【 Ep.2-007 対策協議 】
「さて、急な呼び出しに応じてもらった事、まずは感謝の意を表します。あなた方を招集させて頂いたのは既に認知しているとは思うのですが、昨日発生した異常事態について協力を仰ぎたいからです。先ずはこの場に集まり頂いたファミーリアとパーティの紹介を此方でさせて頂きます。」
前日モーリィが説明した通り、カサネさんが呼び出した案件はゲーム内時間昨日に発生した異常事態についてだった。
「私から見て左手側から、ファミーリア『白鯨』とそのマスター『セルゲイナス』氏」
呼ばれてセルは右手を軽くあげて自分がセルゲイナスだとアピールする。素っ気ない態度だが、それでもイケメンバフのおかげかそれすら格好よく見えるのは卑怯なんじゃないかな……。
「続けてファミーリア『天兎』とそのマスター『セラ』氏」
セルの真似をして右手をあげるが、オルシナスに抱かれているままなので様にならない。向けられた視線が生温い……。いい加減解放してもらいたいのだが、彼女の性格を考えると恐らく時間いっぱいはこのままになるだろう。何せオフ会でも会話そっちのけで只管時間いっぱいスイーツを食べ続けていたような子なのだから。
「反対側の右手側、私に近い側からパーティ『黄金の交易路』とリーダー『マルコ』氏」
「どもども」
「続いて中央付近に座っているのがパーティ『戦場の看護師』とリーダー『ホイミ』氏」
「よろしく~」
「最後にパーティ『フロントライン』とリーダー『ベック』氏だ。所属メンバーの名前については後程各自で交流を図って頂きたい。さて、何故このメンバーなのか疑問に感じる方も居るでしょう。特に隠し立てする事でもありませんが、現時点で我々……いえ、私をはじめとする運営側と協力関係を結んでいる皆様となります」
カサネさんのその一言に皆一様にそれぞれの顔を見回す。成程、セルの事はよくわかっているが、他のパーティリーダーの三名も一癖も二癖もある実力派という事だろうか。それぞれそうと悟られぬ様観察していく。
黄金の交易路のリーダーのマルコは顔の作りまで猫に寄せた猫獣人の男性。
獣人族を選択したプレイヤーは人の顔と分かるように動物的な部位をくっつけたキャラクターメイキングをしている者と、ベースになった動物の顔をそのままアバター適応した者とに大別される。前者はボクのようなタイプだ。例えばボクであれば人の顔に人間の耳を無くして狐耳をかわりに付けたといった頭部をしている人間に動物的要素を付け足したタイプ。後者は分かり易く言うならば狼男みたいなものだといえば良いだろうか。猫なら猫の頭部に人の身体がくっついてるというような動物を人間化させたタイプだ。後者に当たる彼の顔は、細められた目や口元から覗く牙など作りはそっくりそのまま黒猫である。
彼のパーティ名には心当たりがある。記憶が間違っていなければ、海洋貿易系MMOゲームでトップに君臨し続けた商会集団の名称だったはず。もしそうであるならば、かなりの商才を誇るプレイヤーと考えて間違いない。
次に戦場の看護師のホイミさんを見るとこちらと目が合った。此方にウインクを寄越す彼女もまた獣人族で兎獣人の最大の特徴の長い耳が垂れさがっているところを見るとロップ種ベースにメイキングしたのだろう。
彼女のパーティ名にも心当たりがある。ラインアークの別サーバーで、支援職や回復職だけで構成された極めて偏った集団ながら、互いに支援し回復を重ねる事で後衛職であっても前衛職並みの耐久力を生み出すという回復ゴリラと称されたギルド。何度かゲーム攻略系サイトのインタビューに登場していたしほぼ間違いないだろう。
最後のフロントラインのベックについては初めて知る存在だ。ボクは知らないが、カサネさんが協力関係を結んだ相手という事は何かしら秀でた能力があるのだろう。
ヒューム男性の彼の顔には、キャラクターメイキングの際に付けたであろう傷跡が顔の左半分全体にあり、体格も筋骨隆々としていて歴戦の戦士感を醸し出している。そのいで立ちから恐らく戦闘系での才覚があるのではないだろうか。
「リント君、彼らに資料を配ってください」
「はい、畏まりました」
カサネさんの指示でリントさんが全員に資料として3枚の羊皮紙を目の前の机に置いていく。ボクの前にはオルシナスの分と合わせて置かれているので、片方を手に取り早速目を通す。
そこには現時点までに起きた異常事態の内容とその報告数、世界が転移されたと思われる時刻までの接続人数、空間振動以降運営チームとの連絡が取れない事、現在登録されているパーティの数、そして死亡者の数等、これまでに報告が挙げられたであろう様々な情報が記されていた。
配られた資料に目を通した者は、次々に顔色を悪くしたり渋い表情になったりと内容からして当然の反応を示す。
重要だと思われる項目だけ挙げておくと、最終確認接続人数が9,862人、報告が上がっている死亡者数が82名、プレイヤーによるパーティ総登録数は1,347。大規模パーティを序盤で組んでいる連中はそこまでいないだろうから、一パーティ当たり3,4人程度で計算したとしても、ソロで活動しているプレイヤー数もそれなりの数に上りそうだ。それにしても死亡者数が現時点で判明しているだけで82名……。どれ程の不安や痛み、恐怖を感じて逝く事になったのだろう、想像するだけでも胸のあたりがズキリと痛む。
「配った資料に書いてある事が現段階で我々が把握している情報の全てです。ソロプレイヤーの動向については完全に把握しているとは言い切れませんが、この村で発行された冒険者カードを持つ者であれば、冒険者ギルドの伝手でギルドを利用すれば足取りは辿れますのでそれなりに信用のおける数字だと捉えて頂いて構いません。また、報告が上がっている事象の他に、報告にはない事象や何か気になる点、この状況をどう捉えているか等があれば挙手の上内容をお聞かせ願いたい」
カサネさんの発言を受け、対面のマルコが挙手をする。
「この運営チームとの連絡不能と言うんは、今もムリなんですか?」
「資料に載せている通り、強い空間振動以降一切連絡が取れない状況にあります」
「GM権限や専用コマンドとかでも外部と連絡は取れないんですか?」
「我々専用のコマンドも全て試した上での報告さ。社内αテストの時から非常事態用のマニュアルは用意されているんだけどね、こういったメニューロスト時の対応は我々内部スタッフがログイン用に使用しているダイブルームをモニターしているスタッフが、異常を検知し次第トラブル対応チームへと内容を知らせ、GM用にカスタマイズされたオラクルを所定の動作でパワーオフにして我々を覚醒させる手筈になっているんだ。だが、あちらでも恐らく確認出来たであろう異常事態発生からここまで時間が経過している事を踏まえると、現実での我々の肉体に何らかの問題が発生していると思われますね」
「ほんならいまんところワイらで出来る事ってありゃしまへんのとちゃいますか……」
話を聞いたマルコの肩が大きく下がる。現時点で自分達でとれる対応がないというのは不安だけが募るし、薄っすらと感じる現実の肉体に迫る死への恐怖は自身の無力さを思い知るに十分だろう。
カサネさんの話を聞く限りではプレイイングGMの専用コマンドを使用しても外部との連絡が出来ず、いざという時の緊急対応時のマニュアルの対応を踏まえても今だにその対応がされていないと言う点は、現実での肉体確認が容易のはずのGMですらこの状態である以上、基本的に尋ねる人がいないボクの肉体の保護は絶望的であると思わせるには十分な内容だった。
「少しいいか」
そう言って手を挙げたのはフロントラインのベック。
「俺もこの目で見たから疑っているわけじゃあねぇんだが、この死亡者ってのは本当に"死んだ"のか?ゲームのアバターの死という状態ではなく、現実のそれと変わりない死なのか?」
「それについては私から申し上げたいのですがいいでしょうか?」
ベックの疑問について手を挙げたのは戦場の看護師のホイミさんだ。彼女が見つめる先のカサネさんが頷いたのを見てホイミさんが話を続けた。
「これから話す事への裏付けとして言っておかなくては説得力が生じませんので予め言っておきます。私の現実での職業は医師です、非常勤ですけどね。それを前提として話を進めますがよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼む」
「ここに居られる面々が実際体験したとは思えませんが見た事ならあるとは思います、"まだゲームだった"時点での死亡エフェクトを」
ホイミさんの言葉にそれぞれ頷く。
「私達戦場の看護師がこの村に運び込まれたプレイヤーの救助に当たり力及ばず亡くなった方々は皆、あの光の粒子になって消えていきリスポーン地点で復活する現象は起きず、現実のそれと同じ様に脈が絶え、瞳孔は開き、肉体は弛緩して死後硬直が起きていました。あれらは間違いなく人の死そのものです。遺体は光の粒子にもなる事もなくその場に残りました。遺体については冒険者ギルドの取り計らいで教会で埋葬への手続きをさせて頂きました。言葉では信じられないと仰る方がいましたら、後程そこへ案内いたしますよ」
「っ……」
「それと、ここがどの様な法則で出来上がっている世界かは正直よく分かっておりませんが、私達の回復魔法で容態を持ち直した方も居ますし、そもそも回復魔法が効力を発揮しない方もおられました。これは私の推測ですが、前者の方は回復魔法の効果が発揮される最低限の生命力があり、後者は最低限の生命力が無かったのだと考えています」
「ポーション飲ませてもダメだったのもその辺に関係があんのか?」
「そこまでは判りかねますけど、恐らく共通した理由での事かと……」
「そうか……」
彼女の述べた話に嘘や違和感は感じない。この状況下で態々自分からリアルの職業を明かした上で自身の知見からプレイヤーの死を確定させる嫌な役回りをしているなとボクが感じているのもあるだろう。
彼女の判断には強面のベックも唸りつつも納得せざるを得ないらしく、腕を組みなおしては顎を引いて深く椅子に座りなおした。
「ファミーリアの両名からは何かないかい?」
「ならボクから話してもいいかな?」
カサネさんから話を差し向けられたので、まずは自分から話す事にした。横を見てセルの様子を見ても特に文句はないと言いたげの表情でボクを見て頷いていたので文句はないだろう。
――そうして、昨夜天兎メンバー間で話し合った自身の推論を述べていく。事故によるログアウト不可状態。運営による故意のプレイヤーの拘束という可能性。そして先程カサネさんが語った内容や、自分も含めた天兎メンバーの体験等から異世界転移したという考えを述べると、俄かに室内にざわめきが広がった。恐らく薄々とその可能性に至っていた者が多かったのだろう。
ざわめきをそのままに話を続け、昨夜の話と同様にその場合の死へのカウントダウンについてもそのまま話したところ、流石にその内容は衝撃が大きかったのか一気に場が静まった。
「君の話を聞く限り、確かに現時点で考えられる状況の可能性としては最も腑に落ちる考え方ではあるね。君達が我々を疑う気持ちも理解している。ただ、その点については明確に否定させてほしい。君が話した様に運営側で君達プレイヤーを拘束しても此方には何ら利点がないんだ。最悪企業倒産してしまうような愚かな行いは流石にしないと思うよ上層部も。にしても異世界転移か……こちらでも実装していないオブジェクトの出現や、想定外のNPCの自立行動などもそれであるならば説明がつく。後は君が説明した確認の方法だが……一応此方で手を打てば可能と言えば可能だね」
「え、出来るんですか?」
「ああ。この初期村を含むアートゥラ辺境伯領には、私の他に領都にもプレイイングGMが居てね、彼と連携を取って領都までの道中にある町の冒険者ギルドとも連絡を密に取ればプレイヤーの移動と人数把握、生存確認はそこまで難しくないだろう。ただそれにはこのアートゥラ辺境伯領エリア以外へプレイヤー達が行かない事が前提となるね。それ以上のエリアまで行かれると、確認の為の時間が掛かってしまうから正確性が薄れてしまうんだ」
「つまりはこのアートゥラ辺境伯領内にプレイヤーを留まらせる事が出来れば、異世界転移されても肉体が現実に残されているのか、存在丸々転移されたのかどちらであるかの判別ができるんですね?」
「端的に言えばそうなりますね。勿論数値の正確度は絶対ではない以上、ある程度誤差は出るとは思うけれど、一桁程度の誤差であればどちらの状況であるかは結論を出せるでしょう。多くのプレイヤーが同時間帯に大量死なんて事象が起きれば、間違いなくそれは現実での肉体に限界が訪れたと判断してもいいでしょうから」
カサネさんの話を聞く限りでは冒険者ギルドの情報網と、プレイヤーの移動範囲を制限する事が出来れば異世界転移の状態がどちらであるかの判別は出来そうだ。事ここに至って運営による悪事や事故による単なるログアウト不可という線は殆ど無くなったと思える。後はもう一点気になっている情報をこの場で公開して意見を聞こう。
「最後にもう一点、報告しておきたい事があります」
「聞かせてもらえるかな。」
「皆さんが体験したあの強い空間震動の直後、ボクの目の前に"パンドラ"と名乗る白い髪、白い眉、白い肌、白いワンピースを着て、眼だけが虹色の極彩色に輝いていた少女が現れました。その少女が言うにはこの魔晶核を集めろというような趣旨の事をボク達に告げてきました。何でもこの世界の安定の為に必要であるとか……。言っている内容については正直理解しきれない点が多かったのですが、大まかにいえばこれを集めていかなければこの世界が崩壊すると」
「パンドラ……?!いや、まさかね……」
「何か心当たりでも?」
「ん……関係があるかどうかについては私自身にも正直判別がつかないんだけどね、ゼノフロンティアの基幹システムの名前が"パンドラ"なんだよ。それが偶々の一致なのか、何かしら関連性があるのか正直な所なんとも言えなくて」
「基幹システムというと、ゼノフロの全てを管理している様なプログラムという事ですか?」
「基本的にはその通りですね。基幹システム"パンドラ"と補助システム"MAGI"でゼノフロンティアのコア部分は構築されていて、NPCの思考制御や行動管理、モンスターの出現調整や天候管理など言ってしまえばこの世界における神とも言える様なシステムです」
「とすればボク的には無関係とは思えません。現状、この魔晶核を集める以外の手掛かりがない以上、何か関連すると思うものは手掛かりに加えるべきだと思います。マギというと東方の三賢者がモチーフですよね」
「その通り、博識ですね。ここで隠し事をして君達の信用を失いたくはないのと、知ったからといって特に何かできるわけでもないから説明しておきますと、補助システムMAGIはメルキオール、バルタザール、カスパールの三柱の構成で組まれており、メルキオールはこの世界の金融関係の管理調整と王や皇帝等の特別な地位にあるNPCの制御管理。バルタザールはこの世界に設定されている様々な神々の制御管理。カスパールはモンスターやNPC達の死の管理を中心に基幹システムであるパンドラを補助しているんですよ」
ゼノフロンティアの基幹システム"パンドラ"と、ボク達の目の前に現れた超常の存在である純白の少女"パンドラ"の名前の一致。これを偶然で片づけるのは簡単だが、何かしら関係があるとボクの直感が告げている。恐らくマギという単語も、何らかの形で関係しているのではないか。
元がゲームベースでの世界だと想定するならば、間違いなくキーとなる存在である事は疑う余地が無い。当初実装されていなかったオブジェクトが追加されている事を踏まえれば、場所やアイテム、人物も追加されていると考えるのが自然ではないだろうか。
「話の途中で割り込むのは気が引けるんだが、此方から一点だけ言っておきたい事があります。少しいいかな?」
そう声を掛けたのはセルゲイナス。これまで無言で思案していたセルが、ボクがパンドラのワードを出した時珍しくこちらに視線を寄越したのは気のせいではなかったらしい。
「セラの言ったパンドラと名乗る少女、その存在に俺たちも遭っている。恐らく同じタイミングで」
「え、それほんと?」
「あぁ、俺達も魔晶核を手に入れる機会があってね。恐らくこれが彼女と遭遇する条件というかキーアイテムだったんじゃないかな」
そういってセルは手元に深翠色の手のひら大の柱状になった魔晶核を出現させた。ボクの持っている魔晶核は同じ様な大きさで深い赤色の輝きを放つ球状をしている。恐らく倒した対象や強さで差異が出てくるのだろう。
「セル達もボクらと同じ様な事言われたの?」
「そうだね、セラ達の話と大体似た様な事を言われたよ。各地に散らばったこれと似た様な物を集めろってね」
「ふむ……。現状一番の実力者である君達の前に現れ、魔晶核を集めろと言ったわけですか。現時点でこの状況を打破できるかわからないですが、解決に繋がるかもしれない一つの可能性が出ましたね」
「集めたからと言って、俺達が元の世界へ戻れるなんて保障もありませんけどね」
「それはそうだが、何もわからない、何も知らないままこの世界へ放り出されるよりかは、何か一つでも道標になるものがあるのとないのとでは雲泥の差ですよ」
「そういうものですか?」
「ええ、少なくともね。一応聞いておきますが、天兎と白鯨それぞれから追加で述べる事はありますか?」
カサネさんの確認にボクたち二人は首を横に振りそれ以上の情報がない事を意思表示する。
「うん、では今後の方針を決めておきたいんだけどいいかな?これまでの意見や情報を考慮して、こっちの時間で7日間プレイヤー達をこのアートゥラ辺境伯領内に留めてセラ氏の推察の検証を行いたい。それにより今我々が置かれている状況が、単にシステム上の不具合による物なのか、異世界転移……それも現実での肉体も含めて転移したのかどうかが分かるはずだ。少なくともその7日間、君達には他のプレイヤー達を領内に留まらせる協力をお願いしたい」
そう告げた後、何か覚悟を決めた様な表情でカサネさんはボク達集められた面々に向けて深々と頭を下げた。
今週分です。週末は本業で年に一番忙しい行事が入っており投稿できません。次回投稿は来週になると思います。
この場で唯一の元NPCのリントさんですが、プレイヤーの皆が話している内容についてはあまり理解できていません。ただ、ギルド長も併せて早々たる顔触れが揃っているので、よくわからないけど大切な話し合いをしている。という状況だけは理解している状態です。




