【 Ep.1-030 歪 】
――セラ達がファミーリアを設立し、エリアアナウンスが流れた時刻。
「天兎だと……?あのくそ忌々しい悪魔共め、このゲームにまで沸いてやがるのか……!!今度こそ俺は負けねぇ……。ラインアークで受けた仕打ち、倍以上にして絶対返してやる。だが今はまだ動く時じゃねぇ……奴らより先んじて優位性を確保し、使える駒を揃えてからが勝負だ。……見てろよ、俺は絶対に貴様らに復讐してやるからな……!」
鬱蒼と草が覆い茂る草原で独り、その男はぶつくさと誰にも聞こえない声量で歯をギリギリと鳴らしながら呟いた。
一頻り俯き体を震わせながら顔を歪ませていた男だが、次に顔を上げた時には歪んだ顔はどこへ行ったのか、見るからに爽やかな好青年がそこに居たのだった。
*****
無事ファミーリアを設立しメンバー全員が揃った。今後この11人を中心にこの世界を冒険し、様々な事を共に経験して行くのだと思うとワクワクする。
「セラ機嫌良さそうね?」
「んー?そう思う?」
「そりゃ思うわよ、だってあんたの尻尾さっきから機嫌良さそうに振られてるんだもん」
「おぉう……」
シオンに言われて気が付いたが、普段はあまり感情を表に出さない様にしていたのに、この身体だと無意識に尻尾が反応してしまうらしい。これもこの身体に慣れれば多分制御できる様になるだろう。……なるかな?
「ところでこれからどうするんですか?」
期待の溢れる瞳でこちらを見ながらシキに尋ねられる。シキも尻尾がブンブン振られていて、成程さっきまでの自分はこんな風に見えていたのかと自省した。
「当初の目的だった初日にファミーリア設立ができちゃったからなぁ……。ここは無難にクエストこなしながらのレベリングでいいんじゃないかな」
「効率を考えるとあまり大人数で動かずに少数パーティでやる方が良さそうっすね」
シキの言う様に序盤の初心者エリアに相当する狩場なので、大規模パーティで動くとモンスターの数に対して戦力過多となってしまい、それぞれにいきわたる経験値の分配量を踏まえると効率が悪い。勿論その分安全性は非常に高まるのではあるが、序盤で安全性を重視するのは些か過剰な措置だと言える。ならばここはパーティを分けて狩りを続ける方が良いと言える。
「そだね。そーするとパーティ分けどうしようか……。みんな魔法適性の属性とかクラスどれにしてるんだっけ?」
「それは私から説明しましょう」
「お、頼んだチグサ」
パーティ分けをする際に大事なのは職バランスだ。一般的なネトゲにおいて序盤であればファイター系だけだったり、魔法職だけであっても敵の弱さゆえにごり押しが利くが、これまでのゼノフロでの狩りを踏まえると序盤からでもしっかりとパーティ編成をしておいた方が良い。
「では少し長くなりますがよろしいですか?」
「うん、でもできれば分かり易くしてくれると助かる」
チグサはセラに頷いてよく通る声で説明を始める。
「では。私の魔法適正は光で、クラスは[裁定者]を目指しているので[浪人]。刀剣類を主に扱う近接職となります。シキの魔法適正は風と闇で、クラスは[武芸家]目標で現在[修道士]。こちらも近接職ですが、強化魔法や簡単な治癒魔法も使えるクラスです。シオンの魔法適正は光と火属性。クラスは[枢機卿]志望で現在[侍祭]。説明するまでもないかもしれませんが、所謂回復職です。モーリィの魔法適正は火で、クラスは[戦鍛冶師]志望で今は[細工師]です。こちらはどちらかと言えば戦闘職というよりかは生産系職業になりますね。ここまでは良いですか?」
「大丈夫。分かり易くて助かるよ」
将来の予定クラスと共に現在の職業とその特徴を簡単に添えて説明していくチグサ。ゼノフロンティアにおける職業は大きく分けて二つ。文字通り戦闘に関わるスキルを中心とした「戦闘系職業」と、農業や各種アイテムの製造等生活に関わるスキルがメインの「生産系職業」だ。
この世界において冒険者として出発するプレイヤー達ではあるが、必ずしも戦闘を行わなければいけないなどという縛りはなく、農民として過ごす事や錬金術師や家具職人、樵や商人としてプレイする事も可能なのだ。
「続けますね。ベネの魔法適正は地属性でクラスが[重装戦斧士]予定で今は[戦斧士]。見ての通りガチガチの近接職ですね。マリーの魔法適正は火属性で、クラスは[大魔導士]予定で[魔術師見習い]。今まで通りの魔法職と言えばわかりますかね。セトの魔法適正は光と水で、クラスは[暗殺者]目標で[斥候]。文字通りの戦闘職なのでこちらも説明は不要ですね?最後にクロさんの魔法適正は闇で、クラスは[剣舞士]を目標に今は[練技士]、正真正銘の強化魔法職といった感じです」
「成程。よくわかったよありがとう。今の踏まえて編成を考えると……」
チグサの説明を聞き、パーティ編成を考えているとモーリィが声を掛けてきた。
「あーセラ、悪いんだが俺ァファミーリア限定の製作用施設で今の[細工師]のレベル上げてぇからパーティ編成から抜いといてくれ」
「おっけーモーリィ。ん~、そうすると前衛とヒーラーはそれぞれ分けるとして……。ボクはこのままケントとリツと組むから、シオンとベネマリで第二パーティ。残りのチグサとシキとセトとクロさんで第三パーティにしよっか。それでいい?」
「うちらはそれでええでー!」
「私も問題ありません」
チグサがメンバーそれぞれの魔法適正とクラスを紹介し、モーリィは早速ファミーリア限定の利用可能施設へ行く為にパーティ編成から外してもらうように要望。残りのメンバーをセラが編成し、マリーとチグサがそれぞれパーティを代表して了承の旨を伝えた。
「あ、あの、すいません!!」
っと編成済んだ瞬間を見計らってかヒュームと豹獣人の男二人組から声が掛かる。
「ん?」
「俺達エンドゥとシバって言います。もしよければ俺達二人もそちらのファミーリアへ加入させてもらえませんか?」
「あー……」
来るかもとは思っていたが意外に早く声をかけられた。いの一番に声を掛けてきた彼らの勇気は認めるところなのだが、今はまだこのメンバーで楽しみたい欲が強い。それに今この場で加入を認めたら、周りで様子を窺っている連中が大挙して加入申請を出してくるのが予想できるのでそれは回避したい。
「今はまだ募集してないんだ、ごめんね。落ち着いたらその内メンバー募集はかけるからその時にまた声かけてくれないかな?」
「あっ、はい。その時は是非ともよろしくお願いします!」
「っす!」
(素直に納得してくれてよかった……。ゴネられると厄介なんだよねこういう時。態度もそんな悪い感じではなかったし、いずれ募集を掛けた時に彼らが来たらその時はしっかり面接した上で加入の是非を決めてあげたいな。)
そうセラは思いながら周りを見渡すと彼ら二人同様に加入希望らしきプレイヤー達の小さな騒めきは落ち着きを取り戻し、それまでの冒険者ギルドの空気へと戻る。
「さって、ボクらのパーティだけ依頼受注してないから、みんなは先に行っておいて」
「ねぇ、どうせなら今のうちに狩り終えた後の集合場所とか決めておかない?ここの斜向かいにある大きな宿屋とかさ」
「そうだね、シオンのアイデア採用するけどいい?」
「俺は全然おっけー。皆もそうだろ?」
今後の予定を決めてそれぞれ確認する。確かにシオンの言う通り集合場所はここ以外のファミーリアメンバーだけで集まれる場所が望ましい、そうなるとシオンが提案した宿屋はうってつけの場所だ。大部屋でも借りればそこに集まって内々に話を進める事も出来る上、来客もフロントで面会謝絶と申しつけておけば来る事もない。
「ならこっちのパーティはちょっと依頼受注してくるから、皆先に宿屋に行っといて」
「どうせなら皆で行こうよ。あたしらはここ出たところで待っておくからさ」
シオンがそう言って皆が冒険者ギルドの外へと向かう。が、モーリィが途中で足を止めて此方へ戻ってくる。
「あー、セラ。何度も文句付けるようで悪いんだが、できれば初級加工スキルで使える木材とかの素材があればその採集も頼んでおいていいか?」
「いいよー。それとクエとかドロップで拾ってたトレントウッドが大量にあるから今渡しとくよ。加工品の販売額やそっちの取り分とかは任せるよ。モーリィならその辺しっかりやってくれるでしょ?」
「あぁ、任せとけ。こんだけありゃ品物も沢山作れるだろうしスキルアップも十分できるだろうさ。んじゃ俺は先に専用施設いってくっから後は任せるわ」
「はいよー、適当に切り上げて宿屋へ来てねー」
そう言ってモーリィは背を向けて片手を振りながら、ファミーリア専用の製作施設へと向かう為冒険者ギルドを出ていった。残った俺達のパーティは適当に受注する依頼を決めた後、冒険者ギルドを出て外で待っていたみんなと合流した。
「んであそこだっけ、シオンの言ってる宿屋」
「そーそー、初期村って割にはここ村の規模じゃないと思うけど、あの宿結構おっきいしあたしらの人数でも大丈夫なくらい部屋あると思うんだよね」
「ま、みんな揃ったし部屋取りに行こう」
宿屋の扉を開け、受付けにゾロゾロと向かう。外観もしっかりとした木造の建物だったが、内装も同様にしっかりとした木造りで、仄かに漂う樹の香りが気分をリラックスさせてくれる。此方の姿に気付いた恰幅のいいやや小太りで鼻下に髭を生やした主人が声を掛けてくる。
「いらっしゃい!随分と大人数だけど泊まりかい?」
「はい、この人数ですけど部屋は取れますか?」
「おう、大丈夫さって……?よく見りゃあんたらさっき公知されたファミーリアの連中か!そうかそうか、あんたらがなぁ。しかもマスターが可愛い嬢ちゃんときた。あんたら向きのいい部屋がちょうど空いているよ。6人部屋の大部屋2室!一泊夕食と朝食付きで一人銅貨40枚でどうだい?個室になると部屋数が必要になっちまうから銅貨80枚、2人部屋だと銅貨60枚ってとこだ。どうだい?飯迄ついてきてこのサービス価格だぜ?」
皆の顔を伺うと皆頷いているので問題ないだろう。
「ではそれでお願いします」
「おう、毎度あり!これが部屋の鍵だ。部屋は二階へ上がって一番奥の部屋の対面二部屋だ」
「わかりました。荷物をある程度置いたらボク達また少し依頼をこなしに出るのですが大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。出る時に鍵をこっちへ預けてもらえればそれで大丈夫さ。部屋までコイツに案内させるからコイツについていってくれ」
「お客様、お部屋まで案内しますのでベスについてきて下さいね!」
主人にそう言われて受付横の通用口から出てきたのはどこか人懐こい顔をした犬獣人の女の子ベスちゃんだ。茶色い髪の毛を後ろで三つ編みにしており非常に可愛らしい。
宿の主人から鍵を受け取り、ベスちゃんに案内されて部屋へと向かう。二部屋取ったのでそれぞれ男性と女性に分かれる事にしたのだが、セラとリツがそれぞれ中身と性別が逆だったのでどう扱うかという問題が勃発した。現実とは違い所詮はVRゲームなのでどちらでもいいと言えばいいのだが、ベスちゃんの
「お客様は同じ女の子なのに殿方の部屋に入るんですか?!ダメですよ!冒険者様とはいえ女の子なんですよ!?」
の発言が決め手となりセラは女性部屋にされ、リツも何故だか女性部屋へと振り分けられる事となった。ベスちゃんの謎基準は気になるが、リツは中身女性なので気にしなくてもいいだろう。それにリツが男性部屋へ振り分けられた場合、ケント、チグサ、シキ、ベネデクト、モーリィ、セトと既に六人いる男性部屋にもう一人追加されてベッドが足りなくなるのである。
部屋の振り分けが決まり荷物を置くのだが、荷物と言っても大した物はない。インベントリにそのまま入れておくと重量的にかさむアイテムがいくつかあるのでそれらを部屋に置いていく。女性部屋という妙に落ち着かない空間にセラは内心ドギマギしていたのだが、当の女性陣は好き勝手に自分が寝るベッドを決めたりしている。窓側に近いベッドの左手側をシオンが、右手側をマリーが使う事に決められ、左手中央をリツ、右中央はクロさんとなり、セラは入り口側右手のベッドを使う事が決定された。この決定が下るまでのやり取りに関してセラは一切口を挟む事はなかった。所詮役職がトップであろうとこういう場での女性陣は強いのだ。口を挟もうものなら遠からぬ死が待っているのだ。セラ渾身のファインプレーである。
荷物を置き終えそんなやり取りがあった後宿のロビーへと戻り、主人へ鍵を預けてからそれぞれのパーティに分かれて依頼の目的地へとそれぞれ向かった。
俺とケント、リツの向かった先は前回行った西にある「アルバの森」ではなく、北口から出た先にある「ベタンの森」と呼ばれる奇妙に捻じれた巨木が林立し、その隙間を縫う様にして疎らに普通の樹木が生育している場所だ。一応森の中には北にある領都へと抜ける街道が整備されており、何度か幌馬車や巨大なトカゲや巨大なウズラが曳いているタイプの馬車らしきものとすれ違った。
俺達のパーティが受けた今回の依頼は「ウェープコボルト討伐」「フォレストウルフの毛皮集め」「スパイラルオーク材の入手」「ガムイ苔の採取」「ジャイアントスパイダー討伐」の五つだ。報酬は其々銀貨3枚、銀貨2枚、銅貨60枚、銅貨80枚、銀貨5枚となっている。アルバの森向けの依頼より報酬が高いのはこちらの依頼はDランク向けの依頼が幾つか混じっているからだ。
事前に冒険者ギルドで受け取った冊子によると、ウェープコボルトは通常のコボルトよりやや小さめの種類で、デミゴブリン同様に少数で群れて行動をする習性があると書かれてある。フォレストウルフは全国的に森で生息する獣であり、此方も群れで襲ってくる習性があると書かれている。スパイラルオークはこのベタンの森に自生する奇妙に捻じれた樹木の名前であるらしく、巨木になる手前の程よい大きさのものを伐採してほしいと依頼には書かれてある。ガムイ苔はそのスパイラルオークの表面にはえる赤黒い色をしている固有の苔との事で、この苔は中級の回復ポーションの材料になるらしい。そしてジャイアントスパイダーは文字通り巨大な蜘蛛との事で、虫嫌いの俺は受注したくなかったのだがケントのごり押しで泣く泣く受ける羽目になった。
整備された街道の途中から森の中へ入ると、スパイラルオークの太い根が地面をうねる様に這っていて足場は悪く、それぞれの巨木で視界は当然よくない。そんな状況の中、この森に生息するモンスターや獣は環境に適応しているのか足場の悪さをものともせずに襲い掛かってきた。
「ケント、右からもう一匹追加!ボクは左の二匹からやる」
「おっけー、こっちは押し留めるから処理頼むわ!」
右手側から襲ってきたフォレストウルフをグラディウスの厚めの刃で叩き飛ばし、前方からの突進は盾でいなしながらケントは応える。今相手をしているのは八頭のフォレストウルフの群れだ。
四足歩行のフォレストウルフにはこの森の足場の悪さは一切影響がなく、群れを率いる一頭により統制された動きはたかが獣と侮る余裕は一切生まれない。絶え間なく波状攻撃を仕掛けてくるフォレストウルフ達ではあるが、アルバの森での戦闘経験を積んだセラ達にとっては侮れないながらも苦戦する相手までとはいかない。
「<風切弾>!!」
リツから放たれた魔法がケントによって叩き飛ばされたフォレストウルフに直撃し、キャウン!と鳴き声を上げて絶命する。同時に左前方へ素早く飛び込んだセラの放った刺突に反応しきれず貫かれたフォレストウルフは鳴き声を上げる事もなく絶命し、辛うじてセラに反応して後ろへ飛びのいたもう一頭のフォレストウルフも、セラの素早い追撃が入りその首が斬り落とされた。
同時に三頭の仲間を失い五頭となったフォレストウルフだが、それでもこちらへの敵意は失わずリーダーの一頭を中心に機動力を生かして攻めてくる。
魔法を一番の脅威だと認識したのか、フォレストウルフはリツに狙いを定めセラ達の周囲を動き回り、ケントのカバーが薄い角度を狙ってはリツへと牙を剥くが、そこはセラが間に入ってカバーする。セラにより弾き飛ばされたフォレストウルフにリツが<風切弾>を放ち、確実に一頭ずつ数を削る。
残り四頭となり数的優位性をほぼ失った状況に、リーダー格の一頭は焦ったのかウォン!と吼えて一斉攻撃を仕掛けてきた。
一旦距離を取ったフォレストウルフ達は助走をつけて駆け出し、リーダー格の一頭はケントに向けて猛烈な突進を仕掛け、二頭はセラへ、一頭がリツへとジグザグに駆けながら牙を剥く。セラに向かった二頭は前後から挟み込む形で飛び掛かる。
最初にぶつかったのはリーダー格の一頭とケントだ。他の個体より体格の良いリーダー狼からの突進をケントは盾を使ってブロックするが、十分な助走をつけた上に体重を全力で乗せた突進にケントは大きく後退させられる。体勢を崩すケントだが、攻撃した側のリーダー格もその衝撃に耐え切れなかったのか大きく体勢を崩していた。
ケントより少しだけ遅れてセラに襲い掛かった二頭に対し、セラは後方に回った一頭を敢えて無視して前方の一頭へと自分から突っ込んだ。この動きにより同時に攻撃するという狙いが崩れた二頭は動揺し、その動揺が収まらないまま前方の一頭は刺突により貫かれその命を散らせた。前方の仲間がやれらた所を視認した後方の一頭は、せめて一矢報いようとセラの無防備な背中へ牙を剥き跳びかかるが、引き戻すモーションを利用した後ろへの石突での攻撃で顎を撃ち抜かれて声も上げる事なく散った。
セラに襲い掛かった二頭と同じタイミングでリツに襲い掛かった一頭だが、リツの首元へその牙が届く手前でリツの持つ黒い両手杖の柄に阻まれ、ガチンという音と共にその牙は柄に食い込んだ。
「<突風>!!」
リツがロッドの柄を起点に発動させた魔法は、襲い掛かった狼の口元を浅く切り裂きながらその体を吹き飛ばし、キャウン!と鳴き声を上げながら地面を転がる狼に向けてリツが追撃にはなった<風切弾>が止めとなり狼は一切の動きを止める事となった。
「逃げようたってそうはいかねーぞ!ゥオラァッ!!!!」
仲間が全て倒されたことを視認したリーダー格は文字通り尻尾を巻いて逃げようとしたが、既に体勢を立て直して迫っていたケントのシールドバッシュが綺麗に決まり、地面と盾に挟まれる形で圧迫された体はボギャリと骨の砕ける音を鳴らし、血反吐を吐いて動かなくなった。
「ふぅ……本物の狼もこんな感じで襲ってくるんかね」
「わかんないけどゲーム以外で体験したくはないねこれ」
「実家の犬が頭を過るし、私にはしんどい相手だわ……」
それぞれ戦った感想を漏らしながら素材を回収していく。フォレストウルフからは毛皮と肉を回収できるのであるが、素材回収中に目の前が一瞬だけではあるが白黒に明滅してノイズが走り、体の動作が一瞬遅れるラグの様な感覚が三人を襲った。
「……ん?」
「なぁ、今ラグった?」
「一瞬視界がおかしくなったよね?今」
今まで思い通りに動いていた身体が一瞬遅れてから動く奇妙な感覚、視界を襲う不快な違和感に三人は戸惑う。これが数世代前のVRゲームであれば、動作の入力に対するゲーム内での出力の遅延はこんなものかと思えるものであるのだが、思考がダイレクトに反映される神経接続式感覚同調型デバイスを介したゼノフロンティアでは基本起こり得ない現象である。
「三人全員となると個人の回線の問題じゃなさそうだし、クライアント側の問題かな?」
「多分ね。何か原因があるとするなら今日の台風の影響じゃないかな?」
「あー、ありえるなーそれ」
「どっちにしろ今プレイ止めてもやる事ないしなぁ、他のタイトルも似た様な状況になりそうだしこのまま続行だね」
「俺は何やるとしても付いていくけどな!」
「ケントはそれでいいかもしれないけど、私はこれしかインストールしてないから他に遊ぶ物ないんだよね。ま、いざとなったら安全装置が働いて強制ログアウトされるでしょ」
リツの言う様にゼノフロンティアには回線が不安定になり、正常な通信が行われなくなった場合、最初に警告メッセージがプレイヤーへと表示され自主的なログアウトを求める様に設計されている。更に回線状況が悪化した場合、ユーザー保護プログラムが起動し、安全装置が働いて強制的にログアウトさせる仕組みになっている。
こうした措置が講じられているので安心ではあるのだが、それでもさっきのラグの様な現象が起きたにもかかわらず、警告メッセージが出ない事にセラは一抹の不安を感じた。
フォレストウルフの群れを駆逐した後も三人は森の奥へと歩を進め、道中手頃なスパイラルオークを見つけては伐採して材木を素材として採集し、大木の傍を通るついでにガムイ苔も採集して着々とクエストをこなしていった。
道中何度かウィープコボルトと戦闘に入ったが、此方はフォレストウルフに比べれば連携も拙く、デミゴブリンとそんなに差はないような強さであった。ただ犬好きのプレイヤーにとっては、フォレストウルフ同様精神的に攻撃し辛い外見と言う点では難敵と評する事も間違いではないだろう。
そうして戦闘をこなしつつスパイラルオークの巨木群を抜けた先、疎らにスパイラルオークが生え、その隙間を埋める様に白樺に似た樹々が生え茂るエリアへと辿り着いた。
移動中だけでなく戦闘中も何度かラグの様な現象に見舞われ、都度不具合が発生していないかシステムコールで運営状況を確認するが、サーバーの状態は異常無しと表示されている。セラがチグサ、ケントがモーリィ、リツがマリーに状況はどうかとウィスパー機能を使用して確認するが、どうやらみんな先程から似た様な状況になっているらしい。
クライアント側に何らかの異常が起きているのはほぼ間違いないが、プレイヤー側で何かできるはずもなく、緊急メンテナンスがいつ入るのか気にしつつも目の前の光景に三人はそれぞれ声を上げる。
「うわぁ……あそこマジで行くの?帰らない?」
「いや、ここまできたんだから行こうぜ、セラ」
「なんだか私も帰りたくなってきた……」
樹々の合間をよく見ると、僅かに差し込む日の光に照らされて巨大な蜘蛛の巣が幾つも目に入る。中には糸でグルグル巻きにされた干乾びたウィープコボルトやフォレストウルフが引っ付いている巣も多く確認できる。
いよいよ近づいてくる巨大な虫型モンスターとの交戦を考えると、元々虫が好きではないセラとリツの二人はテンションがダダ下がりするのであった。




