表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/94

【 Ep.1-026 予兆 】


 身体全体が奇妙な浮遊感に包まれながら、ぼんやりとしながら意識が覚醒する。少しだけ気怠さを感じながら横になっている状態で自分の頭からオラクルを外すと、視線の先には薄暗い自室の天井が見える。外からは帰宅時には接近中であった超大型台風が直撃でもしているのか、窓を叩く雨の音がログインする前より激しくなっている。ゴウゴウと唸るような雨音と、ビュオと太い風の音が窓を突き抜けて聞こえてくる。枕元のお気に入りのニキシー菅時計で現時刻を確かめると「21:27」と独特の明滅をしながら表示している。一般的な家庭でこの時間帯に夜御飯というのは考えにくいとは思うが、社会人であればこの時間帯になる事はざらにある。


「――この時間でこの感じだと、明日は全国的にトラブルが発生してそうだな……」


 流石に何日も前からニュースでも大々的に取り上げているような超大型台風だ。数年に一度どころか百年に一度とも言われる規模の勢力の台風が今国全体を覆っていると思うと、予め対策を取っていたとしても全国規模で交通インフラの麻痺や各種災害が起きているだろう事は容易に想像できる。

 都内の単身者向けマンション住の俺はそういった被害を考えなくても良いという点で気は楽だ。保存食に関してもインスタント麺や一通りの保存食等、一人暮らしなので豊富とまではいかないが余裕はある。水さえ止まらなければ最悪それで食い繋ぐ事は可能だろう。

 ひとまず、オート設定で沸かしておいた風呂へと入り、晩飯を取った後集合時間に間に合う様に再ログインしよう。



*****



 湯船に肩まで浸かり、さっきまでプレイしていた感覚を想い起しながら自分の手を見つめる。そこには自分自身だった少女の綺麗な手はない。年相応に節くれ立ち始めた男の手があるだけだ。だがそれでも、ゼノフロンティアでマンハント ハンギングに止めを刺した時の手応えは、薄くはなってきているがその手の感覚として想い起す事が出来た。


「あまりに高度な電脳世界は、最早それは現実と差異の無いもう一つの現実となる……か」


 たった三時間弱のプレイだというのに、俺は自分でも信じられない程あの世界に強く焦がれている事を実感していた。青春時代に夢想した世界。寝る前の時間に、通学途中に、暇さえあれば妄想していた自分の想像する夢のような世界。多少ずれはありはするものの、夢が現実になったと言っても過言ではない世界がそこに存在し、自分もまたその世界の住人となれたのだ。

 良い時代になったとしみじみ思いつつ、湯船から出て髪を洗い、身体も洗ってシャワーで流し風呂を出る。

 少し緩めのボクサーパンツを履き、上半身に半袖のスウェットを着、同じくハーフパンツタイプのスウェットパンツを履いてから脱衣場を出る。髪を拭きながらリビングの電気ケトルのスイッチを入れ、電気コンロのスイッチを入れて鍋の中の水を沸かせる。沸騰するまでの時間にまな板を出し、玉ねぎを半分に切って一つはラップにくるんで保管し、もう片方を適当に切っていく。棚からニンニクとツナ缶を取り出し、ニンニクは一欠けらだけ取って刻んでおく。

 鍋の湯が沸騰しだしたのでパスタを入れ、同時にフライパンも火にかける。火と言ってもこの場合は電気コンロのスイッチだが。フライパンに刻んだニンニクを投入して炒め、次いで玉ねぎも投入し炒める。冷凍庫から出して解凍しておいたエビも投入し、程よくなってきたところでツナも投入し少しだけ炒めたらケチャップ他好みの調味料で味を調え焦げ付けないように注意して炒める。これでソースは完成だ。

 短時間茹でのパスタは直ぐに茹で上がり、水分を切って皿に移しその上から先程のソースをかけてツナとエビと玉ねぎのトマトソースパスタの完成だ。

 食器棚からマグカップを取り出し、コーヒーを淹れる。どうせこの後寝るつもりはないのだからカフェインがどうのとか考えたりはしない。


 一通り皿を小さなテーブルに並べ、夜御飯を頂く。テーブルの上に立たせてあるタブレット端末からは超大型台風の規模や進路、現在起きている災害情報などがリアルタイムで流れてきている。SNSと同時表示させてそれらをチラリと眺めつつ食事を進めるが、流れてくる情報は暗いものばかりだ。山間の集落が土砂崩れにより孤立だとか、事前情報から対策してたであろう都市部でさえも地下鉄構内へ溢れ出した水で冠水し始めたりだとか明るいものが一切ない。

 食事を進めつつ、タブレットを操作してゼノフロンティアに関する情報をピックアップする。テスターの中に数名のゲームライターも混ざっていただろうし、普通のテスターも感想を色々上げている。「初期装備人気ランキング」みたいな記事まですでにアップされているので、あの場所でずっと観察していた暇な奴がいたのかと思わず鼻で笑ってしまった。ざっと流し読みしてみるが、魔法の属性評価やら、<天恵(ギフト)>についての不明瞭な考察、初期エリアのおすすめ狩場などありきたりの情報が並んでいる。その中でふと目に付いた文字列があった。


 『ゼノフロンティア 注目パーティリスト』


 どうやらゼノフロンティアに参加している有名プレイヤーを基にリスト化しているみたいで「天兎」も入っていた。他にも「天神一家」「神威」「風雲雷児」「流浪の羊(ワンダリングゴート)」「JOKER」「K・O・R(ナイツ・オブ・ラウンド)」「SavaGe」等、他のジャンルのゲームでは有名処の名称も並んでいる。さっき一緒に戦った「悠久」の名前もあったので、彼らもまた他の世界では名のあるプレイヤー達だったのだろう。数あるパーティ名の中で俺の目を惹いた文字列があった。


 『白鯨』


 ――「ラインアーク」で「天兎」を中心とした複数ギルドの連合「高天原」の全盛期、所属ギルドの一角に「白鯨」というギルドが在籍していた。所属人数は天兎より少ないにも関わらず、少数精鋭を具現化したような連中がメンバーに揃っていた。一人を倒すのに一パーティ七名では足りず、二パーティ掛かりで倒せるレベルの化け物が数名、残りのメンバーも一パーティで当たらねばならないとまで評された集団。そんな化物たちを纏め上げていたのが、セラと同列に扱われ一部には尊敬され羨望され、そして恐れられた男「セルゲイナス」。

 セラがその苛烈で過激な言動で「悪魔の帝王」と称されたのに対し、セルゲイナスは威風堂々と冷静沈着に正面から相手を叩き潰し、彼の通った後は地面に頭を付けた格好で倒されたプレイヤーが転がっており、その光景がまるで絶対王者に傅く姿に見える事から「天帝」と称された。


「また懐かしい名前が出たな……。確かセルがラインアークを引退してからもう2年も経つのか」


 食事を進めながら世良は一人呟く。栄華を極めた高天原連合の黄金期はセルゲイナス率いる白鯨のラインアークからの移住を機に終焉を告げた。告げたと言ってもそこから没落したというわけではない。だが、それは高天原連合のひとつの時代のピリオドとしては相応しい出来事であった。


「アイツらが去ってから仕返しとばかりに他の魑魅魍魎共が寄ってたかって群がってきたなぁ。とんでもねぇ置き土産を俺に押し付けやがってさぁ……そうか、アイツも同じ世界に居るのか」


 ニヤリと思わず口元が歪む。恨み言を吐きつつも世良はどこか楽し気に独り言を続けた。白鯨移住後は彼らに負の感情を持つ者達がここぞとばかりに矛先を向けてきてまとめて処理する羽目になったが、元よりぶつかっていただろう相手だったので残った連合員総出で叩き潰したのは良い思い出だ。

 最初は最大最強の敵として出会い、最後は最高の戦友(とも)として笑顔で送り出した彼らと再び同じ世界で相まみえる事が出来ると思うと、世良は楽しみで仕方なかったのだ。

 食事を済ませて二杯目のコーヒーを飲みつつカーテンを捲り外の様子を窺うと、雨足は強くなり窓を叩く雨音は激しさを増している。風は先程より更に強さを増し、窓枠をガタガタと鳴らす頻度は増えており、明日の朝には各地の災害情報がニュースとして報道される事だろう。そんな事をのんびり思いながら時計を見ると時刻は「21:56」を表示しており、ログアウトからほぼ30分経った事を世良に知らせた。急いで二杯目を飲み終えて「オラクル」を装着してベッドへ横たわる。


――この二杯目が後の悲劇を招く事など露知らず。

 


「リンク ゼノフロンティア エンゲージ!」


 初ログイン時と同様に目の前が暗転し、体からは力が抜け睡眠へ落ちる様な浮遊感を得てシステムメッセージが流れる。



『神経同調システム…グリーン

 視神経リンク  … 確立

 運動神経リンク … 確立

 聴覚リンク   … 確立

 嗅覚リンク   … 確立

 触覚リンク   … 確立

 エチケットリンク… ON

 

 システム オールグリーン

 

 ―ようこそ、ゼノフロンティアへ』


 最初にログインした時と同様の流れでログイン画面へ辿り着き、IDとパスワードを入力した後、暗い空間の中淡い光に包まれている自分のキャラクターに向けて意識を向けると、キャラクターを視線が合いその瞳の中へと意識は吸い込まれた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ