【 Ep.1-019 エビルトレント「マンハント ハンギング」 】
突如として森の中に響き渡る絶叫に、俺達は三人は顔を見合わせ無言で頷いた後武器を構える。リツは即座に<纏風脚>をパーティ全員にかけ、状況次第では撤退も出来るように悲鳴の聞こえてきた方向へ慎重に歩を進める。
ズズズズ…… ベキキベキ!!メキョ!! ズドドドズズズ……ドシャァッ!! ガザザザザザ!!!
――樹々が擦れ合う音の後、明らかに何かが折れた音が響き、落葉をかき分けて進む何かの存在。
木々の間から三人の男が必死の形相で此方へ走ってくる。更にその奥には、ズタボロになりながらも逃走している六人の男女が見える。
「お、お前達も早く逃げろ!巻き込まれるぞ!!!!」
「そうだ、早く逃げろ!!あれはヤバイ!!!」
先にこちらの存在に気付いた三人の中の二人が此方へ声をかけてくる。残りの一人はゼェゼェと肩を揺らしながら息切れしていて声をかける余裕すらなさそうだ。その一人はしきりに後ろを気にして何度も振り返っている。
「ヒッ!!!!」
何かを目にした最後尾の男の顔は酷く引き攣り、汗が尋常じゃないくらい出ている。その男の目線の先、男達の更に後ろに居た六人組のパーティの奥の森の暗闇から巨大な存在がヌッっと姿を現した。
「何アレ……」
「ぇ、エビルトレントの名を冠する者だ!!!お前達も早く逃げろ!」」
黒というより漆黒に近い色の樹皮、太い根をうねらせトレントとは比べ物にならない速度を出す脚。胸高直径はトレントとは比べ物にならない程に巨大で、枝張りもその比ではない。その枝の所々に様々な生物の骨が蔦に絡められて首吊り状態でぶら下がっており、カラカラと乾いた音を立てている。梢は遠くからでも見上げなければいけない程で、漆黒の樹皮より更に黒い洞から覗く眼は昏く、そして禍々しい赤い光を放っていた。
明確な殺意を宿したその赤い瞳は、目の前のプレイヤーの一人を捉えており、主腕と思われる一対の巨大な枝の片方を一旦背後に撓らせた後、ブオンッと重低音を唸らせながら不幸な最後尾のプレイヤーを叩き飛ばした。
ベキョッ!!
明らかに鳴ってはいけない様な音を立て、俺達の真横をぶっ飛ばされていくソレは、俺達三人の横を通過して逃走していた最後尾の一人にぶつかる事で地に落ち、地面に接触しても尚勢いは失われず、7mほど転がってようやく止まり、大小様々な光の球を全身から出しながら消滅した。ぶつかられた最後尾の一人は地面に突っ伏してかなりのダメージを負っているように見える。
――まるでトラックに跳ね飛ばされた交通事故みたいな光景に、その場に居た全員が一瞬気をとられて動きを止めてしまった。その隙を逃さないかのように、次に最後尾となったプレイヤーへさっきとは逆側の枝が轟音を立てて叩きつけられた。
「ァガッ!!!!!」
比較的重装甲に近い装備が仇になって後方になったであろう虎獣人戦士の男性が軽々と宙を舞う。弓のようにしなった態勢から地面に落下した男は、その重装甲のおかげで意識はあるようで呻き声を発している。
二人のプレイヤーを叩き飛ばしたエビルトレントは主腕以外の細長い枝を細かく揺らしながら、手前の四人と俺達三人、俺達を追い越して一人は倒れている三人組、そして倒れた重装甲の男を確認すると、その昏く禍々しい赤い目を発光させた。俺にはそれがエビルトレントが笑ったように思えた。
禍々しさを増す昏く赤い目は眼下のプレイヤー達に向けられ、その下の吸い込まれるような黒色をした洞から声が響く。
『我が名は"吊るす者"……。マンハント ハンギング……。我が森に足を踏み入れ、我が眷属を手にかけた事、死して償え……!』
モンスター、それも樹の怪物が喋るとは思わず面食らってしまったが、この状況下でどう動くか瞬時に判断を下す。
「……やるしかない」
「そうだな。あれから逃げるにはもう手遅れっぽいな」
「援護は任せて」
俺達の意見は"逃走"ではなく、"闘争"で一致した。逃走を選択したとしても、あの巨体であの速さで迫られれば無事に森を抜けだすまで走り続けられるとは考えられない。ならば取るべき道はこの死地を切り抜けるしかない。
長年にわたって血生臭い闘争の世界に身を置いていた三人にとって、この程度の脅威は慣れたものだ。とは言え初の神経接続式感覚同調型VR世界での戦闘は、これまでのゲームとは全然勝手が違う。
本来の現実世界で自分の体を動かす以上にこの電脳世界のアバターは動いてはくれるが、現実世界でこのように巨大な敵と戦った者などまずいないだろう。マイティボアやデミゴブリンとは根本的に戦闘論理が別物になる程の巨大な相手。ゲームと理解していても、脳は目の前の存在がとてつもなく危険な物であると警告を発し続けている。とは言え、ゼノフロンティアも結局はネットゲームの一つには変わりない。モンスターによる攻撃方法やパターンは多く見てきているし、そこからの倒し方も幾つも記憶してきている。後はそれらこれまで積み重ねてきた経験を、各々のアバターへ反映して行動に移せばどうにかできるのではないか。三人はそれぞれそう考え、戦うという結論を下した。
思考が確定してからの行動は早かった。セラはハルバードを構えていつでも動ける態勢を取って、後方にいる無事な二人に声を掛ける。
「そこの二人!吹き飛ばされたそいつら助け起こしてポーション飲ませて!ヒーラーが来たら回復するまでは護衛、ある程度回復したら援護に来い!」
「え……?」
「ボーっとすんな!返事しろ!!」
「「はっ、はい!」」
先に後方へ抜けた二人に消滅したプレイヤーと衝突して倒れた一人と、生きてはいるが重態の戦士を助けるようにセラの檄が飛ぶ。返事が聞こえるや否や、セラの脚は大地を蹴り飛ばし、さっきまでそこにあった足の部分の地面は深く抉れていた。それほどの膂力で急いで敵の目の前にいる四人組のところまで駆けていく。そんなセラを援護すべく、ケントはマンハント ハンギングに向けてデミゴブリン産の石斧を投擲してヘイトを取り、リツは<纏風脚>を周囲のプレイヤーへ掛けて回る。
「そっちの四人!可能な限り簡潔な状況説明とそれぞれのクラス教えて!」
ケントを盾兼囮にする形でセラも追随し、逃げ遅れている四人組に声をかける。唐突に声を掛けられたことで一瞬の間を挟むが、この混乱している状況で人に声を掛けられた事で四人は正気に戻った。
「俺はパーティ"悠久"のリーダーのエイジだ。クラスは[初級戦士]。森の奥で複数のパーティがエビルトレントを狩っていたら、突然あのでかいのがPOPして複数のパーティがやられた!」
「私はアヤカ、[侍祭]です!」
「僕はショウ、[斥候]」
「ワシはグリフ、[槍士]や!」
薄金色の髪をウルフカットにしたエルフの男性のエイジが何が起きたのか状況を説明し、赤いロングヘアーのヒューム女性のアヤカ、キジトラ柄の猫獣人の少年ショウ、カールした髭が特徴のドワーフ男性のグリフがそれぞれクラスを答えた。
「勝手だけど今から指揮を執らせてもらう、生き残りたかったら協力して!」
「すまない、できる限り協力する!」
セラへエイジが答え、それぞれが覚悟を決めた表情で頷いた。
――そうしてアルバの森の奥地での臨時レイドバトルの幕が開けた。




