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【 Ep.1-028 密約 】


「よし、全員揃った事だし冒険者ギルド行こっか」

「私達三人はクエスト報告の続きで多分時間とられると思うから、マリ姐達はそれぞれ個人でクエスト受注なりしといて」

「はいよ~」


 一行は喋りながら冒険者ギルドへと向かう。十一人という比較的規模の大きな集団である為、他のプレイヤー達から注目されているのが嫌でもわかる。一部のプレイヤーはセラの顔を見て、パーティ登録の際"天兎"と名乗った奴だと記憶されており、羨望かはたまた畏怖なのかどちらとも判別がつかない複雑な表情をしている。


 冒険者ギルドの中へ入りセラ、ケントとリツの三人は受付窓口へ向かい、他のメンバーは合流前にこなしてきた依頼精算をする為精算窓口へと別れる。

 残念ながら今回の受付嬢はリントさんではなかったが、予め渡されていたカードを提示したところ、三階にあるギルド長の執務室へと案内される事となり、他のメンバーとギルド内に併設されている飲食スペースで再度合流する事を約束してセラ達三人は執務室の中へと通された。

 質の良い調度品で設えられた室内の奥、大きな窓の前に置かれた執務机に肘を付け、顎を支える様に組んだ手の甲の上に頭を乗せて椅子に腰かけている眼鏡をかけたショートボブの女性。部屋まで案内してくれたギルド職員が一礼して部屋から退出したところで、ギルド長であろう眼鏡の女性は椅子から立ち上がってセラ達の方へ近寄ってきた。


「お待ちしておりました、パーティ天兎の皆様。私がギルド長の"カサネ"と申します。どうぞそちらにお掛け下さい」


 勧められるまま三人は五人掛けの比較的ゆったりめなソファに腰かけ、ギルド長のカサネはその対面のソファへ腰を下ろした。正直な所ケント以外の二人は報告をギルド長にあげる事には疑問はなかったが、それが何故ギルド長と対面する事になるのか疑問であった。査定に関与するであろう事は理解できるが、それはそれで別段面接をする必要性が特にない為である。

 ギルド長のカサネの背丈はおおよそ160㎝くらいだろうか。華美ではないものの、調度品と同じく質の良い生地で仕立てられた落ち着いた緑色の服を着ており、やや縁の厚い眼鏡から覗く眼元は知的な印象を与える。


「何故呼ばれたか疑問に思っているみたいですね?」


 カサネの言葉にセラとリツは頷く。ケントはよくわかっていない為置いて行かれているが、本人は別に気にした様子はない。元々そういう面に関して門外漢である事をケント自身も認識している。


「その答えはとても簡単です。私はNPCではなく"GM(ゲームマスター)"だからです。私はこの初心者エリアのプレイングゲームマスターとして、初心者のサポートや治安の維持等を円滑に進める為ギルド長という立場を任されています」


 その言葉には三人とも怪訝な顔をする。それもそうだろう、自分達は現状サポートを必要とするほど困っている状況にはないのだ。こういう場合嫌な予感しかしないというものだろう。


「そのプレイングゲームマスターがボク達に何か御用でも?」

「そう邪険にしてくれないで欲しいな。今回君達を態々呼び出したのも一応ちゃんとした理由もあるんです」

「聞いても?」

「勿論。ですがまずは冒険者ギルドとしての手続きを進めましょう。今回君達が倒したアルバの森の主"マンハント ハンギング"。あれは単なるネームドモンスターというモノではなく、ユニークモンスターと呼ばれる最上位種です。討伐貢献度は他の2パーティ共々付与されますが、中でも最も貢献したセラ様には特別貢献度も付与される事になります。事前に受注されていた依頼の達成分も合わせまして、ケント様とリツ様は冒険者ランクEに、セラ様はDランクに昇格となります。これによりファミーリアの設立が可能となります」

「お?マジかー!やったなーセラ、一気に昇格したじゃん!」


 三人共冒険者ランクは上がっているだろうとは予想していたが、セラが一足跳びに2ランク昇格するとは思ってもいなかった。「ここまで早く倒されるとは想定外でしたが……」という本当に小さな呟き声はセラの耳にだけ聞こえていたがそこを突っ込むのは無粋というモノだろう。


「そして本題はここからなのですが、セラ様はファストパス対象者であり、ファストパス対象者へ送信されたメールの中身は確認しておられますよね?」

「確か三日に一度のゲームバランスや気になる点、改善すべき点やそのアイデア等があればそれらも添えてのレポート提出義務。その他ゲーム内における秩序維持等への協力でしたっけ」

「はい、その通りです。セラ様をはじめ、皆様方の実力はユニークモンスターを討伐された事で証明されております。そんな貴方がたに折り入って協力をお願いしたい事があるのです」

「自分達に出来る事であれば協力はしますが、運営側と癒着していると疑われる様な依頼であればお断りしますよ」

「あはは、その心配はいらないですよ。我々からの依頼はとても簡単な事で、"天兎"の名でファミーリアを設立して頂きたいのです」


「「「 はぁ? 」」」


 あまりに気の抜けた依頼で思わず三人共揃って間抜けな声が出た。というのも元々この後そのつもりで冒険者ギルドを訪れたのだ。改めてファミーリアの設立を依頼される意図を三人共把握しかねているのだ。


「不思議に思われるのも仕方ありませんね……。貴方達の"天兎"という名の持つ影響力は貴方達自身が思っているよりも大きくてですね?弊社側で実施した事前アンケートの"貴方が思い浮かべるネットゲーム上で影響力を持つと思われるプレイヤー"と"組織"のオンラインRPG部門で、"悪魔の帝王"の異名を誇るセラ様と"天兎"の名は堂々の一位を飾ったのですよ。貴方達もテスター応募の際アンケートの必須項目として回答したでしょう?」

「あー確かにそんな項目あったなぁ……」


 ケントが思わず答えたが、確かにテスター応募の際そういった項目があった。応募総数から踏まえるとかなりの人数が回答した事になるが、その中でそんなにも名が挙がっていたのかとセラは戸惑った。

 実際のところカサネの言うデータは事実である。それを基にして自社タイトルにおけるアカウント登録者のデータから該当者を検出し、選りすぐりの数十名と他企業のタイトルからの応募者の中から社内選考を行った上でファストパスの発行対象者を決めたのだ。


「つまるところそれ程の影響力のある貴方達の存在を他プレイヤーに認知させる事ができれば、それだけで"抑止力"たり得る効果が我々としては望めるわけです。我々も多くのタイトルを扱ってきた中、貴方達が主な排除対象としていた不正利用者に関しては後手後手に回らざるを得ない状況が常です。このゼノフロンティアのタイトルにおいては、BOTをはじめとする不正プログラムは不正側が対応し辛いものではありますが、万が一に備え外部からのプロトコルに関しては二重三重に対応策を講じております。それでもあまり好ましくない思想を持つプレイヤー等を完全にブロックする事は法的にも事実上不可能です。今後の一般開放を見据えた時に、そういった傾向を持つプレイヤーに対する抑止力として貴方達を筆頭に、ファストパス発行対象者には御協力頂きたいと考えているのです。ですので、出過ぎた真似ですがファミーリアネームに関して要望をさせて頂きました。貴方達の"ラインアーク"に於ける行動も我々は把握していますし、手段は兎も角として目的に関しては利害が一致するものだと認識しております」


 個人情報保護法仕事しろとセラは思ったが、ラインアークも含めて様々なタイトルを運営していた「ユニゾンInc.」を統合合併して運営を引き継いでいた「オラクル社」が自社内データを分析・解析し利用するそれそのものはギリギリセーフであろう。ただそれを一ユーザーである自分に言うのはやはりアウトだとセラは思った。過去の様々な所業も調査済みであろう事は彼女の目を見ていればわかるが、強く窘めたりしないあたり運営側的には黙認ないし許容範囲であると判断して良さそうだ。だが、万が一という事もある、ここは念の為確認しておいた方が良いだろう。


「成程、貴方達運営側の考えはわかりました。ここでボク達が見返りを求めようものならBANも含めた処罰も目に見えていますしね……。元々ファミーリアネームもそのつもりでおりましたし此方としては問題ありません。ただ、"やり方"に関しては自分達のやり方で進める事になりますが、そちらは大丈夫なのですか?」

「それは勿論。我々としてはあくまでも貴方達のネームバリューに期待してお願いしている立場ですしね。要望を受け入れて頂けるのであれば、"これまで通り"の対応をさせて頂くつもりです。世間は好き勝手言うでしょうけど、我々としては貴方達を高く評価しているんですよ?貴方達の居たサーバーは他のサーバーに比べて不正利用者の割合が極めて低いというデータも出ていることですしね」


 セラは内心"お墨付き"が出た事にほくそ笑んだが、表情には一切出さずカサネに対して右手を出した。


「そういう事であれば、"共犯者"としてその要望を受け入れましょう」

「フフ、やはり貴方達は面白いですね。ですがそれでこそ選んだかいがあったというもの。よろしくお願いします。ゲームマスターとしても、冒険者ギルドマスターとしても君達の活躍を期待していますよ。貴方達が冒険者として名を上げれば上げるほど不埒な連中はなりを潜めるでしょう」


 カサネはセラの皮肉を笑って受け止め、同じく右手を出して握手をする。双方共に含みのある握手だが、この握手の意味するところは互いを利用し合い共生する為の確認作業だ。ハッキリと内容について口に出したわけではないが、セラ達が多少強硬な手法をとっても黙認するという事だ。その点を確認できた事はセラ達にとっては大きな意味合いを持つ。


 ラインアーク時代だけでなく、それ以前のゲームにおいてもセラが率いる集団は少し変わったギルドルールを設けていた。天兎の原点となった集まり「死神兎(リーパーラビット)」は、セラの最初のネットゲーム「デモンズオンライン」で生まれた。海外サーバーが中心のそのゲームにおいて日本人のプレイヤーは殆ど存在せず、一部の偏狂的な物好きなコアゲーマーがプレイする程度だった。それ故、諸外国のプレイヤーに紛れて日本人プレイヤーは遊んでいたわけなのだが、ネトゲ特有の文化とでも言うべきか"日本人狩り"が横行したりととても殺伐とした世界であった。数少ない日本人プレイヤーはそういった脅威から身を守る為必然的に集まるようになり、中でもセラとケントを中心とした集団は自衛の為に襲ってくるPK達を積極的に排除していく武闘派として名を馳せていた。

 「デモンズオンライン」から移住してからも、セラ達は自分達の身を守る為とプレイしているゲーム世界の秩序を守る為、積極的に血を流す事を厭わないスタイルを貫き、愚かな事にケンカを吹っかけてくる馬鹿達やチーターやRMTerをはじめとする不正利用者達を屠ってきた。

 その積み重ねから出来たギルドルールが「理由のないPK行為の禁止。但し正当な理由及び行動をとるに足る証拠がある場合に限りPK行為を認める。」というものだ。他の多くのギルドは馬鹿の一つ覚えの様に「PK行為の禁止」だけを謳う中、天兎のそのルールは多くの者達からすれば異質だったが、セラ達からすれば"PK行為がシステム上認められている"ゲームで、自らその手段を禁じてサンドバッグになる様な平和ボケしたルールを設定する方がどうかしているという感覚だった。

 日本人特有の同調圧力なぞ鼻で笑ってきたセラ達だが、運営側に睨まれる事だけは起こさない様細心の注意を払っていた。何事もやり過ぎれば"ハラスメント行為"として警告を受ける場合がある。今回はこの握手により、そこの部分のハードルが随分緩く設定されたと認識していいだろうとセラは確信した。とは言え、匙加減には注意を払うつもりではある。


「さて、私からの話は以上です。此方の魔晶核も返却しておきます。それの使い道は暫くはないでしょうけど、持ってて決して損はしない代物です。大事に取っておいて下さいね?さ、一階の窓口でファミーリアを設立してきてください。ささやかながらギルド長として少しばかり協力させてもらいます」


 カサネが立ち上がりそう告げ、セラ達も立ち上がり一礼して退室する。セラ達が退室した後、一人ギルド長の執務室へ残ったカサネは窓際の椅子へと深く座り直しニヤリと口元を歪めた。





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