【 Ep.2-006 白鯨との邂逅 】
―翌朝、冒険者ギルドへ向かったボク達は多くのプレイヤーで混雑しピリピリした空気が漂う一階部分を抜け、三階にある会議室へと通された。
椅子の数も30席程度あるそれなりの規模の会議室だが、既に一組のパーティらしき集団が部屋に入って左奥側の席に着いていた。軽く会釈してボク達は入って右側の手前側から順に席に着くと、少ししてからカサネさんとリントさんが入室してきた。
昨日の対応の影響だろうか、カサネさんの顔は目の下には隠し切れない隈が浮かび、たった半日で随分やつれてる様に見えた。
「随分やつれた顔になってますね」
「それはまぁ状況が状況だけにね……。それでもまだリリース直前のデスマーチに比べればまだかわいいものさ」
そう言いながらカサネさんは議長席に当たる一番奥にある中央の椅子へ腰かけ、リントさんはその横に立ち、手元には何かしら資料らしき物を持っている。あれ?もしかしてリントさんてギルド職員の中でも結構上の立場にいるのかな……?
「待たせてすまないが、後二つのパーティと一つのファミーリアが来る予定です。もう暫くそのままで居てほしい」
「セラ様の顔色が少し優れませんが何かありましたか?」
「あー……そこはあまり触れないで下さい。体調不良とかではないので」
「は、はぁそうですか……?」
カサネさんの言葉に続いてリントさんが顔色の優れないボクを気にして声を掛けてくる。昨夜の晩の女部屋での出来事を軽く引き摺っていたせいか顔色が悪く見えたらしい。
―シオンとマリーだけではなく、クロさんまで参戦した|TS(性転換)確認と称したアレやコレで女同士遠慮なしのえげつない行為を嫌という程体験し、実感した……。確かに同姓になっているとはいえ、どうしてあそこまで無遠慮に人の身体をいじくり回せるんだろう……。同室でボクとは逆の女から男へのTSを果たしたリツがそこに加わらなかった事だけは不幸中の幸いだったと思いたい。
それにしても現実化していると仮定していても、リントさんは相変わらず気の回る女性だと感じる。恐らくはこういった気配りができる性格であるからこそこの場に立ち会う事が出来るのだろう。
コンコンと会議室のドアがノックされた後、ガチャンと扉が開いて何人もの人間が入ってくる足音が聞こえた。ボクから見て部屋の奥に位置するカサネさんは右手側で、左手側に入ってきた扉があるのだが、すぐ左に座っているチグサともう少し離れた椅子に座っているベネデクトの巨体でどんな人達が入ってきたかは直ぐに確認できない。
「ギルド長、指定されていたパーティ及びファミーリアの方々をお連れ致しました」
「あぁ、ご苦労。ファミーリアの方々は私の左手側、パーティの方々は右手に着席願いたい」
コツコツ、ガシャリガシャリ、トットッっとそれぞれの歩く音が会議室の中を賑わせ、ボクから見て正面側に指定されたパーティ側の席に様々な姿形をしたプレイヤー達が次々着席していく。
後ろを数名歩いていく気配が通り過ぎていくのを感じていた時、不意にムニュっとした感覚が後頭部を包んだ。
「ムニュッ?」
「わー!やっぱりすべすべのふわふわだー!兄さん、私この子気に入ったんだけど!うちに呼べないかな?!」
「今はよせ、オルシナス」
「オル……シナスーーーーーー?!」
「あれ、私の事知ってるの?もしかして知り合い?」
突然の感覚に状況が良くわかなかったんだけど、どうやら豊満な胸が押し付けられていたらしい。
それはそれとしてその胸の持ち主のいきなりの引き抜きみたいな発言を、マスターらしき男が咎めた際の名前はオルシナス。
瞬時に過るは『白鯨』の盟主セルゲイナスの現実での妹のキャラクターネーム。思わず口に出してしまった言葉に、胸の持ち主は押し付けていたおっぱいバインドを解いて後ろへ下がってボクの顔を覗き込んできたので、ボクもまた彼女の姿をマジマジと見つめる。
美術の教科書から出てきたかの様な均整の取れた彫刻品の様な肉体に、出るとこが出ている奇跡のバランスをしたボディ。肌は薄青く、背中からは一対の翼が生えており、腰のあたりからは黒く細長い尻尾が生えていて先端は逆ハート形。頭部には捻じれた羊の様な角が生えており、顔の造形は一流のドール職人が仕立てた上げたかのような美しさは現実での彼女の顔と瓜二つである。
―まるで悪魔かサキュバスの様なこのアバターは、テスター参加者の極々一部に抽選で配布されたユニークアバター、アンヴァルという種族に違いない。……ちょっとだけ羨ましい。
「え、まさか本人……?」
「本人って何?オルシナスはオルシナスだよ!てか君、私知ってるって事は知り合い?ねえ誰?誰なの?!」
俄かに騒ぎ始めたオルシナスを無視してその隣に座る男を見やる。種族こそヒュームとオルシナスとは別ではあるが、彼女同様均整の取れた肉体から無駄なく付いた筋肉が主張する二の腕、顔の造形は美男子というか、オフ会の時に男の自分ですら3度見するレベルだったリア充イケメンの完全無欠のセルゲイナスの顔そのままだ。
「せ、セル……?!て事はもう一つのファミーリアって白鯨か……」
「む……その呼び方にその容姿……まさか悪魔のセラか!」
彼をセルと呼び合える間柄の人物は、彼の唯一の親友と自分くらいしかいない。人間不思議なもので、余りにも完成された神の被造物を目にすると簡単には近付き辛くなるらしく、彼はそのイケメンレベルに反して友人と呼べる間柄の人物があまりにも少なかったのだ。
そんな理解しがたい状況故か、自身の事をセルと呼ぶ人物の心当たりとキャラクターの容姿の志向からボクの事を言い当てたセル。当てられなかったら少し凹んでるところだ。
「おい、言い方!!」
「ははっ、相変わらず元気そうだね、セラ」
「そっちも相変わらずのイケメンシスコンぶりだな、セル」
「えっ、君セラさんなの?!えぇっ?!この可愛いくてすべすべのモフモフが?」
「っふふん、かわいいだろ!」
「うん、可愛い!だからもうちょっと触らせて、ね?」
「お、おぅ……」
想定より早い白鯨との邂逅。だが一度ログアウトした時に目にした注目パーティリストにも名前が挙がってるくらいだ。ガチガチの実力派である彼らが早い時期にこうして台頭するのは思えばごく自然な事なのかもしれない。
にしても、セルゲイナスとオルシナスの兄妹はボディトレース機能を使って現実の肉体をそのままアバターとして再現しているとは……。いや、オルシナスの方は種族の特徴的な部位が付け足されてはいるが、基本的なナリは現実での彼らの容姿そのままの美男美女。今はこうしてキャラクターメイクで心血注いだ結果彼らと張り合える自信はあるが、現実世界で彼らといるとどうやっても引き立て役かモブキャラと化さざるを得ないからなぁ……。
共に過ごした期間は天兎メンバー程ではないにせよ、数々の戦場を背中を預け合って戦い抜いた戦友だ。この場に参加しているという事は恐らくは"そういう事"なのだろう。
そんなセラの思考などお構いなしに、オルシナスはセラの耳や尻尾を撫で回していてセラはされるがままになっている。よっぽど手触りが気に入ったのか、オルシナスの行動は止まりそうにない。そこへ一人のドーンエルフの男性が近づき一礼する。
「すいません、セラさん。そしてお久しぶりです、デルフィナスです」
「おー久しぶりー、デル。て事はそっちの三人が……ってあれ、二人?」
「レヴァリエはまだ宿で寝てます。ここにきているメンバーで、そこのエルフ男がメルトでヒューム女がルキエです」
―デルフィナス。白鯨の盟主セルゲイナスをネットゲームの世界へと誘った彼の無二の親友であり右腕。天兎におけるケントやチグサの立ち位置にいる様な男であり、セルゲイナスから絶対の信任を得ている男でもある。誠実な性格をしていてセラからの覚えもいい等、白鯨の始まりは間違いなく彼からである。
そんな彼が紹介したのがどちらもコアメンバーである弓を背負って座っているエルフの男性のメルトと、身長の半分はあろうかという大盾が特徴の重装備のヒューム女性のルキエ。両名ともに頭をこちらへ向けて会釈してくる。セルやデルフィナス程ではないが、彼らも天兎と親交が深く気心が知れている間柄である。名前だけ出ていたレヴァリエも合わせて六人が白鯨コアメンバーであり、ネットゲームの移住の際にはこの六人で必ず移住している。
「コホンッ!呼び出しを掛けさせて頂いたメンバーが揃ったのだがそろそろ始めてもいいかな?」
久方ぶりの再開を喜んでいる両者の挨拶が落ち着いたのを見計らったのか、カサネさんがわざとらしく咳払いをして声を掛ける。
「あ、すいません。はじめてくだフギュッ?!」
唐突に胸が締め付けられる感覚の後、身体が持ち上げられ変な声が出た。視点がスライドしてストンと再び机が少し高い位置で視界に入る。お尻に伝わってくる柔らかい感覚と、背中越しに伝わるムニュっとした感覚で膝の上に乗せられたのだと理解する。
「なっ、なん?!」
「ねーこのまま抱いたままでもいいでしょ?」
「おいセル、これどうにかしてよ」
「すまないがそのまま我慢してくれ」
「ちょっ、おまっ?!カサネさん!」
こんの腐れシスコン!!流石にこの格好だとマズイだろうとカサネさんに助けを求めるが……。
「ん、いやまぁ別にそのままでも構わないよ。ひとまずはそれぞれの面通しと状況の説明さえ出来れば問題ないしね。それに、そういうほっこりする光景は少し疲れが飛んでいく気がするから歓迎だよ。目の保養、目の保養っと」
「?!」
呆気なく見捨てられたその瞬間、セラの耳がへにゃりと萎れたのを見て幾人か破顔一笑したのであった。
健康診断と帰省終えて戻ってきました。
今月は後半に本業の関係で忙しい行事が入っているので、更新ペースが更に遅くなってしまいます。
楽しみにされている方には大変申し訳ありませんがご容赦の程よろしくお願いします。




