【 Ep.1-002 悪魔の帝王 】
――どうしてそうなったのか、言い訳がましいが説明させてほしい。
時は事件の5時間ほど前まで遡るのだが、まずは自己紹介からさせて欲しい。
ほら、物事には順序ってものが必要だろう?だからまぁ、つまらないと思ってもいいから頭には入れておいて欲しい。
俺、世良 優斗は27歳のA型。
割とどこにでもいる人畜無害なアラサー手前の量産型サラリーマンだ。
必要最低限度の愛想とある程度の社交性はある……と思う。まぁそれはあくまで表面上の話だ。正直他者に対してはそこまで興味がないし、評価も厳しいと自分でも思う。が、まぁ認めている部分はしっかりと認めて評価はする。低いとはいえ一応管理職の端くれの役職に就いているんだ、当然だろう?
リアルではこんな感じで無難に社会の歯車として働いてはいるが、自分の本性はネットゲームにていかんなく発揮されていると思う。匿名社会であるが故か、はたまた現実社会でのストレス故か、何が理由なのかは正直自分自身でもわからないんだが、物心ついた時からネット社会―とりわけネトゲと共に成長してきたおかげで、電脳空間の方が"馴染む"というべきなのか、素直になれるのだ。
MMOネットゲーム全盛期は丁度自身の青春時代と被っていた。その当時の代表的大規模MMOネットゲーム「ラインアーク」にて、伝説的ギルド「天兎」をギルドマスター『セラ』として率い、他ギルドと連合を組み立て、敵対連合との戦争、抗争などに身を投じ、抜群の指揮センスを発揮して、常勝とまではいかないまでもかなりの勝率を誇り、自ら指揮を執りながら最前線で敵を屠るその姿に他プレイヤーは畏怖した。
指示は的確と評され、指示を聞かない者や和を乱す奴は冷徹に処分し、不正プレイヤーや裏切り者は残虐にいたぶり、煽り、弄び、相手の心をこれでもかとバキバキにへし折り、時に引退にまで追い込むその光景は、見る者が目を背けるほど極悪冷血かつ残忍残酷無慈悲な性格だと他者からは恐れられた。おかげで匿名掲示板で名が上がらない日はない程で、実につまらない工作行為や偽者の登場、騙り等、日夜スレッドを賑わせていた。
俺自身の言動は、味方のはずの者達からも「苛烈」と評され、敵対者からすればそんなものでは評価不足とでも言いたいのか「悪魔」そのものであった。
そんなネトゲ世界の自分ではあったのだが、各連合とのパイプもしっかりと持っていて、時にその交渉術により、他連合との連携戦争も行うという異才ぶりも見せたりもした。互いに利潤が得られるのであればWin-Win、共闘するのは当然だろう?
それなのにだ!何故かつけられた二つ名は「悪魔の帝王」である。何故だ…?!
そこはありきたりだが「奇才」やら「天童」とかそういうベクトルじゃないのか?
納得はできないが、仕方ない。
実際身内に対しても口調はきついから傍から見ればそう映るだろう。が、時に冗談を交えつつ、理路整然と筋道を立て正論をもって諭し、相手の事を慮る。そのあたり最低限度の情や人付き合いは噂みたいに酷くはない。画面の向こう側には生きている生身の人間がいるんだ、当然だろう。
それ故なのだろうか、ギルドメンバーに言われた評価なのだが、『普段ツンツンの癖に、極々稀にデレやがる。敵対者への態度とは逆ベクトルの思いやりも見せたり、人たらしみたいな側面出したり、独特の魅力とカリスマ性があるんだよセラは。』なんだってさ。
……カリスマとか正直さっぱりわかんないわ。でも悪くはない気分だ。
まぁギルドメンバーや見知った奴ら以外のよく知らない奴らからすれば、目が合っただけで何をされるかもわからない狂犬的な存在だろう。親交のある人間なんてものは限られてたし、中でも信頼関係のある者はさらに絞られていた。なんにせよ俺の存在は、生ける伝説みたいな存在として語り草になっていたのである。
さて、そんな有名プレイヤーな自分にも幕の引きどころがやってきた。
長年のゲーム内抗争に決着がついたのと、自身の後継者となれる器たる人物が成長してきた事。そして何よりも新しくリリースされる感覚同調型VRMMO「ゼノフロンティア」が、スキル制、生活系コンテンツ等のシステム、そしてキャラクタークリエイトの素晴らしさ、これら全てが自分の心を完全に鷲掴みにしたのだ。
『これこそ自分が求めていた理想のゲームだ』と!
ラインアークをやりながら、次々とリリースされる他のゲームもマイスターの如くプレイしてきたが、「ゼノフロンティア」は公式情報や各種情報サイト等見る限り、他とは一線も二線も画している。
悪魔の帝王と評された俺の唯一無二とも言えるネトゲへの拘りがそれらであり、中でも俺は”かわいい”ものにはどうしようもなく弱かったのである。何か悪いか?"かわいいは正義"、そうだろう?
ラインアークにおいても俺のキャラクターは、評判とは真逆のとても愛らしいキャラクターとしてクリエイトしたし、中身が俺じゃなければ万人受けに近い愛されキャラになるのは間違いなしと言われるレベルだったのだ。何故だ……中身は別にしてキャラは最高にかわいかっただろうが!
――話を元に戻そう。幕の引きどころ…つまるところ引退である。
ネトゲプレイヤーが何時かは誰もが通る道ではあるが、引退宣言する者に限ってすぐに戻ってきたりするのもお馴染みのアレである。が、俺はその気はもはや限りなく「0」に近かった。
後ろ髪をやや引かれる気はするものの、心の中は新しい移住先の世界の虜になっている。それに後任者への引継も済ませて、所持していた装備品やアイテムはそれぞれ相応しいと思った奴に託した。律儀にも『いつか帰ってきた時に大丈夫な様に大事に預かる。』なんて言う奴もいたけどな。残留するギルドメンバーにも、親交のあったフレンドにも別れの挨拶を済ませ終った。今更戻るという選択肢は無く、心は過去の栄光よりも眼前の新天地に向いている。同時期に移住を決めた気の許せる数名と、俺は新天地へと旅立とうとしていたのだ。