでクロさんがボクのそれ用の下着を既に用意してあるんですか……?
黒地ベースにハの字型にレースが縫い付けられ、おへそに近い部分にはデフォルメされたウサギのアップリケがあるサニタリーショーツを少し頬を赤らめてボクに披露するクロさん。
色々思うところと言いたい事はあるんだけど、悔しいかなそのチョイスは正解だ。大人しくそれを受け取ると、マリーもボクに一つ手渡してきた。見てみると、左もも付近にピンクのウサギが刺繍された黒のスパッツ型のオーバーパンツだった。
「その二つがあればいざ来た時も安心やろ」
「ですね。気に入ってもらえたみたいですし選んだかいがありました」
「ってよーみたらパンティーだけでブラまだ選んでないやん」
「だってそっちもまだよくわかってないんだもの……」
「あーもう、一緒に選んだげるからはよいこ?」
そうしてブラが陳列されたコーナーへ来たのだが、今までマジマジと見る事がなかったそれらを前にすると、再び頭の中で渦が巻く感覚がセラを襲った。
「セラ、ある程度うちが選んでもええか?希望は聞いたるさかいに」
「う、うん」
「ならとりあえずこの部分だけは譲れんって拘りたいものってある?」
「肩回りの動きを阻害しないやつがいいかな」
「ん~~、ならスポーツブラタイプがええやろなぁ……」
「ならこれとかどうです?」
――次々とボクに似合うと思うという理由でマリーとクロさんが持ってくる。その勢いたるやボクが連れてこられた猫のごとく大人しくしている状況で察してほしい。次々に持ってこられるブラを試着室で着せ替えさせられる様はまさに人形遊びそのものだった。
結局、下に合わせる形でグレーの生地にエメラルド色で縁取られたものや、黒のシンプルなスポーツブラを含め、マリーに勧められる形でビスチェタイプを、見せても大丈夫なタイプのホルターネックタイプのものをクロさんの強い勧めで購入する形になり、銀貨2枚と銅貨31枚の出費となった。
素材もそれなりに良い物を使っているのと、こういう毎日肌に直接身に着ける物は安いものはダメというマリーの発言もあり金額についてはこんなものかとセラは一人納得した。これまで買うどころか手にすることもなかった代物の良し悪しや価格設定などわかるはずもない。一応自分の好みのものも手に入れる事はできていたので不満もない。それと同時になるほど女性の買い物時間が長い理由の原因の一つを理解する事ができた気がした。
購入した商品をインベントリポーチへと収納し、ランジェリーショップを後にして男性メンバーとの合流地点へ向かう途中、日用品の買い物をしていたであろう戦場の看護師達と出会った。
「ホイミさん、先ほどは挨拶できずにすみません。こんな状況だけど私ホイミさんとここで会えてすごい安心しました」
「あらぁ、難攻不落の聖女その人に言われるなんて光栄ね」
「本当ですよ!あの二つ名だってホイミさんから教えて頂いた事をベースにして動くようにしてから付けられたものですし」
「うれしい報告ですけど、二つ名が付けられたのは貴方自身が努力した結果です。私はただその手助けをしただけですよ」
彼女を見つけた瞬間小走りで駆けていき声をかけるシオン。シオンはラインアーク時代、別サーバーで活動している戦場の看護師の動きを、アップされている動画を敵味方問わず全てチェックして研究していた。女性プレイヤーには珍しい研究して行動に反映していくスタイルは、理系に通うシオンらしいなと何度も感心したものだ。
そんな研究熱心なシオンはどんどん強くなっていき、戦闘時の回復支援においては右に出る者がいないまでの腕を獲得し難攻不落の聖女の二つ名で呼ばれるようになったのだ。
二人の会話を少し離れて見ていたところ、此方に視線を向けたホイミさんと目が合って声を掛けられた。
「シオンさんもですが、セラさんもお久しぶりですね」
「ん?ボクと会った事あったっけ?」
「ええ、ありますよ。とは言え、公式の大規模オフラインイベントでの席でしたから其方が覚えていないのも無理はないと思います」
「あぁー……ごめん、流石にあの短時間で全員のキャラ名と顔覚えるのは無理だった」
「いえ、別に責めるつもりはないので大丈夫ですよ。皆さん手ぶらですが先程まで何を?」
「え、えっと、今後の事を考えて早めに下着買い揃えに行ってたんだ」
「あっ!よくよく考えればそっちの日用品も買っておかなければいけませんね」
「せやせやー。今のうちいっとかんとカサネはんの発表後ぜ~~~ったい混雑して地獄見るでぇ!あんたらも急いでこうてきたほうがええよ」
「ですね。すいません、もう少しお話ししたかったのですが、今はご忠告に従って混む前に買いに行ってきます!ではまた!」
「うん、また後で」
「ホイミさん、また後でー!」
会話によれば、以前オフラインイベントでホイミさんと会っていたらしい。会議の場でのウインクはそれがあっての事だったのかと納得した。話の流れで下着を買ってきた事を話すと、ホイミさん達は下着の購入を忘れていたらしく、マリーの勧めもあってホイミさん達は挨拶もそこそこに駆け足でボク達が買い物を済ませたランジェリーショップに向かっていった。
正午の発表の内容を踏まえると、頭の切れる者はすぐさま日用品や生活必需品の確保に走るだろう。開拓村という名前に似つかわしくない規模の広さと各種施設を誇るこの村でも、流石に凡そ一万人ものプレイヤーの物資を賄えるかは非常に怪しい所であり、今現在その確保と手配に黄金の交易路の連中が手を尽くしているところだろう。
ホイミさん達戦場の看護師と別れた後再び合流地点へ向かうと、ビールジョッキ片手に既に数名出来上がった様に見える男連中がいた。
……何やってんだよお前ら……。
当作品の設定的な物を作りました。
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