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【 Ep.2-004 惨劇の爪痕 】


 部屋の中を沈黙が包む。組んだ手が震えているシキの様子からもチグサがこれから告げる内容は甘いものではないだろう。彼の表情を見てもその事を物語っているかの如く厳めしい顔をしているのだから。


「私達は声が聞こえてきた丘の向こう側へと急いで向かいました。丘の頂上に着き、声のした側に視線を向けると、そこには九人のプレイヤーと三十匹を超えるキラーアントの群れが交戦している最中でした」

「三十匹……」


 先程ライブラリで見た中型犬ほどの大きさの蟻に取り囲まれている状況を想像すると背筋がゾクリとする。

 蟻は地面を這う生物ではあるが、ハチ目・スズメバチ上科・アリ科に属する昆虫であり、女王蟻を中心に多数の働き蟻、兵隊蟻、雄蟻が群れを作る社会性昆虫だ。頭部の大顎の強靭さだけではなく、種類によっては針を持たないが大半の種類の蟻は針を持っている。針を持っていない種類はその代わりなのか、蟻酸を主成分とする毒液を飛ばしたりする。勿論針を持っている蟻はその針で毒液を注入してくる。現実においても熱帯性の蟻等はスズメバチに匹敵する症状を起こす等馬鹿にできない。何よりも多くの蟻の食性の基本は肉食だ。

 そんな生態をしている生物が中型犬ほどの大きさで群れを成して襲ってくる。下手をすればゴブリンやフォレストウルフ等比較にならない程のアドバンテージを誇る生物だと言っても過言ではないだろう。


「状況を確認すると九人のうちの前衛の一人、恐らく[剣士(ソードマン)]が負傷しており、四人の前衛が負傷している[剣士(ソードマン)]と治療に当たっている回復士(ヒーラー)と後衛を守る形で円陣を組み対応しているところでした。周囲を取り囲まれている状況である以上そういう陣形にならざるを得なかったと思うのですが、此方の援護も蟻の壁に阻まれる状況であり、一点突破しようにも空けた穴を他の蟻が塞ぐので彼らへ合流が中々できないでいたのです」


 頭の中で想像してみるに、救援に向かおうにもとても厄介な状況であるのが理解できる。取り囲んでいる円の内側の蟻は内部のプレイヤーへ集中できる上、外からの攻撃に対しては外縁部の蟻が対応し、一匹が倒されても他がそこを埋める。自己修復する簡易的な要塞みたいなものと言える。


「中のパーティも此方には気付いたのですが、何分彼方も包囲しているキラーアントへの対応で手一杯でどんどん追い詰められていました」


***


「大丈夫ですか!微力ながら助勢にきました!」

「す、すまない助かる!どうにか包囲を突破して撤退したいんだがこの状態で抜け出せないんだ」


 こちらからの呼び掛けに、相手方のリーダーであろう盾使い(ガード)の男が返答する。反応が返ってきた事に安心はするが、依然状況は芳しくないままでむしろいつ自分達が巻き込まれるかわからない状態だ。現に自身の脳はすぐにでも引くべきだとシグナルを発し続けている。

 本来こういう場面に遭遇した場合、巻き込まれる可能性を考慮して距離をとって離れるのが定石だ。例えそのパーティが壊滅したとしてもリスポーンポイントで復活するだけなのだから。だが、先程の異常事態といい、何かしら言い様のない不安が自身の中に渦巻いていて彼等を放っておく事が出来なかったのだ。

 硬い外骨格に此方の斬撃は思う様にダメージは与えられず、唯一守られていない関節部を狙おうとするが敵の数が数だけに思う様に狙えない。そうこうしている間にも包囲されている中央部のパーティは押し込まれていく。


「シキ、中央に向けて道を作る事は出来ませんか?人一人通れるくらいでも構いません」

「道……ですか?そうっすね、敵の外骨格の硬さが問題なんで、発勁なら内部に直接ダメージを与えられるはずっす。少し時間はかかりますが、バフを乗せたフォースバスターを放てれば直線状にいる敵は無力化できると思うっす」

「わかりました。クロさん、シキに強化バフをお願いします。掛け終えた後はセトの近くへ。セトは少し距離を取った上で増援が来ないか警戒に当たって下さい」


 私の要請に対しシキは的確な回答で答えてくれる。恐らく彼のスキルであればこの状況を打破できる一手が打てるはずだ。既にクロさんは彼に向けて練技士(エンハンサー)強化魔法(バフ)を掛けようと詠唱に入っている。セトは指示通り見通しの利く位置へと移動しており撤退のタイミングを的確に知らせてくれるだろう。


「ハァァァァアアアアアア……フウゥゥゥゥゥゥゥゥ……。ハァッ!!」


 私が包囲網の外縁部のキラーアントへ対応してる間に、独特の呼吸法を取り丹田から全身へと気を巡らせたシキがアタックオーラを発動させる。[修道士(モンク)]のクラスキルであるそれは、一時的にではあるが自身の攻撃能力を上昇させる効果がある。薄っすら赤色をした膜が彼を覆い、同時に彼の両腕が柔らかいオレンジ色の光を放つ。クロさんのバフ「エンハンスドマイト」が丁度シキに掛けられたようだ。このバフも対象の攻撃力を上昇させる効果を持つ。

 自己バフと外部バフの重ね掛けをされたシキの攻撃力は本来の攻撃力の数倍になっている。準備が整ったであろうシキは私の方を向き軽く頷きいつでもいけると意思表示する。


「今からそちらへ向けて一撃を放ちますので少しだけ中央部にスペースを空けて下さい!一撃を放った後<閃光(フラッシュ)>で敵の目を一時的に潰しますので皆さんは声を掛けるまで目を瞑って下さい。合図でできた道から全力で包囲から脱出して下さい!包囲を抜けてもそのまま止まらず全力で掛けて下さい!いいですか?」

「わかった!みんな準備するんだ、何があっても止まらず駆け抜けるぞ!」


 大声で包囲されているパーティへ声を掛けると、最初に反応した男が応答してくれた。後は空いたスペースを打ち抜く形でシキがスキルを放てば活路は開くだろう。


「向こうの準備も大丈夫みたいです。シキ、貴方のタイミングで動いて下さい」


ザリッ……


 シキが左半身を前に出し、腰を落として自然な形で右手へ丹田から気を送る。左手をゆっくりと弧を描くように目の前へと動かしながら穿つ一点を人差し指と中指の間に見定める。


「スゥゥゥ……。フォーーーーーーースバスタァァアアアアッ!!!!」


 咆哮にも似たシキの台詞と共に右腕は前へと突き出され、そこから一直線に放たれた力の奔流は、硬い外骨格を誇るキラーアントを物ともせず貫きながら吹き飛ばしていく。


「皆さん目を瞑っていて下さい。いきます、<閃光(フラッシュ)>!!」


 光属性の初級魔法<閃光(フラッシュ)>は、強烈な光を放ち一時的に範囲内の生物の視界を奪う目眩まし用の魔法だ。頭部に付いている複眼でもろにその閃光を見たキラーアントの視界はホワイトアウトし、周囲の状況を視認する事が不可能となる。詠唱後、私とシキは包囲網を警戒しつつ後退しながら中のパーティへと呼び掛ける。


「皆さん今です!!」

「よし、今だッ!!!」

「みんな行くよ!!」

「走れ、走れ、走れ!!!!」


 包囲網の一角に穴が開いた事で、取り囲まれていた九人が一斉に駆け出す。取り囲んでいたキラーアントは<閃光(フラッシュ)>をまともに食らったおかげで、脱出へと動く彼らの姿を正確に捉えられず触覚を忙しなく動かしている。

 先頭はリーダーらしき盾使い(ガード)の男性が盾を使って出来た道の邪魔になっているキラーアントを吹き飛ばしながらそのままの勢いで駆け抜けていき、残りのメンバーもその後に続いて順調に次々と包囲陣の中から抜け出してくる。このままいけば全員包囲網から抜けれそうだ。

 だが残り二人が抜ければ救出成功となるところでそれは起きた。


「キャァッ?!」

「サナ!!」


 サナと呼ばれた侍祭(アコライト)の女性の脹脛にキラーアントが食らい付き、大顎がブスリとめり込みバランスを崩した彼女はその場で倒れてしまったのだ。恐らく視界に頼らず触覚を頼りに繰り出した噛み付き攻撃だったのだろうそれを、運悪く脹脛に直撃して倒れた彼女へキラーアント達が群がっていく。


「ヒッ、痛ッ!?いぃぃいいイイイイィィ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃいいいッ!!!!!!!」

「サナッ!!しっかりしろ、俺の手を掴んで立ちあガアァァアアアアッ!!!!!!」


 倒れた彼女を助けようと前を走っていた男性が足を止めて彼女に手を差し伸べた瞬間、足下に近寄っていた別のキラーアントにその手を噛み千切られた。二人の居た場所にはすぐに他のキラーアント達が群がり、二人の姿は見えなくなり時折血飛沫と悲鳴がキラーアント達の隙間から吹き上がる。


 ――おかしい。目の前の状況はゲーム内で大量のモンスターに襲われているプレイヤーという状況なだけのはず。

 しかしだ……。眼に映る惨状、鼓膜を貫く悲鳴、そして鼻腔に広がる血の匂い。五感全てを通して訴えかけてくる言いようのない不快感極まるこの感覚は何だと言うのか。

 

ゴリッ! メキキッ…… ミシッ ブチブチブチッ!!


「し、死にたくないッ!!!助けてくれぇ!!!ア"ァ"ァ"ァ"アアア"あぁ"ああ"あ"ーーー!!!」


 骨の砕ける音、強靭な顎に挟まれ軋む骨の音、潰される肉の音、噛み千切られる肉の音、上がる絶叫……二人に群がるアリ達から漂ってくる血の匂い。

 確かにダメージを受ければ痛覚制御で多少の痛みを感じる様に設定されていたはずだが、血が噴き出したり、肉を削がれたり、骨が砕けるなんてエフェクトは事前情報でも発表されていないし、それがあのような悲鳴を上げるレベルの痛みを感じるなどありえない。なんだと言うのだ、この状況は……。あまりの事態に脳が付いていかない。


「サナッ!!テツッ!!!」

「ダメだっ!!!」

「いけませんっ!!今戻れば貴方達も犠牲になってしまいます!」


 仲間を助けに戻ろうとしたリーダーの男性の声に我に戻り、彼を慌ててセトと制止する。信じられない、信じたくはないが五感全てが今のこの状況が"現実"であると訴えかけている。確固たる証拠があるわけでもない。それでも自分の直感が彼をこのままいかせるわけにはいかないと、強く体を突き動かしている。

 強く拍動する心臓を落ち着かせる為に一度深く深呼吸をし、今自分が出来る事を冷静に考え行動に移す。


「皆さんよく聞いて下さい。二人を助けたいという気持ちは痛いほどわかりますが、今は我々の身の安全を確保する事が最優先です。……心苦しいですが今は急いでこの場を離れましょう。もう少しで<閃光(フラッシュ)>の効果も切れますし、いつあのキラーアント達が再び襲ってくるかわかりません」


 そうだ、彼らに恨まれる事になろうとも今はこの場に生存している者達の命を守る事を優先しなければ……。この明らかに異常な事態を楽観視する事は出来ない。一刻も早く他の天兎メンバーと合流して無事を確認したい。先程の空間震動直後からファミーリア専用の会話チャンネル機能は反応しなくなり、ウィスパー機能も働いていないのだ。


「あ、あぁ……わかった。そうだな……その通りだ……」


 私の言葉にリーダーの男性は自分自身に言い聞かせる様に同意する。キラーアント達を見渡せる丘の上に集まっているプレイヤー達の顔を見回すも皆一様に顔色は悪く、女性プレイヤーだけでなく男性プレイヤーも小刻みに震えている。みな目の前で起きた事態を受け入れられていない様子がわかる。彼らを確認する事で逆に自身が冷静になっていく感覚がわかる。

 いつまでも残酷なあの光景を見続けさせるわけにはいかない。薄情だと思われるだろうが、一刻も早くこの場から皆を退避させなければ。


「こちらのパーティの斥候(スカウト)を先頭に開拓村まで戻りましょう。兎に角、一刻も早くこの場を離れて身の安全を確保する事が大事です。私が殿を務めますので皆さんは彼に付いて行って下さい。セト、先導お願いできますか?」

「あ、うん。大丈夫です。みなさん俺に付いて来て下さい」


 セトを先頭にして未だ震える脚をどうにか鼓舞してそれぞれ開拓村へと進路を取り歩き出す。殿を務める自分が最後にキラーアントの群れを確認したところ、そこには見るも無残な姿になり果てた男女の遺骸が未だ蠢くキラーアント達に喰われている光景だった。

 ゼノフロンティアで死亡すると細かな光を放ちながら消えてリスポーンポイントにて復活するはずである。だが、目の前の光景はその仕様を根底から覆すには十分な事実だった。



***



「その後どうにか陽が落ちる前に開拓村に辿り着きました。一縷の望みをかけて、リスポーンポイントである教会前広場に彼らと向かってはみましたが……」

「居なかったと……」


 事の顛末を懇々と語るチグサ。一見落ち着いているように見えるが、彼の右手は強く握りしめられていて努めて冷静であろうとしている事がわかる。彼は首を横に振り続けた。


「それだけだったらまだマシだったかもしれません……。助けた彼らとはそこで別れましたが、広場には恐らく似たような境遇に遭遇したであろう多くのパーティが溢れていたのです。しきりに仲間であろうプレイヤーの名前を見ていないか尋ねて回るパーティが……。あぁ、しかしセラ達が無事で良かった……」


 話し終えて気が抜けたのか、セラの肩に両手を置いてヘナヘナと座り込むチグサ。話す内にその時の恐怖をはじめとした感情が想起されたのだろう、緊張の糸が途切れて肩を掴んでいる手から震えが伝わってくる。


「……心配かけたねチグサ。それにシキやクロさん、モーリィとセトも」

「そっか、そっちはそっちで大変な目に遭ってたんだね……」

「後はシオン達が無事に帰ってくればいいんだけどな……」

「そう、ですね……」


 考えればチグサだけでなく他の四人も同様に心配していたのだろう。自分達だけで手一杯で心の余裕が気付かない内に無くなっていたようだ。彼らが遭遇した事態と比べると、自分のトイレ事情なんてちっぽけな問題だと思えた。

 彼らに心配を掛けたことを詫び、リツとケントの言葉にようやく落ち着いたシキが応える。チグサ達の話を聞くにシオンやベネとマリーがまだ戻ってこない事に心が落ち着かなくなってきた。モーリィは相変わらず黙して顰め面のままだ。

 ―部屋の中を静けさが包んで無音が耳に痛い。そんな重い空気を扉が開くガチャリと言う音がぶち破った。


「ただいまぁ……。みんな無事に帰ってたんだね、良かったぁ……」


 開口一番安堵の声を漏らしたのはシオンだ。


「良かった……みんなちゃんと生きて帰ってこれてたんだな」

「みんな無事かぁー?!おーセラは相変わらずかわいいなぁ!それにしてもみんなちょっと辛気臭過ぎるんとちゃうか?」


 続けて入ってきたベネデクトとマリーが言葉を繋げる。声のトーンや見た感じから、多少の疲れは感じるが怪我は無く、疲労困憊であるという印象は受けない。


「おかえり。今チグサ達とここに戻るまでに遭った事を報告し合ってたんだ。見た感じ三人共怪我はなさそうだけど、何もなかった?大丈夫?」

「いやぁ……あるにはあったんだけどね、人間て不思議よね……。あんな酷い光景だったのに、何度も見てると慣れちゃうんだから……」


 何か変わった事が起きてないか確認すると、シオンがうんざり半分呆れ半分といったような表情で視線を下に泳がせながら話し始めた。表情では半笑いだが、目をよく見ると疲労の色が濃く見える。


「……やはりシオン達もプレイヤーが死ぬ場面に遭遇してしまいましたか」

「それも何度もね……。あたしのクラス侍祭(アコライト)だからさ、何とか助けてくれないかって他のパーティから頼まれる事があってね。一次クラスで使える回復魔法も効果なんてしれてるし、<生命回帰(リザレクション)>なんて超級魔法よ?今のあたしにはとてもじゃないけど扱えないのに……」


 シオンの語る言葉から彼女たちが遭遇した場面は想像に難しくない。頼ってきた者達にしてみれば突然起きた受け入れがたい目の前の事態の打開を、藁にも縋る思いでシオンに泣き付いたのだろう。だがそれでも死という現実は覆せない……。恐らく一度や二度では済まない当てつけや逆恨みからの暴言を受けたであろう。平静を装っているが、恐らく今このメンツの中で最も感情が疲弊しているのはシオンだろう。


「よく頑張ったね、シオン……」

「……グスッ。ウゥッ…………ゥゥ……」


 そう言ってシオンを抱きしめたのはリツだった。リツに抱きしめられてようやく張っていた糸が解れたのか、リツの胸に顔を付けながらシオンは静かに泣いた。


 ――ボクたちは唯それを見つめる事しかできなかった。



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