【 Ep.2-003 変革 】
微かに差し込む夕陽の灯りが差し込む森の中をリツは不思議な感覚に戸惑いながら歩いていた。突如目の前に現れた謎の少女パンドラに遭ってからというもの、目に入ってくる植物の知識が脳裏を過るのだ。事前に調べたゲーム情報にも植物のデータなど載っていない。現実の植物をモデルにして作られた物も多くあり、それらの知識を当てはめているとも考えられるのだが、そもそもリツ自身そこまで草花の知識はそこまで詳しくはない。なのにだ、目に入る植物の葉を見ては薬草として使える物であるだとか、根を煎じれば毒消しとしての効能があるだとか、そういった知識が確かな記憶として湧いてくるのだ。
一方ケントも自身の不思議な変化に頭を悩ませていた。こちらはパンドラが出現する直前の強烈な空間の揺らぎが落ち着いた時、それまであった自身のアバターとの微妙な"ズレ"がハマった感覚を得たのだ。現実の肉体をスキャンして顔以外をアバターへ適応したケントは、プレイ開始時より現実の肉体と殆ど変わらない肉体の操作性の中に微妙なズレを感じ取っていた。当初は初の神経接続式感覚同調型ヘッドギアを通したゲームに体が馴染んでいないせいだと思っていたのだが、何度も戦闘を重ねる度にその考えは誤りであるとの確信めいた感覚を得ていた。これは現実の肉体をスキャンして適応していなければ気付けない様な本当に小さな差異である。
二人がそんな変化に頭を悩ませていた時である。セラからボソっとした声が聞こえたのだ。ハッとして後ろを振り向くと、セラはいつの間にか二人から離れた後方に位置していた。自分の思考に意識を傾け過ぎていた事を反省しながら様子のおかしいセラに声を掛けると――
「おしっこ!!もう限界ぃぃ、漏れそう……!!」
「「?!」」
予想だにしなった台詞に脳が理解する事を拒む。
「もうダメ、漏れそうおしっこ漏れそう!!!!!!!」
「「ええええぇぇぇぇッッッ!!!!!!????」」
頭部の耳は力なく萎れ、当人自慢の尻尾は縦横無尽に暴れまわり見るからに限界ギリギリという様相を呈している。
「ああああぁぁぁぁぁああああ、漏れちゃうっ!!漏れちゃうってぇぇぇぇええっ!!!!」
「ねぇセラ落ち着いて?ログアウトしてトイレいけばいいじゃない?」
一刻を争う表情でセラは喚くが、その姿を見て逆に冷静になったリツはオラクルの警告機能の事を思い出し、今のセラはそれが正しく動作していないと当たりを付け、それならば落ち着いてログアウトすれば現実の肉体でトイレへ行けば解決するだろうと考えた。
「それがっ、ないんだよっ…、メニューのどこにもログアウトの表示が見つからないんだよぉ…」
涙目のセラから返ってきた応えは二人の想像しえないものだった。震えて消え入りそうな小さな声、脚は細かくプルプルと震えてダムの決壊は近そうである。
ログアウトがメニューから消えている。それがセラだけに起きている事態なのか、それともこのゲームそのものに起きている異常なのか確認する為リツはメニューを開きシステムタブにログアウトのメニューの有無を確認する。
「え、嘘?ちょっと待って……って本当にどこにもない……?!ケント、あんたも調べてみて!」
「え?ああ、ちょいまち………ってホントに無い。え、マジで???」
ログアウトがシステムメニューから消えている。少し前休憩の為に一時ログアウトした際は確実にそこにあった位置に"ログアウト"の文字列は綺麗さっぱりなくなっている。唐突に認識した事態に二人の思考が一瞬固まる。
その間セラのダムはギリギリの一線で堪えている。もふもふの尻尾は毛が逆立ちながら股間の前にいっている始末だ。
「リツ、女の子ってどうやっておしっこしたらいいの?教えて?助けて!!?は、早く…ぅう~~~……」
そんな二人の止まった時間を動かしたのは必死に堪えているセラの悲痛な呼びかけであった。
事態が事態だけに切羽詰まっていながらも、中の人が女性であるリツに助けを求めるあたり流石セラだとここは褒めるべきなのであるが、混乱から落ち着きを取り戻したリツは兎も角、ケントは次々差し迫る喫緊の問題についていけずセラの発言に軽く引いていた。
「え、あー……そうよね……中身女なの私だもんね……ほらセラ、ゆっくりでいいからそこの茂みに行くよ」
リツはそう声を掛け、ゆっくりと茂みにセラと向かう。本当に漏れそうなのだろう、内股でそろりそろりと足を地面に擦る様に歩いている。その光景は紛れもなく女である事をリツに意識させた。
「ケントはちゃんとアッチ向いておいて!セラ、下脱げる?ってその服だと難しそうね……。股のところの布をずらしてするしかないわ。多分だけど男女でそこまで差はないはずだから臍の下のところ、膀胱を意識しながら力めば大丈夫なはずだよ」
リツの助言に素直に従い、セラは最小限度の動きで自ら着衣をずらし、我慢に我慢を重ねた溜まりに溜まった己が内で暴れていた尿意の奔流を解放した。
勢いよく放出されるソレが立てる音や匂いは、気を利かせたリツの風属性の生活魔法<風幕>により遮音と消臭され、周囲にその行為を認識される事を防いでいた。
差し迫った緊急事態に完全に無防備な姿を晒していたセラは、リツの気遣いにより危険な屋外であるにも関わらず非常に安全度の高い環境下で花を摘む事が出来た。
「なぁリツ……ゼノフロってハラスメントガードあったはずだよな……?」
セラとリツの二人が茂みで花を摘んでいる中、一人少し離れた位置で待機していたケントが自身が感じた引っ掛かりに気付きリツへと言葉を投げる。
「あ……そういえば、胸は触れたり下着までなら脱げたけど、下半身の脱衣はできなかったはずだったよね……?」
「ああ、リツが合流する前にセラと二人で色々検証してたからそこらへんは確認済み。異性間でも胸までは大丈夫だったけど、下半身は下着までしかダメだったよ」
そのケントの言葉に今すぐ近くで花を摘んでいるセラに一瞥をくれると、間違いなくハラスメントガードが働いている様子が無い。
「ずらすのもそれならアウトのはずだけど、セラを見る限りできているんだけど……。この短時間にパッチでも当たったとか?でもそんな事するかな?っとセラ、終ったらその右手にある葉っぱでちゃんと拭くように。その種類ならかぶれとかは出ないはずだから」
「わかった……」
距離が近い為花摘みの終わりが近いと感じたリツは、未だ違和感のする草木の知識を基にトイレットペーパーの代用となる葉っぱをセラに教え、ガサゴソと音をたてつつ葉っぱを毟るセラを横目に思案する。
(セラ達と合流する前に自分の方でもハラスメントガードの検証はしていたんだよねー。まぁ向こうも同じ様な事してるとは予想してたけど、こればっかりは異性の前ではしづらいからしてないしね……。私が確認できたのはNPC相手だと胸もNG。触れる直前でアラートが出る。プレイヤーであれば胸までは大丈夫で、下半身は下着までで脱ぐ事もずらす事もできなかった。それに……さっきから不思議なんだけど、森や草、木々の知識が体の中から湧いてきている。ログアウトメニュー消失といい、何かしら問題が起きているのは確実……)
これまでを思い出しながら、今起きている異常事態について考察する。
(!?もしかして……!!)
ふと何かに気付いたリツは自身の下着の腹側を引っ張り、その隙間から中をみる。
「―っつ、付いてる!?」
そこにあったのは紛れもなく男性のイチモツ。それの立派さの加減はリツには正直判別は出来ないが、現実世界で何度も妄想していたナニが自分の物としてそこに存在していたのだ。自他共に認める腐女子のリツにとって、まさに青天の霹靂とも言える現実がそこにあった。
「ねぇリツ……自分のナニ見て恍惚な表情するのやめてくれない?後、涎……」
突然上がったリツの嬌声に驚いたケントが二人の方へと視線を向けると、そこには恍惚とした表情を浮かべて自身の下半身を確認しているリツの姿がそこにあった。開いた口が塞がらないとはこういう事を言うのだろうかとケントは思いながら、花摘みが終わったであろうセラに向けて注意する様に促す。
「ちょっと、セラからも何か言ってやってよ!」
しかしそのセラはと言うと、花を摘んだ場所から少し離れた木陰にしゃがみ込み、ブツブツと地面に向かって何やら呟いている。
「鬱だ……死のう……」
(何年前のネタだよそれ……)
そう突っ込みたかったが、酷く落胆した表情で耳も尻尾も力なく萎れたその姿に言葉を発する事は躊躇われた。
「も、もうダメぽ……」
自分でも思わず出た言葉に、これでは人の事言えねぇなと自嘲したケントは、リツが正気に戻るまでの5分間をなんとも言えない表情で過ごすのだった。
*****
しょんぼりしたセラの手をリツが引きながら、先頭をケントにして開拓村へと続く街道を歩く。事情の知らない者達からすれば、冒険者の男二人がアニールの少女を捕まえて奴隷にでもしようとしているかのように勘違いされかねない絵面だ。
三人が開拓村へ辿り着いた時には、既に満天の星空に二つの月が煌々と輝く幻想が世界を支配する時刻であった。時刻は夜であるが、開拓村の中は魔道具であろうランプ状の灯りが通りに面した家々に灯されおり、往来をプレイヤー達も行き来しているので暗さは感じない。
すれ違うプレイヤー達は口々に先程の異常事態について話し合っていて、自分達だけが遭遇した特殊な状況ではないと三人に告げている。冒険者ギルドはコンビニさながら一日中開いているので依頼達成の報告と精算へ行こうとしたのだが、開拓村への帰路の途中他のメンバー達にパンドラと遭遇した事等を情報共有しようとファミーリアの専用会話チャンネルで連絡を取ろうとしても機能が働かず、ならばウィスパー機能で連絡を取ろうとしたところ、ログアウトメニューの喪失同様機能が削除されたのかパッチが当たったのかこちらも使用できずにいた。ならば一刻も早く宿へと戻って他のメンバーと合流した方が良いだろうと三人はそちらへ足を向けた。
「おぉ、あんた達か。ちょっと遅かったが無事の様だが……嬢ちゃんの顔色が良くねぇな。何かあったのか?」
「詳しく聞かないで……」
宿に入ると主人がすぐに気付いて声を掛けてくる。未だに森の中での醜態を引き摺っているセラの顔色は悪く、その様子を見た主人は何があったのかと尋ねてくるが、それはセラにとってみれば悪気はないのはわかっていてもセカンドレイプに近い精神的ダメージを受けるものだった。
「ぁあ……すまねぇ不躾な質問だったな。鍵はこれだ、お仲間さんの一組は既に戻っているぞ。部屋の場所は覚えているか?」
「ああ、大丈夫。ありがと大将」
「おう、風呂の湯を用意できる奴はいるか?水の生活魔法<温水>が使えれば問題ないが、念の為この石を渡しておこう、ほれ」
「これは?」
「ん、知らねぇのかい?そいつぁ加熱石つって魔力充填式の魔道具の一つでな、それを溜めた水に放り込めば一定温度まで温めてくれるっていう代物さ」
「へぇーこれにそんな機能あんのかぁ」
部屋の鍵と共に主人から渡されたアイテムは加熱石という魔道具を手に二階へと向かう。時間が時間だけにベスちゃんは寝ているのか姿は見えない。一階のフロアにある宿のバースペースは人でごった返していて賑やかだ。そのスペースを横目に階段を上りながら、三人共部屋に風呂なんてあったかな?という疑問を脳裏に浮かべつつも、先に戻ってると言うメンバーが待つ部屋へと向かい扉の前で声を掛けた。
「おーい、どっちが先に帰ってきてるんだ?」
ケントの呼び掛けにガチャっと音を立てて扉があいたのは男部屋の方だった。扉が開いて顔を出したのはチグサだった。照明の関係もありその表情は暗かったが、セラ達を確認して少し晴れた様に見えた。
「おかえりなさい。……その様子を見るにそちらでも何かありましたね?廊下ではなんですから部屋の中へどうぞ」
部屋の中へ三人とも入ると、中にはシキとセトとクロさん、そしてモーリィがいた。皆一様に表情は暗く何らかの出来事に遭遇したのだろう。セトとクロさんはセラの顔を確認すると表情が和らいだが、シキとモーリィの表情は渋面のままである。特にシキはベッドに腰かけ脚の上で組んでいる手が細かく震えている。セラとケント、リツの三人は手近なベッドへ腰かけ、一番冷静であろうチグサに何があったかを尋ねた。
「まず驚かないで落ち着いて聞いて頂きたいのですが、システムウィンドウからログアウトメニューが消えています。これだけなら単にゲームの不具合ないし一時的なメンテナンスの暫定処置的なものだと考えられるのですが……」
普段は冷静沈着かつ頭脳明晰なチグサにしては珍しく言い淀んでいる。恐らくそうならざるを得ない状況に遭遇したのだろう。でなければシキがあそこまで取り乱しているとは考えられない。
「ログアウトメニューとウィスパー機能の喪失についてはこっちでも確認している。……ついでにハラスメントコードが死んでいる事もね。思い当たる節は恐らくそっちでも体験したと思うけど空間そのものが激しく震動した現象。多分あれだと思う」
「私もあれの直後から草木の知識が自然と沸いて出てくるようになったんだよね。同じエルフ種族のクロさんはどう?」
「ええ、私も同様に草花の知識が今まで知らなかった物まで詳細に説明できる程度に頭の中から湧いてきています」
「二人の変化は今は置いとくとして、チグサ達はなにがあったんだ?」
チグサの報告に自分達の方で把握している事、そしておそらく原因であろう事象を付け加えて情報の共有を図る。リツとクロさんの報告は初耳だが、そちらは後程全員が揃った時に纏めればよい事案なのでここでは置いておき、チグサに話の続きを促す。
「……そうですね。遅かれ早かれ知れ渡る事ですし、恐らくシオンやマリーとベネも目にしているかもしれません。――結論から言いますね。目の前で……プレイヤーが死にました」
「えっ?」
チグサが"死"と言う言葉を発した瞬間、モーリィを除いたシキ達三人がビクリと震えたのが見えた。
「ゲームとしての死ではありません。ゲームとしての死亡エフェクトは皆と合流する前の狩りで何度か見ていますので見間違いではありません。ですが……私達がここに戻る前に見たそれは現実世界での死と何ら変わらない……いえ、むしろそれ以上に酷い人の死に様でした」
「おかしいっすよ……。俺達、ゲームをしていたはずっすよね???なのに……なのに、なんでッ!!!あんなの、人の死に方じゃない……!!」
ギシッと座っていたベッドを大きく軋ませ、取り乱した様子でシキが吐き捨てる。どういうことかとチグサに視線を向ける。
「私達は受注した依頼の為に村の東にあるスィーダ平原へ向かいました。平原に出没するモンスターは主に四種類。ブッシュワーム、ランドスネーク、ジャイアントラット、そしてキラーアント。先にあげた三種類は特に問題もなく倒せる相手だったのですが、キラーアントが問題でした」
「ライブラリによると"硬い外骨格に覆われ斬撃に強い耐性を持つ厄介な敵である。最大の特徴は最低でも十数匹での集団で襲い掛かってくる事"ってあるね」
チグサが取り上げたモンスターをライブラリで確認してそれを読み上げるリツ。セラとケントも確認の為にライブラリを立ち上げて確認すると、中型犬ほどの大きさのアリが表示された。こんなものが集団で襲い掛かってくるとなると、十分な対策をしていなければひとたまりもなさそうだ。
「はい、その通りです。私達のパーティが平原の草地を抜けた先にある丘陵地帯へ入った時です。丁度その時にそれまでとは段違いの規模の空間振動とでも言うのでしょうか?全身を圧縮するかの様なあの異常な現象が収まった後、小高い丘の向こう側から複数の怒声と悲鳴が聞こえてきたのです」
活動報告にも書く予定なのですが、基本水曜日と土曜日を定期投稿日な感じで現在やっていってます。
生活の都合上執筆ペースもそこまで早いわけではないのでご了承を。
…下書きにほぼほぼ追い付いてる様な状態なので、リアルの都合も含めて書き溜めする期間をその内設けるかもしれません。特に6月は職の都合上割と忙しくなるので割とまずい(・ω・`)




